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第2章

第10話 脱穀機

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-1-
 労働奉仕の日から数日たったある日、畑のほうが何とか使えそうな見通しが立った
ので、春撒きのタネと借りられる農具を見に3人で村長宅に伺うことにした。
「おやディーゴさん、どうされました?」
 戸口で訪いを告げると、村長が顔を見せた。
「畑、大体、見通し、たった。春、撒く、作物、借りられる、農具、教えてほしい」
「ほうほう、もう畑が使える見通しが立ちましたか。さすがに魔法が使えると早いですな」
「魔法、ない、もっと、時間、かかった」
「では、畑のほうを一度見せていただいても?」
「よろしく、願います」
 村長を連れて家に戻ると、村長は家の周りの畑を見て頷いた。
「初めてにしては上々の畑です。これならすぐにでも鍬入れができますな」
 続いて俺が手入れした畑を見てもらう。
「ふむ、こちらもいい感じです」
 良かった、どうやら合格点はもらえたようだ。
「ほかの皆の畑もいいようですし、鍬入れの儀式は3日後に行います。それまで鍬は入れんでくだされ」
「わかった」
 俺の記憶だと鍬入れの儀式って、地鎮祭の時のものだと思ったけど、農家だと毎年やるのかね。
「蒔くのは、何を、蒔く?」
「ディーゴさんのところでは大麦とジャガイモを考えております。しばらく休んでいた土地ですから、まぁそれほど心配はしておりません」
「家の周り、何を、蒔いたら、いいか?」
「この時期といたしましては、蕪やホウレンソウ、小松菜、エンドウ豆などがありますな。もう少し暖かくなればインゲン豆、キャベツ、大豆などを植えるように指示しとります」
「ディーゴさん、何を植えますかな?」
 エレクィル爺さんの問いにちょっと考える。
「なるべく、簡単、収穫の早い、もの、いい」
「でしたら蕪とホウレンソウがおすすめです」
「じゃあ、その2つ、蒔く」
「わかりました。本来なら種も代金を頂くところですが、ディーゴさんには村の衆の家も直してもらってますからな、それと引き換えといたしましょう」
「ありがとう」
 ふむ、家の修理はサービス半分でやってたが、何が幸いするかわからんな。

-2-
 畑を見てもらって植える作物を相談した後は、農具を見せてもらうことにした。
「こちらの納屋にあるものは好きに使ってくだされ。ただ、持ち出すときにはひと声かけてくだされよ」



 うん、まぁ期待はしていなかったけど、中にあったのは鋤や鍬、大鎌、有輪犂と言った人力・畜力の農具ばかりだった。
 いやむしろこの世界の納屋にトラクターがあったりしたら、それはそれで反応に困るんだけどさ。
 一つ一つ農具を見て回る。農業は素人だが、ホームセンターの農具コーナーをうろうろしたり、旅先で民芸資料館に寄ったりしたことがあるので大体の使い道の想像はつく。
 ただ、全体的に木でできてて、鉄の部分は刃先のみとかいう農具が多くて、俺の馬鹿力に耐えられるかがちょっと心配。
 んで、農作業と農具を見比べながら脳内でシミュレートしていると、気になったのが麦の脱穀。
 こちらでは殻竿とかくるり棒とか言われる連接棍棒みたいな脱穀棒でばっしんばっしん麦束を叩くか、麦打ち台と言われるすのこ状の台にこれまた麦束をべしべし叩きつけて脱穀しているらしい。
 はい、現代知識の時間です。
 というわけで、村長から村の鍛冶屋に話を通してもらって千刃扱きを試作してもらうことにした。

「で、虎の旦那は俺に何を作らせようってんだい?」
 鍛冶屋の大将は居酒屋の常連だった。何度か言葉を交わしたことがあるが、ちょいと気難しい感じのするおっちゃんだ。
「新しい、脱穀器」
「脱穀器だぁ?脱穀棒や麦打ち台ならどこの家にもあるぜ?何をいまさら」
「ディーゴさんがおっしゃるには、もっといい脱穀の方法があるとか」
 興味を失いそうな鍛冶屋の大将に、エレクィル爺さんが慌てて補足する。
「見せて、もらった。あれ、非効率」
 そういって櫛を取り出すと、右手で尻尾を持って櫛にあてがった。
「この尻尾、麦の穂。櫛、上向き、通す」
「……そうか!みなまで言うな。櫛の歯に麦の粒が引っ掛かって下に落ちるって寸法だな?」
「そう」
 俺がにやりと笑うと、鍛冶屋の大将も笑みを浮かべた。
「なるほどこいつは新しい脱穀器だ。考えてみりゃなんでこんな簡単なことが思いつかなかったんだ」
「巧くいけば脱穀の手間が大幅に軽減できますな」
「そればかりじゃねぇ。脱穀棒や麦打ち台みたいに力も必要ねぇから、子供でも脱穀の手伝いができるぜ」
「櫛の歯の間隔とか足の形とか考えるところはあるが、ちくしょう、鍛冶仕事で腕が鳴るなんざ久しぶりだぜ」
「ではお願いできますかな?」
「こっちのほうから願いてぇほどだ。虎の旦那、俺ん所に話を持ってきてくれてありがとよ」
「うん。それより、試作、任せた」
「おうよ、任せろ」
 そういって胸を叩く鍛冶屋の大将をみて、エレクィル爺さんと俺はほっと胸をなでおろした。



 んだが、作業場の端においてあるものがふと目についた。
 木枠で囲った中に石の車輪みたいなものが縦に配置されていて、そこからペダルが伸びている。
「あれ、グラインダー?」
「ぐらいん……?」
「ああ、いや、刃物、研ぐ、研ぎ石?」
「ああ、あれな。足踏み砥石っつって鍛冶屋にゃたいてい置いてあるが、虎の旦那には珍しいかい?」
「いや、そう、でも、ない。触る、いいか?」
「構わんよ」
 鍛冶屋の大将に許可をもらって、足踏み砥石を動かしてみる。
 ふんふん。石製だからペダルがちょっと重いが、動きは滑らかだ。軸受けの部分は……簡単な青銅か。
 となると、もう一歩進んだ脱穀機が作れるな。
「大将、櫛の、脱穀機、試作、やめる」
「な、なんでぇいきなり。なんか気に障ったか?」
「気に、障る、違う。これ、真似る、もっといい、脱穀機、作れる」
 足踏み砥石をポンポンと叩きながら、にやりと笑う。
「ほう。聞こうか」
「砥石、載せる幅、広げる。樽、横置き、取り付ける」
「ふむ」
「樽の、表面、山形の、針金、たくさん、植える」
「ふむふむ。それで?」
「樽の、天板、か、底板、この、ペダル、取り付ける。完成」
「ちょっと待ってくれ虎の旦那。横倒した樽に山形の針金を植え付けて脱穀なんかでき…………ねぇこともねぇな」
 鍛冶屋の大将も構造を理解したらしい。
「はははっ、こりゃすげぇや。刃物を研ぐような形で脱穀ねぇ。こりゃ画期的だ!」
「理解、できたか?」
「おおよ。こりゃ面白れぇや。すぐにでも試作に取り掛かるぜ。この構造なら、居酒屋から樽もらってくれば明日の昼には出来上がるだろう」
「よろしく、任せた」
「おう。任せろ」
 鍛冶屋の大将と固い握手を交わして、この日はお開きになった。

「しかしディーゴさん、凄いものを思いつきますな。あの脱穀機がうまくいけば、脱穀の手間が大幅に軽減されますぞ」
「俺、故郷、魔法、ない。だから、いろいろ、工夫、した。先人の、知恵」
「ほう、ディーゴさんの故郷は魔法がなかったのですか。興味深いですな」
「今は、まだ、話す、難しい。いずれ、話す」
「さようですか。では、ゆるりと待つことにしましょうかな」

-3-
 翌日、脱穀機の試作機ができたというので見に行った。
 てっきり1台と思っていたのだが、手回し式と足踏み式の2種類がそこに置いてあった。
「よう虎の旦那。出来上がったぜ」
 少し腫れぼったい目で鍛冶屋の大将が笑ってみせた。
「仕事、早い」
 まさか2台作るとは思わなかったので素直に驚いた。
「なぁに、構造は簡単だし、樽はもらってくりゃ済む話だし、つい面白くなってな」
 鍛冶屋の大将はぽんぽんと自慢げに脱穀機を叩いてみせた。
「ほほぅ、これがディーゴさんの言ってた脱穀機ですか」
 村長も興味を持ったのか、脱穀機を見に来ていた。
「村長は昨日いなかったよな。これはすげぇぞ」
「ほほぅ、このペダルを踏むと樽が回転して……樽に麦束を押し付ければいいわけですな?」
 村長は見ただけで構造を理解したようだった。
「ああ。麦粒が飛び散るから筵か何かで覆ってやらなきゃならねぇが……今まで手間かかってた脱穀が、あっという間に終わるとんでもねぇ道具だぜ」
「ジョーグさん(鍛冶屋の大将)、これをもう3つほど作ってもらうわけにはいきませんか?無論お代は払います」
 村長が提案する。
「代金がもらえるなら否やはねぇよ。村の衆が楽をするための仕事だ、喜んで引き受けるぜ」
「わかりました。麦の刈り入れにはまだ間がありますが、よろしくお願いしますよ」
 話がまとまって良かった良かったと胸をなでおろしていると、村長がこちらに向き直った。
「さて問題はディーゴさんのほうですな」
「?」
「これだけのものを考えていただいたのですから、なにかしらお礼をせねばなりません」
「おお、そりゃそうだ」
「村のよろず屋に話をすれば、必ず近隣の村からも売ってくれと話が来るでしょう」
「村どころか国中から来るかもな」
「ジョーグさん、この脱穀機、幾らくらいで売れそうですか?」
「さて難しい質問だな、目の付け所は新しいが材料費としちゃ半金貨1枚もかかってねぇんだ、これが。樽は捨てるのをただ同然でもらってきたし、骨組みも端材で済ませたからな。ま、半金貨2枚ってとこだな」
「意外と安価ですな」
「材料が材料だからなぁ、あまり吹っ掛けると自分で作ったほうが早ぇってことになる」
「では、図面を売ったらどうでしょう?」
 傍で話を聞いてたエレクィル爺さんが助け舟を出した。
「ああ、そりゃいい考えだ」
「ディーゴさん、それで構いませんかな?」
「そのあたり、任せる」
「ではこうしましょう。図面1枚に付きディーゴさんに考案料として半金貨1枚、ジョーグさんに図面代として銀貨2枚支払いましょう」
「村長の、ぶんは?」
「私はそばで見ていただけですから結構ですよ」
「ところで、よろず屋さんの人となりは大丈夫ですかな?」
「それでしたら大丈夫です。長年ウチの村で商いをしておりますし、人柄も信用置けますから」
 エレクィル爺さんの問いに、村長が胸を叩いて請け負った。なら大丈夫か。
「では、ジョーグさんは図面引きと追加分の製作に取り掛かってくだされ。ディーゴさんらには一度ウチに寄ってもらってさしあたっての10台分のお金を払いますからな」
「良かったですなディーゴさん」
「急に、金持ちになった、気分」
「気分だけではすみませんぞ。いずれ山と注文が来るでしょうからな」
「じゃあ、頑張って、居酒屋に、金落とす」
「おうおう、是非そうしてくだされ」
  村長の笑い声が、村に流れていった。
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