11 / 66
第一章 覚醒
第11話 #胸糞 #女友達
しおりを挟む夜のコンビニで五十嵐未来さんと予期せぬ再会した翌日。
大学に来ていた俺と悠菜は、昼になるといつものフードコートに来ていた。
これだけ店があってメニューも豊富だと、ほぼ毎日来ているが飽きはしない。
むしろ、全メニュー制覇しようかと目論んでいたりする。
うん今日はパスタにしよう。
パスタ店の前でメニューを見ていると、不意に脳内レーダーが何かを察知した。
この反応……。
昨日、沙織さんにちょっかいを出して来た男達だ。
この様子だとすぐに俺に気付く距離にまで来るだろう。
脳内では脅威と判断はしていないが面倒ではある。
「おい、あいつじゃね?」
「ああ! 昨日の小僧じゃんか!」
やはり気付いて声を掛けて来た。
見ると、あの時の男二人ともう一人、見た事無い男が居た。
「昨日話してた女ってこの子?」
「おい! 今日はもう一人の姉ちゃんは居ねーのか?」
「ねえ、銀髪のお姉さんは暇~?」
一人が俺に突っかかっているが、他の二人は悠菜を挟む様に話しかけた。
「ああ、申し訳ないけど俺達これから昼飯なんだけど」
「ああー? 俺が訊いた事に答えろよ! もう一人のねーちゃんはどうしたって聴いてんのっ!」
そう言って俺の髪を掴もうとした。
勿論、俺は反射的に……避けなかったっ⁉
は、はいーっ⁉
どうしたの俺ーっ!
昨日の様に無意識にでも反射的に避けるだろっ⁉
誰だって、頭に手を上げられたら条件反射で避けないっ⁉
俺、子供の頃だって避けられた筈だろっ⁉
そいつは容易に俺の髪を掴むと、そのまま前後に揺さぶった。
くっ……あれ?
気付くと俺の頭は殆ど動いていない。
俺の髪を握ったこいつが前後に動いているのだ。
どうやら俺の身体が無意識に、俺にかかる重力を数十倍まで増加させている様だった。
それでこいつは数トンもある俺の身体を動かせないで、自分が揺れていたのか。
だが、こうされていると、何だか逆に揶揄われている様でもある。
「――っ! な、なっ! このっ!」
必死に揺すっているが、どうしても奴の身体の方が動く。
すぐに奴は予想だにしなかった現象に、戸惑いと焦りを見せた。
「って、てめえっ!」
奴が空いた手で俺の顔を殴ろうと構えた時、俺の脳内レーダーが新たな接近者を察知した。
そして殴り掛かって来たその拳を、俺は左手でフッと無意識に掴んでいた。
この感じは五十嵐さんだな?
ああ、脳内レーダーって何かって?
俺が適当に命名した。
「――っ⁉ こ、こっ」
暫くすると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「霧島君じゃない? 昨日はどうも~」
「ん?」
振り返ると、やはり五十嵐さんが笑顔で立っていた。
だが、俺の髪を掴んでいた男は、そのまま俺の頭に合わせてその態勢を崩した。
それでもまだ必死に俺の髪を離さない。
もしかして、自分の態勢が崩れたのを俺の髪を掴んで耐えてるのか?
俺の髪は吊革じゃねえよ?
しかし五十嵐さん、今日もかなりお洒落な装いだな。
そして、彼女の横にも綺麗で上品そうなお姉さんが居る。
初めて五十嵐さんと会った時の様に、俺の脳内へ新たにダウンロード&インストールされた感覚がある。
彼女を見た時、瞬時に脳内で行われていたのだろう。
そして、同時に周りの人が俺達を見ているのが視界に入る。
「あ、こんにちは!」
俺の髪を掴んだまま離さない男の視線も感じながらも、俺は五十嵐さんに笑顔で答えた。
「ちょ、ちょっとあんたっ! 霧島君に何してるのっ⁉」
だがすぐに五十嵐さんは、俺の髪を掴んでいる男に声を荒げた。
「あ……」
すると、途端に俺の髪は男の手から解放された。
≪おい、ヤバいぜ。あれ、西園寺だよ≫
悠菜に話しかけてた男の一人が、仲間の男にそっと耳打ちしたのだが、どういう訳か俺には理解出来た。
すると男二人が焦った表情で、俺に突っかかった奴に声を掛けた。
「おい、斉藤ヤバい」
「ちっ!」
そしてそのまま男三人はそそくさと行ってしまった。
脳内レーダーには三人共まだ表示されているが、その距離はどんどんと離れて行く。
「霧島君、大丈夫?」
「ああ、全然平気!」
「さっきの人達、知ってる人?」
「ああ、二人は前にちょっとね。一人は初見だけど」
「そうなの? 喧嘩してる様に見えたけど……」
「喧嘩? まさかぁ~」
俺はこの歳まで喧嘩をした記憶は無い。
「それならいいんだけどね」
しかし、数人の視線がまだこっちに注がれていた。
五十嵐さんはスタイルも良いし美形だからかな?
ましてや、その友達ってのもまた清楚で可愛いじゃん!
しかも昨日、高級外車に乗っていたのを見ていたせいか、どことなくセレブっぽさを感じる。
(これが貧乏人の偏見ってやつか?)
連れている友達も清楚ではあるが、その容姿はグラビア並みだ。
胸の大きさは沙織さんと見比べても、全く引けを取らないんじゃないか?
この人の隠されたボディーのポテンシャルは到底計り知れない。
凄いぞ大学って!
高校ではこんな出会いは無かったぞ!
この大学に来て良かったと思った、これが二度目の事でした。
「こちらは同い年で幼馴染の、西園寺友香さん。あ、悠菜さんもこんにちは」
「初めまして~」
そう言って、五十嵐さんが悠菜に軽く会釈した。
あ、やっぱり悠菜を俺の彼女だと思ってるのかな。
「こんにちは」
悠菜は相変わらずの無表情で会釈を返した。
「あ、悠菜はいつもこんなだから、二人共気にしないでね? こいつとは幼馴染で、家も近いから家族ぐるみの付き合いなんだ」
初対面でこんな悠菜を、いつもこうやって俺が気を遣ってしまう。
決して相手に不快を与えるような表情ではないのだが、ご機嫌取りだとか社交辞令だとか、そういうのが全く無い。
悠菜は愛想笑いすらしないのだ。
大抵の人は、何だろうこの子って感じで、悠菜の顔をまじまじと見たりしていた。
これまでは地味な格好をしていたのだが、それでも不細工な顔立ちはしてない訳で、その辺りは本当に良かったと思う。
特に問題なくこれまで過ごして来た。
不細工で不愛想だったら、一緒に居る俺にまで被害がおよびそうだ。
「そ、そうなの? 嫌われてるかも、って思ったよぉ~」
五十嵐さんは笑顔になってそう答えてくれたが、西園寺さんは若干苦笑いだ。
最初はいつもこうだからな。
まあ、こういう反応は慣れてるからどうって事は無いが。
「ねえ、霧島君達はさ、何食べるか決めちゃったの?」
五十嵐さんが笑顔で聞いて来た。
やっぱり結構、良い人ぽい感じの人だな。
悠菜の不愛想にも特に拘らない様だ。
「うん、今日は俺、パスタにしようかと思ってたとこ」
「そっかーパスタもいいね、四人で一緒に食べない?」
「いいですねー」
「悠菜さんも、パスタでいいの?」
俺達が悠菜を見ると、いつもの無表情で頷いた。
「じゃあ、あの辺で食べよー!」
それぞれがオーダーを済ませるのを見届けた五十嵐さんがそう言って、向こうのテーブルを指したその指先を皆が見た時だった。
脳内レーダーに嫌な反応を感じてしまった。
そしてすぐ、今は見たくなかったモノが俺の視界に入った。
それは嬉しそうにハイテンションで駆け寄って来た。
「おっ! 悠菜さんと霧島発見! おっとーっ! み、み、未来さんじゃないですかあああああ! そして隣に、見た事も無い綺麗な方も!」
「う……」
鈴木に見つかったか。
初見を加えた綺麗どころ二人と、俺はゆっくり昼飯を食べたかったのにな。
「あ、鈴木くん、昨日はありがとうね。あれからちゃんと帰られた?」
そう五十嵐さんが答えると、速攻で近づいて来た鈴木は、うんうんと頷きながら満面の笑みで答える。
「ええ! あの程度、未来さんの為なら、何でもありません!」
ほう、そうですか。
まあ、鈴木なら何でもしそうだとは俺も思う。
それぞれがトレイを持ってテーブルに集まると、五十嵐さんが俺に声を掛けてきた。
「霧島君、昨日あんなにアイス買ってどうしたの? そんなにアイスが好きなの?」
まあ、確かに尋常な量ではなかったな。
「ああ、あれね。妹とか悠菜の母親? 的な? 好きなんだよねー兎に角」
沙織さんは悠菜の母親として存在していたが、この先はどういう立場なんだろ。
「そうなんだ~凄い量だったからびっくりしたよ! こんなだよ?」
「そんなにっ⁉ 凄い!」
五十嵐さんはそう言って西園寺さんに両手を広げ、昨日買ったアイスの量を表現していた。
その表現に西園寺さんは驚いた表情でこっちを見る。
「いや~そんなだったっけ?」
一応話を合わせておく。
だけどね五十嵐さん、それよりもう少し多かったかも知れない。
それよりも俺は五十嵐さんが買った、あの大量の氷の方が気になる。
「五十嵐さんこそ、あの氷は一体何に使ったの?」
「あ~あれね? 家の氷をみんなお兄ちゃんが使っちゃってねー酷くない?」
「そ、そうですか~」
「兄が二人居るんだけどさ、どの冷蔵庫の氷もみーんな無いの!」
「そ、そうなんですね~」
いや、氷を何に使ったのかが気になるんですけど?
しかし、お兄ちゃんが居るのか。
って、え?
どの冷蔵庫もって言った?
「どの冷蔵庫もって? 何台もあるの?」
そう俺に聞かれてキョトンとしたが、すぐに頷いて答えた。
「そうだよー? 酷いでしょ? 私の冷蔵庫のまで使っちゃうんだもん!」
いや、そこか?
しかも、私の冷蔵庫って言いました?
普通は自分だけの冷蔵庫何てないでしょ?
令和の時代ってこんなにも生活水準が変わるの?
「あのですね、未来さん。普通、冷蔵庫は一家庭に一つです」
冷静に鈴木が口を開いた。
今回ばかりはお前が正論だ。
「え? そうなの? 友香ちゃんの家もそうだっけ?」
そう言って友香へ問いかけた。
「うちは……三つ位かな? 未来ちゃんの家は兄妹も多いから、沢山あってもおかしくないよね~」
「あ、そっか~」
いやいや、そうじゃないと思うけど?
しかも友香さん、三つって……サラッと言ったよ。
冷蔵庫の数って、兄弟の数に比例するのか?
やっぱ、この人達セレブだわ、確信しました。
「で、あんな量の氷は何に使うの?」
そこが気になった。
一袋一キロあったとしても、軽く二十袋はあったぞ。
ざっと見積もっても二十キロじゃん。
「あ、氷ね、ペンギン預かるつもりで、直ぐに欲しかったのー」
「へ? ペンギン?」
て、確かに南極に居るイメージだけど、氷って必要か?
「ペンギン預かるって、どういう流れだよ」
俺はたまらず突っ込んでしまった。
犬や猫だったら良く聞く話だけど、ペンギンを預かるなんて聞いた事が無い。
「それがさ~あの後ペンギンが家に来たんだけどね、すっごく大変だった!」
鈴木が頷きながら話し出した。
「ペットショップの人がペンギンを二匹連れて、未来さんの家の玄関で待ってた時は、流石にびっくりしたよ」
「ああ~鈴木君に沢山氷を運んで貰ったのにね~」
案外変わってるのかも、五十嵐さんって。
「アニメ映画見てたら欲しくなって、すぐショップへ電話したんだけどね、そしたらショップの人がお試しでーって」
「あ、そうでしたか……」
ぺ、ペンギンのお試し飼育?
聞いた事無いぞ?
だけど、ペットショップにペンギンとか見た事ねーよ?
しかも、お試しで連れて来る?
普通は無いよね?
「でもねー氷は特に要らないって言われたし! しかも何だか凄く魚臭いの!」
「ああ、生魚が餌なんだね」
「あちこちにうんちしちゃうしー! あちこちに飛び散るんだよ⁉」
「未来ちゃんお食事中ですよー」
「あ、ごめーん」
それはそれは。
大変でしたね。
「でも、未来ちゃん、やっぱりお部屋で飼うのは大変だと思うよ~?」
うん、正論ですよ、西園寺さん。
そして五十嵐さん、あなたは園児ですか?
クレヨンしんちゃんじゃあるまいし、部屋でペンギン飼おうと思うなんて。
「そっかぁ。名前もペンペンって決めてたのにな~」
(あ、貴女の見たアニメ映画、分かった気がします)
「でも友香ちゃんちはいいな~イルカがいるじゃん!」
ぶっ!
丁度飲んでいたアイスコーヒーを、思い切り吹き出しそうになった。
「イルカ⁉ 家で飼ってるの⁉」
ほぼ同時に俺と鈴木が聞き返した。
「まさかぁ~お家では飼えませんよぉ~」
西園寺さんが苦笑いしながら答えた。
そりゃそうでしょ!
家にイルカが泳いでたら、既にそこは家じゃないでしょ?
だが、問題はそこじゃない。
家でイルカを飼っている人なんて聞いた事も無い。
「友香さんって、庭とかにプールでもあるの⁉」
鈴木が、食い付き気味に聞き返す。
プールか。
それなら飼えない事はなさそうだが、プール付きの豪邸だと言うのか?
「いえいえ~未来ちゃんが言ってるのは、うちの水族館の事ですよね?」
「まあ、そうだけど」
五十嵐さんは落胆した表情で飲み物を口にした。
「ちょっと待て、西園寺さんの家って水族館あんのかよ!」
思わず、俺も突っ込んでしまった。
「うん! あそこ大好き! 子供の頃から何度も連れて行って貰ってたし」
「未来ちゃんと、よく一緒に行きましたね~」
五十嵐さんはしみじみとした表情で語っている。
「水族館⁉ 凄いですね、友香さん! 是非お近づきに‼」
鈴木よ。
お前、水族館目当てじゃないだろ、絶対。
「あ、ええ。こちらこそ。でも、お爺さまの水族館ですよ?」
「お爺様のですか! そうですか~それはすぐにでもご挨拶に行かなければ!」
鈴木は身を乗り出して、慄く彼女に食いついている。
程々にしとかないと、また女子が引いてくぞ鈴木。
「あ~あ~、折角ペンペン飼うの楽しみにしてたのに、がっかり~」
五十嵐さんはテーブルに肘をついて、軽くふて腐ったようにしている。
何となく、愛美の仕草に似ている所もあるな。
「ペンペン用のネックレスもオーダーしちゃったのにぃー」
(間違いない、やっぱあのアニメ見たんだな)
「てか五十嵐さんって、俺より年上じゃないの?」
「えー⁉ 年上に見えるの⁉ 今年からこの大学来たんだよ? あ、浪人したと思ってるとか?」
「あ、いえいえ! ごめん、何か凄く大人っぽいというか、ポルシェにも乗ってるし!」
慌てて言い訳してみる。
流石に女の人に年上呼ばわりしたのはマズかったか。
だけどね、まさか同級生がポルシェ乗ってるとか思えなくてね。
「あーあの車? お兄ちゃんのお下がりだけどね~免許とったお祝いに貰っただけ」
「え……」
お兄ちゃんて真っ赤なポルシェ乗ってたのかよ!
ま、まあ好みは人それぞれだが……。
しかしまあ、免許取ったお祝いに外車のプレゼントですか。
「この前傷付けた時、赤に塗り替えて貰ったけどね~」
なるほど、そゆことね。
「だから、私の事をさん付けで呼んでたんだ~普通に丁寧な人なのかと思ってた」
んーまあ、初対面から呼び捨てには出来ないしな。
「あ、そうだ! 昨日の昼間さ、霧島くんここにお姉さん二人と居なかった?」
「え? 昨日? お姉さん二人?」
五十嵐さんからそう訊かれて俺は考えた。
「きーりーしーまー! お前、お姉さんとか居ないじゃんかー! それ誰だよ!」
鈴木が俺を指さしながら睨みつける。
「一人は髪が銀色で……あ、悠菜さん?」
五十嵐さんにそう言われると悠菜はこくんと頷いた。
「んー昨日の昼間? お姉さん? ああ、沙織さんが来てた」
そうだ。
沙織さんとここで話してたっけ。
「何だ、沙織さんかぁ。あの人も美しすぎる! お前の周りは、どーしてこんなに美しい人が多いんだよ!」
鈴木がまだ睨みつけて俺に絡んでる。
そう言われてもな、なんて言ったらいいんだか。
「沙織さんって言うんだ~凄く綺麗な人じゃない?」
「うん、綺麗な人だよね」
沙織さんの事をそう言われると、何だか嬉しいぞ。
「凄く綺麗な人がいるなーって思って、友香ちゃんと話してたんだよね~」
「うん、凄く綺麗な人でしたね~」
「男の人と話してたけど、それが霧島君だったのかぁ」
「まあね」
「前に会った人かなーって思ったけど、あの時はまだ良く知らなかったしね~」
そうだったのか。
恐らくさっきの男達が去った後に、俺達が三人で話している所を見たのだろう。
確かに沙織さんは目立つよな。
絶世の美女とはあの人の事だと思っている。
「でも、あたし達、綺麗な二人に見入っててさ~実は男の人はあまり見て無かったんだよね」
そう言って五十嵐さんは、西園寺さんと顔を向き合わせて笑った。
「まあ、あの人が、悠菜のお母さんの沙織さんだよ。アイスが大好きな」
「そうそう、まさかお母さんとは、絶対に思えないよな?」
俺と鈴木がそう言うと、彼女達はびっくりした様に悠菜を見た。
「えええーっ⁉ あの人が悠菜さんのお母さん⁉」
「うそっ! 信じられないっ!」
まあ、そうですよね。
設定に無理があるよね。
そう思います。
一気に二人は、悠菜に興味津々になったようだ。
「悠菜さんのお母さんって、今、幾つなの⁉」
「知らない」
うわっ!
そのまま答えちまったよ……。
二人が食い付き気味に悠菜に聞くが、アイスティーを飲んでいた彼女は、無表情のまま間髪入れずに答えた。
「知らないって……」
その答えに、二人は顔を見合わせて絶句してしまった。
悠菜は相変わらず無表情のままストローをくわえてる。
まずいな。
ここは俺がフォローしなくちゃいけないんだよな。
「あ、あのね、沙織さんて、歳は秘密にしてるみたいでさ! 娘にも内緒にしているらしいよ!」
しどろもどろに答えたが、これで信じて貰える自信はない。
恐る恐る二人の顔色を見た時だった。
「あ、それ、わかるー! うちもそうだし!」
「うんうん! うちの母もそう言う所あります!」
「へ?」
わかるんかい!
よそ様のお母さんってそういうものなの?
まあ、疑われずに済んでよかった。
「でもさ、滅茶苦茶若く見えたよね! 歳の変わらないお姉さんだと思ったし!」
「そうですね、二十代にも見えました!」
そうですよね。
俺もそう思います。
あまり突っ込んで来られると、流石にヤバい。
これまで沈黙を保っていた悠菜が、その時急に声を発した。
「ああ見えて、沙織さんは私よりも歳上」
は、はぁ?
おいおい、悠菜さん?
親子ってそれが当たり前でしょ?
二人は、更に怪訝そうに顔を見合わせてしまった。
ほらな?
やばいぞ?
どうするんだよ……。
悠菜は、相変わらず無表情で二人を見ている。
「あはははー! やばい、悠菜さんて面白い! はまっちゃいそう!」
急に手を叩きながら五十嵐さんが笑い出したと思うと、西園寺さんもそれに釣られて笑い出した。
「本当ですよね~沙織さんって呼んでるんですかー? 何か新鮮な親子関係ですね~」
西園寺さんが感心している?
これがセレブの反応なのか?
「じゃあさ、お父さんは何してるの?」
「いない」
「え……あ、ごめんなさい!」
「問題ない」
「ごめんなさい。私も気になってました……」
「気にしてない」
き、気まずいな。
突如、沈黙が訪れる。
早々に地雷踏んじまった。
確認までに言うと、この二人がダメージを食らう地雷ですよ。
悠菜は本当に気にして無いって言うか、気にする訳などない。
こっちの世界じゃ、地球人に成り切ってるだけだしな。
悠菜は沙織さんが母親役してるだけで、設定では父親なんて居ない。
でも、この二人は気にしちゃうんだろうな。
俺からしてみれば、セレブな二人の親が何してるんだかの方が、よっぽど気になるけどな。
実際の悠菜の父親なんて、この俺だって知らないし。
つーか、俺だって父親居ないし!
母さんの染色体と異世界の染色体とのハイブリッドなのですよ⁉ 俺って。
俺が生まれた所は大きな木と泉なんですけどっ⁉
そう思うと、何だか得体の知れない虚しさを感じ始めた。
「私はこの地球が母であり、父でもあると思っている」
突然、悠菜が訳が分からない事を言い出した。
「遠い先祖は地球で生まれ、その後は異世界へいた筈が、今の私は地球でこうして育っている」
「え……?」
「これは、私にとって素晴らしい経験」
「な……何を?」
俺達は悠菜の言葉を、暫しの沈黙の中、頭の中で何度も繰り返していた。
「そ、そうか……」
俺には悠菜が何を言っているのかが、何と無くだが分かりそうだった。
悠菜の先祖はアトラスであって、元は地球人だ。
そして、その後はエランドールで生きていたんだ。
しかし、今は俺の保護観察の為、この地球で生活している。
その身を生まれたばかりの姿に変え、俺と共にここまで成長して来た訳だ。
まあ、頭の中などは前のユーナそのものだろうけど、新たに地球を学んだ事もあったのかも知れない。
悠菜にとっても、初めての地球での生活だった訳だしな。
それなのに俺と言えば、母親の胎内に居た事が無いとか、父親が分からないとかそんな事を考えていた。
何だか、小っちゃい奴だな、俺って。
そして、今の悠菜は嘘はついていない。
世間に異世界人である事を隠さなければいけない事は、この俺だって分かっている。
だが、こんな状況であっても、悠菜の言葉は真理を語っている。
異世界を認識している俺だからこそ、尚更それを理解出来るのだろう。
「何だか、悠菜さんて凄い……」
……へ?
西園寺さんがそう呟いた。
その目には薄っすらと涙を浮かべている。
「うん……私もそう思った……」
「ええ。悠菜さん……私、本当に感激しました!」
「わ、私も! こんな気持ちになったの初めて!」
え?
そ、そうなの?
「ねね、悠菜さん、連絡先交換してくれない?」
「あ、私もいいですか?」
そう言って二人が携帯を取り出した。
「あ! それはいいですね! 俺も是非!」
急に鈴木が身を乗り出してきた。
お前は遠慮しておきなさい。
「悠菜さんって天然かと思ってたら、本当は凄い人なんですね! これからもよろしくね!」
そう言う五十嵐さんは、かなり満足そうだ。
ま、まあ、問題がなきゃ、これはこれでオッケーか?
「ねえ、霧島君も教えてね? その内、悠菜さん借りちゃうかも!」
にやにやしながら五十嵐さんがこっちを見た。
借りちゃうかもって言うのが引っかかるけど?
「あ、ああ。こちらこそ、俺で良ければ」
二人とも美人だし断る理由がない!
だが、悠菜を借りちゃうかも、って何だよ。
別に俺の所有物では無いぞ?
どちらかと言えば、俺が監視されてる訳だし。
まあ、俺とは育ちの違う超セレブな二人ではあるが、こうして新しい友達が出来たたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
428
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる