十年先まで待ってて

リツカ

文字の大きさ
51 / 77
過去話・後日談・番外編など

サッカーの思い出 4

しおりを挟む

 救急車で総真とともに病院に運ばれた雅臣は、すぐに側頭部の治療を受けた。
 出血は多かったがそれほど深い傷ではなかったようで、消毒をして二針縫うことであっさりと治療は終わった。念の為にとCT検査も受けたが特に異常はなく、病院にやってきた祖母はホッと胸を撫で下ろしていた。

「なんともなくてよかった。走るときはちゃんと前見て走らないとダメよ?」
「うん……心配かけてごめんなさい」

 雅臣は僅かに頬を赤らめながら言う。
 単なる自分の不注意でこんな大事になってしまって、少し恥ずかしかった。

 祖母が持ってきてくれた服に着替えてから、雅臣は診察室を出る。今日はもう早退することになったのでだいぶ気が楽だった。
 お昼ご飯はどうしようかと祖母と雅臣が話していると、廊下の奥から「雅臣ーっ!」と大きな声で呼ばれた。その耳慣れた声に、雅臣の肩がびくりと跳ねる。

「雅臣、大丈夫かッ?」
「そ、総真くん……」

 ──そういえば、一緒に運ばれたんだった……。

 雅臣の頬がひくりと引きつる。
 けれど、雅臣のもとに駆けてきた総真はそんなことはお構いなしに雅臣の肩を両手でがしりと掴んだ。

「怪我は!? なんともないのか!?」
「う、うん……大丈夫」
「……よかったぁ」

 総真の顔がへにゃりと緩んだ。あまり見たことのないその表情に、雅臣は目をぱちりと瞬かせる。
 別に総真が怪我をさせたわけでもないのに、なぜこんなに安堵しているのだろう──雅臣が首を傾げていると、斜め後ろにいた祖母がくすくすと小さな笑い声をこぼした。

「雅臣のことを心配してくれたのね。ありがとう、総真さん」
「いえ、そんな……」
「──お礼を言われるようなことなんてしてないわよねぇ。怪我をした雅臣くんを見て失神しただけだもの」
「っ!」

 どこからか聞こえてきた声に、総真はキッと背後を睨んだ。

「母さんは黙ってろよ!」
「あらあら、母親に向かって黙ってろなんて……酷いと思わない、雅臣くん?」
「え、あ……そ、そうですね……」

 優雅な足取りで現れた総真の母の言葉に、雅臣はおずおずと頷いた。それを見て、総真はなんともばつが悪そうな顔をしてそっぽを向く。
 雅臣のもとにやってきた総真の母はその場にしゃがみこみ、雅臣と目線を合わせた。

「怪我は大丈夫?」
「は、はい」
「そう。よかった」

 元女優なだけあって、総真の母はすごく綺麗だ。雅臣は見惚れたようにいっときその美しい顔に目を奪われた。
 そんな視線にも慣れているのか、総真の母はにっこりと綺麗に笑った後、すっと立ち上がった。そして、今度は雅臣の祖母と向かいあい、親しげに立ち話をはじめる。

「こんにちはー」
「こんにちは。総真さんはなんともなかった?」
「ええ、大丈夫です。うちの子は雅臣くんが怪我してるの見て貧血を起こしただけなので」
「おいっ、変なこと言うなよっ!」

 総真が顔を真っ赤にして叫んだが、総真の母は楽しそうにケラケラと笑うだけだった。
 その後も、総真の母と雅臣の祖母の立ち話は続く。
 どうしたものかと雅臣が立ち尽くしていると、シャツの袖をクイっと引かれた。おそるおそるそちらを見ると、ほのかに頬を赤らめた総真が神妙な顔をして雅臣を見ている。

「……な、なに?」
「…………べ、別に、血ぃ見てビビったとかそんなんじゃねぇからなっ。ただ、お前が血まみれだったからちょっとびっくりして、それで……!」
「う、うん……わかってるよ。総真くんは血なんか怖くないもんね」

 血を見て失神したのが恥ずかしいのか、興奮しかけている総真を宥めるよう雅臣は言った。
 すると、総真も少し落ち着いたようで、声の語気がだいぶ弱まる。

「……俺、今日は情けなかったけど、本当は応急処置の仕方とかも習ってるし、今日みたいなことがまたあったら、次はちゃんとお前のこと助けてやるから」
「え、あ、ありがとう……」

 雅臣は苦笑いに近い笑顔でお礼を言った。
 それからすぐ、総真の視線がちらりと雅臣の側頭部へと向けられる。

「……それで、もう痛くないのか?」
「うん。もともと痛みはそんななかったから……でも、傷は残るかもって」

 雅臣は俯き加減で、ガーゼ越しの傷にそっと触れる。
 傷は残ると思うが、髪で隠れるから目立たないだろう──と医師には軽く言われた。
 雅臣も、さほど酷い怪我じゃなくて良かったとは思う。しかし、ただでさえオメガの中でパッとしない容姿をしているのに、さらに傷まで残るなんて不運だなぁと少し落ち込んでもいた。
 そんな雅臣の心情などどうでもいいのか、総真は「ふーん」と間延びした相槌を打つ。

「ま、よかったじゃん。頭の怪我はほんと危ないからな。お前がなんともないみたいで俺も安心した」
「うん……」
「なんだよ? 傷が残ること気にしてんのか?」
「気にしてるっていうか…………いや、やっぱ気になるよ。見えなくても触ったらわかるかもしれないし……」
「んなの気にすんなよ。ただの傷だろ?」
「…………」

 ──ひとの気も知らないで。

 あっけらかんと言う総真に、雅臣はムッとして言い返した。

「俺が気にしなくても、俺が将来結婚したいと思ったひとは気にするかもしれないだろ」
「は? 気にしねぇよ」

 ──なんで総真くんにそんなことわかるんだよ?

 そう問いかけようと思った雅臣だったが、総真の顔を見て、開きかけた口を瞬時に閉ざす。

 総真は、天使のように美しい顔にどこかうっとりとした笑みを浮かべて、雅臣を見ていた。
 恍惚としたその笑みに雅臣はなぜだかぞくりとするような寒気を感じたが、総真が雅臣の袖を掴んでいるためそこから逃げることもできない。

 総真の唇から「ふふふ」といつになく楽しげな笑い声がこぼれる。それがまた雅臣には恐ろしく思えて、雅臣の体は石のように強張った。

「心配すんなよ。俺がちゃんともらってやるからな」
「…………う、うん……?」

 ──ってなに……?

 意味はわからなかったが、曖昧に頷いた。
 とりあえずこの場を切り抜けたかったのだ。

 総真の笑みがいっそう深まる。長いまつ毛に縁取られた瞳が雅臣だけを映して、満足げにゆっくりと細められていった。
 とろりとしたその視線が不可解で、怖くて──でも目を逸らすこともできない。
 雅臣はただ涙が込み上げそうになるのを堪えながら、総真の瞳に映る自分を見つめ続けるしかなかった。

しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。