18 / 22
18
しおりを挟む「っ~~くっそぉおおッ!!」
「こら、年明けには公爵夫人になるんだから言葉を慎めよ」
「誰が公爵夫人になんてなるかっ」
レーン大公家のユズリハの私室にて。
地団駄を踏んでいたローランは、ふざけたことを言うクリスをキッと睨む。年明けには公爵夫人だなんて、笑えない冗談だ。
猛犬のように荒ぶるローランを見かねたのか、ふたりがけのソファに腰掛けていたユズリハが自身の隣を手のひらでとんとんと叩く。
「ローランもとりあえず座ったら? あんまり暴れると、お腹の子もびっくりするよ」
「ああ、うん……」
──まあ、本当に妊娠してるかどうかはわかんないけど。
むしろ、妊娠していないと信じたい。それがとてつもなく低い確率であっても。
ローランはユズリハの隣に腰掛け、自身の平らな腹を見下ろす。到底そこに新しい命が宿っているとは思えないが、ルシアンやローランの家族はみな、ローランが妊娠した前提で話を進めている。まったく不愉快な話だ。
思い出すと、またイライラしてきた。
そんなローランを宥めるよう、ユズリハはローランの背中を撫でる。
「ふふ、こういうのってマタニティブルーって言うんだっけ。いや、マリッジの方かな?」
「笑顔で怖いこと言うのやめてくれ……」
「だって、おめでたいことじゃない!」
キャッキャとはしゃぐユズリハを、ローランは複雑な表情で見つめる。
「……ユズリハ、無理してないか?」
「え?」
「だって、君はルシアン様のことが好きだったじゃないか」
失恋したはずなのに、いつも以上にあっけらかんとしているユズリハのことがローランは気がかりだった。ローランに気を遣って元気な振りをしているのだとしたら、そっちの方が悲しい。
……しかし、そんな心配はただの杞憂だったらしい。ユズリハはローランをきょとんと見つめ返したあと、くすくすと小さく笑った。
「無理なんてしてないよ。そりゃあ、振られた直後は少しショックだったけど、初めての発情期でそれどころじゃなかったし。それに、なんて言うのかな……あの方は私の手には負えないと思う」
「そんなの俺の手にも負えないって!」
「……がんばれっ!」
「ッ~~ユズリハの薄情者っ!!」
ローランはおいおいと泣き真似をした。こうやってふざけてしまうのも、一種の現実逃避なのかもしれない。
嘘泣きするローランを華麗にスルーして、ユズリハはやたらとキラキラした目をして言う。
「でも、ルシアン様は発情期を誘発された状態で、私の告白を断ったんだよ。自分にはローランがいるから、って。それってすごいことじゃない?」
「そうかぁ……?」
「だって、発情期状態のルシアン様が私を襲わなかったのって、よっぽど私に魅力がなかったか、ローランへの愛がアルファの本能を上回ったかのどっちかじゃない?」
「いやいやっ、ユズリハに魅力がないなんてありえないから!」
「でしょ。つまり、ルシアン様はすっごくローランを愛してるってこと!」
華やいだ顔でそう主張するユズリハに、ローランは胡乱な目を向ける。
正直、ルシアンが自分を愛しているかいないかなんて、ローランにはどうでもいいことだ。ローランは愛されるよりも愛したいタイプで、なおかつその対象は歳の近い女の子。決して、バカでかいイケメンのナルシストアルファなんかではない。
「だからね、私ふたりの仲を応援することにしたの! 大好きなローランと憧れのルシアン様には幸せになってほしいもの!」
「いや、俺の意思を無視して勝手に応援されてもさ……」
ローランは助けを求めるように、右斜め前のソファに座るクリスへと視線をやった。
すると、クリスは肩をすくめ、どこか投げやりな声で言う。
「まあ、もうどうしようもないんじゃないか。婚前交渉も済ませちゃって、腹には赤ん坊がいるかもしれないんだろ? さすがにもう逃げられないだろ」
「いや、俺はまだ諦めない。まだ項は噛まれてないし、結婚もしてない。まだ逃げられる!」
「往生際が悪すぎる……男なら腹括れよ」
「男だから嫌なんだよ!!」
──ああ、ルシアン様が女の子だったらな……いや、あのひとの場合はたぶん女の子でも無理だな。なんか怖い。
そんな失礼なことを考えつつ、ローランはハァ……とため息を吐いた。
「……よし、決めた。俺はこのまま修道院に行って、そこで修道士になる!」
「そこまで嫌なのか……」
「嫌に決まってるだろ。ルシアン様と結婚するくらいなら──」
「私と結婚するくらいなら?」
突如、第三者の声が聞こえてきて、ローランの体はビクッと飛び上がった。
──ま、ま、まさか……
ぎぎぎぎ……と、油のさされていないブリキのおもちゃのようなぎこちない動きでローランはそちらに目をやる。
やはりというかなんというか、そこにいたのは今一番会いたくない人物──ルシアン・モンクレアそのひとだった。
1,331
あなたにおすすめの小説
婚約者の前で奪われる!?王太子が僕の番だった夜
侑
BL
僕は辺境伯家の嫡男レオン・グレイスフィールド。
婚約者・隣国カリスト王国の辺境伯家、リリアナの社交界デビューに付き添うため、隣国の王都に足を踏み入れた。
しかし、王家の祝賀の列に並んだその瞬間、僕の運命は思わぬ方向へ。
王族として番に敏感な王太子が、僕を一目で見抜き、容赦なく迫ってくる。
転生者で、元女子大生の僕にはまだ理解できない感覚。
リリアナの隣にいるはずなのに、僕は気づけば王太子殿下に手を握られて……
婚約者の目の前で、運命の番に奪われる夜。
仕事の関係上、あまり創作活動ができず、1話1話が短くなっています。
2日に1話ぐらいのペースで更新できたらいいなと思っています。
婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました
多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。
ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。
ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。
攻め
ユキ(23)
会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。
受け
ケイ(18)
高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。
pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。
N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。
味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい)
※無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3)
表紙絵
⇨うつやすみ 様(X:@N6eR2)
『下』挿絵
⇨暇テラス 様(X:Bj_k_gm0z)
※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。
※素人作品、ふんわり設定許してください。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる