Freaks! “つゆ払い役”の天才魔導士が役目を終えて退場、なんて許さない!

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第五章 存在証明

ep.21 籠の鳥

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 カーテンの隙間から陽光が差し込む昼下がり。ベッドの上で、ギルバートは胸に手を当てた。
一夜明けて、眠れないほどだった呪印の疼きも、今は静かだった。
こんなに深く休まったのは、いつぶりだろうか。

ギルバートはベッドから降り、椅子に掛けてあったコートを手に取った。
ふわりと、石鹸のような甘い香りが立ち上った気がした。

彼女が、触れたものだ。

ギルバートはそれを握り締め、目を閉じる。

俺に関わって、レイがどうなったかを思い出せ。
俺の事情に巻き込んで、また傷つける気か?

――あの子を、遠ざけるべきだ。

コートを羽織り、ドアノブに手を伸ばしたとき、ふと彼女の声が蘇った。

『本当はね、帰りたくない』

囁くような声。
傷に触れた、白くて柔らかい手のひら。

――許されたい。
もう、傷つくことも、戦うことも、独りで耐える夜も――。

ギルバートは脇腹を抱え込むようにして、額を扉に押し付けた。

もしも、彼女が望んでくれるなら?

静寂にあの声の残響が蘇った。それが鈍く胸を締め付ける。

ギルバートは顔を上げ、静かに扉を開けた。

◆◇◆

 放課後、コンスタンシアは森のベンチで本を開いていた。ニコラの友達が勧めてくれた、恋愛小説。

今日は、彼は来ないかもな、とぼんやりと思っていた。
一日二日でよくなるような怪我には思えなかった。
何より、あんなことをして、どんな顔で会えばいいのかわからなかった。

帰りたくない、だなんて――。
彼、嫌がってなかったよね……?

不意に『行かないで』と自分を呼んだ、彼のかすれた声が蘇る。

その余韻を振り切ろうと目を落とすと、頁には男の人と女の人が手を繋ぐ場面。
彼女は息を止め、無意識に本を閉じた。

こういうとき、どうしたらいいの?

 そのとき、落ち葉を踏む音がした。
コンスタンシアの心臓が跳ね上がる。
なんとなく気まずい気がして、彼女は本をコートの下に隠した。

顔を上げると、彼だった。
綺麗に整えられた髪、汚れのないコート――たぶん、昨日貸してくれたもの――真っすぐな足取り。

あれ? いつも通り?

「そんなに見ないでくれ」

彼は柔らかく微笑みながら、彼女の隣りに腰を下ろした。
コンスタンシアの頬が一気に熱を持つ。

「き、来たんだね」

ちがうちがう。それじゃまるで、来てほしくなかったみたい。
コンスタンシアは、胸に手を当て、ゆっくり息を吸った。

「もう、大丈夫なの?」

恐る恐るコンスタンシアが尋ねると、彼は短く沈黙した。

「大丈夫」

彼の目の下には、まだ濃い隈があった。
さっきの歩き方も、どこかを庇うようで――。

「……先輩、嘘が下手ですね」

声が震えてしまった。
彼は微笑みを崩し、そっと息を吐いた。

「嘘じゃない。昨日よりは、ずっといい」

口元に笑みはないけれど、力の抜けた表情。
コンスタンシアを見つめる翠の目は、夕日を映して柔らかい色を帯びていた。

この人は――痛みを押してもここに来てくれたのだ。
そう思った。

「……ありがとう」

コンスタンシアは囁くように告げた。
ほっと心が温かくなり、自分でも気づかないうちに笑みがこぼれていた。
胸にあった心細さも、ぐるぐる巡っていた考えごとも、溶けて消えてしまった。

彼の目が、驚いたように見開かれる。

「……なんで」

彼は呟くように言った。落ち葉が風に揺れる音に、かき消されそうな声だった。

「いや。なんでもない」
「来てくれて、嬉しかったからだよ」

コンスタンシアが笑うと、彼は目を瞬いた。
きっと、彼にはわかってもらえないかもしれない。それでもよかった。

 彼は大きな息を吐き、ベンチへと深く背を預けた。

「……また、新しい本を?」

彼の視線は、コンスタンシアのコートの陰からはみ出た本に注がれていた。
その表紙の華やかなハートマークが目に入り、コンスタンシアは慌てて本を取り出す。

「あ、え? うん! これ、友達の友達に借りたの!」

決して恥ずかしい内容なんかじゃないのに、誤魔化したくなる。
本のタイトルをなぞっていた彼の視線が、ふっと外れた。

「……面白いのか?」

あまり興味はなさそうな声音だった。
それよりも、瞼を閉じて、眠たそうだった。

「まだ読み始めたところ」
「……そう」

そっけない返事のあと、彼の呼吸は次第に深くなっていった。

もしかして、ここで寝るの?

コンスタンシアは思わず、彼の顔を見つめてしまう。
彼との距離は、本一冊分。手を伸ばせば届きそうで、かすかに熱が伝わってくる。

穏やかな寝顔だった。

◆◇◆

 カルダの執務室。彼の師フィニアスは、険しい顔で書類に目を落としていた。

「無茶をさせたな」

この師がどこを放浪して何をしてきたのかは知らない。時折、預けた“素材”たちの様子を確認しに戻るのだった。

「使えと言ったが、壊していいとは言っていない」

師に視線を向けられ、カルダは言葉に詰まった。
フィニアスは、書類――ギルバートの検査結果が書かれた紙を机に置く。

情緒の乱れで魔力は不安定、人並外れた再生力も目に見えて落ちていた。

「処分するしかあるまい。予定より早いが」

カルダは奥歯を噛み締めた。

「殺すのですか」

それを聞いて、フィニアスは鼻で笑った。

「我々は人殺しではない。最後の働きをしてもらうだけだ」

フィニアスは、別の紙束を鞄から取り出した。
そこには、《角蜘蛛》の名が書かれていた。
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