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62.母の慈愛を思う時
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「お仕事中ごめんなさいね、ケニスが執務室のお客様の怪我の治療をって言っておられるのだけどお願いできるかしら?」
「勿論でございます。どのようなお怪我か仰っておられましたでしょうか?」
持っていた銀のフォークと布巾を置いたエマーソンは『怪我』と聞いても驚いた様子もなく穏やかな笑顔で問いただした。
「えーっと、歩き方とか座る時の身体の動かし方とかで怪我をしてると分かったって言ってたわ」
少し首を傾げて『ふむ』と呟いたエマーソンは怪我の状態に予想がついたのかしっかりと頷いた。
「それでしたら恐らくお背中でございますね。湿布の他に傷薬や包帯を準備して伺いましょう」
「それとケニスも私も夕食をすっかり忘れていて⋯⋯何かあったらお願いできないかしら?」
「メリッサ様がお越しになられてすぐ料理長が何やら準備をはじめておりましたのでもう少ししたらお持ちできるかと思います」
メリッサとケニスの疲れた顔を見て夕食はまだだろうと予想をつけたエマーソンは2人の姿が地下牢に消えていくのを確認してすぐ厨房に向かったが、片付けを終えて休憩中しているはずの料理長はメリッサを伴ったケニスが帰ってきたと知りすぐに食事の支度をはじめていた。
「それはすごく助かるわ、いつもありがとうございます」
「滅相もありません、メリッサ様がおいでになられたと聞いた使用人達が喜んでおります。ところで奥様にご用がおありのようにお見受けいたしますが?」
「そうなの⋯⋯でも、こんな時間ではご迷惑だと思うから明日お時間をいただきたいと伝えておいていただけるかしら?」
今はもう夜の9時を過ぎている。暗くなってから他人のメリッサが屋敷を訪れたのもかなり問題があるが声をかけるにはあまりにも非常識すぎる。
「差し出がましいようですが、奥様はメリッサ様がお声をかけられるのをお待ちになっておられると思いますよ?」
「⋯⋯では、もしご迷惑でないならとお伝えしてくださるかしら?」
この屋敷の人達はみんな優しすぎると知っていながらその気持ちに甘えている自覚があるメリッサは罪悪感半分恥ずかしさ半分で顔を赤らめた。
「ただいま聞いて参りますので⋯⋯ご案内は致しませんが居間でお待ちいただけますでしょうか?」
しっかりと頷いたメリッサは勝手知ったるなんとやらで迷うことなく居間を目指して歩きだした。
メイドが淹れてくれたハーブティーを飲みながらのんびり休憩しているとノックの音が聞こえてマーサが入って来た。
立ち上がってゆっくりとカーテシーをしたメリッサを抱きしめたマーサがソファに並んで座った。
新しいお茶が届きメイド達が部屋を出るとメリッサは一番最初に頭を下げた。
「夜分にお邪魔したご無礼もですけれどおば様に謝罪をしなくてはなりませんの」
ワッツ公爵家の報告書に書かれていた内容のうちいくつかをかいつまんで説明したメリッサはもう一度頭を下げた。
「忙しいケニスを散々引き摺り回した上にこのような危険な状態にしてしまって申し訳ありません。お詫びして済むことではありませんが少しでも早く謝罪をせずにはいられなくて」
ここ数ヶ月調査やその他の手伝いでケニスのほとんどの時間を独占しリリアナの件では予想以上の迷惑をかけている。その上に収容者3人も追加で預かってもらった。
「これ以上はダメだと思いながらどんどん甘えてしまって呆れ返っておられるでしょう? その上おば様やケニスの身に危険がせ⋯⋯」
「メリッサ、落ち着いて。ここ最近のケニスはメリッサと一緒に行動できてるからすごく生き生きしてるの。
それに、ミゲルの事は我が家の責任でもあるのだからどんどん使ってやってちょうだい。メリッサもそうだけどケニスもあの事件以来心に棘が刺さって⋯⋯前に進む罪悪感とか幸せになる資格がないって思ってるみたいな感じがとても気に掛かっていたの。この戦いがケニスとメリッサの為に必要な事だと思ってるのはわたくしやルーカスだけではなくて、ミゲルのご両親もきっと同じことを思われるはずだわ⋯⋯わたくし達はみんな2人のことを応援しているけれど心配もしてきたの」
マーサがメリッサの頭を撫でた。
(マーサおば様にこうやって頭を撫でられるのが幼い頃から大好きだったなあ。母さんが生きてたらこんな感じなのかも)
「ケニスに手を引かせたいならメリッサも諦めないと無理だと思うわ。でも、ここまで来てやめるなんてしたくないのでしょう? だったら2人で乗り越えなさい。
もしケニスが怪我でもしたら『護衛くらい最後までやり遂げなさい』ってお尻を思い切り引っ叩いてやりなさい。男ならここ一番って時にレディを守り抜くくらいの根性を見せろって怒鳴ってやればいいわ」
昔からメリッサしか目に入らないと知っていながら自分の考えを押し付けようとした父親に反発しきれなかったケニスと、ケニスとは身分差があり過ぎるから恋愛対象だと考えてはいけないと決めこんでいるメリッサ。
(私からしたら、反発しきれなかった息子は不甲斐ないし『考えてはいけない』と思ってる時点で本当は恋愛対象になりたいって思ってるように見えるのにねえ)
「ケニスはほらルーカスがうんざりするくらいしつこいから諦めた方がいいと思うわよ? 多分百歳くらいになってもメリッサの周りをソワソワしながら彷徨きそうだもの⋯⋯全く誰に似たのかしらね」
何の不安も感じていないようにケラケラと笑ったマーサが必殺技を伝授してくれた。
「もしケニスが危険に飛び込みそうとか怪我をするかもって不安になったら耳元でこう言ってごらんなさい⋯⋯『良く聞いて! もし⋯⋯⋯⋯⋯⋯』絶対に効き目があるはずよ」
「勿論でございます。どのようなお怪我か仰っておられましたでしょうか?」
持っていた銀のフォークと布巾を置いたエマーソンは『怪我』と聞いても驚いた様子もなく穏やかな笑顔で問いただした。
「えーっと、歩き方とか座る時の身体の動かし方とかで怪我をしてると分かったって言ってたわ」
少し首を傾げて『ふむ』と呟いたエマーソンは怪我の状態に予想がついたのかしっかりと頷いた。
「それでしたら恐らくお背中でございますね。湿布の他に傷薬や包帯を準備して伺いましょう」
「それとケニスも私も夕食をすっかり忘れていて⋯⋯何かあったらお願いできないかしら?」
「メリッサ様がお越しになられてすぐ料理長が何やら準備をはじめておりましたのでもう少ししたらお持ちできるかと思います」
メリッサとケニスの疲れた顔を見て夕食はまだだろうと予想をつけたエマーソンは2人の姿が地下牢に消えていくのを確認してすぐ厨房に向かったが、片付けを終えて休憩中しているはずの料理長はメリッサを伴ったケニスが帰ってきたと知りすぐに食事の支度をはじめていた。
「それはすごく助かるわ、いつもありがとうございます」
「滅相もありません、メリッサ様がおいでになられたと聞いた使用人達が喜んでおります。ところで奥様にご用がおありのようにお見受けいたしますが?」
「そうなの⋯⋯でも、こんな時間ではご迷惑だと思うから明日お時間をいただきたいと伝えておいていただけるかしら?」
今はもう夜の9時を過ぎている。暗くなってから他人のメリッサが屋敷を訪れたのもかなり問題があるが声をかけるにはあまりにも非常識すぎる。
「差し出がましいようですが、奥様はメリッサ様がお声をかけられるのをお待ちになっておられると思いますよ?」
「⋯⋯では、もしご迷惑でないならとお伝えしてくださるかしら?」
この屋敷の人達はみんな優しすぎると知っていながらその気持ちに甘えている自覚があるメリッサは罪悪感半分恥ずかしさ半分で顔を赤らめた。
「ただいま聞いて参りますので⋯⋯ご案内は致しませんが居間でお待ちいただけますでしょうか?」
しっかりと頷いたメリッサは勝手知ったるなんとやらで迷うことなく居間を目指して歩きだした。
メイドが淹れてくれたハーブティーを飲みながらのんびり休憩しているとノックの音が聞こえてマーサが入って来た。
立ち上がってゆっくりとカーテシーをしたメリッサを抱きしめたマーサがソファに並んで座った。
新しいお茶が届きメイド達が部屋を出るとメリッサは一番最初に頭を下げた。
「夜分にお邪魔したご無礼もですけれどおば様に謝罪をしなくてはなりませんの」
ワッツ公爵家の報告書に書かれていた内容のうちいくつかをかいつまんで説明したメリッサはもう一度頭を下げた。
「忙しいケニスを散々引き摺り回した上にこのような危険な状態にしてしまって申し訳ありません。お詫びして済むことではありませんが少しでも早く謝罪をせずにはいられなくて」
ここ数ヶ月調査やその他の手伝いでケニスのほとんどの時間を独占しリリアナの件では予想以上の迷惑をかけている。その上に収容者3人も追加で預かってもらった。
「これ以上はダメだと思いながらどんどん甘えてしまって呆れ返っておられるでしょう? その上おば様やケニスの身に危険がせ⋯⋯」
「メリッサ、落ち着いて。ここ最近のケニスはメリッサと一緒に行動できてるからすごく生き生きしてるの。
それに、ミゲルの事は我が家の責任でもあるのだからどんどん使ってやってちょうだい。メリッサもそうだけどケニスもあの事件以来心に棘が刺さって⋯⋯前に進む罪悪感とか幸せになる資格がないって思ってるみたいな感じがとても気に掛かっていたの。この戦いがケニスとメリッサの為に必要な事だと思ってるのはわたくしやルーカスだけではなくて、ミゲルのご両親もきっと同じことを思われるはずだわ⋯⋯わたくし達はみんな2人のことを応援しているけれど心配もしてきたの」
マーサがメリッサの頭を撫でた。
(マーサおば様にこうやって頭を撫でられるのが幼い頃から大好きだったなあ。母さんが生きてたらこんな感じなのかも)
「ケニスに手を引かせたいならメリッサも諦めないと無理だと思うわ。でも、ここまで来てやめるなんてしたくないのでしょう? だったら2人で乗り越えなさい。
もしケニスが怪我でもしたら『護衛くらい最後までやり遂げなさい』ってお尻を思い切り引っ叩いてやりなさい。男ならここ一番って時にレディを守り抜くくらいの根性を見せろって怒鳴ってやればいいわ」
昔からメリッサしか目に入らないと知っていながら自分の考えを押し付けようとした父親に反発しきれなかったケニスと、ケニスとは身分差があり過ぎるから恋愛対象だと考えてはいけないと決めこんでいるメリッサ。
(私からしたら、反発しきれなかった息子は不甲斐ないし『考えてはいけない』と思ってる時点で本当は恋愛対象になりたいって思ってるように見えるのにねえ)
「ケニスはほらルーカスがうんざりするくらいしつこいから諦めた方がいいと思うわよ? 多分百歳くらいになってもメリッサの周りをソワソワしながら彷徨きそうだもの⋯⋯全く誰に似たのかしらね」
何の不安も感じていないようにケラケラと笑ったマーサが必殺技を伝授してくれた。
「もしケニスが危険に飛び込みそうとか怪我をするかもって不安になったら耳元でこう言ってごらんなさい⋯⋯『良く聞いて! もし⋯⋯⋯⋯⋯⋯』絶対に効き目があるはずよ」
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