十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

サッカーの思い出 4

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 救急車で総真とともに病院に運ばれた雅臣は、すぐに側頭部の治療を受けた。
 出血は多かったがそれほど深い傷ではなかったようで、消毒をして二針縫うことであっさりと治療は終わった。念の為にとCT検査も受けたが特に異常はなく、病院にやってきた祖母はホッと胸を撫で下ろしていた。

「なんともなくてよかった。走るときはちゃんと前見て走らないとダメよ?」
「うん……心配かけてごめんなさい」

 雅臣は僅かに頬を赤らめながら言う。
 単なる自分の不注意でこんな大事になってしまって、少し恥ずかしかった。

 祖母が持ってきてくれた服に着替えてから、雅臣は診察室を出る。今日はもう早退することになったのでだいぶ気が楽だった。
 お昼ご飯はどうしようかと祖母と雅臣が話していると、廊下の奥から「雅臣ーっ!」と大きな声で呼ばれた。その耳慣れた声に、雅臣の肩がびくりと跳ねる。

「雅臣、大丈夫かッ?」
「そ、総真くん……」

 ──そういえば、一緒に運ばれたんだった……。

 雅臣の頬がひくりと引きつる。
 けれど、雅臣のもとに駆けてきた総真はそんなことはお構いなしに雅臣の肩を両手でがしりと掴んだ。

「怪我は!? なんともないのか!?」
「う、うん……大丈夫」
「……よかったぁ」

 総真の顔がへにゃりと緩んだ。あまり見たことのないその表情に、雅臣は目をぱちりと瞬かせる。
 別に総真が怪我をさせたわけでもないのに、なぜこんなに安堵しているのだろう──雅臣が首を傾げていると、斜め後ろにいた祖母がくすくすと小さな笑い声をこぼした。

「雅臣のことを心配してくれたのね。ありがとう、総真さん」
「いえ、そんな……」
「──お礼を言われるようなことなんてしてないわよねぇ。怪我をした雅臣くんを見て失神しただけだもの」
「っ!」

 どこからか聞こえてきた声に、総真はキッと背後を睨んだ。

「母さんは黙ってろよ!」
「あらあら、母親に向かって黙ってろなんて……酷いと思わない、雅臣くん?」
「え、あ……そ、そうですね……」

 優雅な足取りで現れた総真の母の言葉に、雅臣はおずおずと頷いた。それを見て、総真はなんともばつが悪そうな顔をしてそっぽを向く。
 雅臣のもとにやってきた総真の母はその場にしゃがみこみ、雅臣と目線を合わせた。

「怪我は大丈夫?」
「は、はい」
「そう。よかった」

 元女優なだけあって、総真の母はすごく綺麗だ。雅臣は見惚れたようにいっときその美しい顔に目を奪われた。
 そんな視線にも慣れているのか、総真の母はにっこりと綺麗に笑った後、すっと立ち上がった。そして、今度は雅臣の祖母と向かいあい、親しげに立ち話をはじめる。

「こんにちはー」
「こんにちは。総真さんはなんともなかった?」
「ええ、大丈夫です。うちの子は雅臣くんが怪我してるの見て貧血を起こしただけなので」
「おいっ、変なこと言うなよっ!」

 総真が顔を真っ赤にして叫んだが、総真の母は楽しそうにケラケラと笑うだけだった。
 その後も、総真の母と雅臣の祖母の立ち話は続く。
 どうしたものかと雅臣が立ち尽くしていると、シャツの袖をクイっと引かれた。おそるおそるそちらを見ると、ほのかに頬を赤らめた総真が神妙な顔をして雅臣を見ている。

「……な、なに?」
「…………べ、別に、血ぃ見てビビったとかそんなんじゃねぇからなっ。ただ、お前が血まみれだったからちょっとびっくりして、それで……!」
「う、うん……わかってるよ。総真くんは血なんか怖くないもんね」

 血を見て失神したのが恥ずかしいのか、興奮しかけている総真を宥めるよう雅臣は言った。
 すると、総真も少し落ち着いたようで、声の語気がだいぶ弱まる。

「……俺、今日は情けなかったけど、本当は応急処置の仕方とかも習ってるし、今日みたいなことがまたあったら、次はちゃんとお前のこと助けてやるから」
「え、あ、ありがとう……」

 雅臣は苦笑いに近い笑顔でお礼を言った。
 それからすぐ、総真の視線がちらりと雅臣の側頭部へと向けられる。

「……それで、もう痛くないのか?」
「うん。もともと痛みはそんななかったから……でも、傷は残るかもって」

 雅臣は俯き加減で、ガーゼ越しの傷にそっと触れる。
 傷は残ると思うが、髪で隠れるから目立たないだろう──と医師には軽く言われた。
 雅臣も、さほど酷い怪我じゃなくて良かったとは思う。しかし、ただでさえオメガの中でパッとしない容姿をしているのに、さらに傷まで残るなんて不運だなぁと少し落ち込んでもいた。
 そんな雅臣の心情などどうでもいいのか、総真は「ふーん」と間延びした相槌を打つ。

「ま、よかったじゃん。頭の怪我はほんと危ないからな。お前がなんともないみたいで俺も安心した」
「うん……」
「なんだよ? 傷が残ること気にしてんのか?」
「気にしてるっていうか…………いや、やっぱ気になるよ。見えなくても触ったらわかるかもしれないし……」
「んなの気にすんなよ。ただの傷だろ?」
「…………」

 ──ひとの気も知らないで。

 あっけらかんと言う総真に、雅臣はムッとして言い返した。

「俺が気にしなくても、俺が将来結婚したいと思ったひとは気にするかもしれないだろ」
「は? 気にしねぇよ」

 ──なんで総真くんにそんなことわかるんだよ?

 そう問いかけようと思った雅臣だったが、総真の顔を見て、開きかけた口を瞬時に閉ざす。

 総真は、天使のように美しい顔にどこかうっとりとした笑みを浮かべて、雅臣を見ていた。
 恍惚としたその笑みに雅臣はなぜだかぞくりとするような寒気を感じたが、総真が雅臣の袖を掴んでいるためそこから逃げることもできない。

 総真の唇から「ふふふ」といつになく楽しげな笑い声がこぼれる。それがまた雅臣には恐ろしく思えて、雅臣の体は石のように強張った。

「心配すんなよ。俺がちゃんともらってやるからな」
「…………う、うん……?」

 ──ってなに……?

 意味はわからなかったが、曖昧に頷いた。
 とりあえずこの場を切り抜けたかったのだ。

 総真の笑みがいっそう深まる。長いまつ毛に縁取られた瞳が雅臣だけを映して、満足げにゆっくりと細められていった。
 とろりとしたその視線が不可解で、怖くて──でも目を逸らすこともできない。
 雅臣はただ涙が込み上げそうになるのを堪えながら、総真の瞳に映る自分を見つめ続けるしかなかった。

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