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銀の大猿

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「ディアス!キャニスターは?」
アンリがディアスに問いかける。

「まだあるぜ!」

 ……アンリは夕日に染まる山中で銀の大猿と対峙する。

「お前か?人を喰ってたのは?」

「……僕のすべては姉さんもの、姉さんの為に命を集めないと……」

「姉さん?お前は何を言ってるんだ?」

「姉さんに騎士団や王国憲兵の連中には手を出すなって言われたけど……僕はじっとしているのが苦手なんだ……」

 怪物の背に鋭い斬撃が走る……大猿がアンリに気をとられている隙に、アルラウネが白花の剣で一本の蛇を切り落とした。

「ねえ貴方……アタシの勝負の邪魔しないでよ……」

 ……切り落とされた蛇がのたうち回り、女の顔が赤い飛沫に染まる。

「ぐぎいいいいぎああ!!」

 大猿の魔獣は不気味な咆哮をあげながら、もう一本の蛇の尾でアルラウネを吹き飛ばし、アンリに向け鋭い爪を強い殺意を込め振り回す。

「困るなあ、尻尾の再生には少し時間がかかるんだよ……
会話の最中に背後から攻撃するなんていけないなあ……」

 そう言うと大猿は口から大量の瘴気を吐き出した。

「うっ」

 アンリは大猿の爪を何とか躱しつつ、後退する。

「この女、美味しそうだね……」

 怪物は気味の悪い声を出しながら、ジュリアスを見つめる……吐き出した瘴気が尾の切断面に取り込まれ、大猿の流血が止まった。

「くらえ、化け物!」

 ディアスの放った砲弾が大猿に直撃し炸裂する。爆炎が大猿の身体を包み、鉛の欠片が怪物の巨体に突き刺さる。

「くそ、完全に入ったと思ったんだが」

 獣毛が焼けた臭いが周囲にひろがる。
 ……怪物は砲撃にたじろぐことなく、巨体に似合わぬ俊敏な動きでジュリアスへ接近する。

「くっ、どうして、おればかり狙われるんだ!」

 ジュリアスは迫りくる怪物の腹に銃剣を突き立てるも、硬化した筋肉の鎧に阻まれ、銃剣は深く突き刺さらない。

「こいつ!胴が硬い!」

「ぎいあいいいいいいいいいああああああぁぁぁ!!!」

 大猿のこの世の者とは思えない咆哮がけたたましく響く。

「……耳がおかしくなりそうだ……」

 アンリ達は堪らず、耳を抑える。

「……頭がくらくらする……なんだ……これ……」

 ジュリアスはそのまま地面に倒れこんだ。

「ジュリアス!大丈夫か!」

「……だっ駄目だ……眩暈がする……立ち上がれない……」

 ……怪物は倒れたジュリアスの身体を掴んで皮鎧を力任せに剥ぎとり
ジュリアスの上半身をあらわにする。

「下手に動くとこの女の身体を引き裂くよ……」

 大猿の舌が伸び、ジュリアスの太腿から下腹部に絡みつく、豊かに膨らんだ乳房に大猿の鋭い爪が食い込み、赤い血が柔らかな肌を濡らしていく。

「サキュバスはいい匂いがするね……美味しそうだ……」

「……止めろ……離せ……」

 必死に抵抗するジュリアスの肩に大猿は鋭い牙を突き立てた。
 怪物の唾液と恐怖によって湧き出した汗が血と混ざり合い内腿を流れ落ちる。
 
「僕の身体の一部になってくれよ……」

 蛇の口が大きく開き、ジュリアスを頭から飲み込む。大猿はアンリ達を牽制する為、口から火弾を放つ。

「くそッ!」

 アンリは氷の盾を展開させ、火弾を防ぐ。
 
「こいつで打ち止めだ!」

 ディアスは大猿に最後の砲弾を喰らわせる……爆炎が大猿の身体を覆う。
 吹き飛ばされたアルラウネが立ち上がり、白花の剣を振るい大猿の指を切り飛ばす。
 アンリは氷の盾で炎を防ぎつつ、大猿の顔面へ跳び蹴りを食らわせる。
 連撃をくらった大猿はジュリアスを吐き戻した。粘液にまみれたジュリアスが地面に投げ出され
る。

「おえ、はあはあ、ごほごほっ!」

 ジュリアスは苦しそうに咳き込む。

「……食事を邪魔するなんていけないなあ」

 怪物は再び瘴気を吐き出す。吐き出した瘴気が大猿の傷口に取り込まれ、再生していく。

「なかなか、やるねぇ……僕も楽しいよ」

「はあ、はっ、はあ」
 ……アルラウネは大量の汗を流し、苦しそうに息を荒げ、膝をつく。

「ふっふふふ、そろそろ体力の限界?連戦で堪えているのかな……」

 山々の色が赤から黒に変わり木々が闇に落ちていく……
 大猿は異臭を放つ毒液を吐き出す。
 アンリは胃酸のような吐き気を催す臭気に顔をしかめた。

「きいぃぃぃぃああああああゎゎぁぁぁぁ!!」

 大猿が再び、けたたましい奇声を上げる。

「くそ!」

 大猿は丸太のような大腕を振り回す。アンリは氷の盾で一撃を防ぐが、体格差は大きく背後に吹き飛ばされた。
 減速術式で生み出された氷の刃が大猿の足に突き刺さるが、怪物は意に介した様子を見せずに歩を進めていく。

「……大して効いてないか?」

 ディアスは倒木を持ち上げ、怪物の頭へ打ちつける。
 ……大猿は血を流し、折れた牙を吐き捨てた。

「……淵術、魔剣の疾走……」

 夜の闇に落ちていく山中に風切り音が響き、ジュリアスの足とディアスの腕から血が噴き出す。
 ……アンリは闇術を行使する大猿の脇下に潜り込み、術式で氷の短刀を作り出すと、氷の刃を切り上げ大猿の右腕を切り落とした。

「?……腕はさほど、固くないのか?」

 怪物は片腕を失うも、たじろぐことなく、ディアスの背後に素早く回り込み、ディアスの背中を切り裂く。

「ぐっ、こいつ!素早い!」

 怪物の切り落とされた腕が地面の上で激しく痙攣している……奇妙なことに切断面から一滴の血も流れ落ちていない。

「……姉さん」

 大猿は一言呟くと、闇の中に姿を消した。

「奴はどこに消えた!」

 ……切り落とされた大猿の腕が瘴気を放出しながら、黒い灰に変わっていく。

「なんだったんだ……奴は……」
黒い灰を眺めながら、アンリは呟く。

「見失ったか?」

「俺も弾切れだ、携帯できない分は村に置いてきたからな」

・・・・・・・・・・

「アタシの乳白色の体液を乾燥させたものが麻薬の原料になるんだけど……最近、なんだかよくわからないチンピラ達がアタシを捕まえて、麻薬で一儲けしようと思ったみたいでこの辺を嗅ぎまわってたのよ、魔獣狩りに来た騎士団のこともあって、しばらく身を隠してたの……帝国領内に移動しようとも思ったんだけど寒いのは苦手だからね」

「オレ達はアンタを捕まえて麻薬造りをするつもりでこの山に来たんじゃないぜ、人喰い魔獣の討伐に来たんだ……そういや、アンタ、名前は?」

「……私の名前は……レダよ」

 少し思案する様子を見せながら、アルラウネはアンリに名を名乗った。

「アンリ、俺はそろそろ撤収したほうがいいと思うぞ
それこそ、三つ目オオカミの群れにでも襲われたら不味い
奴ら弱った獲物の血の匂いに敏感だからな」

 ディアスはジュリアスの足の手当てをしながら、口を開いた。

「ああ……そうだな、わかった戻ろう
なあレダ、アンタもオレ達と来ないのか?その状態で一人でいるのはまずいだろう」

「……アタシは……」

「オレ達と一緒なら村の人間にアルラウネだってばれないさ」

「……」

「……ジュリアス、動けるか?」

「……ああ、なんとか……立ってるのがやっとだがな」
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