堕ちた神と同胞(はらから)たちの話

鳳天狼しま

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第二部

第九話 幕間〜とある日常〜

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あくる朝、隠し砦の窓辺にて、どこか寂しげに佇んでいるゼロに、テオがそっと問いかけた。
ゼロの膝の上では、イクリプセが頭を上げてすやすやと寝息を立てている。

「大丈夫?少し窓を開けましょうか」
「ううん、違うんだ……“イルヴァーナ“あっちでできたぼくの友達、今頃どうしてるかなって」
「……イルヴァーナくん?」

テオの問いに対し、ゼロは王都に軟禁されていた時に経験した様々なことを話して聞かせた。
イクリプセと三人で、兵士の目を逃れながらかくれんぼをしたことや、イルヴァーナの案内で城内の散策をしたこと、など。
かつて城の敷地に軟禁された“神子“という身分にいたテオは、どこか懐かしいような、苦しいような、複雑な表情でそれを聞いていた。

「お城の地下室にはすごく大きなショコがあったんだよ!びっくりしたよ」
「ショコ……?ああ、“書庫“ね」

ゼロに言われてからテオは“そういえばゼロには今まで、たくさんの本に触れる機会を作ってあげられなかったな“と思った。
テオ自身は幼少期から城内に軟禁されていたゆえに、いつでも本を読むことなどできる身分だっただけに、特段その点の不自由さを感じていなかった。

「イクリプセとイルヴァーナと一緒に、時々メリルさんも一緒に、色々な本を読んだんだ。でもかあ様が言っていた“黒い太陽“の本だけは無かった。メリルさんも聞いたことないって。かあ様はあの話をどこで読んだの?」
「……あれはね、本で知ったお話じゃないのよ。あなたのおばあちゃん、私のお母様から口伝で聞いたお話だったの」
「くでん……?」
「書物に残さず、言葉でのみ伝え受け継いでいく方法のことよ。神子の家系に代々受け継がれてきた、神話のようなものだったのかも知れないわね」
「ふぅん……」

テオの言葉に、少し考え込んだゼロは「じゃあぼくとかあ様が伝えていく、秘密のお話なんだね」と、特別なものを知ったような顔で微笑んだ。

「秘密のお話か……そう思うとなんだか少し嬉しくなるわね」

物語の内容の重さとは裏腹に、それを伝えてゆくテオとゼロの表情は明るかった。
それは自分たちがただ伝えてゆくだけの“機関“ではない、心を持った存在であると知っているからであろう。
ジルカースやテオやゼロ、そしてイクリプセ。“自分以外にその物語を知っている、心ある誰かが居る“そう思うと、不思議と物悲しい空気を纏った物語も、遠いどこかの時代の、少し不思議な物語に感じられるのだった。

***

その頃ジルカースたちは、リベラシオンの偵察部隊から王都のデオン軍の動きを伝え聞いていた。

「デオン軍には、ここしばらくめぼしい動きはありません。不思議なほど静観している」
「デオン軍には、というと、他には何かあるってことか」
「さすがは元西国の騎士団長、鋭いですね」

キスクの言葉にそう返したオネストは、ここです、と“西の奴隷狩り収容監獄“を指し示して言った。

「先月から、脱走者が増えているようです。それも何者かの手引きがあっての様子。東の国へ向かう夜馬車を見たという者もあるようです」
「デオン軍が一体どこから新たな兵を募っているのか、疑問だったけど、どうやらそういうことかい」
「はい、おそらくは収容監獄からの脱走者たちかと」

アイラの言葉に相槌を打ちながら答えたオネストに、ジルカースは「一体どんな謳い文句で誘い入れているのだろうな」と訝しむ様子を見せる。
それに対し、どことなく他人事ではない表情をしたアイラが「おおかた“金も女も思う通りにできる“とでも言ってるんだろうさ」と、吐き捨てるように言った。
そんなアイラの隣にいる夫のキスクだけが、唯一悲しげな目で見ていた。

「……それから、もうひとつ気がかりな事が。前回の王城戦で目にした“紅い大鳥“のことです」
「……それは俺から話そう」

オネストが提示した話題を受け取ったジルカースは、テオが話していた、神子のみに受け継がれてきた秘話、“黒い太陽の物語“を話して聞かせた。

「その秘話と、今回の大鳥と、確かに繋がるところはあるね」

アイラの言葉に頷く一同に対し、オネストとその部下たちは「初耳です、我が国にそのような民話が存在していたとは」と驚いた様子だった。

「その秘話が仮に事実だったとして、今回の大鳥とどう関係あるんだい」
「デオンが神力を使えるようになっていた、ということからして、その大鳥がデオンに力を寄越している可能性が高いだろう」

「俺と旦那の関係性みたいな、ってことですか」と問いかけたキスクに、「俺もまだ確証は持てないが」と前置きしたジルカースは言った。

「“紅い雷(いかづち)を使う大鳥“これが、今後のデオン軍攻略の要になってくるだろう」
「確かに、それはあると思います」

ジルカースの言葉にそう返したオネストは、「そこで私たちからひとつ提案があるのですが」と申し出た。

「北の国にも、似たような神話があることをご存知でしょうか?そちらには伝承とされる祠もあるとのこと。これを調べてみてはどうか、と思ったのですが」

そこでジルカースの意識に浮かんできたのは、過去に“神殺しの刀“と“輪廻転生の玉“を受け取りに向かった遺跡だった。
おそらくはジルカースにしか聞こえていなかったあの守り主の声が、はっきりと蘇ってくるような気がした。

「北の地へ向かうとすれば、デオン軍が静観している今か……」

ジルカースの言葉に頷き合った一同は、次の目的地をかつて訪れた彼の地に決めた。
“北の国カンキ“にある“大狼神が眠るであろう祠“
どこか懐かしいものも感じながら、ジルカースたちはその夜、周囲の人目を避けるようにして北の国へと向かう事となった。

一方で、出立を見送ったオネストは、アカツキへのみ打ち明けていた“不死身になれる鎧“の話を、いつジルカースたちへ話したものかと思案していた。

「かつてこの東の国にあったとされる“不死となれる鎧“、それが叶えばジルカース殿たちの力になることもできるのでしょうが……」

(まだ話せないのは、皆さんをアカツキさんのようなことにすまい、という私の不安ゆえだろうか)
ひとりそんな思案を巡らせるオネストを、部下達はどこか不思議そうな目で見守っていた。

***

その頃、東の国王都のデオン軍内部では、イルヴァーナがとある変化をもたらしていた。

「リベラシオンとの停戦、デオンがうんと言うまで、僕はここを動かないから」

そう言ったイルヴァーナに同調した複数人の兵が、王城の一角に立て籠ったのである。
複数人相手では、デオンの洗脳技も使えないだろう、という予測のもとの行動らしかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、以前からイルヴァーナのお守りをしてきたレギオンと、兄姉のように親しかった双子のリュクスとミューラだった。
メガホン片手に立て籠った兵達に呼びかけるレギオンの背に、リュクスとミューラが陣取る。

「いいかげんにしたらどうだ。デオン様はこうだと決めたら曲げる人ではない」
「子供っぽいとこあるんだよな~デオンはさぁ」
「子供のお前に言われるのもどうかと思うが……まぁ今はそんな話はどうでもいい」

あるじへの“イジリをどうでもいい“と言ったことをめざとく拾ったイルヴァーナは「後でデオンに告げ口してやろ!」と笑って見せる。
子供の喧嘩ではないか、という様子で見守っていた一同の前で、レギオンははっきり言い放った。

「お前が親友だと言っていたゼロという少年、彼とその母だけは助けてやってもいい」
「は?なにそれ、なんでお前がそんなこと約束できるの」
「私は仮にも現デオン軍での将軍だぞ、デオン様にも密命で動いていることのひとつやふたつある」
「えっ、じゃあお前も僕の味方してくれるってこと?」
「勘違いするな、私はあくまでデオン様とメリル様に従うだけだ。お前の一存は私の判断基準ではない」
「でも僕の言い分は聞いてくれるんだろ、それって仲間ってことじゃん」

「違う!」と返したレギオンに、「レギオンは子供相手やとムキになるな~」とミューラが横槍を入れる。
メガホンを片手に動きを止めたレギオンに、「姉さんそういうことはレギオン様の居ないところで言うべきだと思うよ」というリュクスの言葉がトドメを刺した。
イルヴァーナは高みからそれを見て、手を叩きながら笑っている。

「や~い言われてやんの」
「ええい!お前達揃ってそこに直れ!私が躾直してやる!」
「イルヴァーナ、レギオンを困らせるのもほどほどになさい」

騒ぎを聞きつけそこに現れたのは、デオンの腹心であるメリルだった。
かねてからイルヴァーナにとっての母のような存在であったメリルは、イルヴァーナ説得の最終手段、といったところだろう。

「レギオンとイルヴァーナが約束したことについて、私は咎めません。ただ、ゼロさんの父上であるジルカース殿は、彼だけは、“デオン様が決着をつけたい“と望んでおられます」
「どうして……?アカツキさんを生かしてるなら、ジルカースさんだっていいんじゃないの?」
「アカツキ殿はアカツキ殿として生かしたい、ジルカース殿はシルカース殿として決着をつけたい、その様です」
「メリル、僕にはわかんないよ……」

親友の父の処遇に関して悩むイルヴァーナに、メリルは一言、

「ある意味で、これもひとつの友情の形なのかもしれません」

と、遠くを見る様な眼差しで告げた。
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