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びーぜろ

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第169話 徴税官・リヒトー再び③

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 徴税官であるリヒトーが膨大な数の労働者名簿と給与台帳をめくりながら税金計算をする事、かれこれ数時間……。
 俺こと翔は、必死に税金計算するリヒトーに対して辟易とした思いを抱いていた。

「うぐぐぐぐっ……」

 そう呻りながら、算盤をはじくリヒトー。
 何杯目となるかわからない紅茶を啜りながら俺は思う。

 マジか。これ、いつまで続くんだろうと……。

 室内は完全防音。リヒトーの奴が盛大にこの宿をぶっ壊してくれたからそう建て直した。だからこそ気付いていないのかも知れないが、外では既に暴動が始まっている。人々がゴミを手当たり次第、袋に詰めて王城に向かっているのだ。
 リヒトーは算盤を弾く事に夢中で全然気付いていないようだが、お仲間の徴税官っぽい人達が、まるで犯罪者のように、馬の上に乗せられゴミと汚物を投げ付けられている。

「う、うぐぐぐぐっ……!」

 正直、思う。
 良かったなお前と……。
 もし、俺の所以外の事業者の所に行っていたらどうなっていた事か……。
 恐らく、一瞬にして捕縛され、外で馬に乗せられゴミと汚物を投げ付けられている徴税官と同様に糞塗れになっている所である。

 しかし、俺は正直者なのでハッキリ言おう。
 飽きてきたと……。
 俺は今、マジで無駄な時間を過ごしている。
 従業員達も同様だ。良く付き合ってくれるな、これ……。

 とりあえず、心の中で言っておく。
 もう諦めてくれないかなと……。

 だって、俺の下で働いてくれている従業員は皆、課税対象外の奴隷なんだもの……。
 冒険者に対する日当は言わずもがなだし、奴隷と言っても、あれだよ?
 契約に基づく名目奴隷だ。
 月給を十万コルプラスする代わりに、一ヶ月間更新の奴隷契約を結んだだけである。
 今と同じ待遇のまま、一ヶ月毎の更新制で名目奴隷となり十万コル多く給料を受け取るか、四十万コルの月収で働くかを迫っただけ……。
 悪い奴隷商人ならともかく、俺は良識ある事業者なので、条件を提示したら従業員全員が快諾してくれた。
 普通だったら、マジでこいつ等、大丈夫かと思うレベルだ。
 もしくは、本気で奴隷にされないという確信があったのだろう。

 その判断は大正解である。
 俺としても節税となる為、ありがたい。
 この国の税制では、奴隷には税金が課せられていない。
 そもそも、奴隷に金を与える者など普通いない。
 奴隷に金を与えるという考えそのものが異常なのだ。
 つまり、リヒトーが俺から徴税できる税金は皆無。
 今、リヒトーがやっているのは文字通り無駄な努力なのである。

 俺は窓の外を見た後、リヒトーに気付かれないよう支配人に視線を送る。
 すると、支配人は俺の意を察し頷くと、スッと後ろに下がっていく。

 圧政による国民の暴動で、無茶苦茶な税を課してくる王族や宰相、徴税官がどうなろうと知った事ではないが、暴動を起こした国民が兵士という名の国家暴力により害されるのは放っておけない。

 彼等は暴動を起こしている訳ではない。彼等は王城という名のゴミ捨て場に、集団で御布令通りゴミと汚物を運びに行っているだけなのだから……。

 ◇◆◇

 その頃、王城はパニックに見舞われていた。

「さ、宰相閣下っ! 大変です! 民衆が暴動を起こしました!」
「な、なにぃ!?」

 突然、宰相室に入ってきた兵士の言葉に驚きの声を上げるカティ宰相。
 急いで席から立ち上がり窓を開けると、王城に向かってくる民衆の姿が目に映る。

「な、なな……」

 ふらつきながら数歩、後退ると、カティ宰相はへたり込んだ。
 すると兵士が心配そうな表情を浮かべ声をかけてくる。

「閣下。大丈夫ですか?」
「……大丈夫ですか? 今、大丈夫ですかと言ったのか?」
「えっ?」

 カティ宰相の言葉に戸惑う兵士。
 そんな兵士に向かって、カティ宰相は理不尽な怒声を上げる。

「――大丈夫な筈がないだろうがぁぁぁぁ! 王城の門をすべて閉じろぉぉぉぉ! 民衆を王城に一歩たりとも入れるんじゃないっ! すぐ行動に移せぇぇぇぇ!」

 宰相室に響き渡る絶叫。
 それを聞き、兵士は「は、はいっ!」と返事をすると慌てて宰相室から出て行く。
 兵士のいなくなった宰相室で、カティ宰相は荒く息を吐く。

「何故……何故だ。何故、民衆が暴動を……何故、民衆が暴動を起こすっ!?」

 今回の増税は、実質、貴族と事業者に対する徴税だ。
 民衆の代わりに事業者が税金を納める事になる為、民衆には一切課税していない。

「おかしいだろうっ! 民衆からは税金を徴収していない。なのに、何故、暴動が起きるのだっ!?」

 汗水を流し安い賃金で働いた経験も、冒険者になった経験もなく宰相の地位を世襲したカティ宰相にはわかっていなかった。
 この国で生きる普通の国民の感覚が……。

 今回の緊急徴収。確かに、民衆からは徴収していない。
 だからこそ、暴動は発生しないだろうと判断した。

 しかし、その民衆を雇用している事業者に対して信じられない程の徴収を行っている。
 なにせ、利益の五十パーセントも徴収されるだけではなく、経費の中でも経費割合の高い人件費の十パーセント税金として強制的に徴収されるのだ。
 細々と商売をしている事業者からして見れば堪ったものではない。
 その結果、御布令を見た国中の事業者は何をしたか。

 そもそも、そんな税金を支払う金のない大半の事業者は逃げ出した。
 いわゆる夜逃げという奴だ。
 他にも、来月の給料から徴収された分を引くと従業員に告げた事業者もいる。

 結局、事業者に課した緊急徴収というシワ寄せは民衆に向かった。

 その結果がこれだ。
 この暴動は誰かが扇動した訳でもない。

 元々、暴動が引き起こされる感情的、環境的、社会的な要因が積み上がっており、それが偶々、御布令が原因で爆発しただけの事である。

 その事が理解できず頭を抱え、必死に現実逃避するカティ宰相。
 そうしている間に、暴動を起こした民衆の声が近付いてきた事に気付く。

 ――ビチャ

 顔を上げた瞬間、建物に何かがぶつかる音がした。

「――はっ?」

 恐る恐る窓を見ると、暴徒がゴミを、汚物を王城に向かって投げ入れている姿が目に映る。兵士が大量に退職したせいか、兵士達も王城に入ってこないよう暴徒を抑えるので手一杯だ。

 兵士達が暴徒を制圧しようと試みているが、冒険者と思わしき集団が逆に兵士達を制圧していくので、暴動はまだまだ過熱しそうな勢いである。

「あ、ああああ、ああああああああああっ……」

 まさかこんな事になると思わず、呻くカティ宰相。

『ふざけんなぁ!』
『出てこい責任者ぁ!』
『店を潰す気かっ!』

 罵詈雑言・ゴミと汚物が王城に向かって飛び交っている。

「さ、宰相閣下っ! 宰相閣下はおりますか!」

 バタンと音を立てて開く宰相室の扉。
 扉の音に驚き視線を向けると、そこには兵士長のアンハサウェイが立っていた。

「へ、兵士長……ど、どうした?」

 全力で疾走して来たのだろう。
 アンハサウェイは肩で息をしながら呟くように言う。

「……陛下と財務大臣がお待ちです。御布令の件で話をしたいと」

 その言葉を聞き、カティ宰相は頷く。
 と、いうより頷くしかなかった。
 御布令が原因で暴動が発生したのならば、それを撤回し、暴動を抑える事ができるのは国王、財務大臣、そしてカティ宰相を置いて他にいない。

「……すぐに向かう。案内してくれ」

 三者会談を持ってすぐ、先に出された御布令は撤回された。
 国王自ら王城のバルコニーから通る声で御布令の撤回を宣言したのだ。
 しかし、暴動は収まらない。

 権威ある王城に平然とした表情でゴミと汚物を投げ付ける暴徒達。
 まるで、王城の事をゴミ捨て場と勘違いしているかの様なその行動に、国王は言葉を失い、これで暴動も収まると考えていたカティ宰相も絶句した。

 ◇◆◇

 暴徒達が王城にゴミや汚物を投げ入れている頃、微睡の宿で、無駄で丁寧な税金計算し続ける徴税官・リヒトーにも動きがあった。

「できたっ! できましたよ!」

 そう言って、必死に計算した計算結果を見せつけてくるリヒトー。
 計算結果が書かれた紙を嫌々受け取った俺こと翔は呟くように言う。

「八十億コルか……中々、凄い金額だな」

 やっと計算が終わったかと、疲れ果てた表情で紙を受け取った所、何を勘違いしたのか、リヒトーが笑みを浮かべる。

「……さあ、八十億コル。しっかり、納めて貰いますよ!」
「ああ、そうだな……」

 そう言って、リヒトーから受け取った紙を破くと、リヒトーは唖然とした表情を浮かべた。

「……はっ? はぁああああっ!?」

 小難しい税金計算を終えたばかりで頭が追い付かないのだろう。
 破いた紙をゴミ箱に捨てると、リヒトーは目を丸くして視線を向けてきた。

「『……はっ?』じゃないだろ、徴税官のくせにこの国の税制も知らないのか?」

 そう言って、労働者名簿をペラペラめくり、備考欄を指差す。
 そこには、簡潔に『奴隷』の一文字が書かれていた。
 当然、職歴にもそう書かれている。

「……へっ?」

 そう呟き、労働者名簿に書かれた『奴隷』の文字を凝視するリヒトー。
 ハッキリと、そう書かれていたにも係わらず、気付かなかったようだ。

「この国の税制・御布令によると奴隷はそもそも課税対象外。見ての通り俺の事業は赤字。従業員は冒険者と奴隷なんだ。残念だったね。リヒトー君。君は丁寧に時間をかけて無駄な税金計算をしていたんだよ。はい。これで話はお終いだ。俺から徴収できる税金は一切無いという事で、無駄な努力ご苦労様でした。お帰りはあちらです」

 そう言って立ち上がると、従業員が塩を持ってくる。
 俺はそれを受け取ると、出口に向かって手を伸ばした。

「……そ、そんな馬鹿な。労働者全員が奴隷だなんて、ありえない」

 唖然とした表情を浮かべたままリヒトーは呟く。

「いやぁ、そんな馬鹿な事があり得るんですよね? 俺自身も驚きです。さあ、お帰りはあちらの出口からお願いしますね。無事、帰宅できる事を心の底から祈らせて頂きます」
「……へっ?」

 俺が宙で十字を切り、そう言うと、リヒトーの顔が青褪めた。
 リヒトーの背後で待機していた兵士達も同様だ。
 きっと、窓から暴徒が見えてしまったのだろう。

「……さあ、お帰りだ。外まで送って差し上げなさい」
「「はい!!」」

 塩を抱えながらそう言うと、俺が育て上げた元低ランク冒険者達数名が、リヒトー達を腕を組み、強制的に出口に向かって案内していく。

「ち、ちょっと、待って! い、今、外に出されたらっ! 今までの事は謝罪します。謝罪しますから外には、外には出さないでぇー!」
「それでは、またのお越しをお待ちしております。どうぞ、お気を付けてお帰り下さい」

 そう言うと、外に出した瞬間、暴徒に捕縛され連れて行かれるリヒトー達を後目に俺は玄関に塩を撒いた。

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 2022年10月28日AM7時更新となります。
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