お仕置きはほどほどに

リツカ

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地獄の結婚生活編

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「奥様、どうぞこちらに」
「……あの、その奥様っていうのやめてもらってもいいですか?」

 苦々しいローランの懇願を聞いた初老の執事は、不思議そうに小首を傾げた。そして、にこりと穏やかに微笑みながら言う。

「そう言われましても、奥様は奥様ですから」
「…………」
「さあ、参りましょう。旦那様もきっと喜ばれますよ。旦那様は長年この日を待ち望んでいましたからね」

 ──俺は長年この日が来なければいいと神に祈ってたけどなっ。

 心の中で毒づきながら、部屋へと案内する執事の後ろをついて歩く。
 モンクレア公爵家の屋敷は広大で、廊下を少し歩くだけで迷子になりそうだ。年明け前から強制的にここで生活させられているが、いまだに慣れない。

「はあ……」

 窓の外の夜空には、大きな月が金色に輝いていた。ローランの心情とは裏腹に、とても美しい夜だ。
 ローランにとって今日は、なにもかも最悪な日だった。
 昼前に行われた教会での結婚式も、これから行われるであろう初夜も、決してローランの望んだことではない。
 逃げ損ねた。その結果が、最悪の一歩手前の今だ。

 ──ああ、ここが地獄か……

 ローランの片頬がひくひくと引きつる。
 今すぐ逃げ出したくてたまらないが、この屋敷の警備の目が厳しいことは、もうすでにわかっている。というか、ローランが逃げないよう、部屋の前や窓の外を誰かしらがずっと見張っているのだ。

 ──これじゃあ修道院に逃げるのも難しそうだ……下手に逃げて捕まって、またお仕置きされるのが最悪のルートだな……

「奥様、ではこちらに着替えてください」
「……はっ?」

 あれこれと考えを巡らせていたローランが自室にたどり着いたそのとき。
 ローランの目に飛び込んできたのは、中身が透けそうなほど薄い布と繊細な模様のレースを組み合わせて仕立てられた、白の寝衣だった。
 一言でいうと、とんでもなくエロい衣装である。これなら全裸の方がまだいやらしくない。

「……え、これなんですか?」
「今日のために旦那様が用意した、奥様のための寝衣にございます」
「いや、頼んでないです。絶対着たくないですし、絶対着ないです」
「まあまあ、そう言わずに」
「ちょ、うわッ、やめてくださいっ!」

 突然、複数の使用人に羽交い絞めにされたかと思うと、あっという間に身ぐるみを剥がれた。
 まあ、身ぐるみといっても、着ていたのは入浴後に着た分厚いガウンだけだったのだが、それでも全裸にされたのは大変遺憾である。入浴の際にやれクリームだやれ美容液だと揉みくちゃにされたことも、まだ許していない。
 ローランはキッと執事を睨んだ。

「奥様と呼ぶ割には、俺の扱いが随分雑じゃないですか?」
「もちろん、私どもも旦那様の大切なお方のことは丁重にお世話したいのですが、奥様はなかなか照れ屋なようなので」
「照れ屋とかそういうのじゃない!」

 叫んだが、執事たちはどこ吹く風。にこにことローランにあのとんでもない寝衣を着せていく。

「ほら、とってもよくお似合いですよ」
「いやっ、かわいい女の子ならまだしも、こんなの俺が着てたら変態ですよっ!!」
「そんなことはありません。丈も身幅も奥様にぴったりですし、これは奥様のための寝衣にございます」

 ──あぁ、ダメだ……全然話が通じない……

 ローランは死んだ魚の目をして、姿見に映るとんでもない自分の格好を見つめる。
 確かにサイズはぴったりだ。しかし、ローランの言いたいことはそういうことではない。こんなひらひらでスケスケの衣装、ベータにしか見えない男オメガであるローランが身に纏うべきではないのだ。
 ローランは一度大きく息を吸って、そしてフゥーッと吐き出す。

「……着替えます。ガウンを返してください」
「もうすぐ旦那様がいらっしゃいますので、私どもはそろそろ失礼いたします」
「ま、待って! ガウンを返してから行ってください! ちょ、ちょっとぉ!!」

 ローランの叫びも虚しく、執事と使用人たちはサッと身をひるがえし、瞬く間に部屋から出ていった。ちょっとした軍隊のような、統率の取れた美しい退室だった。
 部屋にぽつんと残されたローランは扉に向かって伸ばしていた手を下ろし、そのままがくりと肩を落とす。
 仕方がないと言えば仕方がない。彼らはモンクレア公爵家に仕える使用人で、つまりはルシアンの味方だ。ルシアンから逃げようとするローランの肩を持つはずがない。

「……いや、『あんな小僧は旦那様に相応しくない!』って反対してくれてもおかしくないと思うんだけどなぁ……」

 独りごちながら、大きなベッドにどさりと腰を下ろす。なぜこんなにもベッドが大きいのか、その理由は考えたくもない。
 ローランがルシアンと釣り合っていないことなど一目瞭然なのに、公爵家の人々は皆温かくローランを受け入れている。
 ルシアンに両親や兄妹がいたら、また違ったのかもしれない。だが、ルシアンはモンクレア公爵家のひとり息子で、彼の両親は早くに亡くなっていた。
 つまり、ルシアンはこの家の絶対的な唯一のトップで、ここではルシアンの意思がすべて。そのルシアンが執着するローランのことを、使用人たちは丁重に扱うつもりなのだろう。

 ──ほんと、なんであのひと俺にこだわるんだろ……

 この前聞いたときは、よくわからないことをぺらぺらと喋っていた気がする。状況が状況だったので、ローランもよく覚えていないが。

 ──……いや、今はそれどころじゃない。どうにか項を守る方法はないか……

 チョーカーに覆われた項を片手で押さえつつ、ローランは低く唸る。
 ルシアンに項を噛まれたら、ローランにとってルシアンは唯一無二の番になってしまう。もちろん、番になったからといって自由の身を諦める気はないが、番契約が強靱な鎖となることは間違いない。
 番を得たオメガというのは一般的に、番のアルファに愛されなければ弱って死んでしまうのだという。
 さりとて、番から捨てられたり自ら逃げ出したオメガがその後も細々と生活している話もたまに聞くので、全員が全員そういうわけでもないらしい。ローランはなんとなく自分がそっち側のオメガな気もするが、別に確証はなかった。
 なので、当然ながら番契約は避けられるのなら避けたい。
 好きでもない相手に愛されていないと死んでしまう人生なんて、ローランは絶対にごめんだった。
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