お仕置きはほどほどに

リツカ

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「っ~~くっそぉおおッ!!」
「こら、年明けには公爵夫人になるんだから言葉を慎めよ」
「誰が公爵夫人になんてなるかっ」

 レーン大公家のユズリハの私室にて。
 地団駄を踏んでいたローランは、ふざけたことを言うクリスをキッと睨む。年明けには公爵夫人だなんて、笑えない冗談だ。
 猛犬のように荒ぶるローランを見かねたのか、ふたりがけのソファに腰掛けていたユズリハが自身の隣を手のひらでとんとんと叩く。

「ローランもとりあえず座ったら? あんまり暴れると、お腹の子もびっくりするよ」
「ああ、うん……」

 ──まあ、本当に妊娠してるかどうかはわかんないけど。

 むしろ、妊娠していないと信じたい。それがとてつもなく低い確率であっても。
 ローランはユズリハの隣に腰掛け、自身の平らな腹を見下ろす。到底そこに新しい命が宿っているとは思えないが、ルシアンやローランの家族はみな、ローランが妊娠した前提で話を進めている。まったく不愉快な話だ。
 思い出すと、またイライラしてきた。
 そんなローランを宥めるよう、ユズリハはローランの背中を撫でる。

「ふふ、こういうのってマタニティブルーって言うんだっけ。いや、マリッジの方かな?」
「笑顔で怖いこと言うのやめてくれ……」
「だって、おめでたいことじゃない!」

 キャッキャとはしゃぐユズリハを、ローランは複雑な表情で見つめる。

「……ユズリハ、無理してないか?」
「え?」
「だって、君はルシアン様のことが好きだったじゃないか」

 失恋したはずなのに、いつも以上にあっけらかんとしているユズリハのことがローランは気がかりだった。ローランに気を遣って元気な振りをしているのだとしたら、そっちの方が悲しい。
 ……しかし、そんな心配はただの杞憂だったらしい。ユズリハはローランをきょとんと見つめ返したあと、くすくすと小さく笑った。

「無理なんてしてないよ。そりゃあ、振られた直後は少しショックだったけど、初めての発情期ヒートでそれどころじゃなかったし。それに、なんて言うのかな……あの方は私の手には負えないと思う」
「そんなの俺の手にも負えないって!」
「……がんばれっ!」
「ッ~~ユズリハの薄情者っ!!」

 ローランはおいおいと泣き真似をした。こうやってふざけてしまうのも、一種の現実逃避なのかもしれない。
 嘘泣きするローランを華麗にスルーして、ユズリハはやたらとキラキラした目をして言う。

「でも、ルシアン様は発情期ラットを誘発された状態で、私の告白を断ったんだよ。自分にはローランがいるから、って。それってすごいことじゃない?」
「そうかぁ……?」
「だって、発情期ラット状態のルシアン様が私を襲わなかったのって、よっぽど私に魅力がなかったか、ローランへの愛がアルファの本能を上回ったかのどっちかじゃない?」
「いやいやっ、ユズリハに魅力がないなんてありえないから!」
「でしょ。つまり、ルシアン様はすっごくローランを愛してるってこと!」

 華やいだ顔でそう主張するユズリハに、ローランは胡乱な目を向ける。
 正直、ルシアンが自分を愛しているかいないかなんて、ローランにはどうでもいいことだ。ローランは愛されるよりも愛したいタイプで、なおかつその対象は歳の近い女の子。決して、バカでかいイケメンのナルシストアルファなんかではない。

「だからね、私ふたりの仲を応援することにしたの! 大好きなローランと憧れのルシアン様には幸せになってほしいもの!」
「いや、俺の意思を無視して勝手に応援されてもさ……」

 ローランは助けを求めるように、右斜め前のソファに座るクリスへと視線をやった。
 すると、クリスは肩をすくめ、どこか投げやりな声で言う。

「まあ、もうどうしようもないんじゃないか。婚前交渉も済ませちゃって、腹には赤ん坊がいるかもしれないんだろ? さすがにもう逃げられないだろ」
「いや、俺はまだ諦めない。まだ項は噛まれてないし、結婚もしてない。まだ逃げられる!」
「往生際が悪すぎる……男なら腹括れよ」
「男だから嫌なんだよ!!」

 ──ああ、ルシアン様が女の子だったらな……いや、あのひとの場合はたぶん女の子でも無理だな。なんか怖い。
 そんな失礼なことを考えつつ、ローランはハァ……とため息を吐いた。

「……よし、決めた。俺はこのまま修道院に行って、そこで修道士になる!」
「そこまで嫌なのか……」
「嫌に決まってるだろ。ルシアン様と結婚するくらいなら──」

「私と結婚するくらいなら?」

 突如、第三者の声が聞こえてきて、ローランの体はビクッと飛び上がった。

 ──ま、ま、まさか……

 ぎぎぎぎ……と、油のさされていないブリキのおもちゃのようなぎこちない動きでローランはそちらに目をやる。
 やはりというかなんというか、そこにいたのは今一番会いたくない人物──ルシアン・モンクレアそのひとだった。
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