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第五章『夢と魔法のエッグポッド』

2(挿絵あり)

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吹きすさぶほどの爽やかな風が、全身を駆けぬける。

眼下をおおいつくす雲海の波に、竜の影がくっきりと落ちているのが見える。

翼を広げて、空中を見事に滑空するその影の形に、

自分の体を重ねようとしない子は、きっといないはずだ。

ハルトとスズカは、押しよせるすさまじい快感と喜びにひたり、

この上なく幸福な気分を味わっていた。

――すごい、すごい……素晴らしすぎる!

鳥になるって、いや、竜になるって、こんな感覚なんだ!


エッグポッドの中にいるはずなのに、全身の肌に強風を感じるなんて。

耳鳴りがすさまじい。ふたりとも両手を広げて、全身に大空を受け止めた。

そのくらいのことができる間隔は空いていたため、

おたがいの手がぶつかり合う心配すらないのだ。


「すごすぎる!  ぼくたち、ホントに飛んでるみたいだよ、スズカちゃん!」


「うん、すごい、ねっ……こんな、素敵、な気分、はじ、めて……!」


十二頭のオハコビ竜は、最初のあいだは、弓なりに隊列をなして飛んでいた。

先頭はフラップだった。


しばらくして、他の十一頭はあちこちに散らばっていった。

みんなには、自分だけの飛行ルートがあるのかもしれない。


『――お客様、いかがなものでしょう?』


フラップがふたりにむかって話しかけてきた。


「最高すぎるよ!  けっこう強い風を感じるのに、すごくいい感じなんだ」


『ふふふ、そうでしょ、そうでしょ!

《ジョイフル・エアロシェア》は、風を切って空を飛ぶ感覚を、

ほどよく疑似体験していただくための、オハコビ隊の秘法技術の一つですからね。

それをレベルⅤまで解放していますから、

かなり気持ちよく感じていただけていると思いますよ』


「その、レベルについてはよく分からないけど……

秘術コンビネーションって言ったっけ?  それってなに?」

と、ハルトは聞いた。


『いくつかの竜の秘術をかけあわせた、素晴らしい合体秘術なんだ』


「だったら、合体秘術って言ったほうが、短くて言いやすいんじゃない?」


『だって、それだと堅いイメージだし、カッコよさが足りないじゃないですか。

他にもいろんな秘術コンビネーションがあって、種類もAからZまであって――


わあっ、ふたりとも見てよ、ワタモドリの群れだよ!』


話の途中で、フラップが前方を見て声を上げた。


白いマリモのようなたくさんの鳥が、

フラップの上と言わずしたと言わず、すれ違うように飛んでいく。

まん丸の綿毛に、小さい手のような羽が生えているのだ。

いったい何百羽いるのだろう?

フラップは少しの間あおむけ状態になり、ハルトとスズカに、

澄みわたる青空の下を飛ぶワタモドリの群れを、じっくりと見せてくれた。


「見てよ、スズカちゃん!

あの鳥たち、ゲームのキャラクターみたい。かわいいよね」


「う、ん!」


スズカは、目をキラキラとさせながらうなずいた。

こんな光景こそ、スズカが求めていたものだ。

それに、あのまん丸としたマスコットキャラのようなワタモドリ。

もし、さっきのターミナルのどこかでストラップ人形が売られていたら、

絶対に買いたい。お気に入りの手提げバッグにぶら下げて、

いっしょに買い物に行けるなら――。
  

ウオォォォ―――ン……


ワタモドリたちが飛び去った直後、

どこからともなく、クジラのような鳴き声が聞こえてきた。

ポッドの中にいても聞こえるくらい、おなかの底までひびく重たい鳴き声だ。


『めずらしいなあ!  雲海シロハネクジラが、近くにいますよ!』


フラップは、くるりと回れ右をして、

進行方向の右側をむきながらドリフト飛行をした。

今むいている方向に、クジラがやってくるということだ……あれ、クジラ?


「こんなところにクジラがいるの?  ここは空の上だよ?」


『空は空でも、スカイランドの空、ですよ。

ほら、あそこを見てて。雲海から出てくるよ』


フラップの指さすとおりだった。

数百メートルほど先に、どおおっとすさまじい地鳴りのような音とともに、

山かと思うほど巨大な白クジラが飛びだしてきたのだ!


海底に沈んでいた豪華客船が頭から浮上するかのごとく、

胸びれにコバルトブルーの美しい羽を生やしたクジラ。

ほんのひと時の息継ぎにきたのか、火山噴火のような白煙を噴き出すと、

また雲海の中へ、ゆっくりと潜っていく。

真っ白な雲海の大きな、大きな秘密であり続けるかのように――。


クジラが潜った勢いで、突風と白煙の波がどうっと押しよせる。

ハルトたちを抱えたフラップは、小舟のようにぐうらりとあおられた。


本当にいた。

あっという間の出来事に、ハルトとスズカは感激しきっていた。


「すごい!  すごい、すごい、すごい……ああもう、すごすぎる!」


両手をにぎりしめながら、ハルトは狂ったようにそう叫んだ。


「フラップの住む世界は、すごいものばっかりだね!  ぼく、感動した!」

「わ、たし、も……か、感動し、ちゃった」


『ふふふっ、ふたりとも。そんな言い方されると、ぼく照れちゃいますよう』


フラップは、何もかも自分事のように照れくさがって、

うなじをポリポリとかいた……と、その時だった。


ピピピー!


キャビンの中に、キャッチホンのような音が響く。


『あ、他の隊員から通信が――』


次の瞬間、キャビンに別の声がとどろいた。


『――なあーに照れてるの、フラップー?』


フラップのななめ前に、画像と同じ黄色いオハコビ竜がやってきた。

やっほー!  と歌うように弾んだ声とともに、振りむきざまに手を振ってくる。

その胸には、桃色のエッグポッドがだかれていた。


『もしかして、ハルトくんとスズカちゃんに、

声がメス竜みたいでかわいいねって言われたのぉ?』


髪の毛が軽やかにカールされた、いかにも女の子らしい風貌。

この底ぬけに元気そうな顔は見覚えがある。


ピピピー!


また別の着信が入ってきた。


『――そんなふうによそ見してると、俺たちのおしりに激突するぞ』


黄色いオハコビ竜の隣に、青いオハコビ竜がさっそうと現れた。

冗談めかすようなその声は、低くて爽やかな男子らしさがにじみ出ている。

彼のエッグポッドは橙色だ。


『お前ってさ、昔からそそっかしいところがあるから、心配なんだよなあ』




この二頭は、

フラップと協力して三本のスカイトレインを誘導していた竜たちだった。
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