十年先まで待ってて

リツカ

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フットサルの話 前編

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 後日談
 温泉旅行の話の続き。

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 暖かな日差しが降り注ぐ芝生の上、ボールが蹴り上げられる音とともに歓声に近い笑い声がフットサルコートに響き渡る。
 来る前は小学生のお団子サッカーになるのではないかと思っていたが、経験者が混ざっているからか想像よりもちゃんと形になっていた。

 それはそれとして……

 ──普段俺と一緒にいるときより楽しそうじゃん……

 ムスッとした総真は、腕組みをしながらその光景をコートの外から睨むように眺める。……といっても、総真の目が追っているのはコートの中で楽しげに笑う雅臣ただひとりだったが。



 三月初旬。
 総真は先日の雅臣との約束通り、友人たちに連絡をとりフットサルをする計画を立てた。
 大抵の同級生たちは就職を控えているのでいっそ集まらずに中止になってもいいと総真は考えていたが、数人に声をかけるだけであれよあれよという間に簡単にひとは集まった。どうやら皆、総真の番である雅臣を一目見たかったらしい。
 そうして慎重な選考を重ねた末、総真と雅臣を合わせて十五人もの人間が集まった。
 雅臣は最初ひとの多さに圧倒されていたようだが、比較的温厚で気の良い友人だけを集めたおかげか、今はすっかり馴染んでフットサルを楽しんでいる。

 総真は雅臣の笑った顔が泣いた顔と同じくらいかわいくて好きだ。
 しかしそれは総真自身に向けられたもの限定の話であり、総真以外の他人によって引き出されたものは含まれない。

「へぇ~、初心者の割には雅臣くん結構動けてるじゃん」

 足音が近付いてきて、すぐ隣から声を掛けられた。
 総真はチラリと一瞬だけ視線をそちらに向け、またすぐに雅臣へと視線を戻す。

「まあ剣道やって体鍛えてるし、もともと運動神経はいいからな。ただちょっと鈍臭いだけで」
「運動神経いいのに鈍臭いってどういうこと?」
「スポーツ得意なのになにもないとこで急に転んだり、後ろ見ながら走っててゴールポストに頭ぶつけたり、色々あんだよ」
「はぁ~、なるほど。ちょっと話した感じ天然っぽいもんな」

 納得したように頷いているのは総真の友人である戸高相生とだかあいおだ。
 中学の頃からの同級生で、少し軟派ではあるものの好きなゲームや音楽の趣味があったことからもう何年も親しくしている。今回積極的にひとを集めてくれたのもこの相生だった。

「んで、雅臣くんすげぇ楽しそうなのになんでお前そんな不機嫌なの?」
「あいつが楽しそうなのはいいけど、俺以外があいつを笑わせてんのはムカつく」
「うわー……」

 相生は完全に引いているが、この程度の反応でああだこうだ言い合う程度の仲でもない。
 というか、相生などの親しい友人たちはもっと総真のまともじゃない部分を知っている。

「ほんっと嫉妬深いというか心が狭いというか……おまけにストーカー気質なんだから雅臣くんも大変だよ」
「──あいつの前で余計なこと口走ったらマジでブッ殺す」

 ぎろりと隣を睨んだ総真は、低い声で相生に釘を刺した。
 総真が高校生の途中から探偵を雇って雅臣の身辺調査をしていたことを、相生などの一部の友人たちは知っている。
 なのでそれを理由にストーカー気質だと馬鹿にされるのは百歩譲って許すが、探偵のことを雅臣にバラされるのだけは絶対にダメだ。自業自得と言われればそうだが、もしそんなことで雅臣にドン引きされたら……間違いなく総真は発狂してしまう。その探偵が大金を払ったにしては神田誠のことすら掴めなかった無能探偵だったのだから尚更だ。
 怖い顔をする総真を横目に、相生は肩を竦めながら苦笑する。

「はいはい、そんな睨まなくてもいちいち雅臣くんにチクったりしねぇよ。……あとなんだっけ、一条のこととか神田や佐伯のことも話題に出しちゃダメなんだっけ?」
「それと、『失敗作』とかも絶対口にするなよ」
「ちゃんと周知してるから大丈夫だって。というか、本人とお前の前でそんな酷いこと言うようなやついねぇだろ」
「んなことわかってるけど念の為だよ。この世には本人が聞いてるのわかってて、わざとそんな会話持ち出してくるやべぇやつもいるからな……」

 一瞬脳裏に浮かんだオレンジ髪のいけすかない男を、舌打ちとともに頭の中から蹴り出す。
 今日は総真の友人の中でもさらに厳選に厳選を重ねてメンバーを集めたので、さすがにそんな馬鹿はいないだろう。
 もしいたとしたら──縁を切る程度で済ませる気はない。

「……お前、そういう顔雅臣くんには見せない方がいいぞ」
「どういう顔だよ」
「ひと殺す前の殺人鬼みたいな顔」
「いや、ほんとどんな顔だよ……あっ」

 フットサルコートの左側。ゴール近くにいた雅臣が大きく足を振りかぶり、勢いよくボールを蹴り飛ばした。まるでお手本のように綺麗なシュートフォームだ。
 回転しながら宙を切るボールは伸ばされたキーパーの手を飛び越し、ゴールへと吸い込まれていく。
 ボールがゴールネットを揺らすと同時に、ワッと歓声があがった。
 相生が興奮気味に口笛を吹く。

「雅臣くんマジでやるじゃん!」
「当たり前だろ。俺の番なんだから」

 いや、それ関係なくね? という相生のツッコミを無視して総真は雅臣の元へと走り出した。
 雅臣に群がる友人たちをひとりひとり引き剥がし、雅臣の前に立つ。
 総真に気付いた雅臣は、少し照れくさそうな、でも誇らしげな笑みを浮かべて総真を見上げた。

「俺のゴールちゃんと見てたっ?」
「見てたよ。すげぇじゃん」

 キスしたいのを我慢して、総真は雅臣の髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。
 雅臣は「やめろよ」と言いながらも、にこにこと笑っていた。

 ──『俺のゴールちゃんと見てたっ?』って、かわいすぎだろ……!

 愛おしさで胸がいっぱいになって苦しい。
 平常心を保つため、総真は無心で雅臣の短い髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
 そうでもしなければ、友人たちの目など知ったことかと雅臣を抱き締めてディープキスをかましてしまいそうだった。

「あのー、まだ試合中なんでイチャつくのあとにしてもらっていいっすか?」
「……うっせぇな、わかってるよ。あとお前ら、俺の雅臣にあんまべたべた触んなよ」
「そんな命知らずいるかよ……」

 煩わしそうな顔をした友人にしっしっと手を振られ、総真は渋々コートの外へと戻っていく。
 その途中、総真がふと後ろを振り返ると、髪を整えながらこちらを見ていたらしい雅臣と目が合った。
 すると、途端に雅臣の目尻が下がり、その顔にはにかむような笑みが浮かべられる。今にも『ばかだな』と雅臣の柔らかな声が聞こえてきそうな、ふんわりとした笑顔だった。

 ──やばい、やっぱ死ぬほどかわいい……!

 総真は内心悶えながらも澄ました顔で雅臣に向かって軽く手を振り、そのまま相生の隣へと戻った。
 甘い胸の締め付けを感じつつ、天を仰いだ総真はフーッと深く息を吐く。

「たまんねぇ……」
「なにが?」
「なにがって雅臣のことに決まってんだろ。笑顔とか仕草がマジでかわいすぎる……いや、顔も最高にかわいいし体もめちゃくちゃエロかわいいんだけど、まあそれは俺だけが知ってりゃいいことだから割愛するわ。とにかく、天然だし照れ屋だし、おっとりしてんのに俺にだけツンデレなとことかもほんとかわいくてやばいんだよ。あと家ん中だと結構甘えたで、そのくせ包容力もあるから俺が疲れてるときとか逆に甘やかしてくれて俺のことめちゃ癒してくれるし……ほんと愛おしさで胸が苦しい……フットサルとかどうでもいいから早く車ん中にでも押し込んで死ぬほどキスしてぇ……」
「まーたはじまったよ……」
「──あ? 相生てめぇなにひとが話してる途中でどっか行こうとしてんだよ。……おいっ、逃げんな! 俺の惚気ちゃんと聞け! 相生っ!!」
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