十年先まで待ってて

リツカ

文字の大きさ
70 / 77
過去話・後日談・番外編など

君が嫌なやつのままでよかった 4

しおりを挟む

「今日さ、室井に会ったよ」
「は? 室井って……龍太郎?」
「うん」

 雅臣の言葉を聞いた総真は、ネクタイを外しながら眉をひそめる。

「どこで?」
「こことうちの実家の間くらいにある公園。ベンチに横たわってるひとがいたから熱中症かと思って声かけたら、室井だった」
「なに、あいつ倒れてたの?」
「いや、つわりで気持ち悪くて横になってたらしい」
「つわりぃ? あいつらもうふたり目作ったのかよ……」

 呆れたように言いながら、総真はスーツから家着に着替えていく。
 その足元では、猫のにぼしがすりすりと総真に体を擦り付けていた。
 雅臣ははてと首を傾げる。

「室井と川口のこと知ってたのか?」
「まあ、軽くはな。一応親戚だし。高校卒業したあと駆け落ちして子ども作って、慎ましくも幸せに暮らしてるらしいじゃん」
「室井の子ども、すごくかわいかったよ。昔の室井に似てた」
「はっ、俺たちの子の方が絶対かわいいね」

 な、にぼし? と言いながら、総真はにぼしを抱き上げた。
 にぼしは肯定するように「ニャー」とご機嫌に鳴く。

 ──まだ結婚もしてないのに、なに張り合ってんだか……

 雅臣が苦笑していると、総真の視線がふいと雅臣へと向いた。

「それで? あいつになんか変なこと言われなかったか?」
「変なこと?」
「あいつ、昔お前のこといじめてたじゃん」
「ああ……」

 少し考えてから、雅臣は答える。

「嫌なこと……とかは言われなかったかな。でも、相変わらず性格は悪かったよ。あと、なんか口調とかお前に似てきてた」
「なんでだよ」

 不満そうな顔をする総真に今日会った室井の顔が重なって見えて、遠縁でも遺伝子ってすごいな……と、雅臣は感心した。
 総真はにぼしを抱きかかえたまま、リビングのソファに腰を下ろす。

「まっ、お前に変なこと言ってないならどうでもいいか」
「むしろ、俺の方が失礼なことばんばん言ってたかも」
「いいじゃん。ガキの頃散々やられたんだから、少しくらいやり返してもバチは当たらないだろ」

 総真はにやにやと意地悪く笑った。
 その後、たくさん撫でられて満足したらしいにぼしは総真の膝からおり、軽快な足取りでキャットタワーをのぼっていく。

「こっち来いよ」

 空いた膝をぽんぽんと総真が叩いた。
 キッチンにいた雅臣は渋々、総真のもとへと向かう。もちろん、総真の膝ではなくその隣に腰を下ろした。

「まだ夕飯できてないんだけど」
「それを言うなら、おかえりのキスもまだだけど?」
「そんなの毎回するって決めてないだろ……」

 文句を言いながらも結局ねだられるままキスしてしまうから、どんどん総真がつけ上がっていくのかもしれない。
 軽くチュッと音を立てて唇を離す。
 総真はうっとりと目を細めた。

「俺らも早く赤ちゃん作ろうな」
「ッ……ま、まだ結婚もしてないのになに言ってんだよ……!」
「あと半年とちょっと待つだけだろ」
「そりゃそうだけど……」

 三ヶ月ほど前に式場選びを終え、先日はふたりで着るタキシードも決めた。今は細々とした準備をゆっくり進めているところだ。
 正直、まだあまり実感はない。
 楽しみではあるし、総真と本当の家族になれると思うとうれしくはある。
 だが、それはそれだ。

「……なんだよ、来年の春結婚しようって言ったのはお前なのに、嫌なのか?」

 歯切れの悪い雅臣を見つめて、総真は拗ねたような顔をする。
 そういう表情をすると、幼少期に戻ったみたいでかわいらしい。

「誰も嫌だなんて言ってないだろ。嫌だったら結婚式の準備とかしないし」
「だよな! それにお前、発情期のたび『赤ちゃんほしい』って喘いでるもんな!」
「ッ……余計なこと言うな!」

 顔を赤くした雅臣は怒ったが、総真は飄々としたままだった。幸せそうにニヤけながら、雅臣の腰を抱き寄せる。

「すっげぇ楽しみ」
「……結婚式が?」
「それもだし、それ以外も全部だよ。お前が俺の隣にいる、これからの人生のすべてが楽しみ」

 雅臣の肩に頭を預けた総真は、穏やかな声でそう囁いた。
 ぴたりと自分に寄り添った総真の体温が心地よくて、雅臣はなんだか泣きそうな気分になる。

 幸せで、幸せすぎて、それが少し怖い。
 けれど、なぜそう思ってしまうのかは自分でもよくわからない。
 ただ、いつかこの幸せを失う日が訪れたらと思うと、胸がきゅっと締め付けられるのだ。

「──雅臣?」
「……ん?」
「やっぱりなんかあったのか?」
「なんにもないよ。なんだかんだ懐かしいひとに会ったから、いろいろ思い出してただけ」

 やたらと鋭い総真に驚きつつ、雅臣は誤魔化すようにへらりと笑う。
 でも、別になにかあったわけではないのは本当だ。今幸せなのも、結婚が嫌じゃないのも。
 雅臣は胡乱な目をする総真に苦笑して、その頬に軽くキスをした。

「俺も楽しみだよ。お前と結婚して、家族が増えるの」
「ふぅん……」

 ようやく総真の表情が緩んだ。
 総真は満足げに目を細めて、猫のように雅臣の頬に頬擦りする。

「愛してるよ、雅臣」
「……俺も愛してる」

 雅臣は耳元で囁かれた言葉にそっと瞼を伏せ、同じ愛の言葉を総真に返した。
 胸の奥が温かくなって、薄く張っていた氷の膜がとけていく。
 自分はきっと、総真さえ傍にいてくれたらそれでいいのだ。彼が隣にいればそれだけでどんなつらいことも乗り越えられるし、幸せを感じられる。

 ……しかし、それは裏を返せば総真がいなければ雅臣の幸せは成り立たないということで、もし総真が雅臣から離れていってしまう日が訪れたら、雅臣は──……

「んじゃ、一緒に夕飯でも作るか! 今日なに作ってたんだ?」
「……ビーフシチュー」
「おー、いいじゃん」

 ソファから立ち上がった総真は、鼻歌まじりでキッチンへと歩いていく。
 ぼうっとしていた雅臣も腰をあげ、ゆっくりとした足取りで総真の後を追った。
 ──その胸に、根拠のない一抹の不安を抱えたまま。

 (終)



 閲覧並びにお気に入りやエールなどありがとうございました。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。