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19 聖域の中で
しおりを挟む「…………」
アーサーに置いていかれた後、私はひとり悩んだ。
私は、果たしてどこにいるべきか。
とりあえずアーサーの部屋から自室に戻ってきて、寝台に座って考える。
何の制約も無いならば、本でも読んでいたいところだった。
だが、今はどうもそうする気持ちになれなかった。
アーサーが戦っている。
災厄の討伐のため、その身を投じている。
今ならどんな本を読んでも、何も頭に入ってこない可能性があった。
自分の住む村が災厄に襲われた時の記憶はまだ生々しく残っている。不意に理不尽な力に襲われて命を落としそうになるという経験は、身体の深いところに根を張っているようだった。
だが、今の私は再び災厄の起きた所に行って戦わされたり、身の危険に晒されるようなことはない。
アーサーは違う。
災厄を祓える魔力を神と契約出来る者は世界で一人だけ。アーサーは王家の子息の中で高い素養を持って生まれてきたから、災厄を祓う者として契約を余儀なくされた。
必然として、アーサーは戦い続けなくてはいけない。
「……、ふう」
寝台の上で目を瞑って身体を休めようとしたけれど、アーサーの事が気にかかって眠れなかった。
暫くごろごろした後、私はむくりと身体を起こす。
そして、王宮の中のある場所を目指して歩いた。
やってきたのは王宮の隅にある聖堂だった。
王宮には公的な儀式を執り行う大聖堂が存在するが、ここは王宮に住む人が個人的に使用する聖堂らしい。儀式の簡単な練習をする為に使ったり、単純に人気のない場所で休憩したい時に利用したり、色々な用途はあるようだ。
私は、祈る為にここに来た。
前世の頃からもともと信心深い性格ではないけれど、それでも大事な事が控えている時にはお参りに行って願掛けした事もある。
でも、誰かの為に祈ろうというのは今回が初めてだった。
私はアーサーの為にここに来た。
アーサーは国民のため、王家のために戦い続けている。
だから、アーサーの無事を祈る為にここに来た。
ベルリッツという異国に来ても、ミサや祈りの式次第は前世で聞いた作法と然程変わりが無かった。
ここの礼拝は、そもそも神にお願いを聞いてもらうような類のものではないとは聞いているが……。
だが、私は構わず祈る事にした。
転生して何故だかベルリッツに生まれた私のような存在もいるのだ。特例で私の祈りを聞いてくれてもいいではないか。
――アーサーが無事に帰りますように。
――アーサー以外の軍人さんも、民間人も、死傷者が誰も出ませんように。
――ベルリッツの災厄が一刻も早く全て祓われて、平和が訪れますように。
私は目を瞑って、アーサーの為に祈り続けた。
……いや。
恐らく、アーサーの為だけではない。
私は、私の為にも祈りたいのだ。
アーサーが怪我や病で今まで通りに暮らせなくなったら、私の心にも暗い影が落ちる事だろう。
災厄の討伐の主力がいなくなったからというだけではない。
王宮に来て一緒に過ごした結果、アーサーは抜けている所もあるし、ちょっと奇妙な一面もあるけど、懸命に日々を生きている人間だという事を知ってしまった。
そして、アーサーのお陰で私の世界は広がったと確かに言える。アーサーに出会っていなければ、リズリーやクロードと交流する事は出来なかっただろう。
そんなアーサーに何か悪い事が起きるのは忍びない。それが王家の人間の責務と言われても、私は全てを納得して飲み込む事は出来ないだろう。
アーサーは美味しいものを食べているだろうか。
一緒に働く事になる軍人さんとは、仲の良い人はいるだろうか。
――これでは、本当にカウンセリングをする者みたいだ。
妙な仕事を請ける事になってしまって、それでも請けたからにはきっちりやろうとした結果、意識が引っ張られてしまったのかもしれない。
……そうだ。
祈りを終えた私は、ぱんと頬をはたき、気合を入れ直した。
折角だ。この場を借りて、猫としての勉強でもしようか。
学生だろうと仕事をしていようと、どこにいても日々の勉強というのは必要なものなのである。私だって一定期間が経てば王宮を去る予定ではあるけど、お金を貰っている以上自分の出来る限りのサービスを提供出来るようになりたい。
アーサーが私を雇う決め手になった私の髪質は、今のところ綺麗に保っている。王宮の質のいい道具を使っている事もあって、今まで以上に満足してもらえていると自負している。
だが――、それ以上にアーサーを喜ばせる事は出来ないか?
例えば、そうだ。
聴覚――だ。
「……、んなぁ~」
私は遠い記憶を手繰り寄せながら、声を出した。
前世のまだ小さい頃の話だ。野良猫に会った時、何とか猫を呼び寄せようと友人と四苦八苦した事があった。優しく問いかけても逃げられる事を繰り返すばかりだった私達は、【声真似】という行動に辿り着いたのだ。
友人と私とで交互に猫の声真似をして、互いに合格点が出るまで繰り返した。いざ野良猫を呼び寄せようと声真似をしたら、猫は全く反応しなくて、結局私達のやっていた事は間違いだったのかと苦笑しあったのをよく覚えている。
本物の猫からしたら不合格だったかもしれない。
だが、この際人間から見て合格ならばそれでいいのだ。
今度アーサーと触れ合う時はこの声真似もやってみよう。そうしたら喜んでくれるかもしれない。
「んにゃ~、な~あ」
……それにしても。
久々に声真似をしてみたけど、何だか私、昔よりも上達してる……?
おそらく、ここが聖堂である事も関係しているのだろう。お風呂場で歌を歌うと声が反響していつもより歌がうまく聞こえるみたいに、今の私は声がよく響く場所で練習しているからうまく聞こえているのだ。
一時的なものであったとしても、自分のスキルが上がったと思えると、もっともっと頑張りたいと思ってしまう。
私はいい気分で猫の声真似を続けた。
――ギイッ。
「……!?」
意気揚々と猫の声真似をしていた私は、後ろから聞こえた足音にびくりとして、思わず机の下に姿を隠す。
たん、たん――と聖堂の床を踏む足音がする。
……誰か入ってきたんだ。
妙な声を聞かれてしまったと一瞬後悔するけれど、続く声に私は脱力する。
「……おや?もう鳴かなくなってしまったのか。天使の声が聞こえたと思ったんだが……」
――アーサーだ。
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