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7.解決策 1
しおりを挟む――異世界から現れた救世の勇者が、穢れた子を妹として引き取った。
翌日、城内はこの話題で持ちきりとなっていた。その行為は誰もが予想していなかったモノ。アルの根回しによって外部には秘匿するという暗黙の了解が広まってはいた。しかしアナと同様の境遇である者達が、いつ何時に言いふらすか分からない。もしそうなれば国民の不満、疑念が噴出するに違いなかった。
「それで。いかがするおつもりなのですか? アルフレッド」
「…………………………」
談話室にてテーブルを挟み、イナンナはアルにそう話しかける。
しかし今ばかりは、賢者と呼ばれる彼も沈黙する他なかった。あの日から三日経過したが、ハヤトとは一言も口を聞いていない。例外として、勉学を教える際にアルが一方的に話すことはあった。だがそれも、会話と呼ぶには程遠いと言えるだろう。――加えて、何を考えているのかハヤトは、そこにアナを同席させていた。
したがって正直なところ、ここ数日はアルにとって胃に穴が開くようなモノ。
その苦痛に耐えきれずに、いよいよもってイナンナに助言を求めたのであった。その経緯あっての彼女の上の科白であったが、アルにしてみれば『それが言えるなら困っていない』――というのが本音である。
「ふむ……。貴方がそこまで憔悴されるとは、相当ですね」
うつむいて返事をしないアルの姿に、イナンナは一つため息をついた。
「本音を言えば、私はあの方に関わりたくはございません。しかしこのまま、アルフレッドが意気消沈されていたら、それこそ国益を損ないかねません――ですから、今回に限っては協力致しましょう」
「……ありがとうございます」
しかし続けて出てきた彼女の言葉に、ようやくアルは掠れた声を発する。
そんなアルの様子を見て、イナンナはもう一つため息をついた。どうやらこのイナンナという女性は、生理的にハヤトのことを忌諱している節がある。もっともそれは彼女に限定したモノではなく、宮仕えしているほとんどの女性が、言葉にはしないモノの抱いている感情であった。
そんな、勇者にはとても報せられない裏事情。
それを抱えながらも、イナンナは仕方なしに協力をすると言ったのであった。
「しかし、どうすればよろしいのでしょうか。そもそも、あの方はどうしてあのような行動を――」
「――それには一つ。私に思い当たる節があります」
「思い当たる、節……?」
さて。そんなイナンナは、アルの言葉を遮ってそう口にした。
それに賢者は光明を見たり、といった表情を浮かべる。そして妖艶な唇に人差し指を当てる神官長を見た。するとそこにあったのは、大人の色香が漂う微笑み。
脳髄を麻痺させるようなそれに、瞬間だけ賢者は呼吸を荒くした。
「あのメイド。アナはおそらく、勇者にハニートラップをしかけたのかと思われます。自身の地位を上げるため、あの方のことを利用しようとしているのでしょう」
イナンナはそう断言する。
迷いのないその予想に、アルはついつい納得してしまった。
「な、なるほど……!」
「仮にもあの方は勇者であるはず。では罠にかかったと仮定しなければ、あのような言動は考えられないでしょう。というか、あんな男でなければ私が――」
「――私が?」
アルが不意に疑問を口にする。
すると、イナンナは大きく咳払いをした。
「な、なんでもございません! とにかく……ここは、私にお任せを」
「はぁ、分かりました。よろしくお願いいたします」
アルは不思議そうな顔をしつつ、ひとまず同意する。
そんなこんなで、イナンナによる作戦はこうやって始まったのであった――。
◆◇◆
廊下を歩くハヤトとアナは、仲睦まじいといった様子。
和気藹々と、楽しげに談笑しながら中庭の方へと向かっていた。
アナが身にまとっているのはメイド服ではない。ハヤトが指示を出して用意させた白のワンピースに、赤のカチューシャ。まるで野に咲く可憐な花のように、周囲を明るくさせる存在となっていた。それは穢れた者と彼女を扱っていた兵士や、他のメイドさえ、微笑ましく思う光景である。
「なんということ……!」
そんな二人の姿を物陰から見つめて、イナンナはそう声を震わせた。
神職の長として、彼女は魂の穢れについて誰よりも敏感である。したがって目の前のそれは、あってはならない事象であった。神に使わされた者が、神に疎まれる行いに手を染めるなど、あってはならない。本気でそう考えていたのであった。
「しかし、本当にハニートラップなど仕掛けているのでしょうか。今さらながら、私にはとてもそのようには見えず――」
魔法学に秀でたアルは、ふとそう気付く。
しかし、それを言い切るよりも先に――。
「――いいえ。あれは魔法の類ではなく、精神を操作する幻術に近いモノです。それでしたらアルフレッド、貴方よりも私の方が詳しい。私が断言いたします」
イナンナが、そのように言った。
「は、はぁ。そう、なのですか? まぁ、貴方が言うのであれば……」
アルはその勢いに呑まれるように、何度も首肯する。
そこには理論など何もなかったのであるが、十年来の付き合いということもあり、彼はイナンナの言葉をひとまず信用することにした。だが何はともあれ、現状を動かせるのであれば賢者にとってはどうでもいい。とにかく今の彼は、藁にもすがる気持ちなのだから。
「しかし、そうなると何をもって対抗すればよいのでしょう?」
そんなこんなで、アルはイナンナに問いかけた。
すると、どこか自慢げに彼女はこう答える。
「目には目を、ハニートラップには……ですよ」――と。
言い残して、すっと神官長はこちらへやってきた二人の前に出た。
そして――。
「――勇者様? その子よりも、私とお茶いたしませんかぁ♡」
そう甘い、何とも甘い口調でハヤトへ声をかけるのであった。
彼女の美貌も相まって、たいがいの男性ならばホイホイとついて行ってしまう。そのように思われる甘美な響きであった。現に秀才たる賢者であるアルも、自らに向けられたモノではないのに、ついドキリとしてしまう。
――アルフレッドの手記より。
【それは、あまりに甘い毒であった。それを一口すれば全身の骨を溶かしてしまうような、そのような錯覚に陥る甘美なる魔性であった。したがって、これに魅了されるのは致し方ない。むしろ男性であるならば、かかる者が健全であると言えるのであろう】――と。
だが、しかし。
ハヤトはちらり、イナンナを一瞥したかと思えば、
「BBAに興味はないでござるwwwww」
そう言った。
空気が、完全に凍った。
時の流れが、急停止をした。
「さぁ、いくでござるよアナ氏! 今日は何のお話するでござるかな♪」
「え、あ……はいっ!」
その最中において、動いたのはハヤトとアナの二人だけ。
硬直したイナンナはその場に取り残され、不意に吹いた空っ風に髪を攫われる。
アルは二人が去ったのを確認してから、彼女へと駆け寄った。そして、おそるおそる顔を覗き込む。するとそこにあったのは、満面の笑みであった。しかしそれは次第に引きつって、最後には――。
「ひぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
――アルフレッドが悲鳴を上げた。
この日の日記も、ここまでで途切れている……。
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