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第8話 赤い羽根付き帽子の女-3-
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アイザック様が伯爵に歩み寄る。
「テューダー伯爵、私は国王陛下より治安維持に関する権限を与えられています。現場検証のためほかの部屋に移っていただきたいのですが」
伯爵は無言で立ち上がると、ふらふらと隣の応接室へ歩いて行った。
私が付き添い、なんとかソファに座らせた。
「なにか飲み物をお持ちしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。悪いが一人にして欲しい」
「かしこまりました」
焦燥しているが、後追い自殺の心配はなさそうなので、広間へ戻った。
私はアイザック様と一緒に遺体を調べることにした。
検死は専門ではないが、わかるかぎりでやってみよう。
まず、傷口から。頭頂部と後頭部にへこみが見られる。
死因はおそらく鈍器による損傷、何度も殴打されたようだ。
それはあちこちの壁に飛び散った血液を見てもあきらかだ。殴られたのが一度だけだったらここまで出血しない。
凶器は床に落ちている馬の像で間違いないだろう。血痕が付着している。
腕や足を持って動かしてみる。関節を動かすのに力を入れなければならない。死後硬直が全身に進み始めている。
そして、心の中でごめんなさいねと謝りながらスカートをめくり上げた。太ももの部分を見ると、死斑がまとまり始めていた。
今は22時をすこし回ったところだ。
舞踏会の開始は19時。
キャロライン嬢が伯爵と喧嘩し、会場を後にしたのはだいたい19時半くらい。
公爵家からここまで20分くらいだから、襲われたのは20時ごろだろうか。
遺体の様子を見ながらアイザック様も納得できないという表情をしていた。
「おかしいな、死んでから2時間程度ということはないだろう」
死後硬直が始まるのは亡くなってから2時間後、顎間接から始まり上半身から下半身へ徐々に全身に広まっていく。腕はかなり固くなっているが、それに比べてまだ足は動かせる。
死斑は死亡後30分くらいでまばらに出來はじめ、3時間くらいでひとつにまとまってゆく。
死後硬直の進み具合と死斑の出来方からして、
「そうですね、5~6時間は経っていると思います」
「うん、壁や床の血の乾き具合からしてそのくらいか」
死亡推定時刻はおそらく16時~18時。
「そうなると、舞踏会に来ていたのは誰なんだ?」
「この女性がキャロラインさんであることは間違いないですか?」
「ああ。二度ほどしか会ったことはないが、この泣き黒子は見間違えないと思う」
「17時ごろに何かが起きて、彼女は殺された。伯爵は身代わりを仕立てて舞踏会に連れて行ったのですね。急遽、身代わりになれる女性を用意するのは難しいでしょうから、代役はこの家の使用人でしょうか?」
「そうだな。今日は仮面舞踏会だから、顔を隠せる。トレードマークの真っ赤な羽根付き帽子とドレスがあれば、みなキャロラインだと思うだろう。となると、あの喧嘩も芝居か。長居すれば誰かが本物じゃないと気が付くかもしれない。姿だけ見せて、さっさと家に帰した」
「身代わりの女性は、ここに戻って遺体に自分が着ていたドレスを着せて部屋を荒らし、姿を消した……と」
「俺たちを誘ったのも、強盗に襲われたと証言させるためだったのだろうな」
アイザック様はため息をついた。
いくら素人の発想とはいえ、まったく、こんな杜撰なシナリオで私たちを騙せるつもりだなんて、舐めるにもほどがある。
「テューダー伯爵、私は国王陛下より治安維持に関する権限を与えられています。現場検証のためほかの部屋に移っていただきたいのですが」
伯爵は無言で立ち上がると、ふらふらと隣の応接室へ歩いて行った。
私が付き添い、なんとかソファに座らせた。
「なにか飲み物をお持ちしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。悪いが一人にして欲しい」
「かしこまりました」
焦燥しているが、後追い自殺の心配はなさそうなので、広間へ戻った。
私はアイザック様と一緒に遺体を調べることにした。
検死は専門ではないが、わかるかぎりでやってみよう。
まず、傷口から。頭頂部と後頭部にへこみが見られる。
死因はおそらく鈍器による損傷、何度も殴打されたようだ。
それはあちこちの壁に飛び散った血液を見てもあきらかだ。殴られたのが一度だけだったらここまで出血しない。
凶器は床に落ちている馬の像で間違いないだろう。血痕が付着している。
腕や足を持って動かしてみる。関節を動かすのに力を入れなければならない。死後硬直が全身に進み始めている。
そして、心の中でごめんなさいねと謝りながらスカートをめくり上げた。太ももの部分を見ると、死斑がまとまり始めていた。
今は22時をすこし回ったところだ。
舞踏会の開始は19時。
キャロライン嬢が伯爵と喧嘩し、会場を後にしたのはだいたい19時半くらい。
公爵家からここまで20分くらいだから、襲われたのは20時ごろだろうか。
遺体の様子を見ながらアイザック様も納得できないという表情をしていた。
「おかしいな、死んでから2時間程度ということはないだろう」
死後硬直が始まるのは亡くなってから2時間後、顎間接から始まり上半身から下半身へ徐々に全身に広まっていく。腕はかなり固くなっているが、それに比べてまだ足は動かせる。
死斑は死亡後30分くらいでまばらに出來はじめ、3時間くらいでひとつにまとまってゆく。
死後硬直の進み具合と死斑の出来方からして、
「そうですね、5~6時間は経っていると思います」
「うん、壁や床の血の乾き具合からしてそのくらいか」
死亡推定時刻はおそらく16時~18時。
「そうなると、舞踏会に来ていたのは誰なんだ?」
「この女性がキャロラインさんであることは間違いないですか?」
「ああ。二度ほどしか会ったことはないが、この泣き黒子は見間違えないと思う」
「17時ごろに何かが起きて、彼女は殺された。伯爵は身代わりを仕立てて舞踏会に連れて行ったのですね。急遽、身代わりになれる女性を用意するのは難しいでしょうから、代役はこの家の使用人でしょうか?」
「そうだな。今日は仮面舞踏会だから、顔を隠せる。トレードマークの真っ赤な羽根付き帽子とドレスがあれば、みなキャロラインだと思うだろう。となると、あの喧嘩も芝居か。長居すれば誰かが本物じゃないと気が付くかもしれない。姿だけ見せて、さっさと家に帰した」
「身代わりの女性は、ここに戻って遺体に自分が着ていたドレスを着せて部屋を荒らし、姿を消した……と」
「俺たちを誘ったのも、強盗に襲われたと証言させるためだったのだろうな」
アイザック様はため息をついた。
いくら素人の発想とはいえ、まったく、こんな杜撰なシナリオで私たちを騙せるつもりだなんて、舐めるにもほどがある。
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