20 / 28
地獄の結婚生活編
1
しおりを挟む「奥様、どうぞこちらに」
「……あの、その奥様っていうのやめてもらってもいいですか?」
苦々しいローランの懇願を聞いた初老の執事は、不思議そうに小首を傾げた。そして、にこりと穏やかに微笑みながら言う。
「そう言われましても、奥様は奥様ですから」
「…………」
「さあ、参りましょう。旦那様もきっと喜ばれますよ。旦那様は長年この日を待ち望んでいましたからね」
──俺は長年この日が来なければいいと神に祈ってたけどなっ。
心の中で毒づきながら、部屋へと案内する執事の後ろをついて歩く。
モンクレア公爵家の屋敷は広大で、廊下を少し歩くだけで迷子になりそうだ。年明け前から強制的にここで生活させられているが、いまだに慣れない。
「はあ……」
窓の外の夜空には、大きな月が金色に輝いていた。ローランの心情とは裏腹に、とても美しい夜だ。
ローランにとって今日は、なにもかも最悪な日だった。
昼前に行われた教会での結婚式も、これから行われるであろう初夜も、決してローランの望んだことではない。
逃げ損ねた。その結果が、最悪の一歩手前の今だ。
──ああ、ここが地獄か……
ローランの片頬がひくひくと引きつる。
今すぐ逃げ出したくてたまらないが、この屋敷の警備の目が厳しいことは、もうすでにわかっている。というか、ローランが逃げないよう、部屋の前や窓の外を誰かしらがずっと見張っているのだ。
──これじゃあ修道院に逃げるのも難しそうだ……下手に逃げて捕まって、またお仕置きされるのが最悪のルートだな……
「奥様、ではこちらに着替えてください」
「……はっ?」
あれこれと考えを巡らせていたローランが自室にたどり着いたそのとき。
ローランの目に飛び込んできたのは、中身が透けそうなほど薄い布と繊細な模様のレースを組み合わせて仕立てられた、白の寝衣だった。
一言でいうと、とんでもなくエロい衣装である。これなら全裸の方がまだいやらしくない。
「……え、これなんですか?」
「今日のために旦那様が用意した、奥様のための寝衣にございます」
「いや、頼んでないです。絶対着たくないですし、絶対着ないです」
「まあまあ、そう言わずに」
「ちょ、うわッ、やめてくださいっ!」
突然、複数の使用人に羽交い絞めにされたかと思うと、あっという間に身ぐるみを剥がれた。
まあ、身ぐるみといっても、着ていたのは入浴後に着た分厚いガウンだけだったのだが、それでも全裸にされたのは大変遺憾である。入浴の際にやれクリームだやれ美容液だと揉みくちゃにされたことも、まだ許していない。
ローランはキッと執事を睨んだ。
「奥様と呼ぶ割には、俺の扱いが随分雑じゃないですか?」
「もちろん、私どもも旦那様の大切なお方のことは丁重にお世話したいのですが、奥様はなかなか照れ屋なようなので」
「照れ屋とかそういうのじゃない!」
叫んだが、執事たちはどこ吹く風。にこにことローランにあのとんでもない寝衣を着せていく。
「ほら、とってもよくお似合いですよ」
「いやっ、かわいい女の子ならまだしも、こんなの俺が着てたら変態ですよっ!!」
「そんなことはありません。丈も身幅も奥様にぴったりですし、これは奥様のための寝衣にございます」
──あぁ、ダメだ……全然話が通じない……
ローランは死んだ魚の目をして、姿見に映るとんでもない自分の格好を見つめる。
確かにサイズはぴったりだ。しかし、ローランの言いたいことはそういうことではない。こんなひらひらでスケスケの衣装、ベータにしか見えない男オメガであるローランが身に纏うべきではないのだ。
ローランは一度大きく息を吸って、そしてフゥーッと吐き出す。
「……着替えます。ガウンを返してください」
「もうすぐ旦那様がいらっしゃいますので、私どもはそろそろ失礼いたします」
「ま、待って! ガウンを返してから行ってください! ちょ、ちょっとぉ!!」
ローランの叫びも虚しく、執事と使用人たちはサッと身をひるがえし、瞬く間に部屋から出ていった。ちょっとした軍隊のような、統率の取れた美しい退室だった。
部屋にぽつんと残されたローランは扉に向かって伸ばしていた手を下ろし、そのままがくりと肩を落とす。
仕方がないと言えば仕方がない。彼らはモンクレア公爵家に仕える使用人で、つまりはルシアンの味方だ。ルシアンから逃げようとするローランの肩を持つはずがない。
「……いや、『あんな小僧は旦那様に相応しくない!』って反対してくれてもおかしくないと思うんだけどなぁ……」
独りごちながら、大きなベッドにどさりと腰を下ろす。なぜこんなにもベッドが大きいのか、その理由は考えたくもない。
ローランがルシアンと釣り合っていないことなど一目瞭然なのに、公爵家の人々は皆温かくローランを受け入れている。
ルシアンに両親や兄妹がいたら、また違ったのかもしれない。だが、ルシアンはモンクレア公爵家のひとり息子で、彼の両親は早くに亡くなっていた。
つまり、ルシアンはこの家の絶対的な唯一のトップで、ここではルシアンの意思がすべて。そのルシアンが執着するローランのことを、使用人たちは彼らなりに丁重に扱うつもりなのだろう。
──ほんと、なんであのひと俺にこだわるんだろ……
この前聞いたときは、よくわからないことをぺらぺらと喋っていた気がする。状況が状況だったので、ローランもよく覚えていないが。
──……いや、今はそれどころじゃない。どうにか項を守る方法はないか……
チョーカーに覆われた項を片手で押さえつつ、ローランは低く唸る。
ルシアンに項を噛まれたら、ローランにとってルシアンは唯一無二の番になってしまう。もちろん、番になったからといって自由の身を諦める気はないが、番契約が強靱な鎖となることは間違いない。
番を得たオメガというのは一般的に、番のアルファに愛されなければ弱って死んでしまうのだという。
さりとて、番から捨てられたり自ら逃げ出したオメガがその後も細々と生活している話もたまに聞くので、全員が全員そういうわけでもないらしい。ローランはなんとなく自分がそっち側のオメガな気もするが、別に確証はなかった。
なので、当然ながら番契約は避けられるのなら避けたい。
好きでもない相手に愛されていないと死んでしまう人生なんて、ローランは絶対にごめんだった。
1,182
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました
多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。
ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。
ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。
攻め
ユキ(23)
会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。
受け
ケイ(18)
高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。
pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。
N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。
味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい)
※無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3)
表紙絵
⇨うつやすみ 様(X:@N6eR2)
『下』挿絵
⇨暇テラス 様(X:Bj_k_gm0z)
※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。
※素人作品、ふんわり設定許してください。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる