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第2章ーーお人好しとラフォトンの森ーー

Episode3〜消えた記憶〜

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俺の名は元也。つい昨日までは、某高校に通う普通の高校生だった男だ。

だが、今はこの世界アルノワールに誕生した魔王を倒すための勇者になってる。
全く、とんだブラックバイトだぜ。

毎朝食事を終えたら戦力強化や力の使い方を覚えろって、俺がいた野球部以上にトレーニングさせられる。まぁ、今は違うが。

それは何故かって、トレーニングのあまりの過酷さに匙を投げたやつもいて、だんだん人が少なくなったからだ。

で、その現状に、俺たちの講師をやっていた、この王国の騎士団長、バル・コートラトルフさんが物凄い切れて、女子男子関係なく、辞めようとするやつには鉄拳制裁していたんだが、それに対して家の先生が切れてバルさんをぶっ倒した。

以後、トレーニングはやりたい生徒だけとなり、バルさんは完全に人権が無くなっていた。

絶対、先生もうトレーニングいらねぇだろと、思ったやつは多かったと思う。

それより俺は、最近何かおかしいと思っていた。

俺の記憶では、このクラスはこんなにも団結というか、結束力が無いはずが無かったのだ。みんな毎日笑い合い、男子も女子も先生も、なんやかんや独特なやつが多かったが、しっかり纏まっていたはずなんだ。

最初は、異世界に来て、みんな混乱してるから。とか、トレーニングの過酷さで心が折れたから。とか、思っていた。

だけど・・・

「真矢。お前さ。そんなに暗いやつだったか?」

「・・・元々じゃない?」

真矢がおかしかった。何か、いつも物思いに耽っているような顔をして、毎晩何処かに姿を消す。

「お前なんか隠してないか?」

俺は誘導尋問とか、からめ手なんてできる太刀じゃない。単刀直入に聞いてみることにした。俺と真矢の仲は微妙だが、これでも幼馴染だ。

「今まで三人で遊んで過ごして来たんだし、少しは話してくれよ!」

「元也君、あなた・・・!?」

「うおっ!」

急にどうしたんだこいつ。なんかいつもの雰囲気に戻ったぞ?

「覚えているの?」

「な、何がだ?」

「御門君のこと。」

御門?そんな奴いたか?俺たちのクラスにはそんな苗字のやついなかったが。

「御門って苗字のやついたっけ?」

そう言うと、急に真矢の目がまた暗くなった。そして、何故か涙を流し始めた為、俺は焦る。

「ちょ、ちょっとどうしたんだよ!な、泣くなんてお前のキャラに合わねぇぞ!?」

「あなただったら、覚えてると思ったのに。」

「あぁ?よく聞こえ「パシン!」・・・え?」

今、俺は叩かれたのか、真矢に・・・?俺が何をして・・・。

「最低・・・。」

そして、真矢は走り出した。涙を浮かべて。

「な、何だよ。訳わかんねぇよ。」

残された俺に残ったのは、あいつの真矢の泣き顔と、御門という男の名前だけだった。


△▽


ここは王室。真夜中、そこには国王と一人の影があった。

「そうか。やはりお主だけだったか。」

「はい。三人と言った時は、思わず御門君の名前を出してしまったけど。」

「バーランド。まさか、ただのスリープだと思ったが、禁忌にまで手を出しておったとは・・・。」

「国王様。何か手立ては無いんですか?」

「分からぬ。そもそもお主がその魔法にかからなかった時点で謎だったのだ。儂もまさか誰もコトハ殿のことを覚えておらんかった時は驚いた。」

そう国王が言うと、影は後ろを向いた。

「もう行くのか、勇者マヤよ。」

「はい。・・・本当に御門君はまだ生きてるんですか?」

その影、真矢に王室の窓から月明かりが照らす。その顔はやはり暗く、以前の彼女とは大違いだった。

「きっと生きておる。こちらは必ず儂の名を持って処理する。お主は力を蓄えておくのだ。」

そう言うと、彼女は王室から立ち去った。この世界に来て1ヶ月。もう既に御門がこの国を去っているのなら、死んでしまっていてもおかしくない。

「申し訳ございません王よ。」

王室に、新たな影が現れる。だが、国王は微動だにしない。その者は、王直属の影の人間だからだ。

「随分と悪慈恵が働く男だ。しょうがないじゃろう。だが、急げ。少しでも早くあの者、コトハ殿を救うために。」

影の者は思う。何故、そこまで王はその者に執着するのか。才能が無い人間など、いらない存在のようなもの。なのに、王はその者に『殿』と付けた。これは王が信頼している者にしか付けないものだ。

「必ずだ。必ず救ってみせる。」

だが、影の者は同時に感じた。長年仕えてきた王の久しぶりの顔に、高揚感を。
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