お弁当食べた

櫟 真威

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父の気持ち

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いつからかかけ始めた老眼鏡をずり上げながら、熱燗を飲む。
カウンターの向こうの呆れたような目も慣れっこだ。
こちとら、三十年来のお得意様だからな。

「看板まで粘る気かね」

「るさい。
もう一本つけろ」

「はいはい」

女房が突然倒れてそのまま亡くなった日も、こうして飲んだ。
葬儀のことはよく覚えていないが、酒臭い自分に代わり、まだ幼い長女が参列者に頭を下げていたという。
あいつは母親に似ている。
次女をくれと云いに来た若造を取りなす雰囲気まで母親似だ。

「あいつ……」

もうすっかり女らしくなった長女を思う。

カウンターの奥の焼きどこで若いのが話しているのが漏れ聞こえる。

「珠絵ちゃん、また迎えにくるかな」

「ちゃん、て歳でもないだろ」

「小深田姉妹、上はしっかり下はうっかりってな」

「下はちゃっかり、の間違いだろ」

「ああ、野田電機の娘が云ってたな。
女の嫉妬は怖いね。
男を取り合うのに情報戦かよ」

「でも旦那、今日来たんでしょ、挨拶に。
信金さん」

身内の話だってのに、どこまで知ってるのか、田舎は恐ろしい。
野田電機の娘が広めたらしい次女の悪評も気になる。

「ああ、来たよ」

「それで荒れてるんだ、旦那」

茶化すように若いのが云う。
のっそり起き上がり、眼鏡を直す。
そしてカウンターの中の好奇な瞳をまっすぐ見返した。

「ありゃ、いい漢だ。
我が娘ながらいいのを引き当てたよ。
これは前祝いの酒だ」

連中、目を丸くして言葉を無くしてる。
ざまあみろってんだ。
面白おかしく噂されてばっかりじゃつまらない。

「野田の娘にゃ残念だったが、さすが信金、人を見る目は確かだな」

勢いに乗ってやおら立ち上がる。
猪口を空にし、前へ突き出す。

「うちの娘は三国一の花嫁よ」

赤提灯の戸ががらりと開くと中へ飛び込んで来た人影がある。

「ありがとうございます、お父さん!」

今度はこちらが目を丸くする番だった。

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