十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

サッカーの思い出 5

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 ◇◇◇


 ──こっわ……!!

 幼き日の思い出に、そのときの総真の笑みに、雅臣はぶるりと体を震わせた。

 あのときはわからなかったが、今ならわかる。
 十歳の総真にとって、雅臣が将来結婚する相手は自分でしかなかったのだ。『もらう』というのも、おそらくそういう意味だったのだろう。

 すごい自信……というか、慢心である。
 一途といえばそれはそうなのだが、もっとこうなんというか、執着のようなものを感じないでもない。
 しかし、結局は長い時間を経てこうして共にいるのだから、終わりよければすべて良しだろう。

 なにより、雅臣もこの愛の重い男に愛されて今心底幸せなのだ。

「思い出したか?」
「……ああ、そんなこともあったな。俺が怪我したの見てお前がひっくり返ったときは、俺の方がびっくりした」
「余計なことまで思い出すなよ……」

 決まり悪そうな顔をする総真を一瞥してから、雅臣は飲み終えたコーヒーカップを手に持って立ち上がる。総真が「おい」と声をかけてきたが、無視してそのままキッチンへと向かった。
 雅臣がシンクでコーヒーカップを洗いはじめると、追いかけてきたらしい総真が雅臣の肩に手を回してきた。総真と目も合わせず、雅臣は冷ややかに言う。

「邪魔」
「なんだよ。まだ仲間はずれにしたって怒ってんのか?」
「怒ってるっていうか、昔のこと思い出したらなんか腹立つんだよな。お前なにもかも横暴だったし」
「それは悪かったって……キスしてやるから機嫌直せよ」
「お前がしたいだけだろ」
「まあまあ」

 顔に添えられた手が、少し強引に総真の方へと雅臣の顔を振り向かせる。雅臣は不機嫌な表情を隠さなかったが、なぜか総真は笑みを深めていた。
 甘ったるい笑みを浮かべた美しい顔がゆっくり近付いてきて、雅臣の唇にキスをした。食むように何度か唇を啄まれ、さほど時間のたたないうちにチュッという可愛らしい音と共に唇が離れていく。
 雅臣がそっと目を開くと、総真がニヤニヤと笑って雅臣を見ていた。

「お前、結構言い返してくるようになったよな。昔はもっとうじうじしてたのに」
「そりゃあもう大人だし、いつまでもお前にビクビクしてるわけないだろ。俺と違ってお前は全然変わらないけどな」
「そんなことはねぇだろ。ガキの頃より丸くなったってよく言われるし。それに、お前も昔とおんなじで可愛いままだよ」

 総真の手が雅臣の髪を撫で、同時に頬に何度もキスをされる。
 くすぐったさに雅臣は身を捩った。
 だが、総真はさらに体を押し付けて、ぎゅうぎゅうと苦しいほどに雅臣を抱きしめてくる。
 たまらず雅臣は声を上げた。

「もうっ、今洗い物してるだろっ」
「機嫌なおったか?」
「だから、もともと怒ってるわけじゃないって」
「じゃあ、仲直りの証拠にお前からキスしろよ」
「なんだよそれ……」

 雅臣は呆れた顔をしたが、総真は変わらぬ楽しげな笑みを浮かべたままだった。
 それどころか、目を閉じてずいっと雅臣に顔を近付けてくる。
 いわゆるキス待ち顔だ。長いまつ毛がいつも以上に際立って、憎たらしいくらいに綺麗だった。

「ほら、早く」
「はぁ……」

 ため息をついた後、雅臣は軽く総真の唇にキスをした。そして、すぐにさっと身を引く。
 目を開けた総真は、幾分か不満そうな顔をした。

「短すぎ」
「別にあれくらいでいいだろ……お前は俺のこと面倒くさいっていうけど、お前も大概だよな」
「似たもの同士お似合いだろ?」

 にっこり笑う総真をスルーして、雅臣は洗い物を再開する。
 総真もその場を離れる気はないようで、雅臣の隣で濡れた食器を布巾で拭きはじめた。

「食洗機使えばいいのに」
「少しなんだから手で洗った方が早いだろ」
「まあ、こういうのも新婚さんっぽくていいよな」
「そうか?」

 取り留めのない会話の後、短い沈黙が落ちる。
 水の音と、食器が軽くぶつかり合う音。それとリビングのサッカー中継の音声が、静かになったキッチンに響いていた。
 いつもはもっとお喋りな総真を雅臣が横目で窺うと、総真はコップを拭きながら宙空を見ていた。どうやらなにか考え込んでいるらしい。

「どうした?」
「──今度、一緒にフットサルでもするか?」
「え?」
「友達に趣味でやってるやついるから、頼んだら人集めてくれてると思うけど」
「……俺が行ってもいいのか?」
「前誘われたときお前も一緒にどうかって声かけられたから大丈夫だろ。めんどくせぇからそのときは断ったけど」

 ──フットサルかぁ。

 やったことはないが、たぶんできると思う。
 スポーツは好きだし、多少どんくさいところはあるが運動神経自体はいい方だ。
 雅臣はおずおずと総真を見る。

「お前も一緒……?」
「そりゃそうだろ」
「なら、やってみたいかも」

 雅臣がそう言うと、総真は口角を上げてニッと笑う。

「んじゃ、今から連絡してみるわ」
「ありがと」

 ちょうど洗い物を終えたので、またふたりでリビングのソファへと戻った。
 サッカー中継は後半がはじまってから五分ほど経ったところで、まだスコアに変化はなかった。

「そういえば、最初なんで中学のときのことって勘違いしてたんだ?」

 ソファの背にもたれ掛かってスマートフォンを手に取った総真が、なんとなしに尋ねてくる。
 隣に腰を下ろした雅臣は「ああ、あれね」と言って、なんでもないことのように答えた。

「俺、中学のときの体育の授業でも、ゴールポストに頭ぶつけて、病院に運ばれてるんだよなぁ」
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