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過去話・後日談・番外編など
君が嫌なやつのままでよかった 4
しおりを挟む「今日さ、室井に会ったよ」
「は? 室井って……龍太郎?」
「うん」
雅臣の言葉を聞いた総真は、ネクタイを外しながら眉をひそめる。
「どこで?」
「こことうちの実家の間くらいにある公園。ベンチに横たわってるひとがいたから熱中症かと思って声かけたら、室井だった」
「なに、あいつ倒れてたの?」
「いや、つわりで気持ち悪くて横になってたらしい」
「つわりぃ? あいつらもうふたり目作ったのかよ……」
呆れたように言いながら、総真はスーツから家着に着替えていく。
その足元では、猫のにぼしがすりすりと総真に体を擦り付けていた。
雅臣ははてと首を傾げる。
「室井と川口のこと知ってたのか?」
「まあ、軽くはな。一応親戚だし。高校卒業したあと駆け落ちして子ども作って、慎ましくも幸せに暮らしてるらしいじゃん」
「室井の子ども、すごくかわいかったよ。昔の室井に似てた」
「はっ、俺たちの子の方が絶対かわいいね」
な、にぼし? と言いながら、総真はにぼしを抱き上げた。
にぼしは肯定するように「ニャー」とご機嫌に鳴く。
──まだ結婚もしてないのに、なに張り合ってんだか……
雅臣が苦笑していると、総真の視線がふいと雅臣へと向いた。
「それで? あいつになんか変なこと言われなかったか?」
「変なこと?」
「あいつ、昔お前のこといじめてたじゃん」
「ああ……」
少し考えてから、雅臣は答える。
「嫌なこと……とかは言われなかったかな。でも、相変わらず性格は悪かったよ。あと、なんか口調とかお前に似てきてた」
「なんでだよ」
不満そうな顔をする総真に今日会った室井の顔が重なって見えて、遠縁でも遺伝子ってすごいな……と、雅臣は感心した。
総真はにぼしを抱きかかえたまま、リビングのソファに腰を下ろす。
「まっ、お前に変なこと言ってないならどうでもいいか」
「むしろ、俺の方が失礼なことばんばん言ってたかも」
「いいじゃん。ガキの頃散々やられたんだから、少しくらいやり返してもバチは当たらないだろ」
総真はにやにやと意地悪く笑った。
その後、たくさん撫でられて満足したらしいにぼしは総真の膝からおり、軽快な足取りでキャットタワーをのぼっていく。
「こっち来いよ」
空いた膝をぽんぽんと総真が叩いた。
キッチンにいた雅臣は渋々、総真のもとへと向かう。もちろん、総真の膝ではなくその隣に腰を下ろした。
「まだ夕飯できてないんだけど」
「それを言うなら、おかえりのキスもまだだけど?」
「そんなの毎回するって決めてないだろ……」
文句を言いながらも結局ねだられるままキスしてしまうから、どんどん総真がつけ上がっていくのかもしれない。
軽くチュッと音を立てて唇を離す。
総真はうっとりと目を細めた。
「俺らも早く赤ちゃん作ろうな」
「ッ……ま、まだ結婚もしてないのになに言ってんだよ……!」
「あと半年とちょっと待つだけだろ」
「そりゃそうだけど……」
三ヶ月ほど前に式場選びを終え、先日はふたりで着るタキシードも決めた。今は細々とした準備をゆっくり進めているところだ。
正直、まだあまり実感はない。
楽しみではあるし、総真と本当の家族になれると思うとうれしくはある。
だが、それはそれだ。
「……なんだよ、来年の春結婚しようって言ったのはお前なのに、嫌なのか?」
歯切れの悪い雅臣を見つめて、総真は拗ねたような顔をする。
そういう表情をすると、幼少期に戻ったみたいでかわいらしい。
「誰も嫌だなんて言ってないだろ。嫌だったら結婚式の準備とかしないし」
「だよな! それにお前、発情期のたび『赤ちゃんほしい』って喘いでるもんな!」
「ッ……余計なこと言うな!」
顔を赤くした雅臣は怒ったが、総真は飄々としたままだった。幸せそうにニヤけながら、雅臣の腰を抱き寄せる。
「すっげぇ楽しみ」
「……結婚式が?」
「それもだし、それ以外も全部だよ。お前が俺の隣にいる、これからの人生のすべてが楽しみ」
雅臣の肩に頭を預けた総真は、穏やかな声でそう囁いた。
ぴたりと自分に寄り添った総真の体温が心地よくて、雅臣はなんだか泣きそうな気分になる。
幸せで、幸せすぎて、それが少し怖い。
けれど、なぜそう思ってしまうのかは自分でもよくわからない。
ただ、いつかこの幸せを失う日が訪れたらと思うと、胸がきゅっと締め付けられるのだ。
「──雅臣?」
「……ん?」
「やっぱりなんかあったのか?」
「なんにもないよ。なんだかんだ懐かしいひとに会ったから、いろいろ思い出してただけ」
やたらと鋭い総真に驚きつつ、雅臣は誤魔化すようにへらりと笑う。
でも、別になにかあったわけではないのは本当だ。今幸せなのも、結婚が嫌じゃないのも。
雅臣は胡乱な目をする総真に苦笑して、その頬に軽くキスをした。
「俺も楽しみだよ。お前と結婚して、家族が増えるの」
「ふぅん……」
ようやく総真の表情が緩んだ。
総真は満足げに目を細めて、猫のように雅臣の頬に頬擦りする。
「愛してるよ、雅臣」
「……俺も愛してる」
雅臣は耳元で囁かれた言葉にそっと瞼を伏せ、同じ愛の言葉を総真に返した。
胸の奥が温かくなって、薄く張っていた氷の膜がとけていく。
自分はきっと、総真さえ傍にいてくれたらそれでいいのだ。彼が隣にいればそれだけでどんなつらいことも乗り越えられるし、幸せを感じられる。
……しかし、それは裏を返せば総真がいなければ雅臣の幸せは成り立たないということで、もし総真が雅臣から離れていってしまう日が訪れたら、雅臣は──……
「んじゃ、一緒に夕飯でも作るか! 今日なに作ってたんだ?」
「……ビーフシチュー」
「おー、いいじゃん」
ソファから立ち上がった総真は、鼻歌まじりでキッチンへと歩いていく。
ぼうっとしていた雅臣も腰をあげ、ゆっくりとした足取りで総真の後を追った。
──その胸に、根拠のない一抹の不安を抱えたまま。
(終)
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