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女の幸せって

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「あー、最高!この寒い中で、味の濃いラーメンをずるずる言わして熱燗が最高なのよ!」

ミシェルは大満足だ。

無駄に仕事ができるダンテは、ちゃんと屋台をきちんとミシェルのオーダー通りに設計して、その後すぐにハンスに発注して、組み立ててもらったのだ。
ミシェルも全く得意ではない裁縫を頑張って赤い暖簾を作り、なんとも罰当たりなのだが、カロンに神殿での式典の時に使う赤い提灯を一つお借りしてきてもらい、いい感じのミシェルの理想の屋台のラーメン屋の出来上がりだ。

みんなで作ったラーメン屋台だと思うと嬉しさもラーメンの旨さもひとしおだ。

スープや麺に関しては、そもそもミシェルが作り方を知らないので、大体こんな感じで、というダンテへのオーダーだったためになんだかスープスパゲティ的な出来上がりになってしまっているが、洋風ラーメンと言ってしまえば言い切れる。
ラーメンは懐が深い。なんでもラーメンと言い張ればラーメンだ。

そして具として(なんと海苔はこの国で、薬用として流通していた)煮卵と、そして焼き豚を用意して、結構本格的なラーメンの出来上がりでミシェルはもう有頂天。元の世界にいたとしても、ちょっと変わった屋台として通っただろう。

「なるほど!寒い中で温かいものを、肩を寄せ合って食べるんだね、これは楽しいよ」

こんな庶民の食べ物を、外でずるずる言わせて食べるなど、人生で初体験らしいカロンは大はしゃぎ。

「そうよ、屋台にはロケーションが大事でね、できたらちょっと切なくなるような静かな場所がいいのよ。この橋のあたりが最高なんじゃないかってうろうろしてて、ファブリジェ女史を見つけちゃったわけ。今度みんなを呼んで、盛大にラーメン屋ごっこしましょ」

ギョッル橋のたもとの、風がいい感じで吹き荒ぶ身投げに絶好のスポットが本日の屋台の営業場所だ。

「寒くて、疲れて、暗くて、腹が減っている所に、明るくて暖かくて、塩味の効いている美味い、こんな移動台所が急に現れたら、女神の使いかと人は思うかもな。なるほど身投げしたくなるような場所に屋台を用意するのは賢明な判断だ」

ダンテもとてもご機嫌だ。
今日は屋台の親父役をやってもらっているのだが、この完璧な美貌のイケメンは気難しいが食に関しては実にノリがよく、ミシェルが用意したねじりハチマキも嫌がらずにつけてくれていい手際でラーメンを出してくれる。

ファブリジェ女史と夫は、その後何度も話し合いを重ねたのだとか。
少しの間経済的に苦しくなるけれど、子供は夫が見て、ファブリジェ女子が仕事に全面的に復帰して収入を稼ぐスタイルに生活を全面的に切り替えた。

そもそもファブリジェ女史ほどの実力者だ。仕事はいくらでも湧いてくる。

今ファブリジェ女史が取り組んでいるのは、妻となり、母となったファブリジェ女史にしか考え付かなかった母による母のための、新しい宝飾品のシリーズだ。

第一弾は、生まれた子供の最初に抜け落ちた歯を大切にしまっておくための宝石でできた小箱。
今までは陶器や木で作られた小箱に貴族も平民も保存していたのだが、ファブリジェ女史はそれらに代わって宝物をしまっておくような美しい宝飾の小さな小さな箱を発表した。

歯を一本だけしまう為の小さな宝箱。ファブリジェ女史が、我が子の為に作った小箱だ。

まだ第一弾しか発表していないというのにも関わらず、第一弾の注文が来年分までぎっちり殺到しているらしい。
我が子の最初に抜け落ちた歯など、どの母親にとっても宝物だ。宝物をしまっておくのに相応しい宝箱は、かなりの値段になるというにも関わらず、世の母親達に熱狂的に求められた。

母の目線を持つ職人でしか思いもつかないこの大ヒット商品に、女性職人の必要性の議論を世論に投げかけたとか。
こんな小箱を発明して世に送るなどという母の愛の示し方はなんとも子供に対してカッコいいではないか。

人手が全く足りないと、重い腰を上げて女史は実家の工房に連絡をして新シリーズの製造協力を願った所、家出した娘が母になって母親目線で職人として一皮剥けた大ヒット作品をひっ提げて戻ってきたと、あちらさんも涙涙の大歓迎。
孫にもようやく会えて、これからは職人からジジババから行き来が多くなるという。

夫の方も、あまり向いていなかった外向きの仕事よりも、妻のマネージャー兼主夫の仕事が実に向いているらしく、女史のスケジュール管理から家の掃除から、子供の世話から、嬉々として行っているらしい。

大円団だ。よかった。

「そうねえ。考えた事もなかったけど、人間、暗い、寒い、ひもじい、もう死にたいの順番で不幸が来るそうよ。ダンテの言ってる事は大袈裟じゃないかもね」

ミシェルは熱燗ならぬ、ホットワインを片手につぶやいた。

もちろん、ミシェルのいつも正しいおばさんの受け売りだ。
だから、家はいつも明るくしてどんなに忙しくても夜はあったかいご飯を食べなくてはいけないだとか、そんなことを言ってた気がする。そうでないと不幸が居着く家になるとか。
この生活の先に待っているであろうミシェル一人の異世界での生活を思うと、ちょっと眩暈がする。

上機嫌で人生初のラーメンを食べ終えて、おかわりまでしていたカロンは、いい事思いついたとばかりに、

「そうだ!この国にも、少し違うけれども似た食の文化があるんだよ。次の年明けの儀式に是非ミシェルを神殿に招待するよ。ダンテ様、いいでしょう?」

そう天使のような笑顔をダンテに向けていた。

「年明けの儀式?」

ホットワインの熱燗で、いい感じに酔っ払ってきていたミシェルは、あまり集中もせずに聞き返す。

「ああ、あの儀式の後のスープの事を言っているのだな、カロン。もちろんだ。いいだろう」

ダンテの顔に悪い笑顔が浮かんだのをミシェルは見逃していた。

「ん?なんか美味しいものが出るの?どこ?」

「年明けの儀式だ。全ての罪と穢れを払う大神殿の一年で最初に行われる行事で、カロンは毎年聖女様の名代で参加する大仕事だ。ミシェルが手伝ってやれば聖女様もお喜びになるし、カロンも助かる。儀式の後のスープは、このらあめんとやらに勝るとも劣らない格別の旨さだ。どうだ、ミシェル。人肌脱いでくれるか?」

そう言ってダンテは頼みもしていないのに、次の熱燗ホットワインを、いい温度でさあさあと注いでくれた。
うーん。
ミシェルは酔っ払ってる頭で考えた。(どうも怪しい匂いがする)

「来年の儀式は、私の成人の儀式も兼ねているんだ。こんな大切な記念の儀式にミシェルが参加してくれたら私はとても嬉しいよ」

「そうなの?カロン来年で成人なの?やだおめでとう、絶対参加するわ!」

あまりきちんと働いていない頭で、カロン可愛いさにそう答えた。このかわゆいカロンが年明けには成人男性だなんて、異世界は成人が早いな、とニコニコしていたのだが。

「絶対だな。女に二言はないな?」

ダンテがずずいと体を前に出してきて念押しをするではないか。

「え?カロンの成人のお祝いと、スープ?いいわよ別に」

「嬉しい!ありがとうミシェル。最高の成人のお祝いだよ!」

「え?いや、どういたしまして??」

なんだかダンテもカロンも二人してニコニコ顔を見合わせて嬉しそうだからミシェルは言う事はないし、またダンテがいい温度の熱燗ホットワインを注いでくれて、もうそろそろ眠くなってきた。

なんだかダンテの笑顔は悪そうだし、カロンの笑顔はただの笑顔にしちゃはちきれん喜びに満ちてるし、おかしいなあ・・そんな事を考えていたら、ミシェルはカウンターでうとうとと、突っ伏してそのままで眠ってしまっていた。

こんな幸せなうたた寝は、暫くぶりだな・・・


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