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第二部
第十話 古の神々の復活〜キシュラーナとシュビラーナ〜
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オネストの言葉もあり、一路北の国カンキへ向かったジルカース達は、吹雪く景色の中、かつて訪れた雪原の遺跡へと向かった。
「北の国でめぼしい所といや、このへんくらいのもんですけど。一応街で聞き込みしてくればよかったですかね」
問いかけるキスクに、「いや大丈夫だ」と答えたジルカースには、確証のようなものがあった。
遺跡に近づく程に、耳鳴りの様な鈴の音の様な、不思議な音が聞こえていたからであった。
「かつての神であったジルカースの身にそんな音が聞こえるということは、ここで間違いないのね」
「恐らくは……」
テオの言葉にそう返したジルカースは、抜いた神殺しの刀を手にすると、それを指針にするように掲げながら、遺跡への道を進んでいった。
遺跡の入り口には見張り兵の姿もなかった。
もはや歴史の中からも、神に関わる遺跡であることが忘れ去られようとしているのであろう、と予測された。
数多の石階段とアーチ門を越え、人の気配もない雪に埋もれ冷えきった遺跡の奥へ辿り着く。
一回りほどの石舞台のような場所の奥に、うっすらと白字の魔法陣のような封印が施された扉があった。
固く閉ざされた扉へジルカースが歩み寄ると、手にした神殺しの刀がカタカタと震え始める。遠く聞こえていた耳鳴りは、はっきりと強いものになっていた。
「ここで当たりのようだ」
ジルカースがそう告げるなり、観音開きの扉はゆっくりとその封印を解いた。
開いた扉の奥には、前回来た時とは違い、長い石階段が地下へと続いていた。
『かつての神と呼ばれた方々よ、参られよ』
ジルカースの意識の中に、かつて耳にしたその声が響いてくる。
入ることを許可されたと受け取ったジルカースは、仲間たちを伴って石階段の先の地下へと進んでいった。
ランプで照らし出した地下には、50メートルずつほどの祭壇の様な空間が広がっていた。
その天井は遥か地上よりも上空まで続いており、かなり大きな空間であることが見てとれた。
左右の壁には、大鳥と大狼が掘られた壁画の様なものがあり、その随所に蒼の宝玉の様なものが埋め込まれていた。どうやらジルカースのもつ神殺しの刀に埋まっているものと同じものと思われた。
「同じだ……オネストから聞いた神話とも、テオが言っていた神話とも」
「ここで間違いないのね」
そう言ったジルカースとテオが視線を合わせる。息を呑んだ一同の立った、冷え切った空間の只中に、突如として突風が巻き起こった。
冷気をはらんだ空気が凝縮され、その只中に現れたのは、蒼い毛並みを持った大狼だった。
『久方ぶりですね、こうして会うのは初めてか。私の名はシュビラーナ。私を必要とされるということは、“彼“……ヤンドーラもこの世界へ現れているのですね』
ビリビリと空間を震わせながら、そう語りかける大狼に、一同は驚き呆然と立っている。
その中でただひとり一歩踏み出したジルカースは、自分の十倍ほどもある大狼へ向かって語りかけた。
「ああ、“いかづちを使う大きな紅い鳥“覚えがあるだろう」
『……懐かしいです、いや、苦しいと言った方が正しいか』
大狼はそう返すと、塞がれた天を見つめて、かつての大鳥を思い出す様に目を閉じる。
『確か彼は時空の狭間に封じられたはずですが……よもや蘇って居たとは。彼とは長きにわたり幾度も戦い、双方の民草は沢山の血を流しました。これ以上の戦いは無意味だ』
「だが、あの超人的な力を前にしては、今の俺たちにはあなたを頼るほかない。どうか助けてはくれないか」
大狼はしばらく黙すると、神殺しの刀を手にしたジルカースへ向かって問いかけた。
『大鳥ヤンドーラは、あなたの手にする神殺しの剣でも倒すことができるはず。それでもなお、封印された私の力を必要とすると言うことは、この世界へ私を呼び戻すそれなりの“縁と力“が必要です』
「それなりの縁と力……というと?」
『私のかつての仲間に、大亀の神“キシュラーナ“がいました。彼はヤンドーラとの戦いで滅びてしまった。けれど、彼の再興を願う民草はまだこの地に生きている』
初耳だ、と言う一同に、シュビラーナは頭上へ光る世界地図を展開すると、長い尾で指し示す様に言った。
『この北の国の山を、西に超えた北西の地に、キシュラーナを崇めていた民たちが生きています。彼らの住む土地に、キシュラーナの遺骨があるはず』
「それを復活させればいいのか……?でもそんなことどうやって……」
戸惑うジルカースへ向かって、シュビラーナは尻尾で指し示す様にして告げた。
『神が復活するためには、それを必要とする民草の強い願いが必要です。そして復活の儀式に介添えする別の神の力もまた』
「つまり以前の神だった俺の力が必要、ということか?」
『左様。私はここから出られぬ身です。この封印を解くには、キシュラーナとあなた達の力が必要だ』
「……わかった。そのキシュラーナの遺骨があるという地へは、何を頼りに向かえばいい」
『私の力を、あなたのピアスに宿しましょう。神殺しの剣を受け取りにこられた時の様に、あなたを導いてくれるはずです』
そう言ったシュビラーナの頭上に現れた念の塊が、ジルカースのピアスの中に煌めきながら宿る。
『私の結界外、この遺跡の外へと出れば、ピアスが方角を指し示してくれます』
「わかった、協力感謝する。みんな、回り道にはなってしまうが、行こう」
ジルカースの言葉に一同は頷きあって、その場を後にした。
北西の地へと向かう馬車の中で、一同は改めて今後のことについて話し合いを始めた。
「さっきのシュビラーナっていう大狼の言葉、本当なのかな」
「今は他に頼れる力もない、信じるほかあるまい」
不安げな様子で行末を心配するキスクに、ジルカースはかつてシュビラーナから受け取った神殺しの刀を見つめながら、静かにそう返した。
神殺しの刀を手にする瞬間、ジルカースはいつも心に凪(なぎ)が訪れる様な、不思議な感覚に陥るのだった。
それはきっと、シュビラーナが伝承の通り争いを好まず、穏やかな性格であることに関係しているのであろうと思われた。
ジルカースのピアスから伸びる光は、穏やかに、しかしはっきりと、北西の地を指し示していた。
たどり着いたのは、白樺に覆われた、大きな湖に浮かぶ小島。そこにひっそりとたたずむ隠れ里だった。
日も落ちかけた村の入り口で、馬車から降りた一同に、村の番兵らしき人物二人が駆け寄る。
「大狼神シュビラーナの導きによりこの地へ来た。大亀神キシュラーナを復活させたい」
ジルカースの言葉に驚いた様子の村人たちは、ひとまず村長へ面会する様にと、一同を村の中へと案内した。
大きな木造の屋敷の中で村長らと対面したジルカースは、目の前に神殺しの刀を置き、神から力を預かった印として提示した。
「なるほど、確かにこの蒼の宝玉は大狼神シュビラーナのもの。あなたのピアスからも人属性の神力を感じます。あなた方は間違いなく神の使いのようだ……キシュラーナ神の遺骨をこれへ」
村長の声により、村人たちが三メートルほどの大きな木箱を持ってきた。
その中には、ゾウの骨よりも巨大な遺骨が横たわっていた。
「これを憑代(よりしろ)に、キシュラーナ神を復活させられましょう。しかしながら、現在の我々の村には、降霊師の血筋が途絶えてしまっておりましてな……儀式の際の舞い手も、若人が少なくなったことによりおらなんだ」
「降霊師……?あたしじゃだめかな?」
村長の言葉に、ジルカースの後ろで話を聞いていたルトラが手をあげ立ち上がった。
続く様にイヴァンも挙手をして立ち上がると、「舞い手なら、オレも村の祭りでやった経験があります」と言う。
「違う村の文化なんだから、はいそうですかってできる訳ないだろ……ねぇ村長さん」
「そんな奇跡が……いや、できるかもしれん」
驚きながらも、キスクの言葉をやんわり否定した村長は、慌てた様子で文献を持ってくるよう指示を出す。
やがて一同の前に持って来られた木管でできた文献には、復活の儀式の詳細が記されていた。
“篝火を焚いた祭壇の前で舞い手が踊り、それを目前に降霊師が祈り、キシュラーナ神の霊体を遺骨へと降ろす“
「オッケー!なんとなくわかった!」
「だいじょぶ!いけるいける!」
「ほんとかよ!?そんなテキトーな感じでいいのか!?」
“おいおい大丈夫か“と言った様子の一同に、イヴァンもルトラもいたってあっけらかんとした様子である。
ただひとり村長だけは、何かを察した様子で 二人に問いかけた。
「大鳥神ヤンドーラの伝承は、あなた方の地には伝わっていないかね?おそらくは、共通する古の神々の文化があっての儀式と思うがね」
「それって紅い大鳥のこと?ウチらの東の国にはそういう神話が存在したみたいだけど」
「オレ小さいときに聞いたことあります。紅いオオトリ様のピアスを盗んだやつがいたって。村長と父さんたちが噂してた。村で大事にされてきたものみたいだけど」
「おそらくはそれだろう、双方の村に共通した古の神々の歴史があったんだ」
ジルカースの言葉に「なるほど!」と手を叩いたイヴァンとルトラは、「やっぱオレたちでやれそーじゃね」「いけるいける」とやる気満々である。
一抹の不安をぬぐいきれないジルカースは、村長へと問いかける。
「村長、本当にできるのか?」
「いずれにせよやってみる他あるまい。キシュラーナ神の復活は我々の悲願だ。あなた方の助力を得られるのもまた、キシュラーナ神のお導きであろう」
かくして儀式はその晩、実行に移された。
篝火を両脇に焚いた祭壇、その中央にはキシュラーナ神の遺骨が据えられている。
それを面前に、太鼓の音に合わせてイヴァンが剣舞を舞う。
厳かな空気の中、ルトラが降霊術を用いて祈りを開始した。
キシュラーナ神を呼び寄せるための祝詞を、木管を前に広げ、読み上げる。
「聞こしめしませ、これより古の神に願い奉るは、うつしよへの再臨の悲願なり」
ルトラの降霊の様子を、その背中から見守っていたデロは、一筋の虚空を指し示す。その先にあるキシュラーナの遺骨の真上に、ズズ、と音をあげながら発生した光の渦が集まってゆく。
太鼓の音が一際大きくなった時だった。
光の渦の中に吸い込まれた大きな遺骨が、再構成するように新たな骨格を形どる。
呆気に取られる一同の目前で、星々の煌めきのような光を発しながら、二十メートルほどの大亀神キシュラーナの姿が再生されていった。
『ああ……懐かしい香りだ』
それが再臨した大亀神キシュラーナの第一声だった。
『私を呼び戻したのはあなた達か?シュビラーナの使者の匂いもするな』
「現世へ呼び戻したこと、失礼する。あなたにシュビラーナ神の封印を解いていただきたい」
それからジルカースは、キシュラーナとその傘下の村人達へ、自分たちがシュビラーナの封印解放を望んでいること、東の国で起こっているヤンドーラが絡んだ戦を止めたいこと、を願い出た。
『私が居ない間にそのようなことが起こっていたとは……して、あなたたちはそれを成したのち、我々神々をどうするおつもりか』
「何も。ただ元来あった場に戻り、民草とともに生きていただきたい、そう願います」
『……なるほど、わかりました』
ジルカースの言葉に了承したキシュラーナは、村長に旅先での憑代となるものを差し出すよう命じた。
「憑代……?降霊師のあたしじゃだめなの?」
『我々神には、神力が備わっています。力を貸すならば、神力の属性を同じくする人間、そして魂の波長の合う人間でなければならない』
「そんなおあつらえ向きの人間がいるのか……?」
そのジルカースの言葉動揺、一同は戸惑いを隠せない。
そこで、キシュラーナがテオの姿に目を止めた。
『おや、あなたも人属性の神力を使うのですね。祈りの力で対象の気の流れを操る神力……これは良い』
「わたし、ですか……?」
テオのが手にした再臨の鏡を指差したキシュラーナは、『これに宿るとしましょう』と言って、煙が吸い込まれるかのように、そのまま鏡の中へと入り込んだ。
『あなたが願えば、わたしもここから力をお貸ししましょう』
そう言うと、キシュラーナの気は鏡の中へと落ち着いた。
「やった!母さんの鏡に入ったよ」
「やれやれ、なんだかすごいことがいっぺんに起こってる気がするけど、うまく行ったようでよかったよ」
ゼロとアイラの言葉に、「まじでこんな上手くいくとは思わなかったわ」「ほんとほんと、出てきた時マジでビビった」と、ルトラとイヴァンが感動げに返す。
「これっ、まだ神の御前であるぞ、私語は慎むように」
そこに村長の怒りの声が響き渡り、ルトラとイヴァンは驚きながら背を縮こめた。
「村長ってどこの村でも怖いのな……」
「それはしょうがないっしょ」
その翌朝、村長の了解を得て村を出ることとなったジルカース達のもとへ、ひとりの女性がやってきた。
よくよく見ると、化粧と耳飾りが施されたその姿は、女性にしては痩せ身だった。どうやら女装をして育てられた青年の様だった。
「村の掟に従い、あなた方に同行させていただきます」
「なるほど、神の力が悪用されないための監視、ってところかね」
アイラの言葉に頷いた、キアラと名乗った水色の髪色の青年は、膝をつくと一同にうやうやしく一礼した。
そのまま、手にした小刀で後ろに結えていた髪を切り落とす。
側に連れていた村人に、村長へ渡すようにと言って髪束を差し出したキアラは、ジルカースへ手を差し出すと、改めて挨拶をした。
「あなたがこの一団の長で間違いないですね。先ほどの物おじせぬ交渉、お見事でした。これよりわたしはあなた方と行動を共にします、くれぐれも道を違えられませぬよう」
「分かった、よろしく頼む」
かくして、その賑やかさを増したジルカース一行は、馬車にて北の国の遺跡へと向かっていた。その道中で、オネストから状況確認の通信が入る。
「よもや北西の村まで足を伸ばしておられたとは……して、首尾はいかがでしたかな」
「無事、キシュラーナ神を復活させ、力を借りることに成功した。監視の目はついているがな」
「監視のキアラと申します、よろしくお頼みいたします」
仲間が増えたことに驚いた様子のオネストだったが、キアラの素直な挨拶を前にひとまず信頼した様だった。
東の国では相変わらず膠着状態が続いていることを示しながら、オネストはジルカースたちの旅の無事を祈った。
「キアラさん、あなたもご縁があっての仲間です、どうかこの旅の行末を見守ってください。ジルカース殿も、どうかご無事のお戻りをお祈りしております」
「ありがとう、そちらはよろしく任せた」
そして北の国へと戻ってきたジルカース達は、再びシュビラーナの遺跡を訪れていた。
祭壇までの道のりの中、キアラが古の神々に関する逸話を話して聞かせてくれた。
「大鳥神ヤンドーラは人を憎んだ神、大狼神シュビラーナは人を愛した神、そして我々の神、大亀神キシュラーナは何より人を尊重した神、とされています」
「なるほどなぁ、三つの神々によってかつての世界が維持されていた訳か。旦那が神様だった頃から居る三神なのかな?」
キスクの問いに、ギョッとした様子でジルカースを見たキアラは、「お前も、神だったのか……?」と疑い半分で問いかける。
「俺は千六百年あまり、もうひとりの部下と共に、天上において人々を監視していた……それが神と言えるのかどうかはわからないがな」
信じられない、といった様子でジルカースをジロジロと見るキアラに、テオがややソワソワとした眼差しで視線を送る。
それを見かねたアイラが、ヒソヒソ声で「心配しなくてもジルカースはテオにぞっこんだよ」と話しかける。
「母さんとアイラさんは何を話してるの?」
「女にしかわからない野暮な話だろ、ほっとけよ」
ゼロの問いにそう返したキスクは、耳の穴をほじりながらどうでもいいやという様に返す。
その間に遺跡の地下へと進んだ一行は、再び祭壇の前へと訪れる。
テオの再臨の鏡から現れたキシュラーナは、同じく祭壇の前に現れたシュビラーナと、久方ぶりの再会を喜んだ。
『久しぶりだねシュビラーナ』
『復活してくれたこと、嬉しく思うよキシュラーナ』
ひとしきり再会を喜んだ二人は、シュビラーナの封印を解いてほしいと言う願いを聞くため、彼の両後ろ足に絡まるツタのような封印を断ち切った。
『簡単ではあるが、これは神の力を持つ者、対象に縁のある者にしか出来ないことなのだよ』
そう言ったキシュラーナの言葉に、一瞬イクリプセを謎の黒いツルから解放した時の情景が重なったゼロは、隣に立ってぼうっと眺めているイクリプセを見やる。
「イクリプセ、今の感じ、身に覚えがない?」
「ん?ああ、二人とも仲がいいね。私ときみみたいだ」
そうじゃないよ、と言いたげなゼロに対し、イクリプセは「ああ、イルヴァーナのことも忘れていないよ」と付け加える。
(イクリプセって鋭いのか天然なのかわからないなぁ)
そんなことを思案しているゼロをよそに、シュビラーナは改まってジルカースに伝えた。
『私はこれよりジルカース、きみの神殺しの剣に宿らせてもらうことにするよ。ぐれぐれも扱いには気をつけて』
そう言って刀の波紋に紛れる様にかき消えたシュビラーナに、ジルカースは未だ疑問ありげな表情をして黙した。
(結局俺が神だった頃のことと、三神と、どう関係あるのか、聞けなかったな)
この後の旅路でいずれ聞けるのだろうか、と思案しながら、ジルカースは仲間たちと共に東の国へ戻る旅路へとついたのだった。
「北の国でめぼしい所といや、このへんくらいのもんですけど。一応街で聞き込みしてくればよかったですかね」
問いかけるキスクに、「いや大丈夫だ」と答えたジルカースには、確証のようなものがあった。
遺跡に近づく程に、耳鳴りの様な鈴の音の様な、不思議な音が聞こえていたからであった。
「かつての神であったジルカースの身にそんな音が聞こえるということは、ここで間違いないのね」
「恐らくは……」
テオの言葉にそう返したジルカースは、抜いた神殺しの刀を手にすると、それを指針にするように掲げながら、遺跡への道を進んでいった。
遺跡の入り口には見張り兵の姿もなかった。
もはや歴史の中からも、神に関わる遺跡であることが忘れ去られようとしているのであろう、と予測された。
数多の石階段とアーチ門を越え、人の気配もない雪に埋もれ冷えきった遺跡の奥へ辿り着く。
一回りほどの石舞台のような場所の奥に、うっすらと白字の魔法陣のような封印が施された扉があった。
固く閉ざされた扉へジルカースが歩み寄ると、手にした神殺しの刀がカタカタと震え始める。遠く聞こえていた耳鳴りは、はっきりと強いものになっていた。
「ここで当たりのようだ」
ジルカースがそう告げるなり、観音開きの扉はゆっくりとその封印を解いた。
開いた扉の奥には、前回来た時とは違い、長い石階段が地下へと続いていた。
『かつての神と呼ばれた方々よ、参られよ』
ジルカースの意識の中に、かつて耳にしたその声が響いてくる。
入ることを許可されたと受け取ったジルカースは、仲間たちを伴って石階段の先の地下へと進んでいった。
ランプで照らし出した地下には、50メートルずつほどの祭壇の様な空間が広がっていた。
その天井は遥か地上よりも上空まで続いており、かなり大きな空間であることが見てとれた。
左右の壁には、大鳥と大狼が掘られた壁画の様なものがあり、その随所に蒼の宝玉の様なものが埋め込まれていた。どうやらジルカースのもつ神殺しの刀に埋まっているものと同じものと思われた。
「同じだ……オネストから聞いた神話とも、テオが言っていた神話とも」
「ここで間違いないのね」
そう言ったジルカースとテオが視線を合わせる。息を呑んだ一同の立った、冷え切った空間の只中に、突如として突風が巻き起こった。
冷気をはらんだ空気が凝縮され、その只中に現れたのは、蒼い毛並みを持った大狼だった。
『久方ぶりですね、こうして会うのは初めてか。私の名はシュビラーナ。私を必要とされるということは、“彼“……ヤンドーラもこの世界へ現れているのですね』
ビリビリと空間を震わせながら、そう語りかける大狼に、一同は驚き呆然と立っている。
その中でただひとり一歩踏み出したジルカースは、自分の十倍ほどもある大狼へ向かって語りかけた。
「ああ、“いかづちを使う大きな紅い鳥“覚えがあるだろう」
『……懐かしいです、いや、苦しいと言った方が正しいか』
大狼はそう返すと、塞がれた天を見つめて、かつての大鳥を思い出す様に目を閉じる。
『確か彼は時空の狭間に封じられたはずですが……よもや蘇って居たとは。彼とは長きにわたり幾度も戦い、双方の民草は沢山の血を流しました。これ以上の戦いは無意味だ』
「だが、あの超人的な力を前にしては、今の俺たちにはあなたを頼るほかない。どうか助けてはくれないか」
大狼はしばらく黙すると、神殺しの刀を手にしたジルカースへ向かって問いかけた。
『大鳥ヤンドーラは、あなたの手にする神殺しの剣でも倒すことができるはず。それでもなお、封印された私の力を必要とすると言うことは、この世界へ私を呼び戻すそれなりの“縁と力“が必要です』
「それなりの縁と力……というと?」
『私のかつての仲間に、大亀の神“キシュラーナ“がいました。彼はヤンドーラとの戦いで滅びてしまった。けれど、彼の再興を願う民草はまだこの地に生きている』
初耳だ、と言う一同に、シュビラーナは頭上へ光る世界地図を展開すると、長い尾で指し示す様に言った。
『この北の国の山を、西に超えた北西の地に、キシュラーナを崇めていた民たちが生きています。彼らの住む土地に、キシュラーナの遺骨があるはず』
「それを復活させればいいのか……?でもそんなことどうやって……」
戸惑うジルカースへ向かって、シュビラーナは尻尾で指し示す様にして告げた。
『神が復活するためには、それを必要とする民草の強い願いが必要です。そして復活の儀式に介添えする別の神の力もまた』
「つまり以前の神だった俺の力が必要、ということか?」
『左様。私はここから出られぬ身です。この封印を解くには、キシュラーナとあなた達の力が必要だ』
「……わかった。そのキシュラーナの遺骨があるという地へは、何を頼りに向かえばいい」
『私の力を、あなたのピアスに宿しましょう。神殺しの剣を受け取りにこられた時の様に、あなたを導いてくれるはずです』
そう言ったシュビラーナの頭上に現れた念の塊が、ジルカースのピアスの中に煌めきながら宿る。
『私の結界外、この遺跡の外へと出れば、ピアスが方角を指し示してくれます』
「わかった、協力感謝する。みんな、回り道にはなってしまうが、行こう」
ジルカースの言葉に一同は頷きあって、その場を後にした。
北西の地へと向かう馬車の中で、一同は改めて今後のことについて話し合いを始めた。
「さっきのシュビラーナっていう大狼の言葉、本当なのかな」
「今は他に頼れる力もない、信じるほかあるまい」
不安げな様子で行末を心配するキスクに、ジルカースはかつてシュビラーナから受け取った神殺しの刀を見つめながら、静かにそう返した。
神殺しの刀を手にする瞬間、ジルカースはいつも心に凪(なぎ)が訪れる様な、不思議な感覚に陥るのだった。
それはきっと、シュビラーナが伝承の通り争いを好まず、穏やかな性格であることに関係しているのであろうと思われた。
ジルカースのピアスから伸びる光は、穏やかに、しかしはっきりと、北西の地を指し示していた。
たどり着いたのは、白樺に覆われた、大きな湖に浮かぶ小島。そこにひっそりとたたずむ隠れ里だった。
日も落ちかけた村の入り口で、馬車から降りた一同に、村の番兵らしき人物二人が駆け寄る。
「大狼神シュビラーナの導きによりこの地へ来た。大亀神キシュラーナを復活させたい」
ジルカースの言葉に驚いた様子の村人たちは、ひとまず村長へ面会する様にと、一同を村の中へと案内した。
大きな木造の屋敷の中で村長らと対面したジルカースは、目の前に神殺しの刀を置き、神から力を預かった印として提示した。
「なるほど、確かにこの蒼の宝玉は大狼神シュビラーナのもの。あなたのピアスからも人属性の神力を感じます。あなた方は間違いなく神の使いのようだ……キシュラーナ神の遺骨をこれへ」
村長の声により、村人たちが三メートルほどの大きな木箱を持ってきた。
その中には、ゾウの骨よりも巨大な遺骨が横たわっていた。
「これを憑代(よりしろ)に、キシュラーナ神を復活させられましょう。しかしながら、現在の我々の村には、降霊師の血筋が途絶えてしまっておりましてな……儀式の際の舞い手も、若人が少なくなったことによりおらなんだ」
「降霊師……?あたしじゃだめかな?」
村長の言葉に、ジルカースの後ろで話を聞いていたルトラが手をあげ立ち上がった。
続く様にイヴァンも挙手をして立ち上がると、「舞い手なら、オレも村の祭りでやった経験があります」と言う。
「違う村の文化なんだから、はいそうですかってできる訳ないだろ……ねぇ村長さん」
「そんな奇跡が……いや、できるかもしれん」
驚きながらも、キスクの言葉をやんわり否定した村長は、慌てた様子で文献を持ってくるよう指示を出す。
やがて一同の前に持って来られた木管でできた文献には、復活の儀式の詳細が記されていた。
“篝火を焚いた祭壇の前で舞い手が踊り、それを目前に降霊師が祈り、キシュラーナ神の霊体を遺骨へと降ろす“
「オッケー!なんとなくわかった!」
「だいじょぶ!いけるいける!」
「ほんとかよ!?そんなテキトーな感じでいいのか!?」
“おいおい大丈夫か“と言った様子の一同に、イヴァンもルトラもいたってあっけらかんとした様子である。
ただひとり村長だけは、何かを察した様子で 二人に問いかけた。
「大鳥神ヤンドーラの伝承は、あなた方の地には伝わっていないかね?おそらくは、共通する古の神々の文化があっての儀式と思うがね」
「それって紅い大鳥のこと?ウチらの東の国にはそういう神話が存在したみたいだけど」
「オレ小さいときに聞いたことあります。紅いオオトリ様のピアスを盗んだやつがいたって。村長と父さんたちが噂してた。村で大事にされてきたものみたいだけど」
「おそらくはそれだろう、双方の村に共通した古の神々の歴史があったんだ」
ジルカースの言葉に「なるほど!」と手を叩いたイヴァンとルトラは、「やっぱオレたちでやれそーじゃね」「いけるいける」とやる気満々である。
一抹の不安をぬぐいきれないジルカースは、村長へと問いかける。
「村長、本当にできるのか?」
「いずれにせよやってみる他あるまい。キシュラーナ神の復活は我々の悲願だ。あなた方の助力を得られるのもまた、キシュラーナ神のお導きであろう」
かくして儀式はその晩、実行に移された。
篝火を両脇に焚いた祭壇、その中央にはキシュラーナ神の遺骨が据えられている。
それを面前に、太鼓の音に合わせてイヴァンが剣舞を舞う。
厳かな空気の中、ルトラが降霊術を用いて祈りを開始した。
キシュラーナ神を呼び寄せるための祝詞を、木管を前に広げ、読み上げる。
「聞こしめしませ、これより古の神に願い奉るは、うつしよへの再臨の悲願なり」
ルトラの降霊の様子を、その背中から見守っていたデロは、一筋の虚空を指し示す。その先にあるキシュラーナの遺骨の真上に、ズズ、と音をあげながら発生した光の渦が集まってゆく。
太鼓の音が一際大きくなった時だった。
光の渦の中に吸い込まれた大きな遺骨が、再構成するように新たな骨格を形どる。
呆気に取られる一同の目前で、星々の煌めきのような光を発しながら、二十メートルほどの大亀神キシュラーナの姿が再生されていった。
『ああ……懐かしい香りだ』
それが再臨した大亀神キシュラーナの第一声だった。
『私を呼び戻したのはあなた達か?シュビラーナの使者の匂いもするな』
「現世へ呼び戻したこと、失礼する。あなたにシュビラーナ神の封印を解いていただきたい」
それからジルカースは、キシュラーナとその傘下の村人達へ、自分たちがシュビラーナの封印解放を望んでいること、東の国で起こっているヤンドーラが絡んだ戦を止めたいこと、を願い出た。
『私が居ない間にそのようなことが起こっていたとは……して、あなたたちはそれを成したのち、我々神々をどうするおつもりか』
「何も。ただ元来あった場に戻り、民草とともに生きていただきたい、そう願います」
『……なるほど、わかりました』
ジルカースの言葉に了承したキシュラーナは、村長に旅先での憑代となるものを差し出すよう命じた。
「憑代……?降霊師のあたしじゃだめなの?」
『我々神には、神力が備わっています。力を貸すならば、神力の属性を同じくする人間、そして魂の波長の合う人間でなければならない』
「そんなおあつらえ向きの人間がいるのか……?」
そのジルカースの言葉動揺、一同は戸惑いを隠せない。
そこで、キシュラーナがテオの姿に目を止めた。
『おや、あなたも人属性の神力を使うのですね。祈りの力で対象の気の流れを操る神力……これは良い』
「わたし、ですか……?」
テオのが手にした再臨の鏡を指差したキシュラーナは、『これに宿るとしましょう』と言って、煙が吸い込まれるかのように、そのまま鏡の中へと入り込んだ。
『あなたが願えば、わたしもここから力をお貸ししましょう』
そう言うと、キシュラーナの気は鏡の中へと落ち着いた。
「やった!母さんの鏡に入ったよ」
「やれやれ、なんだかすごいことがいっぺんに起こってる気がするけど、うまく行ったようでよかったよ」
ゼロとアイラの言葉に、「まじでこんな上手くいくとは思わなかったわ」「ほんとほんと、出てきた時マジでビビった」と、ルトラとイヴァンが感動げに返す。
「これっ、まだ神の御前であるぞ、私語は慎むように」
そこに村長の怒りの声が響き渡り、ルトラとイヴァンは驚きながら背を縮こめた。
「村長ってどこの村でも怖いのな……」
「それはしょうがないっしょ」
その翌朝、村長の了解を得て村を出ることとなったジルカース達のもとへ、ひとりの女性がやってきた。
よくよく見ると、化粧と耳飾りが施されたその姿は、女性にしては痩せ身だった。どうやら女装をして育てられた青年の様だった。
「村の掟に従い、あなた方に同行させていただきます」
「なるほど、神の力が悪用されないための監視、ってところかね」
アイラの言葉に頷いた、キアラと名乗った水色の髪色の青年は、膝をつくと一同にうやうやしく一礼した。
そのまま、手にした小刀で後ろに結えていた髪を切り落とす。
側に連れていた村人に、村長へ渡すようにと言って髪束を差し出したキアラは、ジルカースへ手を差し出すと、改めて挨拶をした。
「あなたがこの一団の長で間違いないですね。先ほどの物おじせぬ交渉、お見事でした。これよりわたしはあなた方と行動を共にします、くれぐれも道を違えられませぬよう」
「分かった、よろしく頼む」
かくして、その賑やかさを増したジルカース一行は、馬車にて北の国の遺跡へと向かっていた。その道中で、オネストから状況確認の通信が入る。
「よもや北西の村まで足を伸ばしておられたとは……して、首尾はいかがでしたかな」
「無事、キシュラーナ神を復活させ、力を借りることに成功した。監視の目はついているがな」
「監視のキアラと申します、よろしくお頼みいたします」
仲間が増えたことに驚いた様子のオネストだったが、キアラの素直な挨拶を前にひとまず信頼した様だった。
東の国では相変わらず膠着状態が続いていることを示しながら、オネストはジルカースたちの旅の無事を祈った。
「キアラさん、あなたもご縁があっての仲間です、どうかこの旅の行末を見守ってください。ジルカース殿も、どうかご無事のお戻りをお祈りしております」
「ありがとう、そちらはよろしく任せた」
そして北の国へと戻ってきたジルカース達は、再びシュビラーナの遺跡を訪れていた。
祭壇までの道のりの中、キアラが古の神々に関する逸話を話して聞かせてくれた。
「大鳥神ヤンドーラは人を憎んだ神、大狼神シュビラーナは人を愛した神、そして我々の神、大亀神キシュラーナは何より人を尊重した神、とされています」
「なるほどなぁ、三つの神々によってかつての世界が維持されていた訳か。旦那が神様だった頃から居る三神なのかな?」
キスクの問いに、ギョッとした様子でジルカースを見たキアラは、「お前も、神だったのか……?」と疑い半分で問いかける。
「俺は千六百年あまり、もうひとりの部下と共に、天上において人々を監視していた……それが神と言えるのかどうかはわからないがな」
信じられない、といった様子でジルカースをジロジロと見るキアラに、テオがややソワソワとした眼差しで視線を送る。
それを見かねたアイラが、ヒソヒソ声で「心配しなくてもジルカースはテオにぞっこんだよ」と話しかける。
「母さんとアイラさんは何を話してるの?」
「女にしかわからない野暮な話だろ、ほっとけよ」
ゼロの問いにそう返したキスクは、耳の穴をほじりながらどうでもいいやという様に返す。
その間に遺跡の地下へと進んだ一行は、再び祭壇の前へと訪れる。
テオの再臨の鏡から現れたキシュラーナは、同じく祭壇の前に現れたシュビラーナと、久方ぶりの再会を喜んだ。
『久しぶりだねシュビラーナ』
『復活してくれたこと、嬉しく思うよキシュラーナ』
ひとしきり再会を喜んだ二人は、シュビラーナの封印を解いてほしいと言う願いを聞くため、彼の両後ろ足に絡まるツタのような封印を断ち切った。
『簡単ではあるが、これは神の力を持つ者、対象に縁のある者にしか出来ないことなのだよ』
そう言ったキシュラーナの言葉に、一瞬イクリプセを謎の黒いツルから解放した時の情景が重なったゼロは、隣に立ってぼうっと眺めているイクリプセを見やる。
「イクリプセ、今の感じ、身に覚えがない?」
「ん?ああ、二人とも仲がいいね。私ときみみたいだ」
そうじゃないよ、と言いたげなゼロに対し、イクリプセは「ああ、イルヴァーナのことも忘れていないよ」と付け加える。
(イクリプセって鋭いのか天然なのかわからないなぁ)
そんなことを思案しているゼロをよそに、シュビラーナは改まってジルカースに伝えた。
『私はこれよりジルカース、きみの神殺しの剣に宿らせてもらうことにするよ。ぐれぐれも扱いには気をつけて』
そう言って刀の波紋に紛れる様にかき消えたシュビラーナに、ジルカースは未だ疑問ありげな表情をして黙した。
(結局俺が神だった頃のことと、三神と、どう関係あるのか、聞けなかったな)
この後の旅路でいずれ聞けるのだろうか、と思案しながら、ジルカースは仲間たちと共に東の国へ戻る旅路へとついたのだった。
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