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遺伝子改造
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ペットを飼うのは初めてではなかった。
僕が三歳のころ、動物好きなお父さんが、一匹の肩乗り猫を連れてきた。
オレンジがかったふわふわの茶色の毛と、短い手足。
目は湖のように済んだ深い青だった。名前はスルガ。
かっこいい名前だと思っていたが、後々地理と歴史の勉強をして、昔の地名だと知り想像していたような意味ではなくて拍子抜けした記憶がある。
名前は変わっているかもしれないが、僕はスルガが大好きだった。
スルガは人懐っこく、僕にもお父さんにもお母さんにもよくなついていた。
とりわけ僕に一番なついていた。
お父さんが胡坐をかいて、その上に僕が座ると、スルガはいつも僕の膝の上に乗った。
僕とお父さんとお母さんが川の字になって寝ていると、スルガは必ず僕の布団に入ってきた。
スルガは臆病で、虫や小鳥を見つけると一目散に僕の肩に乗り、ぷるぷる震えていた。
僕は幼いながらも、スルガを守らなければならないという使命感を抱き、勇ましくいようと心がけた。
僕とスルガはいつも一緒だった。
スルガは僕を頼っていたし、僕もスルガに癒してもらっていた。
スルガがいなくなったのは、お父さんがいなくなって一か月後のことだった。
お父さんが帰ってこず、不安な日々を過ごしていた僕とお母さんを支えてくれたのがスルガだった。
スルガは僕の流した涙を舐めてぬぐってくれたし、お母さんの涙でぬれた冷たい手を温めてくれた。
スルガの優しい「ミャア」という鳴き声が、僕には励ましの言葉に聞こえていた。
スルガのおかげで少しずつ泣くことが減っていった。
お父さんがいなくなり、帰ってくる見込みがないことをお母さんから伝えられた後も、スルガがそばにいれば平気だと思えるようになっていた。
それなのに、スルガはいつの間にかいなくなってしまった。
朝起きたら、隣で寝ていたはずのスルガはいなくなっていた。
家中を探したが見つからず、一階の部屋の窓が空いているのに気づき、そこから逃げ出したのだろう。
僕は戸締りをしていなかったお母さんを責めて、家を飛び出しスルガを探した。
家から出したことがなかったから、どこに行ったのか見当もつかなかった。
近くの公園や神社にいったがどこにもいなかった。
お父さんに続いてスルガもいなくなった。
どうしてみんな僕のそばからいなくなってしまうのだろう。
僕はいらない子なのだろうか。
必要のない人間なのだろうか。
薄暗くなった神社で、悲しみをこらえられずに膝を抱えて泣いていたら、お母さんが駆けつけてきた。
僕を追いかけてきて必死にはしったのだろうか。
つっかけのサンダルを履いた足は靴擦れができていた。
お母さんは僕を強くだきしめた。
「お願い、煌までお母さんを置いていかないで」
その言葉で、僕もお母さんに悲しい思いをさせていたんだと反省した。
もう帰ってこないかもしれない存在より、今そばにいる人を大切にしなければいけない。
僕はお母さんに謝った。
それから数週間後、僕達は小さなアパートに引っ越した。
お父さんとスルガが帰ってくるかもしれないから家を離れたくないと言ったが、お母さんがごめんねごめんねと繰り返し謝るものだから、わがまま言ってはいけないと素直に従った。
あれから昔の家には訪れていない。
ひょっとしたらスルガが帰ってきていたかもしれないが、僕にはもうどうすることもできない。
勉強机の一番大きい引き出しの中に布を敷き、そこを白い生き物の住処にした。
白い生き物は最初不安そうに隅のほうで震えていたが、すぐになれたのか中央でくつろいだ。
「お前はどこにもいかないでくれよ」
やわらかい毛を撫でながら僕はつぶやいた。
僕が三歳のころ、動物好きなお父さんが、一匹の肩乗り猫を連れてきた。
オレンジがかったふわふわの茶色の毛と、短い手足。
目は湖のように済んだ深い青だった。名前はスルガ。
かっこいい名前だと思っていたが、後々地理と歴史の勉強をして、昔の地名だと知り想像していたような意味ではなくて拍子抜けした記憶がある。
名前は変わっているかもしれないが、僕はスルガが大好きだった。
スルガは人懐っこく、僕にもお父さんにもお母さんにもよくなついていた。
とりわけ僕に一番なついていた。
お父さんが胡坐をかいて、その上に僕が座ると、スルガはいつも僕の膝の上に乗った。
僕とお父さんとお母さんが川の字になって寝ていると、スルガは必ず僕の布団に入ってきた。
スルガは臆病で、虫や小鳥を見つけると一目散に僕の肩に乗り、ぷるぷる震えていた。
僕は幼いながらも、スルガを守らなければならないという使命感を抱き、勇ましくいようと心がけた。
僕とスルガはいつも一緒だった。
スルガは僕を頼っていたし、僕もスルガに癒してもらっていた。
スルガがいなくなったのは、お父さんがいなくなって一か月後のことだった。
お父さんが帰ってこず、不安な日々を過ごしていた僕とお母さんを支えてくれたのがスルガだった。
スルガは僕の流した涙を舐めてぬぐってくれたし、お母さんの涙でぬれた冷たい手を温めてくれた。
スルガの優しい「ミャア」という鳴き声が、僕には励ましの言葉に聞こえていた。
スルガのおかげで少しずつ泣くことが減っていった。
お父さんがいなくなり、帰ってくる見込みがないことをお母さんから伝えられた後も、スルガがそばにいれば平気だと思えるようになっていた。
それなのに、スルガはいつの間にかいなくなってしまった。
朝起きたら、隣で寝ていたはずのスルガはいなくなっていた。
家中を探したが見つからず、一階の部屋の窓が空いているのに気づき、そこから逃げ出したのだろう。
僕は戸締りをしていなかったお母さんを責めて、家を飛び出しスルガを探した。
家から出したことがなかったから、どこに行ったのか見当もつかなかった。
近くの公園や神社にいったがどこにもいなかった。
お父さんに続いてスルガもいなくなった。
どうしてみんな僕のそばからいなくなってしまうのだろう。
僕はいらない子なのだろうか。
必要のない人間なのだろうか。
薄暗くなった神社で、悲しみをこらえられずに膝を抱えて泣いていたら、お母さんが駆けつけてきた。
僕を追いかけてきて必死にはしったのだろうか。
つっかけのサンダルを履いた足は靴擦れができていた。
お母さんは僕を強くだきしめた。
「お願い、煌までお母さんを置いていかないで」
その言葉で、僕もお母さんに悲しい思いをさせていたんだと反省した。
もう帰ってこないかもしれない存在より、今そばにいる人を大切にしなければいけない。
僕はお母さんに謝った。
それから数週間後、僕達は小さなアパートに引っ越した。
お父さんとスルガが帰ってくるかもしれないから家を離れたくないと言ったが、お母さんがごめんねごめんねと繰り返し謝るものだから、わがまま言ってはいけないと素直に従った。
あれから昔の家には訪れていない。
ひょっとしたらスルガが帰ってきていたかもしれないが、僕にはもうどうすることもできない。
勉強机の一番大きい引き出しの中に布を敷き、そこを白い生き物の住処にした。
白い生き物は最初不安そうに隅のほうで震えていたが、すぐになれたのか中央でくつろいだ。
「お前はどこにもいかないでくれよ」
やわらかい毛を撫でながら僕はつぶやいた。
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