9 / 76
9.公爵令息のピンチ
しおりを挟む「わ、私はちょっと飲み物を買ってきますっ!」
顔が真っ赤になった俺は、喉の渇きと暑さを覚えて慌てて立ち上がった。
何より、このままここに居たくない。恥ずかしすぎて死にたい。ふざけんなバカ王太子。もうほんと、ほんと、なにしてくれんだコイツはよ!
「あっ、レニたんちょっと!」
(うっせーバカ、レニたんってゆーな!クソバカ!バカ!ばーか!!!!)
俺は呼び止める声も聞かず、心の中で罵倒しながら全力疾走した。
アーネストのアホ。気を抜くとすぐこうだ。俺の想像の斜め上を突っ切って、アイツは俺を困惑させる。
それなのに学習しない俺もアホだ。嫌いな男にちょっと優しくされて嬉しくなってる自分も情けなくて嫌になる。
絶対、絶対気の迷いだ。そんなの、わかってるのに。
ふと気が付くと、広場から結構な距離離れてしまっていた。
一人になりたい気持ちは変わらないが、そういうわけにもいかない。適当な屋台で飲み物を買って戻らなくては。
「えーと、のみもの、のみもの……」
キョロキョロしながら飲み物を売っている店を探す。人も屋台もとにかく多くて、なかなかそれらしい屋台が見つからない。
「飲むモンが欲しいのか?だったら、こっちだよ」
唐突に話し掛けられて顔を向けると、人好きのしそうな男が立っていた。身なりは平民にしては上等な部類で、なかなかに裕福そうなのが伺える。
俺がちょっぴり警戒しているのがわかったのか、両手を振りながら困ったように苦笑した。
「いや、ずーっと飲み物って呟きながらウロウロしてたからさ。困ってるのかと思って」
まじか。声に出てたの気付かんかった。めちゃくちゃ恥ずかしいやつだこれ。
「そ、そうだったんだ。すみません、ご親切にどうも」
「謝ることないけど、君一人で来たの?明らかにお忍びって感じだけど」
完全に見抜かれている。元々町に立寄る予定じゃなかったから、特別服を変えたりしていない。
俺の好む服装は装飾も少なく地味で着心地重視のものなのだが、ちょっと目の肥えた者なら、素材の上質さにはすぐに気付くだろう。
「連れと共を待たせているんです。飲み物を買って戻らないと」
「それがいい。君みたいに可愛い子が一人でフラフラしていたら危ないからね」
可愛いとか、身内以外に初めて言われたぞ。最近はアイツもよく言ってくるけど、何をするにも大興奮で連発されるので、本気かどうかわからなくなってきた。アレはもしかしてバカにしてる?
「これでも男ですよ。まだ明るいし、危なくはないでしょう」
「そんなことないさ。油断すると悪いやつらは何をしてくるかわからないからね」
そういうものですか、と言おうとした瞬間、後ろからいきなり口を塞がれた。
すごい力で布を押し付けられ、碌に声も出せないまま路地裏に引きずられそうになる。
「どうしたんだい?気分でも悪くなった?大変だ」
俺に話しかけてきた男は、後ろの男が何をしているのか周囲に悟られないよう、俺の前に立って視界を遮っている。
いつの間にか細い通りに誘導されていたことにも今気づいた。こいつら、めちゃくちゃ慣れてる。
力の限り抗おうとしたけど、体格のいい男二人には全く歯が立たなくて、じりじりと路地の奥に連れて行かれる。このままじゃマジでやばい。
(やばいやばいやばい、誰か気付いて!!!)
引きずられながら、俺はパニックに襲われた。広場や通りにはあんなに沢山人がいたのに、少し道を外れたら酷く静かで、喧噪も遠く聞こえる。助けを求められそうな人間など、見当たらなかった。
(俺、どうなる?このまま売られる?殺される?)
恐怖のあまり、涙が滲む。こんなとこで終わりとか、俺の人生虚しすぎだろ。
ほんとにいいことなんか何にもなかった。これから、幸せになるはずだったのに。
(全部アイツのせいだ。何が俺を守るだ、この大ウソつき。幸せにするとか、大嘘じゃん。ほんと、最低)
自分で勝手にアーネストを置き去りにしてきたことを棚に上げて、俺は心の中で思い切り罵る。
そして、ちょっと、ほんのちょっとだけ、アイツを当てにしてた自分に気付いて悲しくなった。
(バカ、バカ。アーネストのアホ)
遂にどこかの家屋に引きずり込まれそうになった時、凄い勢いで路地を駆けてくる人影があった。
「レニたん!!!!!!!」
数瞬の後、俺の口を塞いでいた男から力が抜け、俺は自由になる。
情けない話だが、俺は恐怖と緊張で足がガクガクで、ぺたりと地面にへたりこんでしまった。
「なんだてめぇ、兄貴になにしやが―――」
「死ね」
俺は地面に座ったまま、アーネストがナイフを振るうのを見上げていた。
腰に剣は挿していないと思っていたのに、ちゃんとそういうの持ってたんだ、なんてどこか他人事のように思う。
暴漢を見るアーネストの目は、怒りを通り越して光がなくなっていて、どっぷりとした闇を思わせた。
それ以上一言も相手に発させることもなく、アーネストはあまりにもあっさりと、躊躇いなく二人を殺した。
「大丈夫だった?レニ。怪我は?なんもされてない?」
「………ない。口塞がれて、ひきずられただけ。なんも、ない。だいじょ―――」
大丈夫、と言おうとしたのに、涙がこぼれた。全部自業自得だし、みっともないから泣き止まなきゃいけないと思ったけど、涙腺がコントロールできない。
そんな俺を、アーネストは優しく抱きしめてくる。最近、こんなのばっかりだ。今まで、触れ合いなんてイヤイヤエスコートの時に手を握るとか、ダンスの時に肩に触れられるぐらいだったのに。それも全部、手袋越し。
こんな風に、アーネストの匂いやぬくもりを感じることなんてなかった。
「ごめんねレニ、怖い思いさせたね。遅くなったね」
「お、そいっ、バカ、アーネストのアホ」
「うん、バカでごめん。全部俺が悪い。俺、ちゃんと間に合った?」
コクコクと俺は頷く。アーネストはホッと安堵の溜息を吐いて、俺を地面から抱え上げた。
大事そうにお姫様だっこされて、顔中に小さなキスをいっぱい降らされる。
キスしていいなんて一言も言ってないけど、今は羞恥より怒りより安堵の方が大きかった。
(守ってくれるって約束、うそじゃなかったな……)
俺はそのままアーネストに抱っこされながら護衛の元に戻り、俺を探してくれた護衛にもめちゃくちゃ心配された。本当に申し訳ない。
舟遊びはまた今度ということになって、俺達は馬車に戻り、また穏やかな旅へと戻った。
馬車の中でもアーネストの膝の上に乗せられていることや、アイツがしれっと二人葬ったことなどを思いだして俺が慄くのは、もう少し後のことになる。
219
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる