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第4章

第2話 臭う水1

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*****まえがき*****
本日2度目の更新です。
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-1-
 稽古の翌日はすさまじい筋肉痛で仕事にならなかったので休みとした。
 ああよかった、この体は比較的若いようだ。
 これが歳食ってくると1日遅れで翌々日に筋肉痛が出るんだよね。
 で、さらに年を取るとやってる最中にどこか痛める。腰とか膝とか。
 翌日の筋肉痛は若い証拠だ。うむ。
 なんて喜んでもいられない。トイレに行くにも苦労する筋肉痛って一体なによ。
 こういう時、無駄に広い屋敷が恨めしい。
 うーむ、これを予測して一応ユニにもマッサージしてもらったんだが、それでも疲れは取りきれなかったようだ。
「こういう場合は性魔法が効くんですよ」
 と誘われたが、やんわりと拒否した。
 疲れてるところにさらに疲れるような真似したくねぇよ。
 それ以前にお前、男だろ。

 翌々日も若干痛みが取りきれていなかったので、ランク6昇格後の1発目の依頼は無難な薬草取りにした。
 鑑定スキルなんて便利なものは持ってないので、「らしい草」を片っ端からむしって持って行ったのだが、稼ぎのほどはいまいちだった。
 なんか毒草も交じってたみたいだし。
 3日目にしてようやく本調子に戻り、久しぶりに暴れたいので何か討伐系の依頼はないかと石巨人亭に顔を出したら、熊の亭主に手招きされた。
「ようディーゴ。体調の方はどうだい」
「なんとか本調子ってところだ」
「ならよかった」
「討伐系の依頼でもあるのか?」
「いや、討伐系じゃないが、受けてもらいたい依頼があってな」
「おいおい、ランク6冒険者に指名依頼か?」
 普通、指名依頼は中堅以上の冒険者に来るものだが?
「指名じゃないが、お前さんなら受けてくれそうだと思ってな」
「……安報酬か」
 昨日受けた薬草採取もランク7に近い安報酬だったんだが。まぁ昨日は体調が体調なので仕方なかったが、俺がいつも安報酬でも働くと思われると困る。
「それもあるんだが、役所からの依頼でな。ちょいと急ぎなんだ」
「まぁ、話だけでも聞こうか」
 とりあえずカウンターに腰を下ろす。
「最近、新市街の住民から「水が臭う」って苦情が役所の方に上がってるんだが、聞いたことあるか?」
「いや、別に役所には行かんし」
「お前さん内政官だろ」
「俺は発明専門の自由出仕なの。住民苦情は専門の窓口があるだろ」
「あと大声で言わんでくれ。勘違いしたのに直接苦情を持ち込まれても困る。役所から給料もらってない以上、そこまで対応してやる義理はねぇよ」
「そうか、そりゃすまなかったな」
 熊の亭主はそうやっておざなりに頭を下げた。
「でだ、新市街ってのは一般市民が多く住む住宅街でな、そこの井戸はここから2日ほど離れた湖が水源なんだ」
「へぇ、そうなんか」
「お前さんが住んでるところは木の葉通りで旧市街だから、また別の水源なんだがそっちは問題ないよな?」
「あー、うちは水の魔石で水を作ってるからそういう事はよくわからん」
「なんだその水の魔石ってのは?」
「水を生み出す石だよ。悪いが欲しいといっても売ってやれん。ユニに頼んで自家用として買ったもんだからな」
「かぁー、悪魔ってのぁそういう特典もあるのか」
 熊の亭主が額を押さえた。まぁ確かに、自由に水を生み出せる魔石なんてのぁ酒場に限らず需要が高いだろうな。
「……まぁ話を戻して、だ。要はその湖まで行って原因を調べてほしいってことなんだ」
「……それって役所の仕事じゃねぇの?」
 確か街中は井戸のメンテ代とかの名目で一律で水道料金取ってたよな?
 その癖、トラブル起きたら冒険者に丸投げって、役所としてその姿勢はどうよ?
「俺もそう思ったからお前さんに振ったんだ。それに水源をたどる道が六足熊たちの縄張りでな」
 ちっ、そうきたか。
「で、報酬は?」
「半金貨3枚」
「安っ」
 ランク6ともなれば1日で半金貨1枚は欲しい。今回は往復4日で調査1日としても5日かかるわけだから、半金貨5枚は欲しいところ。
「そうなんだよ、お役所だから払いが渋くてなぁ。このままいくと長期放置依頼になりかねんのだよ」
 亭主がそうやってため息をつく。
「まぁ調査だけで原因を取り除いてくれとまでは言ってないんだから、まだ気楽だろ?
 それにお前さん、スラムの調査でいい結果出してたじゃないか。人助けと思ってここは一つ頼む」
「……しょうがねぇなぁ……じゃあ、焼酒一本つけてくれ」
「それで受けてくれるか」
「仕方ねぇ。受けるよ」
「助かるぜ。ほらこいつが焼酒だ」
「確かに。で、湖の場所はどこだい?」
 亭主が差し出してきた焼酒を無限袋にしまいながら尋ねる。
「待ってろ、今地図を描いてやる」
 そうして書いてもらった地図を受け取り、一度屋敷に戻る。

 ユニに依頼でしばらく家を空けることを連絡し、市場で保存食などを買い込む。
 保存食はありきたりの堅パンと黒パン、干し肉だが、ついでに刻み干しジャガイモのパセカも少し買い込んだ。
 これ、スープに入れると結構いけるのよね。
 あとスープ用として生野菜も少し。4~5日なら日持ちもするだろ。
 買い込んだ品を無限袋に放り込み、そのまま門から出発。
 まぁ出発は明日でも良かったんだが、まだ午前中だし報酬も安いのであまり時間もかけたくなかった。
 六足熊の縄張り内で夜を明かすことになるが、ぶっちゃけ六足熊は俺にとっては食材だ。
 久しぶりに熊肉がたらふく食えるかも、という淡い期待がないでもない。

 街を出て地図の通りに向かい、1時間も走ると枯れ川に出た。これが水脈の目印だ。
 大雨が降ると地表にも水が流れるらしいが、いつもは地下に水が流れているそうだ。天然の暗渠ってところか。
 枯れ川を北北東にさかのぼっていくと、やがて森の中に入る。このあたりでイツキが目を覚ました。
「おはよ」
「おはよ、って、もう昼まわってんぞ」
「いいじゃない、別にやることないんだし」
「まぁそりゃそうだけどな」
「久しぶりの森だけど、今日は何の依頼?」
「水源の調査だ。最近水が臭いらしい」
「ふぅん、なにかあったのかしらね」
「それを調べに行くんだ」
「大変ねぇ……どのくらいかかるの?」
「往復4日の調査1日で都合5日の予定だが、往復は走って短縮する。報酬が安くてな」
「なんだ、久しぶりの森なんだからもっとゆっくりすればいいのに」
「ゆっくりするのはもっとランクが上がって、依頼の日程に余裕ができてからだ」
「今はランク……」
「6だ。まだまだ駆け出しなんだよ」
 そんな感じで進み、夕方になって森の中の枯れ川のほとりで一泊する。
 野営の準備をしていると、案の定六足熊が襲ってきたので返り討ちにし、夕食の一品に加えた。
 ……そういえば、装備を新調してから初の戦闘になったわけだが(稽古は除く)、なかなかいいわ戦槌。
 特に先のとがった烏口の方は、衝撃が一点に集中するため槌鉾よりも楽に深手を与えることができる。
 うむ、結構いい買い物だったかも。

 そして翌朝、早い時間に出発したせいで、まだ昼まで余裕のある午前中に目的地の湖に着いた。
 さて問題はこの水が臭うかどうかだが……汲んで調べるまでもなく確かに少し生臭い。
 イツキに言わせると、水の精霊力があまり感じられないらしい。
「それってどういう事なんだ?」
「水の精霊力が強い方が、澄んだきれいな水になるのよ。逆に水の精霊力が弱いと、こんなふうに生臭くなったり濁ったりするの」
「なるほど」
 そういうもんか。
「とりあえず、臭いのもとを探してみるか」
「そうね」
 頷きあって、湖をぐるっと回るように探索してみる。湖に流れ込む川というかせせらぎが3本ほどあったが、そちらの水は正常だった。
 臭いのもとは見つからなかったが、湖の東側になんとなく臭いが強いような場所があったので、そのあたりを丹念に調べてみると、地面に何か粘液じみたものが付着しており、それが臭いことが分かった。
「この粘液が原因か?」
「どうやらそうみたいね」
「しかしこれ……何の粘液だ?周りを調べてもここ以外には付着してないし……って臭っせ!」
 木の枝の先で粘液をぬぐい、臭いをかいでその生臭さに顔をしかめる。
「でもこのあたり、強い精霊力の残りがあるわね。水の精霊力よ」
「となると、強い水の精霊力を持った何かがいたという事か?」
「ふむ……」
 少し考えたのち、じゃあエサで釣ってみるかということになった。
 ロープに昨夜倒した熊肉を括り付けて、湖の中に放り込む。
 待ってる間にこっちも昼食の用意を始めた。メニューはシンプルに熊の焼肉と黒パンだ。
 塩コショウで行きたいところだが、コショウがちっと高いのでマスタードで味付けをする。
 しかしなんだな、ユニの作る飯に慣れてからというもの、野営飯が味気なくて仕方ない。
 以前は生肉で満足してたんだが……それだけ舌が肥えたという事か。
 生肉をつまみつつ、串に刺した熊肉を焚き火であぶる。
 焚き火の匂いに交じって肉の焼ける匂いがあたりに漂う。

 昼食を終え、食後の一服をつけつつまったりしていると、ビシッと急激にロープが引っ張られる音がした。
「なんかかかった!」
 急いでロープを掴み、引っ張るがびくともしない。むしろこっちが引っ張られる。
 力比べは諦めて、ゆっくりとロープを手放す。
 ロープの片方は木に結んでいるので、よほどのことがなければ大丈夫だと思うが……って思ってた矢先にロープがバツンと音を立てて切れた。
「まじか」
 あまりの事態にちょっと呆然とするが、逃がしちゃならんと熊の生肉を次々に湖に放り込んだ。
 これで寄ってきてくれるといいんだが……。
 じりじりと待つこと5~6分、湖面に何かがざばりと姿を見せた。
 ……結構でかいな、でも魚じゃなさそうだが?
 何かは浮いたり沈んだりをしながら、徐々にこちらにやってくる。投げ込んだ熊肉を食っているようだ。
 追加の熊肉を次々と投げ込みながら、こちらに来るように誘導してみる。

 ついに何かが浅瀬にたどり着き、投げた熊肉をはむはむと咀嚼するそれ。
 ……それは巨大な亀だった。


*****あとがき*****
次回更新は1/2 7:00を予定しております。
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