【完結】結婚しておりませんけど?

との

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19.女は女、年は関係ないらしい

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 執事の案内で立襟の黒いキャソックを着た司祭が応接室に入って来た。

「あら、新しい司祭⋯⋯様?」

 司祭を見た途端、若い娘のように頬を染めたエスメラルダがソファから立ち上がり和かな笑顔を浮かべた。

「少し前にこちらに赴任してまいりました司祭のトーマスと申します」

「旦那様が病に伏せており屋敷を離れるのが不安で⋯⋯お忙しい司祭様をお呼び立てして申し訳ありません」

 エスメラルダは『さっさと済ませる』と言っていたのを忘れたようにトーマス司祭にソファとお茶を勧めはじめた。



「どうぞお気遣いなく。公爵閣下のお加減はいかがですか?」

「相変わらずですの。寝たり起きたりを繰り返しているせいか、すっかり食が細くなってしまって。そのせいでわたくしも心細くて」

 エスメラルダの気弱なセリフを聞いたイーサンは心配そうな顔で母親を見遣ったが、サラとシエナは自分の手の甲をつねって笑いを堪えた。

(こんな演技に騙されるくらいだからアリーシャに何度も寄り付かれるのね~)

「それはご心配ですね。わたくしに出来ることがありましたら、いつでもお声をおかけください」

「そう言っていただけると心強いですわ。お言葉に甘えて今度色々ご相談させていただいても宜しくて?」

「勿論です。我々はその為におりますから」

 エスメラルダはパッと花が開くように満面の笑顔を浮かべた。



「今日はご子息の婚礼だと伺いましたが、打ち合わせということでしょうか?」

「ええっと、婚礼⋯⋯そう、このような状況ですから書類を提出するだけで終わらせることにいたしましたの。ですから、司祭様にはお手数をおかけしますけれど、立会人をお願いしなくてはなりませんのよ」

 多種族がそれぞれの流儀で領地を治めているこの国では、出生から死亡までのあらゆる届出書の画一化の為に司祭か司教の立ち会いを義務付けている。
 国の行政が未だに国の端々まで管理できていない弊害とも⋯⋯。

「では、書類の確認だけで? 次期公爵様の婚姻とお聞きして⋯⋯あ、少し驚いてしまって、申し訳ありません」

「え、ええ。まあ」

「余計なことですが、花嫁が少しお可哀想な気がしてしまいます」

 エスメラルダの顔色を窺うように恐る恐る意見を言うトーマス司祭は少し気の弱い人なのかもしれない。

「年いっての初婚だから恥ずかしいと本人が言い張って⋯⋯ですから落ち着いてからでも結婚式をしたらどうかと話していたところでしたの」

「そうですか、その時を楽しみにしておりますね」

「ええ、是非。色々とご相談がありますし、教会にお伺いいたしますわ」

 手のひらを返したようにご機嫌で話し込むエスメラルダの横でイーサンは時計を気にしはじめた。

「母上、私は先に失礼させていただいてもよろしいですか?」

「ええ、勿論よ。サラも疲れたでしょう? 部屋に下がって良いわ」



 司祭やサラを無視したままイーサンが嬉しそうに席を立ち応接室を出て行った。

「それではこれで失礼致します。トーマス司祭様、今日はありがとうございました。あの⋯⋯婚姻届のご確認が終わられているようでしたら郵送の手配をしておきましょうか?」

「そうね、お願いするわ」

 イーサンと同時に立ち上がっていたサラがテーブルの上の婚姻届を手に応接室を出る時には、エスメラルダの意識は若い司祭に向けられていた。

 執事の案内でこれから使う予定の部屋に案内されたサラは『予想より良いかも』と胸を撫で下ろした。

 侍女用の狭い個室もついた客間で、部屋にはサラが送った家具が並んでいた。

 ベッドやソファのセットとドレッサーや書き物机等々。クローゼットの中には公爵家の嫁としてそれなりだと言える程度のドレスや装飾品の数々が片付けられているはず。

「ご用がございましたらお呼び下さい。昼食は正午を予定しておりますので、その時間になりましたらお声をおかけいたします」

 執事の名前はウォルターで、白髪混じりの髪と目元の皺の様子から50代くらいに見えた。物腰は終始穏やかで立ち居振る舞いからして熟練の執事で間違いないだろう。

「公爵様にご挨拶したいのだけど、今日のご様子はいかがかしら?」

「今日は少しお加減がよろしいようで、朝食も少し召し上がられました。お聞きしてまいりましょうか?」

「ええ、ご無理でないならご挨拶だけでもさせていただけると嬉しいとお伝えしていただける?」

「それでは少しお待ち下さい」

 左手を前にして腹部に当て右手を後ろにした礼は、サラに対して『粗略な扱いはしない』と言う意思表示に見えて緊張で引き攣りそうだった肩の力がようやく抜けた気がした。

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