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第7章

第10話 大ホールの剣闘士たち

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―――前回のあらすじ―――
やはりというか、先輩には勝てずに5試合目で半牛鬼人に敗北を喫したディーゴ。
その後には、とても気の乗らない仕事が待っている。
―――――――――――――


-1-
 ブルさんに敗れた俺は、職員二人に支えられて医務室に連れていかれた。
 負けはしたものの、退場するときに結構な数の拍手と声援があったのが救いといえば救いか。
 医務室のベッドに横になり、カジノ付きの神官から魔法で治療を受ける。
「中途半端な治療で悪いが、今夜は試合が多いから完治まで持っていくのは無理だ。応援を貰っていても、とても魔力が追いつかん。まだ少し痛むだろうが、そこは何とか耐えてくれ」
 そう言って苦笑いを浮かべる神官。
「いや、ここまで治して貰えりゃ御の字ですよ。ありがとうございました」
 そう言って笑顔で感謝の意を伝える。正直まだあちこち痛みは残ってるが、動くのに支障はなさそうだ。
 あとは医務室の隅の休憩用ベッドで1時間ほど横になっていれば、体力も回復するだろう。
 その後はファンサービスの為に大ホールで愛想笑いを振りまくことになる。
 ……面倒くせぇし気も乗らないが、仕事と言われりゃ仕方がない。

 そう思いながらベッドで横になってしばらく休んでいると、次の試合を終えたらしい娘さんが医務室に入ってきた。
 えーと彼女は確か……ジュディス、だったか?刺突剣レイピア左手短剣マインゴーシュを使う娘だったように思う。
 剣闘士をやってるのが不思議に思える、優しげな顔をした癒し系の娘さんだ。
「お疲れさん」
「あらディーゴさん。お疲れ様です」
 ベッドに寝たまま手を挙げて挨拶すると、ジュディスが返してきた。
「試合で怪我でもしたか?」
「いえ、大したことはないんですけど、試合でラチャナさんに何度か突き技を受けたものですから念のために」
 ラチャナ……ああ、浅黒い肌をしたあの娘か。得物は確か、長い棒というかクォータースタッフだったな。
 ジュディスがそう答えて神官の前に座る。
「先生、お願いします」
「はいよ」
 神官が答えて診察が始まったが、実際に大したことがなかったらしく治癒の魔法を1回使っただけで診察が終わってしまった。
 診察を終えたジュディスが神官に礼を述べると、隣のベッドに腰掛けてきた。彼女もここで一休みする積りらしい。
「ディーゴさんは重傷そうですけど、そんなに厳しい試合だったんですか?」
「まぁ、ブルさんと素手で殴り合ったからね。治療してもらったおかげで今は楽になってるけど、試合の最後はお互いヘロヘロのボロボロだったよ」
「そうだったんですか」
 そう言ってジュディスがくすりと笑う。
「ブルもそうだがその虎もタフでな。ボロボロになるまで試合をやられると常人の倍くらい魔法を使わされるんだ」
 そう言って神官が話に交じってきた。
「応援に来たあっちの神官も、ブルの治療で悲鳴を上げてるんじゃないかな」
 そう言って神官がニヤリと笑う。
「そういや先生はどこの教会に属しているんですか?」
 ふと気になったことを訊いてみた。
「ああ、俺は冥の教会さ。天の教会や現の教会は、見世物に魔法を使うことにいい顔しないからな。神聖なる神の奇跡をなんと心得るー、ってやつだ。その点、冥の教会はそういう方面は緩いんだ。求められて、役に立つならどんどん使えって感覚さ」
「なるほど」
 そんな感じで神官、ジュディスと話しているうちに疲れも取れてきたし時間もたったので、仕方なく大ホールに行くことにした。
「じゃあジュディス、俺はそろそろ先に行くわ。先生、どうもお世話様でした」
「ええ、私ももう少し休んだら行きますから」
「おう、今度はボロボロになる前に決着つけろよ」
 神官の言葉に苦笑いを浮かべると、俺は診察室を後にした。
 ……それができりゃ苦労はねーですよ。

-2-
 そしてやってきました大ホール。
 試合の時にもちらりと見たが、お祭りめいた年またぎの開場とあってかなり人が多い。
 大ホールのざわめきが、割と距離のある廊下にまで漏れてきている。
 さて、ここから俺は営業マンだ。と気分を切り替え、柔らかな笑みを心がけて大ホールに足を踏み入れた。
「まぁ虎のお兄さん!待ってたわよぉ」
 ……太っちょマダムに出待ちされてました。ま、予想はしてたけどね。
「こんばんは。いつもありがとうございます。楽しんでいただけてますか?」
 落胆を根性で押し殺し、笑みを浮かべて太っちょマダムに問いかける。
「貴方がこうして来てくれただけで十分楽しめてるわぁ。そうそう、試合の方は残念だったわねぇ」
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
「いいのよぉ、それより怪我の方は大丈夫ぅ?」
「医務室で治療してもらったので、もう大丈夫ですよ」
 そう答えて笑みを返す。ふむ、こうして相手を気遣う言葉が出るってのは、特権階級をふりかざすゴリゴリの貴族とはちょっと違うみたいだな。少し見直した。
「俺みたいなでかいのが入り口に陣取ってちゃ通行の邪魔になります。少し移動しますか」
 そう言ってマダムを大ホールの奥にと誘う。
 ステージの楽団が奏でる音楽が会話の邪魔にならない程度の所に居場所を定めると、歩いている露出の高いおねえちゃんに声をかけて、薄めた葡萄酒を持ってきてもらった。
「あら、虎のお兄さんはお酒が苦手?」
「いえ、人並には飲みますけど、普段コワモテで睨みを利かせてる門番がべろべろに酔っぱらってちゃ締まらないですからね。では」
 そう言ってグラスを差し出すと、マダムは嬉しそうにグラスを当ててきた。
「でもちょっと意外だわぁ。虎のお兄さんがこんな丁寧な話し方するなんて」
「まぁそれなりに礼儀は心得てるつもりですから。見た目としてはもっと雑な口調が似合うんでしょうし、日頃はそんな感じですけど」
「そぅねぇ。礼儀作法を知っててきちんと使えるのはいいことだと思うわぁ。貴方のその立ち居振る舞いなら、貴族のお茶会に出ても通用するんじゃないかしらぁ?」
「貴族のお茶会ですか……そういうのにはどうも二の足を踏んでしまうんですがね」
 マダムの話に苦笑して答える。
「あらどぉしてぇ?」
「勝手な想像になりますけど、貴族のお茶会ってのは笑顔を浮かべつつ互いの腹を探り合うような、水面下でドロドロやってるようなイメージがありまして」
「そういう場合もあるけどぉ、普通は仲のいい友人同士が集まって気楽におしゃべりする物よぉ?話の中から参考にすることもあるけどぉ」
 そんな感じでマダムと酒を飲みつつ、時には軽いつまみも勧めつつ話を重ねる。
 話の内容はこちらの冒険者の話だったり、マダムの貴族生活の話だったりとあっちこっちに飛んだが、こうやって色々話すとマダムもそう忌避する相手でもないなと認識を改めることになった。
 話の最中にしばしば酔っ払いが割り込んできても、機嫌を損ねることなく相手の話に合わせて笑顔で退散させてるし。
 話の節々から察するにマダムも結構な大身の貴族だと思うんだが、その割に驕ったところがないというか偉ぶってないというか。
 俺の毛皮に対する執着をちょっと脇に置いとけば、悪くない付き合いができそうに思うのは思い上がりか。

 そんな最中に、会場の一角から騒ぎの気配が伝わってきた。
「すみません、ちょっと失礼しますよ」
 マダムに一言断りを入れて、騒ぎ声のする方に向かう。
 どうやら大分酒をきこしめした客の一人が他の客とぶつかって、こぼれた相手の酒が服にかかったいうのが騒ぎの原因らしい。
 ただ、ぶつかった相手もかなり酔っており、売り言葉に買い言葉で喧嘩騒ぎになる寸前だった。
 同じタイミングでブルさんも姿を見せたので、軽く頷きあうとそれぞれが一人を担当する流れになった。
「お客さん、いい酒があるんでちょっと飲みなおしましょうか」
 肩を組むように腕を回し、グイっと顔を近づけて笑顔で囁くとそのまま有無を言わさず大ホールの外に連行した。
 ま、OHANASHI担当員の所で水の2~3杯も飲めば落ち着くだろ。
 大ホールの外で職員に引き渡して戻ると、剣闘士のタリアとクレアが待ち構えていた。
 二人とも試合の後で衣装を変えて化粧を施してきたようだが、そんな二人を見て「化けやがったな」と正直に思った。
 どっちもちょっときつい感じの勝気系の美人なんだが、化粧と衣装のせいか凛とした雰囲気が加わって気品らしきものが感じられる。
 衣装を全身甲冑に変えれば、どこぞの姫将軍かジャンヌ・ダルクかといった感じだ。
 中身は戦闘狂と喧嘩娘だけど。
「なんか騒ぎがあったみたいだけど、なんだったんだい?」
「酔っ払い同士が服に酒がかかったのどうのといった、ちょっとした口論さ。もうちょっとで喧嘩になるところだったが」
 タリアの問いにそう答えると、娘二人はちょっと落胆したような顔を見せた。
 ……まさか、乱闘騒ぎを期待してたんじゃねーだろうな?あわよくば混ざりたかった、とか?
 そうさせんようにブルさんと俺がいるんだよ。

 こっちは片付いたんだからさっさと戻って愛想笑いをふりまいてこい、と不満そうな二人を追い散らしてマダムの所に向かう。
 向かいがてらに大ホール内のあちこちを見回してみたが、目についた限りの剣闘士にはそこそこ客がついているようだった。
 まぁここの剣闘士の娘さんたちは総じて顔のレベルが高いからな。
 顔が良くて腕もたつという娘さんなら、護衛や戦力に是非雇いたい、加えたいと思う男は多いだろうし、それ以前に美人相手ならお近づきになりたいと思うのは結構な数の男のサガだ。
 またそう言った人間をここまで集めたトバイ氏の手腕も侮れねーわ。どういう伝手で見つけてくるんだろうな?
 じゃあ、一人だけ毛色の違うボニーはどうかと改めて探してみると、あっちはあっちで若い娘さんや屈強な男たちに囲まれてそれなりにやってるようなので安心した。筋肉談義でもしてんのかね。
 でもまぁ、壁の華になってるのはいなさそうだな、と再び歩き始めたときに気が付いたというか気が付いてしまった。
 ……いたよ、壁に貼り付いて気配を消しながらも自分の周りにこっちくんなオーラを放出しているのが。
「……なにやってんだアンタは」
 一人でグラスを傾けている真面目そうな雰囲気の娘さんに声をかける。同じ剣闘士で紹介も受けたのだが、すまん、名前が思い出せん。
「……なんだ、ディーゴか」
 聞き取りにくい、ぼそぼそとした声で答が返ってくる。
「飲みすぎて悪酔いでもしたか?」
「いや、そうじゃない。私のことはいいから放っておいてくれないか。あと声をおさえてくれ」
「(小声で)いや、放っておいてくれと言われてもなぁ、ホントに体調大丈夫か?」
「体調は大丈夫だ」
「(小声で)じゃあなんで……」
 とそこまで口にして気が付いた。
「(小声で)もしかして、こういう席、苦手か?」
「苦手というか……その、昔から男が苦手で、一人二人ならまだ何とかなるが、囲まれたりするとダメなんだ」
「(小声で)あぁ……なるほど」
 それじゃ壁の華にもなるわな。
 でもそれだとトバイ氏があまりいい顔するめぇ。顔を売るのが目的の席で誰とも話さず酒だけ飲んでるようじゃ、な。
「(小声で)相手が女だったら大丈夫か?」
「まぁ、それなら大丈夫だが……」
「(小声で)実はここに顔出してから、あるおばちゃんマダムにずーっと捕まっててな、正直ちょっと疲れてきてんだ。紹介すっから暇してんなら一緒に生贄になれ」
「おばちゃんマダムか……。他の客は寄ってこないのか?」
「(小声で)たまに酔っ払いが乱入してくるが、そっちは俺が引き受ける」
「そうか、分かった。トバイさんからも言われてるしな、そのおばちゃんマダムとやらを紹介してくれ」
「了解。こっちだ」
 名前を思い出せないまま、娘さんを連れてマダムの所に戻る。
 そこでお互いに紹介しあったが、横で聞いてて娘さんの方はエミリー、マダムの方はルベーヌということが判明した。
 幸いマダムもイヤな顔せずにエミリー相手に話を転がしてくれたので、こちらも少し息をつくことができた。
 まぁ時々声をかけて話に交じってくる男もいたが、約束通り俺が話を引き受けたのでエミリーがどうこうなることはなかった。

 やがて宴も終わりになり、トバイ氏が〆の挨拶を行ったのち徐々に照明が落とされる。
 マダムの方も満足してくれたのか、
「じゃあディーゴさん、エミリーさん、今日は楽しかったわぁ。二人とも、これからも試合頑張ってねぇ」
 と言い残して帰っていった。
 剣闘士の娘さんたちも客を見送った後三々五々と帰って行ったが、ブルさんと俺はもうちょっと仕事が残ってる。
 飲みすぎて潰れた酔っ払いどもを運び出すという仕事だ。
 ……やっぱどこの世界にもいるのね、こういう醜態をさらす酒呑みは。
 幸い数はそれほどでもないが、下手に乱暴に扱うと事態が悪化するので、時には担架も持ち出して細心の注意をもって運び出す。
 医務室と大ホールを何度も往復して、ようやく全員を片付けたところでトバイ氏がやってきた。
「おう、二人ともご苦労」
「「お疲れ様です」」
「今回もなかなか盛り上がった。でかいの二人がやりあうと、さすがに迫力があるな」
 そう言ってトバイ氏が笑う。こっちは正直二度とゴメンだが。
「酔い潰れた客はもう残ってないな?」
「ええ、全員医務室に運んどきましたぜ」
 トバイ氏の問いにブルさんが頷いて答える。
「じゃあ今日はもう帰っていいぞ。それとディーゴ、今日の日当だが今は渡せん。3日後以降に取りにこい」
「分かりました。んじゃ、お先に失礼します」
「おう、気をつけて帰れよ」
 トバイ氏とブルさんの見送りを受けて、大ホールを後にした。

 さ、とっとと着替えて帰るとするか。
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