病弱設定されているようです

との

文字の大きさ
4 / 145
第一章 マーサと共に

03.怖いもの見たさなんて誰が言った?

しおりを挟む
 いつもと変わらない鳥の囀りで目を覚ましたはずなのに、長い夢から覚めた時のような、それでいて全く寝ていない時のような⋯⋯鈍痛を訴える頭と重だるい身体に苛立ちながら、見慣れたはずの小さな手で目を擦ったミリーは首を傾げた。

(なんかパジャマがゴワゴワ⋯⋯ん?)


 ガバッ!


「こっ、こっ、ここはっ!⋯⋯ここは何処だ!? えと、えーっと」

 見上げたベッドの天井に、天使が羽をバッサバッサしている様子が描かれているのも見慣れているし、手に触れたシーツがガサガサしているのもいつもと同じ。

 悪夢だと言い切るにはリアル過ぎるが現実とは思えない。

「ミ、ミリーの部屋! そう、実里の部屋じゃなくてミリーの部屋だよ。んじゃ私は⋯⋯私はミリー?」

 彼女が一番違和感を覚えたのは薄暗い部屋に強烈に漂う悪臭で、慌てて布団を頭から被った。

(え、え、えぇぇぇ! こんなに臭かったっけぇぇぇ!?)

 部屋がとにかく広い⋯⋯広くて臭い⋯⋯広さはともかく昨日までは臭いとは思ってなかったはずなのに、実里の記憶がこの臭いを拒絶している。

(確か⋯⋯異世界転生とかの本が流行ってて、本当に転生したら『先ずは臭いで殺られる』その次は『食事の不味さで死ぬ』って言うんじゃなかったっけ?)

 ミリーの身体はさっさと起きてお花摘みに行けと言い出し、実里の頭脳はもう一度寝て起きれば元通りになるかもと言い続ける。

 生理現象に耐えられなくなってベッドから飛び出し、板張りの床にお尻をぶつけながらなんとかトイレに駆け込んだ。

(ううっ! 臭い⋯⋯これって汲み取り式ってやつだよね。しかも、トイレットペーパーがないよぉぉぉ)



 強烈な臭いで涙目になりながら部屋に駆け戻り、いの一番に窓を開けて外の空気を吸い込んだ。

(外の空気もアレだけど、部屋よりはマシ⋯⋯微妙だけどトイレの臭いに比べたら別世界だし。ほんと、何これ⋯⋯一体何が起きてるの!?)

 ここが今の自分の現実だと言うのは理解できた⋯⋯途轍もない臭いだったがおまるじゃなくトイレがあったのは助かった。

(でもでも⋯⋯トイレットペーパーがないのは、人生最大のピンチかも)



 頭の中には、恐らくこの世界ではあり得ない知識に加えて3歳児とは思えない様々な情報が詰まっている。

 例えば⋯⋯汲み取り式トイレと手洗い用と思しき水瓶の存在は、上下水道がなく衛生観念には乏しい時代であると言う事。

 あの四柱式のベッドは元々天蓋付きと言うやつで、それ以外にあるのは暖炉とドレッサー、古ぼけた机と椅子のみ。天井に照明設備がないところから考えると、燃料は電気ではなく石炭や薪が主流のよう。

 ゴワゴワのシーツの下でガサガサと音を立てていたのは藁の可能性大で、パジャマらしき物は洗い過ぎてヨレヨレのボロボロなチュニック。

(じゃあ、私はちびっ子ミリー? 実里おばちゃんじゃなくて? いや~、若いっていいね~⋯⋯じゃないだろ! 人間のメインって身体なの? 頭なの? どっちなんだよぉぉ)

 一人ボケツッコミで現実逃避してみたものの、目に入ってくる違和感バリバリの景色がそれを許してくれない。



(ミリーって多分だけど貴族かお金持ちの家のお嬢様っぽい。家族⋯⋯えーっと、両親くらいはいそうだけど⋯⋯兄とか姉はどうなんだろう。聞いたことがあるような、ないような。うーん、ないな。ミリーって『家族』って言葉も知らないみたいだし)

 ミリーの暮らしに出てくるのは毎日世話をしてくれるマーサだけで、家族と呼べる人達と会ったことはない。

(って事は、ミリーは家族にハブられてて⋯⋯ミリーと実里はネグレクトフレンズ?)

 実里の知識によると⋯⋯貴族家では6歳から8歳くらいまでの子供達は、子供部屋で遊びや食事をするのが一般的で、世話も乳母やメイド達が担当する。

 両親達に会うのは彼等が子供部屋に顔を見に来た時か、呼び出しが来た時くらい。その後、家庭教師からマナーや勉強を習い始めるまで、大人は大人同士で子供は子供同士で暮らす。

 兄姉がいるなら同じ部屋で寝食を共にし、両親から仲良く放置されているはずだが⋯⋯。

(兄ちゃんやら姉ちゃんやらがいたとしても⋯⋯多分だけど⋯⋯放置プレイをかまされてるのは私だけって気がするのは気のせい?
『実里』の時と同じ⋯⋯えーっと、まさかと思うけど⋯⋯鏡を見たら分かるとか? それだと凄く悲しすぎるんだけど)

 因みに、ミリーの姉ユーフェミアは2つ上で、兄のナイジェルは3つ上。

 彼らはそれぞれの好みに飾り立てられた立派な自室で、高位貴族子息令嬢らしい恵まれた幼少期を過ごしているという⋯⋯超絶ムカつく事実を知るのはまだ少し先のこと。





 窓から顔を出して息継ぎをしながら『やるかやらないか』を悩み⋯⋯悩み⋯⋯悩み続け⋯⋯勇気を振り絞って『せーのっ』と掛け声をかけて振り返った。両手で鼻を押さえて、目を瞑ったまま。

(逃げてる場合じゃない! 答えは私の目の前にある⋯⋯はず⋯⋯多分、答えはわかってるけど⋯⋯分かりたくないけど、違うかもだけど⋯⋯確認作業大事、己を知り敵を知れば百戦危うからずって言うんだよ。己を知るのは必要⋯⋯必要⋯⋯必要⋯⋯うん。見たくねぇ)

 せっかく異世界に転生したのなら『絶世の』とは言えなくても、そこそこの美人だったりして欲しい。

 転生特典にわずかな期待をかけて、細く目を開けて部屋を見回すと、窓から入る朝日で部屋の中にキラキラと舞う埃が見えた。

(埃アレルギーだったりしたらとっくに発症してるレベルだけど、掃除をすれば大丈夫かな。明かりは⋯⋯電気はないけど⋯⋯ランプ⋯⋯もなさそう。
でもでも、取り敢えず部屋の中は見える。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ~、私の異世界転生はかなりのハードモードじゃん)



 部屋の奥にある古めかしいドレッサーに近付き、背伸びしてそっと覗き込んで⋯⋯大きな溜め息を漏らした。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました

山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」 確かに私達の結婚は政略結婚。 2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。 ならば私も好きにさせて貰おう!!

兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います

きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……

処理中です...