家ごと異世界ライフ

ねむたん

文字の大きさ
29 / 75

トラブルの予感

しおりを挟む

展望台の建設が完了した日、村全体が小さな祭りのような賑わいを見せていた。高台に立つ木製の展望台は、村の住民たちの手によって作られた共同作業の結晶だ。紬は展望台のてっぺんから広がる景色を見下ろし、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。

温泉宿エリアには、木造の宿がいくつも並んでいる。温泉好きなカピバラたちが足湯に浸かりながらリラックスしている様子が見える。その隣には、紬たちが丹精込めて作った農業エリア。ここでは畑が一面に広がり、初夏の日差しを浴びて作物たちが輝いている。人と妖精が協力しながら作業する風景に、紬は思わず頬が緩んだ。

「なんだか、本当に村らしくなってきたよね。」

紬が呟くと、横にいたガロンがごつごつした手で展望台の柱を軽く叩いた。「ここも立派な村の名物になるだろうな。外の町の連中も喜んで見に来るさ。」彼の言葉に、紬は小さくうなずいた。

外の町との貿易が本格化したことで、村に出入りする行商人や旅行者も増え始めていた。村で作られた燻製食品や野菜はもちろん、温泉宿で提供される焼き菓子や特製のハーブティーが評判を呼んでいるらしい。つい先日も、外の町で開かれた市場で村の品々がすぐに売り切れたと聞いたばかりだ。

その影響で、村にやってくる商人たちが増え、住民たちの生活にも変化が生まれていた。農業エリアでは新たな耕地の開拓が進み、宿屋では新しい部屋の建設が始まっている。住民エリアには新しい家がいくつも建てられ、獣人たちやドワーフの家族が快適に過ごせるよう工夫が凝らされていた。

展望台でのひとときを楽しんだ後、紬は住民エリアの工事現場を訪れた。そこではレオとガロンが新しい家の設計図を広げ、話し合いをしていた。「ここには暖炉を入れたいって要望があったよ。」紬がそう伝えると、レオが鉛筆でさらりと図面を修正した。「了解。それと、この家は南向きに窓を広く取ろう。冬の日差しが入ると住みやすいはずだ。」

紬は少し離れたところから、その様子を静かに見守った。住民たちが自分の力を生かし、新しい村を作り上げていく姿が眩しく感じられた。

その夜、村の広場では即席の食事会が開かれていた。温泉宿のシェフが作ったスープに、農業エリアの新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダ。そして、燻製食品の盛り合わせ。どれもこれも、紬が異世界で生きてきた日々の成果が詰まったものばかりだった。

「紬さん。」ふと声をかけられ振り向くと、獣人の少女リーアが木の皿を持って立っていた。「このスープ、すごく美味しい! 村の特産品にできそうだよ!」

紬は笑顔で答えた。「そうだね。次の貿易の時に提案してみようか。」

空を見上げると、満天の星が村全体を優しく包み込んでいた。大きな変化が訪れた村。しかし、住民たちの笑顔は変わらない。この場所が紬にとっても、住民たちにとってもかけがえのない居場所であることを、紬は改めて感じていた。

翌日、朝早くに村の広場へとやってきた紬は、外の町からの行商人と話し込んでいるレオと出くわした。レオの表情はどこか硬く、普段の陽気な様子とは異なっていた。少し気になった紬は、行商人が去った後にそっと声をかけた。

「レオ、どうかしたの? いつもより真剣な顔してる。」

レオはため息をついてから、紬に話しかけるように顔を上げた。「実はさ、外の町の役人からちょっと面倒な話が入ったんだよ。」

紬は首をかしげた。「面倒な話って?」

「村と町の貿易がうまくいってるのを、あんまりよく思わない人たちがいるらしいんだ。特に町の一部の商人たちが、俺たちが直接市場に出品してることを不公平だって言い始めてるんだよ。」

紬は驚きながらも、レオの話をじっと聞いた。「でも、それって私たちがルールを破ってるとかじゃないよね?」

「もちろんだ。俺たちは正式な手続きで出品してるし、村の品は人気もある。それが妬みの種になったんだろうな。」レオは肩をすくめた。「それで、役人が言うには、今後市場に出す品の数を制限するよう求めてくる可能性があるらしい。」

紬は眉をひそめた。市場で村の名産品が注目されるようになったのは、住民たちが努力して質の高いものを作り上げたからだ。それを不公平だと言われるのは腑に落ちない。「なんとか解決策を考えなきゃね。この村にとって、外の町との貿易は大事な収入源だもの。」

レオは頷いた。「ああ。でも、下手に反発しても面倒が増えるだけだ。とりあえず様子を見ながら、どうすればお互いに納得できるか考えよう。」

その後、紬は住民たちと相談するため、村の広場に呼びかけをした。獣人のリーア、ドワーフのガロン、妖精たちも集まり、皆で知恵を絞ることにした。村の平和な日常に暗い影が落ちる気配に、不安を抱く住民もいたが、紬は皆の声をひとつひとつ丁寧に聞きながら、可能性を探った。

「じゃあ、まずは市場に出品する品目を一部変えてみるのはどう?」リーアが提案した。「例えば、燻製食品はそのままでも、新しいレシピを考えて差別化するとか。」

「それと同時に、直接取引を増やすって手もあるな。」ガロンが腕を組んで考え込む。「宿屋の利用客や行商人を通じて、外の町の個人客に売る方法を広げてみるんだ。」

妖精たちも話に加わり、光の妖精アウラが小さな声で言った。「私たちも手伝えるよ! 市場の雰囲気を良くするために、光の魔法で飾り付けをしたりしてさ。」

紬は皆の意見を聞きながら微笑んだ。この村の強みは、異なる種族や個性が共存し、協力し合えることだと改めて感じた。「ありがとう、みんな。いろんな意見を取り入れて、村として一緒に動こう。」

その日の夜、紬は自宅の小さな机に座り、現実世界のインターネットで「地方貿易の交渉術」や「コミュニティビジネスの成功例」について調べていた。画面の明かりが暗い部屋を照らし、紬の顔には真剣な表情が浮かんでいる。村の成長を守るために、できることは何でもやるつもりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...