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22.わし、目の前におるんじゃけど?

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「当主でもなく当主代理でもない準成人したばかりの青二才がのう、支払いはどうするつもりじゃ?」

「えーっと、売れる物は全部売って⋯⋯足りない分は父上が払ってくれるはずですから」

「ライルは背任及び贈収賄容疑で既に逮捕命令が出ておる。機密の漏洩やら過去の使い込みも発覚しておるから捕まった後は当分出てこれまい」

「は、ええ? じゃ、じゃあ兄上は家を出てるしキャンストル伯爵位はやっぱり俺?」

 托卵だろうと自分は正式にキャンストル伯爵家次男と認められているのだから権利はあると信じているデイビッドは飛び上がって喜んだ。

「やった~! ローゼンタールなんかに行かなくても伯爵になれるんじゃん⋯⋯あ~、でもここの支払いどうしよっかなあ。おじさんが言ってたんだけどうちって貧乏らしいから⋯⋯そうだ! ローゼンタール伯爵家から慰謝料を貰ってそれで払えば良いんですよね! だって婚約破棄を言い出したのはアーシェだから慰謝料を貰わなくちゃ。
ローゼンタールは噂と違ってかなり持ってるらしいんでここの支払い分どころかその後の生活費なんかも心配ないくらいガッポリと慰謝料をもぎ取ってやりますからね!」



「⋯⋯なあランドルフ、わしがここにおる事に此奴は気付いておらんのかのう」

 エマーソンが聞こえよがしに嫌味を言うとデイビッドが何故か満面の笑みを浮かべた。

「気付いてますよ~。ここにいらっしゃるって事はローゼンタールを見限ったんですよね! その気持ちすっごく分かります。あんな自分勝手な人たちだなんて思ってもいませんでしたよ。慰謝料に加えてエマーソン様の生活費ももぎ取りましょう⋯⋯払わないって言われたらここに住んでもらうわけには行かないけど、いくらなんでも実の親の生活費くらい払ってくれるでしょう」

 慰謝料の事を思いついて支払いの計画が立ち生活の保証ができた。しかも伯爵になれると浮き足だったデイビッドはランドルフが目を吊り上げエマーソンが肩を落とした事に気付いていなかった。

(ワシらはコレの世話をアーシェに押し付けるつもりじゃったのか?)

(わしらはコレと血の繋がったひ孫を楽しみにしておったのか?)

「そうだ! さっきおじさんが言ってたんですけどローゼンタールってキャンストル伯爵家にすごい大金を貸してくれた事があるって⋯⋯なら、次も頼めば良いですよね。取り敢えず慰謝料とエマーソン様の生活費を貰って、その後は様子次第で借金を申し込めばなんの心配もいらないですね!
ああ、忘れてた~! 会社の副社長になるのって契約書とかにサインするんでしょ? こんな事ならさっき済ませておけば良かったなあ。またローゼンタールのアイツらの顔を見るの面倒くさいのに」

「副社長⋯⋯なんの話じゃ?」

「父上ってほんの数日出社してただけで仕事してなかったんだそうです。それで副社長の給料貰ってたんだから、学生の俺でもできるじゃないですか。副社長の給料なら結構な額だろうし⋯⋯セドリック、父上の給料がいくらだったか教えてくれ! 誤魔化されて給料を下げられたら腹が立つからね」

 デイビッドの頭の中には金貨がチャリンチャリンと溜まっていく音が聞こえてきた。

「キャサリンのドレスとか売らずに置いておくのも良いかも⋯⋯多分助けてくれって言って来るはずだから、その時に『全部そのままだよ』って言ってあげたら喜びそう。金はいくらでも入ってくるって分かったから、この部屋も隣の部屋もそのままにします!」

 キャサリンは自分と同じで勘違いしただけだと信じているデイビッドは伯爵夫人として着飾ったキャサリンを想像して鼻の下を伸ばした。

(アーシェに嫌な思いをさせられた分も俺が可愛がってあげないとな~)

「これからは義妹予定じゃなくて婚約者に⋯⋯デヘヘ」



 妄想が膨らみすぎて気持ちの悪い顔になったデイビッドを部屋に残してセドリックに買取業者を呼ぶように連絡したランドルフは頭を抱えた。

「アレに道理を説いても理解できるとは思えん。ライルは何を教えておったんじゃろう」

「慰謝料やら借金の意味さえ解っとらんとは⋯⋯下手に世の中に出したら危険な気がしてきたわい」



 その翌日、デイビッドが購入した物を全て売り払い不足分はランドルフが自腹を切った。

 ケイン達の温情で騎士団に引き渡す前に一度ランドルフの元に返された事さえ理解できないデイビッドは屋敷で暴れ、ランドルフとエマーソンに拘束された。

「なんでキャサリンの物を売り払ったんだよ! 帰ってきた時なくなってたら可哀想じゃないか」

「あの小狐は帰ってこんと何度言ったらわかるんじゃ!」

「俺と一緒でキャサリンは騙されてただけなんだから⋯⋯お祖父様、助けてあげて! ヤキモチを焼いて意地悪をしたアーシェが悪いんだ、ちゃんと調べたら分かってくれるはず」

「デイビッドのした事はアーシェの名誉を毀損しただけではなく支払いを強引に迫ったじゃろうが、あれは紛れもない恐喝じゃ。ケレイブ一家の恐喝にも手を貸しておるしのう。ローゼンタール伯爵家の温情で逮捕前に話し合う時間をもろうたんじゃ! 自分のしでかしたことをよく考えてみろ」

 自室に監禁されたデイビッドは数日の間暴れ泣き叫んでいたが、キャサリンがしてきた事⋯⋯アーシェに対する行為が名誉毀損だけでなく詐欺罪や煽動罪だと判断されたと知り、ようやくランドルフの言葉に耳を傾けるようになった。

「キャサリンがそうなら俺のした事も同じ?」

「そうじゃ。それで今でもあの小娘と結婚したいと思うか?」

 デイビッドは俯いたまま首を横に振った。

「アーシェに払う慰謝料はワシが立て替えておくで、罪を償ってから少しずつ返しなさい。ワシが生きとるうちにな」

 ランドルフに連れられて騎士団に出頭したデイビッドに判決がおり、遠洋航海に出る蒸気船の船長に引き渡された。

 石炭を燃料としている蒸気船のボイラー室が担当のデイビッドは灼熱の作業場で肺まで焼けつき、そこを出れば吐く息さえ凍りつく極寒の地。氷を踏み破りながら進む船での生存率はかなり低い。

「これからは平民デイビッドとして生きる事になる。身体に気を付けて無事に帰ってこい」

(ワシが家族を放置して自分勝手に生きてこなければ此奴ももっと違った生き方が出来たはず⋯⋯すまんかったのう)

 契約期間は11年、アーシェと婚約していた時間と同じと決められた。

(あの船長ならデイビッドをしっかりと鍛え直してくれるじゃろう)



 デイビッドが船に乗り込んだ日、ランドルフと一緒にザッカリーがアーシェの元を訪れた。

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