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お水の神様がついてるのに、お水にならないのは、不幸な話だ
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この部屋を使いなさい、と聖女様が用意してくれたのは、恐れ多くも聖女様のサンルーム。
満開のユリの花の咲き誇る聖女の庭をみわたせる、光に満ちた美しい部屋だ。
ここでよく、聖女様はお茶をしているらしい。
アランは、心ここにあらずで緊張して、扉の傍で立っていた。
「アランさん、どうぞ掛けてください。大丈夫ですよ、私はどんな秘密もお話するような友人すら、この国にはいませんので、吐き出したい事があれば、全部教えてください」
ミシェルは、いたわるようにこの麗人に声を掛けた。
部屋の準備が整うまで、カロンが、ひとっ走り屋敷まで帰って、ミシェルの占いグッズを持ってきてくれた。
当然のように同室しようとした聖女様を丁寧に、それから図々しくもやはり乙女の秘密に首をつっこもうとしたダンテを蹴っ飛ばして追い出して、この美しいサンルームには、今アランとミシェルの二人だけだ。
アランをまじまじと観察する。
本当に美しい人だが、その体の周りは、何もかも跳ねのけるような、硬くて苦しい光の粒に覆われていて、その身を守っているようで、この人といると、なんだか息がつまる思いも、する。
(なんでこんな美人が、こんな事になってるんだろう・・)
相変わらず、アランの後ろには、どこからどうみても水の神様であろう、妖艶な、水がめを持った人ならざる存在が控えている。この妖艶な存在は、美しい指先でこの硬い光の粒の先のアランに触れようとして、触れられず、アランの周りをふわふわと浮遊している。直感で、ミシェルにはこの存在が、水商売の神様であることは、すぐにわかった。でも、なぜ、このお堅そうな女騎士に?
訳がありそうだ。
ミシェルは、珍しそうに、ミシェルの占い道具をしげしげと眺めているアランを促した。
「そろそろ結婚したらいいとの聖女様の仰せですね。よい方を探しましょうか。どんな方がよろしいの?」
ミシェルが、本格的に聞く体制になった事を認めて、アランは観念したように、大きなため息をついた。
そして、驚いた事に、
「ミシェルさん。私は、どうしていいかわからない」
急に、さめざめと、泣き出したのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あらかた泣き終えて、心の澱が少し流れていったらしい。
落ち着きをとりもどしたアランは、少しずつ、話をはじめてくれた。
「私は騎士団に属している父と、兄の3人の家族で育ちました。母は、私がまだ子供の頃に、真実の愛を見つけたとかで、家を去りました。美しい女性だったと、聞いています」
聞いています、という事は、アランの記憶がまだ定まらないうちに、この母は家をでたのだろう。
小さな子供を抱えて、この父はそれでもとても、良い父だったらしい。アランは続けた。
「母が消えてから、父はとても苦労して、私たち二人を強く、たくましく育ててくれました」
アランは、そう、ふ、とほほ笑んだ。
アランの後ろの光のさざめきが見せる、皺の深い男は父で、小さな子供達は、アランと、兄なのだろう。
聖女の庭は、美しいユリが満開だ。鳥が小さく歌う音と、庭園の真ん中に設営された、噴水の水音だけが、ミシェルとアランを包んだ。
聖女様の用意してくれた紅茶からは、かぐわしい香りが立っている。
ミシェルは、なんとなく、聖女が天真爛漫に、アランと話をする機会を設けた理由が分かった気がした。
聖女は、この国の頂点に君臨する、神の伴侶だ。
二人で静かに鳥の歌声に耳を傾ける。
ミシェルは、聞き上手ではないが、今言葉をかけるのは間違いだと、なんとなく察した。
アランは、ミシェルがよき聞き手であろうとしている事を理解したらしい。
ぽつり、ぽつりと続けた。
「私は剣筋がよく、父は私の事をとても、誇りに思っていました。兄も、尊敬する父と同じ道を歩む仲間として、よく私の剣の相手をしてくれていたものです」
よい家族だ。だけど。だけど。
息ができない。目の前が暗くなる。ああ、これは。
ミシェルは、ようやく上ずる声をなんとか、絞り出すかのように、口を開いた。
「・・でも、あなたの本質は、剣じゃないわ。あなたは、華やかな世界で、男たちの間を渡り歩く事が、あなたの本来の、性質よね」
ミシェルは、ほほに涙が伝うのを、感じていた。
アランが今、感じている苦しみが、ミシェルの中に入ってきたのだ。
アランは、確かに剣筋がよいらしい、だが、アランはダンスの筋もよい。そしてなにより、この女の性質は、水の女神に愛されるほどの、華やかな性質だ。本来のそののびやかな魅力を完全に発揮していれば、社交界のどんな大きな花に、なっただろうか。
その華やかな本質を、殺して、本人ではないものになろうと、して、
「あなた・・もう死にたいと思っているのね」
ガタリ、とアランは動揺した。図星だったらしい。
ミシェルは涙も拭わずに、続けた。
「貴女の名前は、アランじゃないわ。あなたはアンジェリーナよ!」
「ミシェルさん、私がアンジェリーナであったのは、母が出ていくまでです。私は、ずっと、ずっと、アランでいるしか、なかったのです」
アランはさめざめと泣きだした。
なんという事だ。
華やかな、水の神に愛されている乙女、アンジェリーナである事を封じて、剣豪のアランとして、自分ではないものを偽って、生きてきた哀れな娘。
アランは苦しそうに、あふれる涙を止める事ができない。
限界なのだ。
(人は・・自分を偽って生きる事なんて、そんな事は、結局できないのよ・・)
アランは、咆哮した。
「父も、兄も心から愛しています。どれだけあの二人が、私を愛してくれたか、私の人生の光であったか!!でも、私は母に似ているのです。多情で、華やかで、愛の多い、母に似ているのです!!成長するにつれ、私の女である部分が見えると、父は、苦悩の顔を見せるようになりました。私はそんな父の顔をみたくなくて、一層剣にはげみました。女である自分が怖くで、残念で!!」
「アランさん!」
ミシェルは思わずアランを抱きしめた。
アランは震えていた。いや、これは封じられていた乙女のアンジェリーナだ。
アンジェリーナが、全身で、己の元に帰りたい、そう咆哮しているのだ。
アランのその剣ダコの多く見える、傷だらけの震える指は、白くそして長い、しなやかな指だった。
二人でどれくらい泣いただろう。アランは、落ち着きを取り戻したらしい。
静かに涙を拭うと、紅茶を口に含み、話をつづけた。
「ねえミシェルさん、私、一度だけ、恋をした事があるんです」
アランは、全てをミシェルに託してくれる気持ちになったらしい。
「相手は、騎士学校の、新任の、担当教師でした」
「そう・・・」
「綺麗な剣筋の彼に、鮮やかな身のこなしの彼に、私は恋しました」
それでね、ミシェルさん。
そうアランは続けると、乾いた笑いを浮かべて、遠くを見つめた。
「彼に恋した私は、少しでも、ひょっとすると私を、女性として見てもらえるかもしれないと、私は、こっそり、母の部屋だった部屋に忍び込んで、母の残した化粧台の前で、母の古い化粧品で、化粧のまねごとをしてみたのです」
「口紅を引いてみたのは、これが人生で、初めての事でした。口紅を引いた私の鏡の前には、私が見たことのない、妖艶な女がいました。そして、鏡の中の女は、私の別の世界に誘おうとしたのです。男から愛し、愛され、華やかに着飾る世界。とても、とても魅力的に見えました」
この華やかな顔つきだ。
口紅一本で、どれほど美しい女が、鏡に映ったのだろう。
アランは、もうミシェルがそこに存在する事も、存在しないことも、何ももう、気にもならないらしい。
自分に対する告解のように、息をするように、話をつづけた。
もう、アンジェリーナには、耐えられないのだ。
ゆっくり、息をつむぐ。
「どれくらい私は鏡をみていたでしょうか。気が付くと、鏡の後ろに、父の顔が、移っていました。長く姿が見えなかった私を、探しにきたのでしょう。父の顔は、見たこともない、絶望と、恐怖に支配された、顔でした」
「レイア・・」
そう言って。レイアは、父の元を去った、母の名前だそうです。
「私はその瞬間、鏡をたたき割って、そしてその日のうちに、王立騎士団への入団を申し込みました。
そしたら、彼に会わなくなるから、そしたら、女である事を思い出さなくてすむからです」
「私は母に似ているようで、この容貌にひかれて、それからも何人もの男が、私を恋人にしたい、といってきてくれていましたが、私は母のようになるのが怖くて、男の愛を受け入れる事はありませんでした。
男の愛を一度でも受け入れてしまった瞬間、いままで気を張っていたものが、全て崩れ去る気がしたからです」
「ミシェルさんのおっしゃる通り、私の本質は、母のように多情なのでしょう。私の中には、強く、華やかな世界にあこがれ、男の愛を求める女の私がいます。そして、その女の部分が、私にとって、恐怖なのです」
幽霊のように、独り言のように、自分に告解していたアランは、ようやく目に光をとりもどして、そしてミシェルに話かけた。
「ミシェルさん、先日、私の兄が結婚しました。家督を継ぎます。相手の女性はとてもやさしい女性です。私は兄夫婦の幸せを心から願っています」
「父は、私にも幸せになってほしい、とそういいますが、私はいまさら、どうやってこの自分の気持ちと折り合いをつけたらよいかわからず、どのようにふるまえばよいかわからず、ただ、一生懸命あたえられたアランという役割を、まっとうしている日々なのです」
そして、時々、死にたくなります。
そうさめざめと、アランは泣いた。
もう、偽りたくない、でも偽りではない自分が怖い。どうやって、偽らない自分でいられるか、もうわからない。
ミシェルにも覚えがある。
田舎にいたころの、ミシェル。
うすぼんやり笑っていた頃の、ミシェル。
だが、ミシェルは、自分の本質を、恐れてはいなかった。自分の本質を知っていて、自分の為に、田舎から逃げると決めていた。だがアランは、逃げ方も、知らないし、逃げ先もないのだ。そして何よりも、自分の本質を、恐れている。
(アランさん、どうしたら幸せになれるの)
ミシェルは、ぐっと、手もとのサイコロを握りしめる。
そして、アランの幸せを祈って、アランの後ろにいる、光のさざめきに、祈った。
(ねえ、聞いてるんでしょ?どうか、アランさんの幸せを、導いてあげて)
後ろのさざめきは、一つうなずくと、ミシェルの転がしたサイコロに、ふ、と息をふきかけた。
満開のユリの花の咲き誇る聖女の庭をみわたせる、光に満ちた美しい部屋だ。
ここでよく、聖女様はお茶をしているらしい。
アランは、心ここにあらずで緊張して、扉の傍で立っていた。
「アランさん、どうぞ掛けてください。大丈夫ですよ、私はどんな秘密もお話するような友人すら、この国にはいませんので、吐き出したい事があれば、全部教えてください」
ミシェルは、いたわるようにこの麗人に声を掛けた。
部屋の準備が整うまで、カロンが、ひとっ走り屋敷まで帰って、ミシェルの占いグッズを持ってきてくれた。
当然のように同室しようとした聖女様を丁寧に、それから図々しくもやはり乙女の秘密に首をつっこもうとしたダンテを蹴っ飛ばして追い出して、この美しいサンルームには、今アランとミシェルの二人だけだ。
アランをまじまじと観察する。
本当に美しい人だが、その体の周りは、何もかも跳ねのけるような、硬くて苦しい光の粒に覆われていて、その身を守っているようで、この人といると、なんだか息がつまる思いも、する。
(なんでこんな美人が、こんな事になってるんだろう・・)
相変わらず、アランの後ろには、どこからどうみても水の神様であろう、妖艶な、水がめを持った人ならざる存在が控えている。この妖艶な存在は、美しい指先でこの硬い光の粒の先のアランに触れようとして、触れられず、アランの周りをふわふわと浮遊している。直感で、ミシェルにはこの存在が、水商売の神様であることは、すぐにわかった。でも、なぜ、このお堅そうな女騎士に?
訳がありそうだ。
ミシェルは、珍しそうに、ミシェルの占い道具をしげしげと眺めているアランを促した。
「そろそろ結婚したらいいとの聖女様の仰せですね。よい方を探しましょうか。どんな方がよろしいの?」
ミシェルが、本格的に聞く体制になった事を認めて、アランは観念したように、大きなため息をついた。
そして、驚いた事に、
「ミシェルさん。私は、どうしていいかわからない」
急に、さめざめと、泣き出したのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あらかた泣き終えて、心の澱が少し流れていったらしい。
落ち着きをとりもどしたアランは、少しずつ、話をはじめてくれた。
「私は騎士団に属している父と、兄の3人の家族で育ちました。母は、私がまだ子供の頃に、真実の愛を見つけたとかで、家を去りました。美しい女性だったと、聞いています」
聞いています、という事は、アランの記憶がまだ定まらないうちに、この母は家をでたのだろう。
小さな子供を抱えて、この父はそれでもとても、良い父だったらしい。アランは続けた。
「母が消えてから、父はとても苦労して、私たち二人を強く、たくましく育ててくれました」
アランは、そう、ふ、とほほ笑んだ。
アランの後ろの光のさざめきが見せる、皺の深い男は父で、小さな子供達は、アランと、兄なのだろう。
聖女の庭は、美しいユリが満開だ。鳥が小さく歌う音と、庭園の真ん中に設営された、噴水の水音だけが、ミシェルとアランを包んだ。
聖女様の用意してくれた紅茶からは、かぐわしい香りが立っている。
ミシェルは、なんとなく、聖女が天真爛漫に、アランと話をする機会を設けた理由が分かった気がした。
聖女は、この国の頂点に君臨する、神の伴侶だ。
二人で静かに鳥の歌声に耳を傾ける。
ミシェルは、聞き上手ではないが、今言葉をかけるのは間違いだと、なんとなく察した。
アランは、ミシェルがよき聞き手であろうとしている事を理解したらしい。
ぽつり、ぽつりと続けた。
「私は剣筋がよく、父は私の事をとても、誇りに思っていました。兄も、尊敬する父と同じ道を歩む仲間として、よく私の剣の相手をしてくれていたものです」
よい家族だ。だけど。だけど。
息ができない。目の前が暗くなる。ああ、これは。
ミシェルは、ようやく上ずる声をなんとか、絞り出すかのように、口を開いた。
「・・でも、あなたの本質は、剣じゃないわ。あなたは、華やかな世界で、男たちの間を渡り歩く事が、あなたの本来の、性質よね」
ミシェルは、ほほに涙が伝うのを、感じていた。
アランが今、感じている苦しみが、ミシェルの中に入ってきたのだ。
アランは、確かに剣筋がよいらしい、だが、アランはダンスの筋もよい。そしてなにより、この女の性質は、水の女神に愛されるほどの、華やかな性質だ。本来のそののびやかな魅力を完全に発揮していれば、社交界のどんな大きな花に、なっただろうか。
その華やかな本質を、殺して、本人ではないものになろうと、して、
「あなた・・もう死にたいと思っているのね」
ガタリ、とアランは動揺した。図星だったらしい。
ミシェルは涙も拭わずに、続けた。
「貴女の名前は、アランじゃないわ。あなたはアンジェリーナよ!」
「ミシェルさん、私がアンジェリーナであったのは、母が出ていくまでです。私は、ずっと、ずっと、アランでいるしか、なかったのです」
アランはさめざめと泣きだした。
なんという事だ。
華やかな、水の神に愛されている乙女、アンジェリーナである事を封じて、剣豪のアランとして、自分ではないものを偽って、生きてきた哀れな娘。
アランは苦しそうに、あふれる涙を止める事ができない。
限界なのだ。
(人は・・自分を偽って生きる事なんて、そんな事は、結局できないのよ・・)
アランは、咆哮した。
「父も、兄も心から愛しています。どれだけあの二人が、私を愛してくれたか、私の人生の光であったか!!でも、私は母に似ているのです。多情で、華やかで、愛の多い、母に似ているのです!!成長するにつれ、私の女である部分が見えると、父は、苦悩の顔を見せるようになりました。私はそんな父の顔をみたくなくて、一層剣にはげみました。女である自分が怖くで、残念で!!」
「アランさん!」
ミシェルは思わずアランを抱きしめた。
アランは震えていた。いや、これは封じられていた乙女のアンジェリーナだ。
アンジェリーナが、全身で、己の元に帰りたい、そう咆哮しているのだ。
アランのその剣ダコの多く見える、傷だらけの震える指は、白くそして長い、しなやかな指だった。
二人でどれくらい泣いただろう。アランは、落ち着きを取り戻したらしい。
静かに涙を拭うと、紅茶を口に含み、話をつづけた。
「ねえミシェルさん、私、一度だけ、恋をした事があるんです」
アランは、全てをミシェルに託してくれる気持ちになったらしい。
「相手は、騎士学校の、新任の、担当教師でした」
「そう・・・」
「綺麗な剣筋の彼に、鮮やかな身のこなしの彼に、私は恋しました」
それでね、ミシェルさん。
そうアランは続けると、乾いた笑いを浮かべて、遠くを見つめた。
「彼に恋した私は、少しでも、ひょっとすると私を、女性として見てもらえるかもしれないと、私は、こっそり、母の部屋だった部屋に忍び込んで、母の残した化粧台の前で、母の古い化粧品で、化粧のまねごとをしてみたのです」
「口紅を引いてみたのは、これが人生で、初めての事でした。口紅を引いた私の鏡の前には、私が見たことのない、妖艶な女がいました。そして、鏡の中の女は、私の別の世界に誘おうとしたのです。男から愛し、愛され、華やかに着飾る世界。とても、とても魅力的に見えました」
この華やかな顔つきだ。
口紅一本で、どれほど美しい女が、鏡に映ったのだろう。
アランは、もうミシェルがそこに存在する事も、存在しないことも、何ももう、気にもならないらしい。
自分に対する告解のように、息をするように、話をつづけた。
もう、アンジェリーナには、耐えられないのだ。
ゆっくり、息をつむぐ。
「どれくらい私は鏡をみていたでしょうか。気が付くと、鏡の後ろに、父の顔が、移っていました。長く姿が見えなかった私を、探しにきたのでしょう。父の顔は、見たこともない、絶望と、恐怖に支配された、顔でした」
「レイア・・」
そう言って。レイアは、父の元を去った、母の名前だそうです。
「私はその瞬間、鏡をたたき割って、そしてその日のうちに、王立騎士団への入団を申し込みました。
そしたら、彼に会わなくなるから、そしたら、女である事を思い出さなくてすむからです」
「私は母に似ているようで、この容貌にひかれて、それからも何人もの男が、私を恋人にしたい、といってきてくれていましたが、私は母のようになるのが怖くて、男の愛を受け入れる事はありませんでした。
男の愛を一度でも受け入れてしまった瞬間、いままで気を張っていたものが、全て崩れ去る気がしたからです」
「ミシェルさんのおっしゃる通り、私の本質は、母のように多情なのでしょう。私の中には、強く、華やかな世界にあこがれ、男の愛を求める女の私がいます。そして、その女の部分が、私にとって、恐怖なのです」
幽霊のように、独り言のように、自分に告解していたアランは、ようやく目に光をとりもどして、そしてミシェルに話かけた。
「ミシェルさん、先日、私の兄が結婚しました。家督を継ぎます。相手の女性はとてもやさしい女性です。私は兄夫婦の幸せを心から願っています」
「父は、私にも幸せになってほしい、とそういいますが、私はいまさら、どうやってこの自分の気持ちと折り合いをつけたらよいかわからず、どのようにふるまえばよいかわからず、ただ、一生懸命あたえられたアランという役割を、まっとうしている日々なのです」
そして、時々、死にたくなります。
そうさめざめと、アランは泣いた。
もう、偽りたくない、でも偽りではない自分が怖い。どうやって、偽らない自分でいられるか、もうわからない。
ミシェルにも覚えがある。
田舎にいたころの、ミシェル。
うすぼんやり笑っていた頃の、ミシェル。
だが、ミシェルは、自分の本質を、恐れてはいなかった。自分の本質を知っていて、自分の為に、田舎から逃げると決めていた。だがアランは、逃げ方も、知らないし、逃げ先もないのだ。そして何よりも、自分の本質を、恐れている。
(アランさん、どうしたら幸せになれるの)
ミシェルは、ぐっと、手もとのサイコロを握りしめる。
そして、アランの幸せを祈って、アランの後ろにいる、光のさざめきに、祈った。
(ねえ、聞いてるんでしょ?どうか、アランさんの幸せを、導いてあげて)
後ろのさざめきは、一つうなずくと、ミシェルの転がしたサイコロに、ふ、と息をふきかけた。
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