魔族への生贄にされたので媚びまくって生き残ります

白峰暁

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22_さようなら、レヴィウス様

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 私がストレイウス家の城の一室に連れてこられてから数時間して、ミロワールがメイドを引き連れて部屋に来た。


「シルフィアちゃん、お待たせ。漸く会議が終わったよ。この後一時間くらいしたら君には出発してもらう。で、こちらは食事ね。人間にとって口に合うものだといいんだけど」
「え、こちらをいただいて良いのですか。ミロワール様、私などにありがとうございます……!」


 魔族には人間のような食事を取る習慣が無いようだけど、ミロワールが用意した食事は人間に馴染みがあるメニューが沢山あった。彼が人間の研究をしているからか、こういった文化には詳しいのだろう。


 恐縮する私に対して、ミロワールは手を振って答える。


「礼には及ばないよ。議長なんて面倒な仕事だと思ってたけど、人間が食事してるところを見れるなら頑張ってきた甲斐があるよ!」
「そ、そうですか。私の食べるところなんて面白くもないと思いますが……」
「そんなことないよ。蛇の魔族は食べ物を丸呑みするから、基本的に咀嚼しているところは見れないんだよね。まあやろうと思えばどちらも出来るけどさ」
「そうなのですね。どちらもこなせるだなんて……魔族様は流石です!」
「そうかな。僕は人間が生きる為に必死で咀嚼してるところこそがかわいいと思うけどね。もっと近くで見せてよ」
「あぁ……はぁ」


 嬉々としているミロワールとは裏腹に、私の笑顔は引きつってしまう。


(どうしてかしら。ローヴァイン家は人間に対して激しい敵愾心を持ってたみたいだし、他の魔族も私に厳しい目は見せてたけど、私はどんな魔族よりもミロワールの方が苦手だわ……)


 ミロワールは人間に友好的である筈なのに、何故だろうか。
 この、私を観察したがる目が苦手なのかもしれない。じーっと見られるのはどことなく居心地が悪くなるものだから。


(まあでも、私はすぐに人間界に帰ることになる訳だしね……。ここでは無難な態度を取っておきましょう)


 ****


 城の外に出ると、辺りは暗くなっていた。
 ミロワールの先導についていくと、そこには見知った人物がいた。


「レヴィウス様……」
「最後にどうしても伝えておきたいことがあるって言ってたから、ちょっとだけならって許可したんだ。じゃ、僕は移動装置の準備をしてくる。時間になったら呼ぶよ」


 そう言って、ミロワールは一人装置の方へ歩いて行く。
 私はレヴィウスと二人きりで残された。


(気まずいわ……)


 出来ることならこの場にこそミロワールがいて欲しかった。
 今のレヴィウスは――何だかとても打ちひしがれた表情をしている。


(長時間の会議に出席した後で疲れてる……だけじゃないよね。私が人間界に帰ることになったからだわ)


 私にとっては念願が叶った形になるが、レヴィウスにとってはそうでない。だから顔を合わせるのが気まずかった。どんな表情をすればいいかわからない。


 でも……最後なんだから、挨拶はちゃんとした方がいいのは確かだ。
 私は息を吸って、レヴィウスの前に立つ。


「レヴィウス様。長きに渡る会議、お疲れ様でした!」
「……いや。疲れたのはお前の方だろう、シルフィア」
「私……?」
「急遽会議に出席させられて、他の魔族たちから醜い罵倒をされて……挙げ句、アドラーの城へ住まわせることも出来なかった。すべて俺の責任だ。なんと不甲斐ないことか。すまないシルフィア、すまない……」


 下を向いて苦しげな声を出すレヴィウスに、私は内心狼狽える。
 思っていた以上に私のことで心を痛めていたようだ。


(どうせならもっと明るく別れたいわ。後腐れの無いように)


 そう考えながら、私はレヴィウスに話しかける。


「レヴィウス様。貴方が私に伝えたいことというのは本当にそれだったのでしょうか」
「……!」
「貴方がそんなに気に病む必要は無いです! 私を守るために沢山のことをしてくれたのが嬉しかったですし、そもそも私はミロワール様のもとへ行くという覚悟でここに来たのです。アドラーの城から離れることになりますが、その悲しみはとうに乗り越えましたわ!」
「……そうか。そうだな。会議のことは悔やんでも悔やみきれないが……俺が真に伝えたかったのはもっと違うことだ。シルフィア、お前に渡したいものがあるんだ」



 レヴィウスがそう呟くと、彼の手が強い光を帯びた。次の瞬間、その手の中には袋が出現している。転移魔法を使って何かを取り寄せたようだ。



「レヴィウス様。こちらは……?」
「前に城で言ったことを覚えているか。俺は、お前を生贄にした故郷の村を少しばかり罰することにした。こちらはそれで得た副産物だ」
「えっ?」
「会議に来る前の数日間、俺は村に激しい嵐を起こした。その嵐が続いたら人間たちはひとたまりもない規模のものだ。その上で、語りかけることにした。【生贄を捧げるなどという真似をした罰だ。許してほしければ、人間界の宝を用意しろ】とな」
「そんなふうに人間に呼び掛けることも出来たのですね……」
「まあ、人間界に干渉するのは俺であっても少々骨が折れるから、普段やることはないがな。……この金は全てシルフィアのためのものだ。人間界に戻るならば役立つだろう。受け取ってくれ」


 レヴィウスはそう言って、金貨が詰まった袋を渡してきた。少しばかりよろけるくらいの重量がある。
 私の出身地は村といってもそこそこ人口が多かったから、みんなから集めたらかなりの金額になったようだ。


(十何年も働かないと貯められないようなお金が手に入っちゃった。前に貰った魔石の他は、私は一文無しで人間界に戻ることになると思っていたから、資金を貰えるのはすごくありがたいわ。でも……)


 私はレヴィウスの顔色を窺いながら、あることを確認する。


「私のお話を覚えていてくれたのは嬉しいです! でも……私が人間界にいた頃の村は、干ばつで喘いでいました。このお金も、多分なけなしのお金であるはず。今の村は……」
「心配するな、シルフィア。金貨が捧げられたことを確認したら、俺は嵐を止めて温暖な気候にした。作物が適切に育つように雨もふらせた。これからもそうする。村人が真面目に働くなら、やり直せることだろう」
(そうなんだ)


 それならちょっとほっとした。
 この金貨は遠慮なく使わせてもらうことにする――そう言って感謝すると、レヴィウスも薄く微笑んでいた。



「シルフィアの力になれるならば良かった。この程度で償いが出来たとは思わないが……。そうだ。城の一室に連れて行かれてからミロワールに妙なことはされなかったか?」
「妙なこと……?」
「あいつは人間に興味を持っている。シルフィアが何かされていたら、俺は……」
「大丈夫です! 丁重に扱って貰いましたし、人間用の食事も頂きましたから」


 私はそう答えることにした。
 ミロワールの距離の近さは妙といえば妙だったけど、あれは単に彼の性格だろう。基本的に優しくしてもらえたと思う。私は無難に答えることに努めた。


「それなら良かったが……味は大丈夫だったか? 魔族の食事は人間のものに比べると味に気を遣っていないと、シルフィアが来てから知ったが」
「ご心配なく! ミロワール様の研究のおかげか、味も美味しかったです」
「そうか……」
「あ、でも、アドラー家の城でみんなと食事会をした、あのときが一番美味しかったです。きっと人間界に戻っても忘れることは無いでしょう」
「……! シルフィア……」
「レヴィウスくん、シルフィアちゃん。準備が出来たよー」


 向こうでミロワールが呼んでいる。出発の時間のようだ。
 私はレヴィウスに頭を下げて、改めて挨拶をした。



「では、参ります。 レヴィウス様、これまで本当にありがとうございました」
「あ、ああ」
「もう会うことは無くなるでしょうが、離れても受けた御恩のことは忘れません!」
「会うことは無くなる……か。だが、シルフィア……離れた地にいても、俺は……」
「シルフィアちゃーん! 装置を動かすにはタイミングがあるんだ! はやく来てくれ!」
「あっ……はい! ではレヴィウス様、今まで本当にありがとうございました!」



 こちらに顔を出したミロワールに呼ばれ、私は急ぎ足で彼の方へ向かう。
 レヴィウスが何か言いかけていたが、私は振り返らないようにした。


 ****


 ミロワールに指示されて、私は転移装置に乗った。


(これでやっと帰れる。私の世界に……)


 私の世界といっても、故郷の村には戻れないし、他に頼るつても無い。それでも今までみたいに命の危機に見舞われるようなことは少なくなるだろう。
 心穏やかな生活が送れるようになるなら、それに越したことはない。



 ミロワールが装置を動かしながら話しかけてくる。



「シルフィアちゃん、レヴィウスくんとのお別れは済んだ?」
「はい」
「そうか。じゃあ、お別れを済ませてなお、彼はこの世の終わりみたいな顔をしてたってことか。まっ、レヴィウスくんは意外と別れが寂しいタイプだったってことだね。知己であっても知らない面はあるもんだ。珍しいものが見れて良かったよ。ははは」
(うっ)


 ……最後は無理やり会話を打ち切ったけど、そんな感じになってたんだ。
 私がいなくなることが、私にとっても、レヴィウスにとっても最善のことだと思ってたけど。
 でも……。



「……あ、あの!」
「うん?」
「私は人間界に帰りますけど……ミロワール様、もしもレヴィウス様のご気分が優れない様子が続くようでしたら……どうかお力になっていただけると嬉しいです」
「ふうん。シルフィアちゃんはレヴィウスくんのことが心配なんだね。――ま、考えておくよ」


 ミロワールのその言葉と同時に、私の眼前が光に包まれた。
 私は目をつむり、装置に身を任せた。
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