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5.勇者の問題発言
しおりを挟むそれは、あまりに予想外の出来事であった。
よもや彼――ハヤトが、忠告を無視しようとは。いいや、それは最初から予想しておくべきことであったのかもしれない。アルの言葉にハヤトは、異様な反応を示していた。
これを考慮に入れてさえいれば、この事態もまた防げたのかもしれない。
賢者は一人、頭を抱えるのであった。
「あの男、何を考えてる。愚かにも程があるだろう……」
勇者がこの城を訪れてから、はや七日の時が経過した。
魔王討伐の部隊準備は整いはしたが、肝心の勇者の教育が完了していない。そのため、国王は断腸の思いで、進軍の予定を延期したのであった。急いては事を仕損じる。その可能性は十分にあり得ると、そう考えられたからだ。
さて。話は変わるが今、アルは中庭にやって来ていた。
城の中央に造られたこの場所は、ここ住まうすべての者の唯一と言って良いほどの憩いの空間となっている。とは言っても身分の差、血統の差、その他にも暗黙の了解は依然として存在していた。そのため、アルがこの中庭を訪れた時、幾人かの下層民は姿を消した。
残ったのは、少女であった。
集団の中でも一人だけ、給仕の服を身にまとっているのだからより目立つのだ。
そんな彼女――新米メイドのアナは、しゃがみ込み、微笑みながら花壇を見つめていた。円らな瞳には、色様々な生命が映っているのであろう。ただそれだけなのであれば、厳格であるアルも咎めはしない。花を愛でる権利まで奪ってしまえば、それは横暴であると、そう賢者は考えたのだ。
「だが、それにしても……っ!」
しかし、問題は他に存在していた。
大きな大きな問題だ。あるいは、この国を揺るがしかねない、そんな問題だ。
アルはそれを目の当たりにして辟易を通り越して憤慨した。何故なら、自身の忠告が完全に無視されていたのだから。彼の者の耳は、馬の耳であったのかと、そう思わされたのだから。
――アナの隣には、愚かなる勇者の姿があった。
同じく腰を下ろしたハヤトは、少女に何かを語りかけ、問いかけながら談笑していた。傍から見れば、そこには本来あるべきはずの隔たりは存在しない。両者は対等に話している。そのように、アルには思われたのであった。
「にゅふふwwwアナ氏は、この花が好きなのでござるねwww」
「はい! とても綺麗で、可愛らしいと思うのです!」
「アナ氏も、可愛いでござるよ? ――キリっ!」
「もう! ハヤトさんったら!」
聞き耳を立てると、そんな会話が届いてくる。
それは、あまりにもありふれていて、それでいてアルにとっては不自然。
身分差が感じられない距離で話す二人に、彼は恐怖心に近い何かを抱かざるを得なかった。理由は明白である。このような現実はあってはならないから、だ。
「いったい、あの男は何を考えているのだ……!」
拳を強く握りしめるアル。
恐怖心は次第に怒りへと姿を変えていった。
自身の忠告を無視した愚か者に。そして、己の思い通りに動かない愚か者に。
アルが、ここまでの憤怒を覚えるのは初めてのことであった。その理由はおそらく、彼自身も分かっていないであろう。しかし後に、アルは手記にこのように書いている。
【私は今まで、何もかもを思い通りに動かして生きてきた。その中においてこの勇者だけは、常にこちらの思惑に反してきた。この時の私は、子供であったのだろう】――と。
つまりこの賢者にとって、ハヤトは初めて現われた反乱分子。
不確定要素。すなわちは動き、理念、そして思考のすべてが計算できない存在。故に、彼にとってこの勇者は恐怖の対象となり得たのであった。
「いや、落ち着け。とりあえず、他の者の目に触れないようにしなければ……」
だが今はそれどころではない。
自分の感情など後回しだと、そう結論したアルは中庭をぐるりと見回した。
幸いなことに現在は、昼前ということもあり人は少ない。大半の兵士は訓練や、王都の警備に出ていた。残っているのは非番の者か、あるいは時間を持て余したメイドである。円を描くように造られた花壇、その中央には豪華な噴水。吹き抜けになった空は青く澄み渡っていた。
そして、他にその空間にいるのはひとまず数名程度。
それならば、どうにか誤魔化し切ることが出来るだろうか。アルは最悪の場合【結界魔法】を行使することを視野に入れつつ、一つ息をついた。――その時である。
「よぉ、アル! お前、勇者様の世話係になったんだってな!」
「…………げ」
親しげに、声をかけてくる人物があったのは。
アルが声のした方へと振り返ると、そこに立っていたのは同期の騎士団員であった。休日なのであろう、私服に袖を通したその男は、何の警戒もなしに笑みを浮かべている。余談であるが、アルはこの兵士について同期であること以外、名前も記憶していなかった。自分の出世には不要な存在であるとして切り捨てていたためである。
「……あ、あぁ。そうなんだ。そっちは今日休みか?」
アルは口角を引きつらせながら、そう返答した。
こうなっては【魔法】の行使は難しい。一般兵とはいえ、王都に奉公している者である。目の前で魔力の流れに動きがあれば、何事かと追及されるのは確実だった。そうなると、かえって目立つことになってしまう。
ここは、話術をもってして注意を逸らさなければならない。
アルはそう考えた。そして、無関係な話題にシフトしようとしようとした時だ。
「賢者、賢者! ちょいとばかし、よろしいでござるか?」
「!?」
気付けば、ハヤトが背後にピッタリと張り付いていた。
アルはそのくぐもった声に、心臓を鷲掴みされたかのように肩を弾ませる。振り返ればその声の主がにったりとした、気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。
そのさらに後方には、アナがきょとんとして首を傾げている。
「お、噂をすれば。貴方が、異世界からやってきた勇者様ですか?」
「デュフフwwwいかにも、拙者が勇者でござるwww」
「ほほう。噂通りに、面妖な話し方をしますね」
「そう言われると、照れるでござるwww」
「それ、褒められてませんよ?」
兵士はぐっとハヤトの顔を覗き込みながら、慇懃無礼なことを言った。
ハヤトはそれに頬を赤らめて身体をくねらせるのだが、アルが冷めた口調でツッコみを入れる。しかし、それでもまったく気にしていないのか、勇者は肉に埋もれたその顔に、大きな笑みを浮かべていた。
「はぁ……今度はどうされたのですか? 勇者様」
アルはそんな彼の様子に、深くため息をつく。
もうこうなっては、ハヤト事態を隠すのは不可能だ。
だとすれば、今度はアナとの仲を疑われないよう隠す方向に舵を切った方が賢明であった。そのため、ひとまず彼が何を言おうとしているのか把握した方が良い。
そう、アルは瞬時に思考したのであった――が、
「拙者、決めたでござるよ! 今日からアナ氏を――」
次に飛び出してきた言葉は、その思惑を完全に、
「――拙者の妹とするでござるwwww」
かつ、いとも容易く打ち砕いたのであった。
「……………………………………………………はい?」
アルはたっぷりと時間をかけて、そう漏らすのが限界であった。
手記にはこの時の気持ちが、克明に書かれている。
【あぁ、この勇者。ホントに死ねばいいのに】――と。
このハヤトの発言。
これが、王都全土を激震させたのは言うまでもなかった……。
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