花握りの魔女は話せない ~言葉のわからない異世界で、コミュ障のわたしが謎解き魔女になった理由~

もさく ごろう

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第二章 ノーカウントパンチ

第二十六話 お風呂争奪戦

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 図書室の反対側に、お風呂場はあった。そこに連れてきてくれたのは坊ちゃんだ。

 脱衣所代わりと思われる何もないスペースの奥に、浴槽が見える。壁に囲まれているが天井がない。小さな旅館でたまにあるような、景色の見えないの露天風呂をわたしは連想した。

 そこに今。わたしは坊ちゃんと一緒にいる。

(そ、そっか。一人で入るわけじゃないんだ……!)

 やはり坊ちゃんを洗ってあげたりしないといけないのだろうか。坊ちゃんは服を脱ぐ様子もないので、わたしが脱がしてあげないといけないのかもしれない。

(あとわたしも、服脱がないといけないよね……? 坊ちゃんの前で? 気にするわたしがおかしいのかな?)

 坊ちゃんがわたしの手を取った。

「ご、ごめんね……今すぐに――」

 そのまま扉の外まで引っ張られ、タオルが入った籠を奪われた。そしてわたし一人を残して、扉が閉まる。

(お、追い出された?)

 よく考えれば坊ちゃんも、会ったばかりの女に裸を見られるのは嫌だろう。

(じゃあなんで一回中に入らせたのよ?)

 一緒に入るつもりがないなら、最初から扉の前で待たせていればいいのに。

(これからお風呂に入るから、入ってくんなよってアピールしたかったのかな?)

 わたしは勝手に坊ちゃんの部屋に入った前科がある。それを思えば、不安になるのもわからなくはない。

 廊下に出されたから部屋に戻る――というわけにはいかない。坊ちゃんはまだ子供だし、水の事故でもあったら大変だ。

 わたしは使用中の看板の代わりに、扉の前で立つことにした。ここなら、中で何か起きてもすぐに駆け付けられる。

 お屋敷の中は静かだった。坊ちゃん含めて四人の子供と、ナースメイド。他にも食堂のおばちゃんや双子ちゃんなど、それなりの人数が生活なり仕事なりをしているはずだ。

 それなのに静まり返っているのは、部屋ごとの防音がしっかりしているからなのだろう。

 わたしの背後の扉からも、水音がかすかに聞こえるくらいで、少し離れてしまえば坊ちゃんの気配すら感じられない。

 ただその代わりに、扉の開く音はよく響く。

 近くの扉が開いたわけではないのに、犬のうなり声のような音が耳に届いた。

(わたしたちの部屋の扉の音じゃないな。どこが開いたんだろう?)

 音の違いを覚えてしまえば、どこの扉が開いたのかわかりそうだ。

 そのまま待っていると、足音が近づいてきた。細かく不規則に響いていたので、子供の足音だろう。

 姿を現したのは姉御ちゃんだった。わたしの前に立って手を振ったので、わたしも手を振り返す。

 姉御ちゃんは周りを見た。わたしも一緒に見回したけれど、人の姿はない。

(あれ? 眠気メイドさんは? 一緒にいなくて平気なの?)

 視線を戻すと、姉御ちゃんはわたしの横に回り込んでいた。ドアノブに手を伸ばしている。

「だ、だめっ……!」

 わたしは姉御ちゃんと扉の間に体を入れた。この先では坊ちゃんがお風呂に入っているのだ。

 裸でいるところに女の子を入れたら、きっと坊ちゃんは怒るだろう。

(わたしがここに立っているんだから、中に坊ちゃんがいるって気づいてくれてもいいのに)

 もしかしたら、入浴中に誰かが入ってくるという事故はよく起こるのかもしれない。だとすると、坊ちゃんがわたしを扉の外に出したのも納得だ。

 姉御ちゃんはお風呂への侵入を阻まれたにも関わらず、立ち去ろうとはしなかった。強行突破をしようとはしてこなかったものの、一歩下がったところで様子をうかがっている。

 ふと何かに気付いたように、姉御ちゃんが近寄ってきた。両手を広げて通せんぼをすると、姉御ちゃんはわたしの右の手首をつかむ。そして、まじまじとわたしの手の平を見た。

「え? な、なに……?」

 手の平には前の集落で付いた花の模様が残っていた。時間が経っても薄くなる気配はなく、今でも花の形がはっきりとわかる。

「――――――――?」

 姉御ちゃんは早口で何かを聞いてきた。花の模様の説明を求められているのは、なんとなくわかるのだけれど、答えようがない。

(黒ドレスさんが来てくれれば、説明してくれると思うんだけど……)

 そう都合よくは現れない。姉御ちゃんは興味が爆発したみたいに、早口で詰め寄ってくる。

「えと、あの……?」

 言葉がわかったとしても、わたしは同じ反応をしていただろう。学校にいた頃にも、似た経験をしたことがあった。

 たまたま近くの席になった人が、ここぞとばかりに話しかけてきたのだ。わたしが答える前にどんどん話してくるので、わたしはいつも通り、何も言えなくなる。

 そうなったら最後。次の日から、その人が話しかけてくることはない。

(や、やめてよ……)

 言葉を挟む隙見すらない。ずっと浴びせられている声に、責められているような気分になる。

 姉御ちゃんを突き飛ばしてしまいたくなる衝動に駆られたとき、後ろで扉が開いた。

「坊ちゃ――」

 声が少し大きくなったのが、自分でもわかる。けれど、坊ちゃんの姿を見て喉が詰まった。

 坊ちゃんはタオルを身に付けていたものの、肩にかけて短いマントのようにしていた。それ以外には、何一つ身に着けていない。

 そんな格好で、足を軽く開き、腰に手を当てて仁王立ちしていた。

「ちょ……! か、隠してっ……!」

 わたしはアタッシュケースを、坊ちゃんの腰の前で持った。

 姉御ちゃんは顔を赤くして、壁際まで下がっている。

 坊ちゃんはそのままの格好で、堂々と何か言い放ち、手で払うようにした。すると姉御ちゃんは早口で何か言いながら、廊下を走って立ち去った。その姿はまるで、子供向けアニメで捨て台詞を吐きながら立ち去る悪役のようだ。

「ご、ごめん……うるさかった、よね?」

 わたしが謝ると、坊ちゃんはアタッシュケースごとわたしの手をつかみ、扉の方へと引っ張った。

 されるがままに扉に入ると、坊ちゃんはわたしから手を離し、アタッシュケースだけを引っ張る。

「な、なに? どうしたの……?」

 わたしがアタッシュケースを渡すと、坊ちゃんはそれを床に置き、腰かけた。

 丸出しのお尻が、アタッシュケースに載ったのだ。

「ちょ! せめてタオル……!」

 何かを敷いてほしくて、坊ちゃんの肩に載るタオルに手をかけた。けれど坊ちゃんはどうしてもそれを取られたくないらしく、手で押さえて抵抗する。

 タオルがめくれて、坊ちゃんの背中が見えた。

「え……?」

 わたしは思わず手を止めた。

 坊ちゃんの肩甲骨のあたりに、翼のような模様が描かれていたのだ。それは黒い線で描かれており、コウモリの翼を縁取ったように見える。

 黒く染まったような線の質感は、わたしの手に残る花の模様とよく似ていた。

「これって……」

 坊ちゃんは何も言わずに、肩を振ってタオルを戻す。さすがにもう、タオルを敷いてとは言えなかった。
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