十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

君が嫌なやつのままでよかった 3

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 突拍子もない室井の言葉に、雅臣はぱちりと目を瞬かせた。
 室井は皮肉げに口角を上げて、だらだらと気怠げに喋りだす。

「そこそこ幸せに暮らしてるくせに、親に捨てられたからって悲劇のヒロイン気取りでうじうじして……見てるだけでほんっっとムカついた。大嫌いだった」
「……へぇ、そんな風に見えてたんだ」
「『見えてた』じゃなくて、実際にそうだったんだよ」
「そっか……確かにそうだったかもな」

 自嘲するように言って、雅臣は視線を落とす。
 両親から捨てられたばかりの頃は、いつも泣いてばかりいた。どうしようもなくつらくて、家に帰ったら両親がいる他の子どもたちが羨ましくて仕方なかった。

 決して祖父母からの愛情が足りてなかったわけではない。
 ただ、両親が祖父母の代わりになることができないように、祖父母も両親の代わりにはなれなかった。

 たぶん、自分から家族を切り捨てた室井にはわからないだろう。

 あのときはすまなかったと、心の底ではずっと愛していたと、雅臣の名前を呼んで、抱き締めてくれたら──きっと雅臣は両親を許してしまう。
 あれほど傷付けられて、恨んで、長い時間をかけて忘れたのに、また家族に戻りたいと願ってしまう。

 しかし、雅臣がそう願ったとて、そんなことをあの両親が望むはずはない。
 過去に取り残されているのは、捨てられた雅臣だけだ。

 忘れたふりをしているだけで、本当は今も憎んでいるし、今も愛している。
 それこそ、惨めなくらいに。

「そうやって俯くのも相変わらずだな。ちょっと嫌味言われたくらいでうじうじしやがって……男なら言い返してこいよ。ほんとお前みたいなやつ嫌いだわ」

 黙ってしまった雅臣に対してなにを思ったのか、室井はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「だから、絶対に謝らない。謝ったところで過去は変わらないし、別に謝らなきゃいけないほど酷いことしたとは思ってないし。そもそも、俺をムカつかせたお前が悪い」

 あまりにもふてぶてしいその発言に、思わず雅臣は吹き出すように笑った。
 室井は不快そうに雅臣を睨む。

「なに笑ってんだよ」
「っ……いや、悪い……お前も本当に変わらないなって思って……」

 くすくすと小さく笑い続けたあと、こちらを睨む室井を見つめ返して雅臣はにやりと口角をあげる。

「お前が嫌なやつのままでよかった。昔のこと謝られてたら、『別にもう気にしてない』なんて、強がり言っちゃいそうだったから」
「それ、お前がいい子ちゃんぶりたい馬鹿なだけだろ」
「そうかもなぁ」

 優しい、お人好しだと言われるより、そう言われた方がしっくりくる気がした。
 そもそも雅臣は室井の意地の悪いところは嫌いだったが、彼の歯に衣着せぬ物言いは嫌いではない。というか、思ったことをなんでも口にする室井のことが少し羨ましかったくらいだ。
 雅臣はベンチに座ったまま、軽く伸びをしながら言う。

「俺もお前のこと嫌いだし、昔のことを許したわけでもない……けど、今日話せてよかったよ。なんかすっきりした」
「……ふん。俺が落ちぶれてていい気味だと思ってんだろ」
「そんなことない。というか、別に落ちぶれてはないんじゃないか? 幸せなんだろ?」
「当たり前だろ。俺はお前と違って、欲しいもんはちゃんと自分で手に入れるんだよ」
「はいはい、すごいすごい」
「……昔よりムカつく」

 苦虫を噛み潰したようなその顔も、相も変わらず美しい。
 雅臣がくすくす笑っていると、その横顔に室井の視線が注がれる。
 その眼差しがやけに静かで、らしくなくて、雅臣は笑うのをやめて室井を見つめ返した。

「どうした?」
「──お前、今でも自分のこと失敗作だとか思ってんの?」

 告げられた言葉に、雅臣は息を呑む。
 ほんの一瞬、頭の中が真っ白になるような感覚に襲われた。
 酸素をうまく肺に吸い込めないような息苦しさを感じながら、ハッと息を吐く。ため息を吐いたのか、笑ったのか、自分でもよくわからなかった。

「……突然なんだよ」
「別に。ふと思い出しただけ。お前、昔自分のことそう言って俺の前で泣いただろ。あの、お前が階段から転げ落ちた日」
「そうだったかな……」
「覚えてるくせに。忘れたふりしてんじゃねぇよ」

 容易く見透かされて、雅臣の顔に苦い笑みが浮かぶ。
 忘れられるはずがなかった。
 だってそれは、今も雅臣にまとわりついて離れない、呪いのような蔑称だ。

 ──そっか、最初に俺のこと『失敗作』って言ったのって、俺自身なのか。

 雅臣の胸の奥がつきりと痛む。
 最初にその呪いをかけたのが自分自身だと気付かされて、すごく複雑な気分だ。

 室井の視線が、雅臣から砂場で遊ぶ男の子へと移る。
 その瞳からは確かな愛情が見て取れた。

「オメガに生まれて親から捨てられたくらいで失敗作とか、馬鹿なやつだなって思ったよ」
「…………」
「んで、もし今でもそう思ってんのなら、本物の大馬鹿だな」
「……どうだろう」

 自分でもよくわからなかった。
 総真と再会して、『もう二度と自分のこと失敗作とか言うな』と言われてから、その言葉を口にした覚えはない。
 というか、頭に思い浮かぶことがそもそもなかった気がする。
 しかし、それは総真と暮らす今が幸せだから前を向いていられるだけで、これから先どうなるのかはわからない。
 もしかするとまた、『自分は失敗作だから』と項垂れる日がいつか来るのかもしれない。

「りゅーちゃーん!!」

 そこへ、室井の息子がとことこと室井に向かって駆けてきた。
 両手を広げ、室井に飛びつく。

「おうちかえる!」
「はぁ? まだ来たばっかじゃん……お前が公園行きたいって言うからわざわざ連れてきたんだぞ」
「あつい! かえる!」

 悪びれた様子のない男の子の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。どうやら、もう砂遊びを満喫し終わったらしい。
 とはいえ、妊娠中らしい室井の体調を考えれば、ここいらで引きあげるのが一番いいだろう。今日は、身重の男と幼い子どもが長時間外にいていい暑さではない。

「はぁ、しゃーねぇなぁ……」

 室井は不満そうな顔をしながらも、ベンチからのそりと立ち上がった。そして、ちらりと雅臣を見下ろす。

「じゃあな。もう会うこともねぇだろうけど」
「え? 家、この近くなんじゃないのか? 俺と総真の家も割と近いけど」
「マジかよ……」

 室井の愕然とした顔が面白くて、雅臣はくすりと笑って言った。

「じゃあ、またな」
「……またなんてねぇよ、ばーか」
「ばいばーい!」

 去っていく室井に手を引かれながら、男の子が元気に手を振る。
 それに手を振りかえしながら、雅臣は遠ざかっていく背中を見送った。

「……俺も帰るか」

 独りごちて、ゆっくりとした足取りで帰路につく。
 スッキリしたはずなのに、妙なざわつきが胸に残っていた。
 それはきっと室井のせいなどではなく、雅臣自身の問題なのだろう。綺麗だと思っていた真っ白の壁紙の端に、なかなか落ちそうもない黒々としたシミを見つけてしまったような、そんな不快な気分だ。

 ──……ああ、早く家に帰ろう。

 自然と歩みが速くなる。
 総真と暮らすあの家に帰ったら、少しはこの胸のモヤモヤが晴れる気がした。
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