お仕置きはほどほどに

リツカ

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 来たる、ユズリハの告白の日──
 ローランは感じたことのない清々しさに頬を緩めつつ、綺麗にドレスアップしたユズリハの姿を眺めた。
 ルシアンの瞳の色と同じ青のドレスは、美しいバラのよう。髪を結い上げていつもより大人びた雰囲気のユズリハからは、生まれ持った気品のようなものが感じられた。

「……このドレス、大袈裟じゃない?」
「いや、あのルシアン様に告白するならこれくらい気合い入れていかないと。それに、よく似合ってる。綺麗だよ」
「……ありがとう」

 ユズリハは照れくさそうに微笑んだ。
 ローランは時計をちらりと見て、にこやかに言う。

「もうすぐルシアン様がくる時間だ。じゃあ、俺は隣の部屋に待機してるから。なにかあったら大声で呼んでくれ」
「うん……私、がんばるね」

 言いながら、ユズリハは両手で自身の頬を包んだ。その顔はすでに赤く火照っている。

「大丈夫か?」
「うん。ただ、今日は朝からちょっと熱っぽくて……」
「えっ!? 本当に大丈夫なのか? 今日は告白するのやめとく?」

 心配したローランがそう尋ねたが、ユズリハは緩く首を横に振る。

「ううん、大丈夫。ちょっと体がだるいだけ。せっかくここまでお膳立てしてもらったんだもの。ルシアン様も忙しい中来てくれるんだろうし、今日告白する」
「……わかった。もし体調が悪くなったら、すぐに伝えてくれ」
「うん、ありがとう」

 そうして、ローランは隣の空室へと移動した。親戚などが泊まりに来たときに貸す用の部屋で、使っていない間もメイドたちが綺麗に整えてくれている。
 ソファに腰掛け、ローランは落ち着きなく視線を漂わせた。

 ──大丈夫かな……

 ついさっきまでウキウキとした気分だったが、ユズリハの体調が万全でないことがわかった今はそうでもない。
 ユズリハはああ言ったが、やはり日を改めたほうがいいのではないか──と、ローランが考え直しはじめたそのとき、扉の外から堂々とした靴音が聞こえてきた。

「ローランは部屋で待っているのか?」
「はい。なにやらサプライズがあるようで、ルシアン様おひとりで部屋に入ってきてほしいと……すでに人払いも済ませております」
「ほう……」

 ルシアンと執事の声だった。
 執事から説明を受けたルシアンはそのまま廊下を歩いていく。そして、隣のローランの部屋のドアを開け、そのままひとり中に入っていったようだった。

 ──ユズリハ、がんばれ。

 祈るように目を閉じ、両手を組む。
 この告白がうまくいったら、みんな幸せになれる。誰からも愛されるユズリハも、憧れの存在であるルシアンも、女の子と結婚したいローランも。
 ローランはソファに座ったまま、ユズリハの告白がうまくいくことと、彼女の体調が悪化しないことを願った。
 この恋の当て馬でしかないローランには、それくらいしかできることがない。

 それからしばらくして、ふいに扉の外が騒がしくなった。激しく扉の開く音とともに、廊下を駆けるような足音が響く。

 ──な、なにかあったのか?

 心配になったローランが腰を上げかけたその瞬間──バンッと音を立てて部屋の扉が開かれた。
 そこにいるはずのない男の姿を認めて、ローランは瞠目する。

「ル、ルシアン様……?」

 そこに立っていたのは、ローランの婚約者であるルシアン・モンクレアだった。もしかすると、婚約者の前に『元』の文字が付け加えられているかもしれない。
 ルシアンは白いかんばせを赤く火照らせながら、荒い呼吸を繰り返している。まるで熱に浮かされているようだ。

 ──……なんだ、この甘い匂い。

 ルシアンの方から、嗅いだことのない甘い匂いがした。
 ルシアンが普段つけている香水とはまた違うその香りを嗅いでいると、ローランの頭はくらくらしてくる。もしかすると、ローランも熱があるのかもしれない。

「──ローラン」

 ひどく忌々しげな……それでいて妙に熱の籠った、掠れた声で呼ばれた。初めて耳にするルシアンの声色に、ローランは体を強張らせる。
 ルシアンは目を眇めて笑った。唇の端を歪めて作られたその笑みは、ひどく冷ややかだ。

「……君が私を疎んでいることは前々から知っていたが、まさかこんなことまでするなんて……」
「ル、ルシアン様……?」

 ローランが困惑していると、扉がまたバンッと大きな音を立てて閉められた。
 睨むようにローランを見据えたルシアンが、ゆっくりとこちらに近付いてくる。ソファから立ち上がったローランは、怯えたように一歩後ずさった。

「ルシアン様、ど、どうして……」
「──女の子と結婚したいから、私との婚約を解消したいんだって?」

 ローランはギクリと顔を引きつらせた。
 ルシアンはユズリハと結ばれるのだから、ローランのことなんて別にどうでもいいだろう──……と言い返したいが、ルシアンの鋭い瞳がそれを許さない。
 どうやら、事態はローランの望んだ展開にはならなかったらしい。

「……許すはずないだろう、そんなこと」

 ルシアンはくつくつと場違いな笑い声を零す。彼が一歩一歩近付いてくるたび、甘い匂いが強くなった。
 ローランは唇を震わせながら、なんとか言葉を紡ぐ。

「……ユ、ユズリハは?」
「……オメガ用の抑制剤を飲ませておいた。あとは屋敷のメイドがなんとかしてくれるだろう」
「抑制剤っ!?」

 ローランはそこでようやく、今日のユズリハの体調不良の原因を察した。
 発情期ヒートが来たのが初めてだったから、きっとユズリハは自分に発情期が来たことに気付けなかったのだろう。
 ローランは狼狽えながらルシアンに問いかける。

「そんなっ……ユズリハは大丈夫なんですかっ!?」
「白々しい……最初からそういう作戦だったんだろう? 発情期ヒートの彼女のもとに私を送り込んだら、発情期ラットを起こした私が彼女に手を出すとでも思ったか?」
「そ、そんな……違う、違います……!」

 ローランはふるふると首を横に振った。
 アルファの発情期ラットは、オメガの発情期ヒートのフェロモンによって誘発される。
 どうやらルシアンは、作為的に発情期ヒートのユズリハと引き合わされたと思っているようだった。
 しかし、ユズリハが発情期ヒートを起こしたのは、ただの偶然だ。ルシアンを陥れようだなんて、ローランもユズリハも思っていなかった。
 けれども、ルシアンの目は鋭くローランを睨んだまま。ローランの言葉なんて、はなから聞く気はなさそうだ。

「ここ最近、なにかを企んでいるだろうとは思っていたが、まさかこんなことをしでかすとは……今まで君を甘やかしすぎていたのかもしれない。婚約者として、ちゃんと君の手綱を握っておくべきだった」

 目の前にやって来たルシアンの手がローランに伸びてくる。その大きな手はローランの顎の下を鷲掴みにすると、強引にローランの顔を上げさせた。
 ローランを見下ろす青い瞳には、冷ややかな熱が浮かんでいる。欲望を隠せないその眼差しに、ローランの心臓はどくりと嫌な音を立てた。

「──いけない子だ」

 呆れをにじませた甘い声でそう囁いた直後、ルシアンはローランに噛み付くようなキスをした。そうして口付けたまま、ローランをベッドへと押し倒す。

 これが、ルシアンからの長い長いお仕置きのはじまりだった。
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