Freaks! “つゆ払い役”の天才魔導士が役目を終えて退場、なんて許さない!

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第五章 存在証明

ep.24 裏切り

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 ギルバートは瓦礫に腰を下ろし、震える手のひらを見つめていた。

辺りを満たす魔力の流れが、局所的に歪む。
彼は、はっと顔を上げた。

「久しぶりね。番犬くん」

微笑を浮かべた赤毛の女が、ギルバートに歩み寄る。

互いに詠唱を走らせることはしない。二人にとって、魔法を放つのに詠唱は必要ない。
それでも、相手が魔法を放てば、即座に迎え撃てる間合いは保たれていた。

「派手にやってくれたわね。再戦をご所望かしら」

メリエルの紫電の瞳が鋭く光る。
ギルバートは、彼女の指先から意識を逸らさないまま、ゆっくりと両手を上げてみせた。

「お前を捕まえに来たわけじゃない」

ギルバートは挑むような視線を向ける。
——ここが勝負だ。

「……俺を、迎えてほしい」

メリエルが足を止めた。沈黙が二人の間に重く落ちた。

「……はっ。面白いわね。フィニアスに教えられたの?」

挑発ともあざけりともつかない声音。
ギルバートは答えず、静かにシャツのボタンを外した。

「これを」

胸元に刻まれた茨の呪印が露わになる。
肉に食い込むような赤黒い線。無数の痣と古い傷跡。

「フィニアスの魔法だ。興味があるだろ?」

利用できるものなら、すべて使い倒してやる。
それが屈辱の印だろうと。

メリエルの微笑が消える。
その視線は彼の呪印の上でぴたりと止まった。

「あのとき、『自由に生きればいい』と言っていただろう。そうすることにした」

再びメリエルが薄く笑い、ギルバートに歩み寄る。
赤いヒールが石床をこつこつと打ち鳴らした。

「それで?」

彼の目の前にしゃがみ込んだかと思えば、その手首を手荒く掴んだ。
彼女の親指が彼の手首の脈に触れる。

「お前の“自由”は何? 自由になって、その先は?」

ギルバートは息を呑む。
淡い光を思い出しかけて、それをかき消す。
一拍呼吸を整えると、ゆっくりと口を開いた。

「……俺は、俺の意思で生きたいだけだ。誰の命令でもなく、自分の意思で……明日を選びたい」

メリエルが目を細める。

「そう……それは残念ね。お前の欲しいものはここにはない」

睨みつけるギルバートに、女は追い打ちをかけるように告げた。

「私たちのような特別な力を持つ者は――お前の言う“化け物”は、自由には生きられない。奴らに利用されるだけ。その力を、自分のために使おうとしない限りはね」

メリエルが掴んでいた手を離した。

「あの男の呪印にも、お前にも、興味はないわ。ただ——」

彼女は不意に唇の端を持ち上げた。

「私の役に立つというのなら、あの男からは解放してあげる」

◇◆◇

 カルダは、師からの手紙を受け取った。

『ギルバートは、敵の末端組織を一人で壊滅させた』

その一文を見たとき、言葉にならない胸騒ぎがした。

部隊を編成してもなお犠牲が出てもおかしくない相手だ。それを一人でやったのか。
まさしく、化け物だ。

彼は、本気でやり遂げるつもりなのだ。
カルダのついた嘘——やり遂げれば、フィニアスに自由を交渉してやるという言葉を信じて。

カルダは続けて書面に目を走らせた。

『彼は、メリエルを超える逸材だ。惜しいものだな。
彼はその後、メリエルと共に姿を消した。手に負えなくなる前に、処分が必要だ』

そして、彼を魔導警察に届け出た、と記されていた。
——学園から逃亡し、敵に与した犯罪者として。

カルダは手紙を伏せ、顎に手を当てた。

彼に負わせた秘密ごと、彼の存在を葬り去る。
段取りの通りだった。

◇◆◇

 次の転位でギルバートが連れて行かれたのは、天井の低い石造りの部屋だった。

壁面に魔力を遮断する術式が幾重にも刻まれている。外の気配は一切感じ取れない。
転位の座標を読ませないための中継点だろう。

「来なさい」

視界の揺れを無理やり押さえ込み、ギルバートはその背を追った。

 扉の向こうは、さらに狭い部屋だった。壁際に二人の男。中央には金属の作業台。

ふっと脚の力が抜けそうになる。
ギルバートはこの光景を知っていた。幼い頃から何度も繰り返し見てきたものだ。

目の前が遠のく。その隙間に、ふとあの温かい光が差し込んだ。輪郭が溶けていくような、夕日に包まれた彼女の微笑み——。

「まずは印を入れるのよ。そこに立って、右手を出しなさい」

耐えろ。あの場所に戻るために。
ギルバートは命じられるまま、ゆっくりと右手を持ち上げた。

だが、もし、印を彼女が見たら?

細い魔導針を手にした男が、彼の腕を掴む。
反射的に手を引こうとすると、男は身体ごと彼を台の上に押さえつけた。

針が手の甲に落ちるその瞬間、壁に刻まれた魔力遮断の術式が鋭く明滅した。

「この印は鍵よ。座標も結界も、すべてこれと連動してる。ここで働くなら、避けられない」

ギルバートは、手のひらに爪が刺さるほど、強く拳を握り締めた。

約束を破って、闇組織の印を負った自分を、彼女はどう見るだろうか。
“化け物”に、彼女の隣にいることが許されるだろうか。

ギルバートは顔を伏せ、短く告げた。

「……やれ」

違う。化け物ではないと、証明するためだ。
任務をやり遂げて、もう一度、あの光に触れる資格を得るためだ。

「いい子ね」

すぐそばで、布がすれるかすかな音がした。
メリエルが部下に合図を出したのだと、気配でわかった。

目の前に赤い光が広がり、手の甲に焼けるような痛みが走った。

「……っ」

ギルバートは歯を食いしばり、喉まで迫った悲鳴を堪える。
彼の手の甲には、青黒い角蜘蛛の刺青が刻まれていた。

「役に立ってちょうだい。そしたらあの男から解放してあげる」

女の愉しげな声が響いた。
目の前が白く霞んでいくようだった。
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