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第7章

第1話 対クレア戦

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―――前章のあらすじ―――
違法奴隷商に襲われたことを発端に、被害者を故郷に帰したり蜥蜴人リザードマンたちを新天地に案内したりでしばらく街を留守にしていたディーゴ。
戻ってきたら早速剣闘士の試合の予定を組まれたので、急いで用事をすませて試合をすることになった。
―――――――――――――

-1-
 領主の手紙をミットン診療所に届けた翌日と翌々日は、ギルド支部でみっちり稽古に励んだ。
 素振りと打ち込み稽古の他に、ちょっと思いついたことがあったので、教官に頼んでみたら快く了承してくれた。
 ちなみに思いついたこととは、目潰しと複数を相手にした時の防御方法だ。
 いやだってねぇ、次の対戦者のクレアは暗器使いの喧嘩殺法だって話だし、機嫌が悪くてラフファイトになりそうだって予想だし。
 だったら、試合中か試合前に不意打ちで目潰しなり、加勢を頼んで乱入試合なりしてきそうだよな、と読んだわけだ。
 俺だって不意打ちするなら、砂なり灰なり投げつけて相手の目を潰してから凶器もってボコるよ?
 目潰しは反撃を封じるための常套手段だしね。
 それに加えて数でも優位に立てればもうあとはやりたい放題だ。
 そうなることを避けるためにも、またそういう場面になっても慌てないために事前に訓練しとこうってね。

 稽古を通して親しくなったランク5冒険者のマスカルも巻き込み、教官と2対1で、相手だけ目潰し金的ありの圧倒的不利な状況で何度も立ち合い稽古をした。
 初めのうちは目潰しをもろに喰らっていいようにやられていたが、何度も繰り返すうちにコツというか対処法に目処が立った。
 それと、やられ慣れたというか、実際に目潰しを食らって視界を塞がれてもあまり慌てなくなった。
 これは結構でかいと思う。人間、冷静だと結構なんとかなるもんだ。

 付け焼き刃の対処法だが、2日間にわたる濃密な稽古の末、まぁこんなもんだろうと納得できるレベルに持っていけたので割とすっきりした気分でカジノに向かった。
 いつもの通りフンドシパンツに着替えて、散髪して香油を擦り込まれ、3時間程度の門番仕事をこなす。
 時間が来たのでブルさんに挨拶して、控室に移動し、槌鉾に革の保護袋をかぶせたり柔軟体操をして体をほぐしていると誰かがドアをノックした。
 さては早速おいでなすったか、と来客者の名を尋ねると、クレアではない名前が名乗られた。大部屋にいる係のお姉ちゃんの一人かな?
「試合前にすみません、ブルさんが急いでディーゴさんを呼んできてくれと仰いまして」
 はて、珍しいこともあるもんだな。
「分かった。今出る」
 そう言ってドアを開けた瞬間

バフッ!

 顔面に何かが投げつけられた。
「ぐぁっ!?」
 反射的に目を覆い、息を止めて、急所への追撃を避けるために横を向く。これは稽古を通して覚えた対処法の一つだ。
 その直後、頭に肩に背中にと棒状の何かで殴られる衝撃が来た。
 ガスガスと殴られながら、あーやっぱり闇討ちに来たかと瞬時に納得する。
 んじゃ、反撃に移りましょうかね。
 目を覆った手の下からちらりと部屋の中を確認して、邪魔な物のない部屋の真ん中に移動する。
 そこで初めて目を覆った手を外して、闖入者を見た。
 切れ長のちょっときつい顔つきの娘は、初めに紹介されたクレアという娘と一致する。その向こうには、驚いた顔をした大部屋係のお姉ちゃんが。うん、彼女は無関係だな。
「場外乱闘で勝負を決めようってのぁ、ちょっと感心できねぇな」
「テメェ……フリかよっ!」
 金属製の棒を持ったクレアが、顔をゆがめて叫ぶ。うん。実は目潰し喰らってなかったのよね。直前に目を閉じたおかげで。
 これも稽古の成果ってやつだ。
「まぁ試合が延び延びになったのは謝るが、そういう憂さは試合の場で晴らしてほしかったな」
 指関節をぽきぽきと鳴らしながらクレアに迫る。やられっぱなしで済ますほど人間できてないんでね、軽く仕置きの一つもさせてもらおうか。
 そう思ってクレアを捕まえようとした瞬間、またクレアの手から何かが飛んだ。
 今度は少し余裕があったので、左手をかざしてそれを防ぐ。
 ぱふっ、と軽い音がして白い粉が舞う。目潰し第2弾か。
 舞う粉を避けて再びクレアに手を伸ばしたが、当の本人はいち早く逃げ出していった後だった。
 ……ま、奇襲に失敗したら即退却ってのはセオリーだからな。この決着は試合でつけさせてもらうか。
 そう思いながら、顔についた粉を払っていると、取り残されたお姉ちゃんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あの……こうとは知らずに、どうも済みません。クレアさんから、ちょっと呼び出してくれって……」
「いやまぁ、お前さんが悪いわけじゃないから気にすんな。大した被害もないしな」
「でも、随分叩かれてましたけど……」
「ん?見ての通り毛皮があるからな、実際それほど痛くねーんだ。それに今は冬毛でな、ふさふさ3割増しだ」
 そう言ってにかっと笑うと、お姉ちゃんもつられてくすりと笑った。
「俺の方は大丈夫だから、早く仕事に戻りな」
「あ、はい。分かりました。ディーゴさん、試合、頑張ってください。応援してます」
「ありがとう」
 頭を下げて去っていったお姉ちゃんを見送ると、今日の試合の流れについて思いを馳せた。
 さーてあのクレアという娘、どう料理してくれようか。

-2-
 試合の時間が来たと係員が呼びに来たので、10分ほど時間を潰してから遅れて試合会場に乗り込む。
 今日の試合は、クレアという娘の力量にもよるが、ちょっとからかい気味に試合を運んでやろう。
 入場路で立ち止まって大きく伸びをしたりしながら、のんびりとリングに上がると、イライラと待っていたらしいクレアがさっそく突っかかってきた。
「遅ぇぞ虎!控室からどんだけかかってやがる!」
「あーすまんすまん。ちょっと今日は眠くてな。仮眠とってたら遅くなった。まぁ許せ」
 そう言って大あくびを一発。
「テメェ……舐めやがって!ボッコボコにして吠え面かかせてやっからな!!」
 そう言って俺を指さし宣言するクレア。それに対して俺は
「ボッコボコにされるんかぁ……。じゃあ俺は、モッフモフにしてやんよ!!」
 そう言ってポーズをとりつつ、毛を逆立ててみせた。すると体が一回り大きくなって、モフモフ度が上昇する。
 その様子に会場から笑い声が起こり、
「いいぞ、やれやれー!」
 とかいうけしかける声まで聞こえてきた。うむ、掴みはオッケーだな。

 今にも暴発しそうなクレアを審判が抑えて、お互いリングの対角線に移動する。
 そして審判の口上が始まった。
「さぁ本日の試合は喧嘩娘のクレア選手と、前回ハナ選手を相手に勝利を収めた、現役冒険者のディーゴ選手!体格もリーチも有利なディーゴ選手に、クレア選手はどう挑むのか!?では両選手……勝負!」
 ゴングが鳴ると同時に、待ちかねたかのようにクレアが突っ込んできた。
 俺もワンテンポ遅れてそれを迎え撃つ。
 見たところクレアの武装は金属製のごつい手甲と脚甲。懐に潜り込んでからの連続攻撃がパターンか?と読む。
 そうされると面倒くさいので、槌鉾を振るって牽制するのだが……コイツ、攻撃をいなすのが巧いな。
 いい感じにこっちの攻撃の軌道を反らされたり変えられたりして、なかなか槌鉾が当たらない。
 むしろ逆に体勢を崩されて、肩や胸に数発貰ったりする。
 勝負が決まるほどの打撃ではないが、鉄の手甲で殴られるのはやはり痛い。
 つーか、下手な武器による打撃よりも痛いんだが。一発一発が骨に響くというか、衝撃が深部に届くというか、何かコツがあるのか仕込んでいるのか。
 ならば、と早く細かく槌鉾を振るう。威力は落ちるが仕方ない。
 下手に大振りしたところをいなされて、カウンターでキツいのを貰いたくない。
 そしてその作戦はおおむね功を奏し、リングの中央、ややクレアのコーナー寄りで小競り合いが始まった。
 ゴツゴツ、ゴンゴンと、クレアの手甲、脚甲と俺の槌鉾がぶつかり合う音が響く。
 たがいに避け、防ぎきれなかった打撃が幾度も体に当たる。1発1発は大したことはないが、それでも数が重なれば地味に動きに影響してくる。
 クレアは俺が集中して狙った左腕の動きが若干鈍くなり、俺はというと繰り返し喰らった足払いで右足の鈍痛が増していた。
 このまま押し切るか、間合いを取って一度仕切りなおすか、ふと迷った一瞬の隙を突かれた。
 クレアの右拳が俺の顔面に向かって突き出され、手甲に仕込まれていた本日3度目の目潰しが命中した。
 とっさに頭を振って回避を目論んだものの、躱し切れなかった目潰しが左目を塞ぐ。
「クソッ!」
 左目を襲う激しい痛みに、つい反射的に左手で左目を覆い、動きが止まる。
「おりゃぁああああ!!」
 無論その隙をクレアが逃すはずもなく、得意の間合いに入りこまれて拳、肘、ひざ、足を使って怒涛の連続攻撃にさらされた。
 勝負が一撃で決まってしまう急所だけは守り抜くが、大事な所を守るために身をかがめたところを、こめかみを強烈な打撃が襲う。クレアの上段蹴りがきれいに入ったようだ。
 一瞬意識が飛ぶが、倒れるような無様な真似は何とか避けられた。
「ガァァアアッ!」
 己に気合いを入れつつ槌鉾を横薙ぎに振り払うと、クレアは下がって間合いを取ったのか、嵐のような攻撃が止まった。
「……アレを耐え抜くなんて、そのタフさ、反則じゃねぇのか?」
 呆れたようにクレアが呟く。
「散々目潰しなんて反則を仕掛けておいて、その言い草はどうかと思うぞ」
 相変わず左目は開けられないうえに、こめかみにもらった一撃で視界が少し揺れているが、両足に力を込めて踏ん張りながらクレアを見据える。
「じゃあ今度は、こっちから行くぜ!!」
 そう言って反撃を開始する。が、まだ足元が少しふらつく上に、左目が塞がっているのでいまいち攻撃に勢いが乗せられない。
 あっという間に攻守を逆転されて、再びクレアの猛攻にさらされる羽目になった。

 クレアの猛攻だが、やはりこちらの死角となる左からの攻撃が多い。当然見えないのでゴツゴツと攻撃を食らうが、先ほどと違って相手の攻撃が片方に集中しているので、ある意味やりやすくもあった。
 クレアの攻撃を受けながらタイミングを見計らい、大振りと思える一撃が俺の頬を捕らえた瞬間、クレアの右手首を掴むことに成功した。
「捕まえた」
 クレアの右手を掴んだまま、にやりと笑う。
 危機を感じたクレアが自由な左手と両足で攻撃を仕掛けてくるが、片手を掴まれたままではいまいち威力が乗らない。
 クレアの攻撃などお構いなしに、クレアの右手を掴んだ左腕をぐいと上に差し上げる。
 クレアの体が引き寄せられ、密着しそうになった時、槌鉾を持ったままの右手をクレアの腰に回し、そのまま抱きすくめる形をとった。
「虎!てめぇ、なにしやがる!!」
「……言ったろ?モッフモフにしてやるってな!!」
 そう言ってクレアの右手を放し、槌鉾の槌頭を握る。右手で柄を握り、左手で槌頭を持った姿は、クレアにかんぬきをかけた形になった。
ごりっ
 両腕を引き付け、槌鉾の柄をクレアの腰骨の辺りに押し付ける。棒を使った鯖折りみたいな感じか。
「ぐあああああぁああああ!!」
 そのままぎりぎりとクレアを締め付けると、クレアはたまらず悲鳴を上げた。
 くっくっく、散々いたぶってくれたお返しだ。前面のもふもふと背面のごりごり、極楽と地獄を同時に味わうがいい。
 無論、締め付けられながらもクレアも必死に抵抗する。
 手足をばたつかせ、俺の顔を殴り、毛を掴んで引っ張りと、なんとか俺から逃れようとするが、それを許すほど甘くない。
 クレアを締め上げる両腕に一層力を込めると、耐えかねたクレアの絶叫が響き渡った。
「負けだー!俺の負けだ―――――っ!!」

俺の2勝目が決まった瞬間だった。
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