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第一章 覚醒

第11話 #胸糞 #女友達

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 夜のコンビニで五十嵐未来さんと予期せぬ再会した翌日。

 大学に来ていた俺と悠菜は、昼になるといつものフードコートに来ていた。

 これだけ店があってメニューも豊富だと、ほぼ毎日来ているが飽きはしない。

 むしろ、全メニュー制覇しようかと目論んでいたりする。

 うん今日はパスタにしよう。

 パスタ店の前でメニューを見ていると、不意に脳内レーダーが何かを察知した。

 この反応……。

 昨日、沙織さんにちょっかいを出して来た男達だ。

 この様子だとすぐに俺に気付く距離にまで来るだろう。

 脳内では脅威と判断はしていないが面倒ではある。

「おい、あいつじゃね?」
「ああ! 昨日の小僧じゃんか!」

 やはり気付いて声を掛けて来た。

 見ると、あの時の男二人ともう一人、見た事無い男が居た。

「昨日話してた女ってこの子?」
「おい! 今日はもう一人の姉ちゃんは居ねーのか?」
「ねえ、銀髪のお姉さんは暇~?」

 一人が俺に突っかかっているが、他の二人は悠菜を挟む様に話しかけた。

「ああ、申し訳ないけど俺達これから昼飯なんだけど」
「ああー? 俺が訊いた事に答えろよ! もう一人のねーちゃんはどうしたって聴いてんのっ!」

 そう言って俺の髪を掴もうとした。

 勿論、俺は反射的に……避けなかったっ⁉

 は、はいーっ⁉

 どうしたの俺ーっ!

 昨日の様に無意識にでも反射的に避けるだろっ⁉

 誰だって、頭に手を上げられたら条件反射で避けないっ⁉

 俺、子供の頃だって避けられた筈だろっ⁉

 そいつは容易に俺の髪を掴むと、そのまま前後に揺さぶった。
 
 くっ……あれ?

 気付くと俺の頭は殆ど動いていない。

 俺の髪を握ったこいつが前後に動いているのだ。

 どうやら俺の身体が無意識に、俺にかかる重力を数十倍まで増加させている様だった。

 それでこいつは数トンもある俺の身体を動かせないで、自分が揺れていたのか。

 だが、こうされていると、何だか逆に揶揄われている様でもある。

「――っ! な、なっ! このっ!」

 必死に揺すっているが、どうしても奴の身体の方が動く。

 すぐに奴は予想だにしなかった現象に、戸惑いと焦りを見せた。

「って、てめえっ!」

 奴が空いた手で俺の顔を殴ろうと構えた時、俺の脳内レーダーが新たな接近者を察知した。

 そして殴り掛かって来たその拳を、俺は左手でフッと無意識に掴んでいた。

 この感じは五十嵐さんだな?

 ああ、脳内レーダーって何かって?

 俺が適当に命名した。

「――っ⁉ こ、こっ」

 暫くすると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「霧島君じゃない? 昨日はどうも~」
「ん?」

 振り返ると、やはり五十嵐さんが笑顔で立っていた。

 だが、俺の髪を掴んでいた男は、そのまま俺の頭に合わせてその態勢を崩した。

 それでもまだ必死に俺の髪を離さない。

 もしかして、自分の態勢が崩れたのを俺の髪を掴んで耐えてるのか?

 俺の髪は吊革じゃねえよ?

 しかし五十嵐さん、今日もかなりお洒落な装いだな。

 そして、彼女の横にも綺麗で上品そうなお姉さんが居る。

 初めて五十嵐さんと会った時の様に、俺の脳内へ新たにダウンロード&インストールされた感覚がある。

 彼女を見た時、瞬時に脳内で行われていたのだろう。

 そして、同時に周りの人が俺達を見ているのが視界に入る。

「あ、こんにちは!」

 俺の髪を掴んだまま離さない男の視線も感じながらも、俺は五十嵐さんに笑顔で答えた。

「ちょ、ちょっとあんたっ! 霧島君に何してるのっ⁉」

 だがすぐに五十嵐さんは、俺の髪を掴んでいる男に声を荒げた。

「あ……」

 すると、途端に俺の髪は男の手から解放された。

≪おい、ヤバいぜ。あれ、西園寺だよ≫

 悠菜に話しかけてた男の一人が、仲間の男にそっと耳打ちしたのだが、どういう訳か俺には理解出来た。

 すると男二人が焦った表情で、俺に突っかかった奴に声を掛けた。

「おい、斉藤ヤバい」
「ちっ!」

 そしてそのまま男三人はそそくさと行ってしまった。

 脳内レーダーには三人共まだ表示されているが、その距離はどんどんと離れて行く。

「霧島君、大丈夫?」
「ああ、全然平気!」
「さっきの人達、知ってる人?」
「ああ、二人は前にちょっとね。一人は初見だけど」
「そうなの? 喧嘩してる様に見えたけど……」
「喧嘩? まさかぁ~」

 俺はこの歳まで喧嘩をした記憶は無い。

「それならいいんだけどね」

 しかし、数人の視線がまだこっちに注がれていた。

 五十嵐さんはスタイルも良いし美形だからかな?

 ましてや、その友達ってのもまた清楚で可愛いじゃん!

 しかも昨日、高級外車に乗っていたのを見ていたせいか、どことなくセレブっぽさを感じる。

(これが貧乏人の偏見ってやつか?)

 連れている友達も清楚ではあるが、その容姿はグラビア並みだ。

 胸の大きさは沙織さんと見比べても、全く引けを取らないんじゃないか?

 この人の隠されたボディーのポテンシャルは到底計り知れない。

 凄いぞ大学って!

 高校ではこんな出会いは無かったぞ!

 この大学に来て良かったと思った、これが二度目の事でした。
 
「こちらは同い年で幼馴染の、西園寺友香さいおんじゆかさん。あ、悠菜さんもこんにちは」
「初めまして~」

 そう言って、五十嵐さんが悠菜に軽く会釈した。

 あ、やっぱり悠菜を俺の彼女だと思ってるのかな。

「こんにちは」

 悠菜は相変わらずの無表情で会釈を返した。

「あ、悠菜はいつもこんなだから、二人共気にしないでね? こいつとは幼馴染で、家も近いから家族ぐるみの付き合いなんだ」

 初対面でこんな悠菜を、いつもこうやって俺が気を遣ってしまう。

 決して相手に不快を与えるような表情ではないのだが、ご機嫌取りだとか社交辞令だとか、そういうのが全く無い。

 悠菜は愛想笑いすらしないのだ。

 大抵の人は、何だろうこの子って感じで、悠菜の顔をまじまじと見たりしていた。

 これまでは地味な格好をしていたのだが、それでも不細工な顔立ちはしてない訳で、その辺りは本当に良かったと思う。

 特に問題なくこれまで過ごして来た。

 不細工で不愛想だったら、一緒に居る俺にまで被害がおよびそうだ。

「そ、そうなの? 嫌われてるかも、って思ったよぉ~」

 五十嵐さんは笑顔になってそう答えてくれたが、西園寺さんは若干苦笑いだ。

 最初はいつもこうだからな。

 まあ、こういう反応は慣れてるからどうって事は無いが。

「ねえ、霧島君達はさ、何食べるか決めちゃったの?」

 五十嵐さんが笑顔で聞いて来た。

 やっぱり結構、良い人ぽい感じの人だな。

 悠菜の不愛想にも特に拘らない様だ。

「うん、今日は俺、パスタにしようかと思ってたとこ」
「そっかーパスタもいいね、四人で一緒に食べない?」
「いいですねー」
「悠菜さんも、パスタでいいの?」

 俺達が悠菜を見ると、いつもの無表情で頷いた。

「じゃあ、あの辺で食べよー!」

 それぞれがオーダーを済ませるのを見届けた五十嵐さんがそう言って、向こうのテーブルを指したその指先を皆が見た時だった。

 脳内レーダーに嫌な反応を感じてしまった。

 そしてすぐ、今は見たくなかったモノが俺の視界に入った。

 それは嬉しそうにハイテンションで駆け寄って来た。

「おっ! 悠菜さんと霧島発見! おっとーっ! み、み、未来さんじゃないですかあああああ! そして隣に、見た事も無い綺麗な方も!」
「う……」

 鈴木に見つかったか。

 初見を加えた綺麗どころ二人と、俺はゆっくり昼飯を食べたかったのにな。

「あ、鈴木くん、昨日はありがとうね。あれからちゃんと帰られた?」

 そう五十嵐さんが答えると、速攻で近づいて来た鈴木は、うんうんと頷きながら満面の笑みで答える。

「ええ! あの程度、未来さんの為なら、何でもありません!」

 ほう、そうですか。

 まあ、鈴木なら何でもしそうだとは俺も思う。

 それぞれがトレイを持ってテーブルに集まると、五十嵐さんが俺に声を掛けてきた。

「霧島君、昨日あんなにアイス買ってどうしたの? そんなにアイスが好きなの?」

 まあ、確かに尋常な量ではなかったな。

「ああ、あれね。妹とか悠菜の母親? 的な? 好きなんだよねー兎に角」

 沙織さんは悠菜の母親として存在していたが、この先はどういう立場なんだろ。

「そうなんだ~凄い量だったからびっくりしたよ! こんなだよ?」
「そんなにっ⁉ 凄い!」

 五十嵐さんはそう言って西園寺さんに両手を広げ、昨日買ったアイスの量を表現していた。

 その表現に西園寺さんは驚いた表情でこっちを見る。

「いや~そんなだったっけ?」

 一応話を合わせておく。

 だけどね五十嵐さん、それよりもう少し多かったかも知れない。

 それよりも俺は五十嵐さんが買った、あの大量の氷の方が気になる。

「五十嵐さんこそ、あの氷は一体何に使ったの?」
「あ~あれね? 家の氷をみんなお兄ちゃんが使っちゃってねー酷くない?」
「そ、そうですか~」
「兄が二人居るんだけどさ、どの冷蔵庫の氷もみーんな無いの!」
「そ、そうなんですね~」

 いや、氷を何に使ったのかが気になるんですけど?

 しかし、お兄ちゃんが居るのか。

 って、え?

 どの冷蔵庫もって言った?

「どの冷蔵庫もって? 何台もあるの?」

 そう俺に聞かれてキョトンとしたが、すぐに頷いて答えた。

「そうだよー? 酷いでしょ? 私の冷蔵庫のまで使っちゃうんだもん!」

 いや、そこか?

 しかも、私の冷蔵庫って言いました?

 普通は自分だけの冷蔵庫何てないでしょ?

 令和の時代ってこんなにも生活水準が変わるの?

「あのですね、未来さん。普通、冷蔵庫は一家庭に一つです」

 冷静に鈴木が口を開いた。

 今回ばかりはお前が正論だ。

「え? そうなの? 友香ちゃんの家もそうだっけ?」

 そう言って友香へ問いかけた。

「うちは……三つ位かな? 未来ちゃんの家は兄妹も多いから、沢山あってもおかしくないよね~」
「あ、そっか~」

 いやいや、そうじゃないと思うけど?

 しかも友香さん、三つって……サラッと言ったよ。

 冷蔵庫の数って、兄弟の数に比例するのか?

 やっぱ、この人達セレブだわ、確信しました。

「で、あんな量の氷は何に使うの?」

 そこが気になった。

 一袋一キロあったとしても、軽く二十袋はあったぞ。

 ざっと見積もっても二十キロじゃん。

「あ、氷ね、ペンギン預かるつもりで、直ぐに欲しかったのー」
「へ? ペンギン?」

 て、確かに南極に居るイメージだけど、氷って必要か?

「ペンギン預かるって、どういう流れだよ」

 俺はたまらず突っ込んでしまった。

 犬や猫だったら良く聞く話だけど、ペンギンを預かるなんて聞いた事が無い。

「それがさ~あの後ペンギンが家に来たんだけどね、すっごく大変だった!」

 鈴木が頷きながら話し出した。

「ペットショップの人がペンギンを二匹連れて、未来さんの家の玄関で待ってた時は、流石にびっくりしたよ」
「ああ~鈴木君に沢山氷を運んで貰ったのにね~」

 案外変わってるのかも、五十嵐さんって。

「アニメ映画見てたら欲しくなって、すぐショップへ電話したんだけどね、そしたらショップの人がお試しでーって」
「あ、そうでしたか……」

 ぺ、ペンギンのお試し飼育?

 聞いた事無いぞ?

 だけど、ペットショップにペンギンとか見た事ねーよ?

 しかも、お試しで連れて来る?

 普通は無いよね?

「でもねー氷は特に要らないって言われたし! しかも何だか凄く魚臭いの!」
「ああ、生魚が餌なんだね」
「あちこちにうんちしちゃうしー! あちこちに飛び散るんだよ⁉」
「未来ちゃんお食事中ですよー」
「あ、ごめーん」

 それはそれは。

 大変でしたね。

「でも、未来ちゃん、やっぱりお部屋で飼うのは大変だと思うよ~?」

 うん、正論ですよ、西園寺さん。

 そして五十嵐さん、あなたは園児ですか?

 クレヨンしんちゃんじゃあるまいし、部屋でペンギン飼おうと思うなんて。

「そっかぁ。名前もペンペンって決めてたのにな~」

(あ、貴女の見たアニメ映画、分かった気がします)

「でも友香ちゃんちはいいな~イルカがいるじゃん!」

 ぶっ!

 丁度飲んでいたアイスコーヒーを、思い切り吹き出しそうになった。

「イルカ⁉ 家で飼ってるの⁉」

 ほぼ同時に俺と鈴木が聞き返した。

「まさかぁ~お家では飼えませんよぉ~」

 西園寺さんが苦笑いしながら答えた。

 そりゃそうでしょ!

 家にイルカが泳いでたら、既にそこは家じゃないでしょ?

 だが、問題はそこじゃない。

 家でイルカを飼っている人なんて聞いた事も無い。

「友香さんって、庭とかにプールでもあるの⁉」

 鈴木が、食い付き気味に聞き返す。

 プールか。

 それなら飼えない事はなさそうだが、プール付きの豪邸だと言うのか?

「いえいえ~未来ちゃんが言ってるのは、うちの水族館の事ですよね?」
「まあ、そうだけど」

 五十嵐さんは落胆した表情で飲み物を口にした。

「ちょっと待て、西園寺さんの家って水族館あんのかよ!」

 思わず、俺も突っ込んでしまった。

「うん! あそこ大好き! 子供の頃から何度も連れて行って貰ってたし」
「未来ちゃんと、よく一緒に行きましたね~」

 五十嵐さんはしみじみとした表情で語っている。

「水族館⁉ 凄いですね、友香さん! 是非お近づきに‼」

 鈴木よ。

 お前、水族館目当てじゃないだろ、絶対。

「あ、ええ。こちらこそ。でも、お爺さまの水族館ですよ?」
「お爺様のですか! そうですか~それはすぐにでもご挨拶に行かなければ!」

 鈴木は身を乗り出して、慄く彼女に食いついている。

 程々にしとかないと、また女子が引いてくぞ鈴木。

「あ~あ~、折角ペンペン飼うの楽しみにしてたのに、がっかり~」

 五十嵐さんはテーブルに肘をついて、軽くふて腐ったようにしている。

 何となく、愛美の仕草に似ている所もあるな。

「ペンペン用のネックレスもオーダーしちゃったのにぃー」

(間違いない、やっぱあのアニメ見たんだな)

「てか五十嵐さんって、俺より年上じゃないの?」
「えー⁉ 年上に見えるの⁉ 今年からこの大学来たんだよ? あ、浪人したと思ってるとか?」
「あ、いえいえ! ごめん、何か凄く大人っぽいというか、ポルシェにも乗ってるし!」

 慌てて言い訳してみる。

 流石に女の人に年上呼ばわりしたのはマズかったか。

 だけどね、まさか同級生がポルシェ乗ってるとか思えなくてね。

「あーあの車? お兄ちゃんのお下がりだけどね~免許とったお祝いに貰っただけ」
「え……」

 お兄ちゃんて真っ赤なポルシェ乗ってたのかよ!

 ま、まあ好みは人それぞれだが……。

 しかしまあ、免許取ったお祝いに外車のプレゼントですか。

「この前傷付けた時、赤に塗り替えて貰ったけどね~」

 なるほど、そゆことね。

「だから、私の事をさん付けで呼んでたんだ~普通に丁寧な人なのかと思ってた」

 んーまあ、初対面から呼び捨てには出来ないしな。

「あ、そうだ! 昨日の昼間さ、霧島くんここにお姉さん二人と居なかった?」
「え? 昨日? お姉さん二人?」

 五十嵐さんからそう訊かれて俺は考えた。

「きーりーしーまー! お前、お姉さんとか居ないじゃんかー! それ誰だよ!」

 鈴木が俺を指さしながら睨みつける。

「一人は髪が銀色で……あ、悠菜さん?」

 五十嵐さんにそう言われると悠菜はこくんと頷いた。

「んー昨日の昼間? お姉さん? ああ、沙織さんが来てた」

 そうだ。

 沙織さんとここで話してたっけ。

「何だ、沙織さんかぁ。あの人も美しすぎる! お前の周りは、どーしてこんなに美しい人が多いんだよ!」

 鈴木がまだ睨みつけて俺に絡んでる。

 そう言われてもな、なんて言ったらいいんだか。

「沙織さんって言うんだ~凄く綺麗な人じゃない?」
「うん、綺麗な人だよね」

 沙織さんの事をそう言われると、何だか嬉しいぞ。

「凄く綺麗な人がいるなーって思って、友香ちゃんと話してたんだよね~」
「うん、凄く綺麗な人でしたね~」
「男の人と話してたけど、それが霧島君だったのかぁ」
「まあね」
「前に会った人かなーって思ったけど、あの時はまだ良く知らなかったしね~」

 そうだったのか。

 恐らくさっきの男達が去った後に、俺達が三人で話している所を見たのだろう。

 確かに沙織さんは目立つよな。

 絶世の美女とはあの人の事だと思っている。

「でも、あたし達、綺麗な二人に見入っててさ~実は男の人はあまり見て無かったんだよね」

 そう言って五十嵐さんは、西園寺さんと顔を向き合わせて笑った。

「まあ、あの人が、悠菜のお母さんの沙織さんだよ。アイスが大好きな」
「そうそう、まさかお母さんとは、絶対に思えないよな?」

 俺と鈴木がそう言うと、彼女達はびっくりした様に悠菜を見た。

「えええーっ⁉ あの人が悠菜さんのお母さん⁉」
「うそっ! 信じられないっ!」

 まあ、そうですよね。

 設定に無理があるよね。

 そう思います。

 一気に二人は、悠菜に興味津々になったようだ。

「悠菜さんのお母さんって、今、幾つなの⁉」 
「知らない」

 うわっ!

 そのまま答えちまったよ……。

 二人が食い付き気味に悠菜に聞くが、アイスティーを飲んでいた彼女は、無表情のまま間髪入れずに答えた。

「知らないって……」

 その答えに、二人は顔を見合わせて絶句してしまった。

 悠菜は相変わらず無表情のままストローをくわえてる。

 まずいな。

 ここは俺がフォローしなくちゃいけないんだよな。

「あ、あのね、沙織さんて、歳は秘密にしてるみたいでさ! 娘にも内緒にしているらしいよ!」

 しどろもどろに答えたが、これで信じて貰える自信はない。

 恐る恐る二人の顔色を見た時だった。

「あ、それ、わかるー! うちもそうだし!」
「うんうん! うちの母もそう言う所あります!」
「へ?」

 わかるんかい!

 よそ様のお母さんってそういうものなの?

 まあ、疑われずに済んでよかった。

「でもさ、滅茶苦茶若く見えたよね! 歳の変わらないお姉さんだと思ったし!」
「そうですね、二十代にも見えました!」

 そうですよね。

 俺もそう思います。

 あまり突っ込んで来られると、流石にヤバい。

 これまで沈黙を保っていた悠菜が、その時急に声を発した。

「ああ見えて、沙織さんは私よりも歳上」

 は、はぁ?

 おいおい、悠菜さん?

 親子ってそれが当たり前でしょ?

 二人は、更に怪訝そうに顔を見合わせてしまった。

 ほらな?

 やばいぞ?

 どうするんだよ……。

 悠菜は、相変わらず無表情で二人を見ている。

「あはははー! やばい、悠菜さんて面白い! はまっちゃいそう!」

 急に手を叩きながら五十嵐さんが笑い出したと思うと、西園寺さんもそれに釣られて笑い出した。

「本当ですよね~沙織さんって呼んでるんですかー? 何か新鮮な親子関係ですね~」

 西園寺さんが感心している?

 これがセレブの反応なのか?

「じゃあさ、お父さんは何してるの?」
「いない」
「え……あ、ごめんなさい!」
「問題ない」
「ごめんなさい。私も気になってました……」
「気にしてない」

 き、気まずいな。

 突如、沈黙が訪れる。

 早々に地雷踏んじまった。

 確認までに言うと、この二人がダメージを食らう地雷ですよ。

 悠菜は本当に気にして無いって言うか、気にする訳などない。

 こっちの世界じゃ、地球人に成り切ってるだけだしな。

 悠菜は沙織さんが母親役してるだけで、設定では父親なんて居ない。

 でも、この二人は気にしちゃうんだろうな。

 俺からしてみれば、セレブな二人の親が何してるんだかの方が、よっぽど気になるけどな。

 実際の悠菜ユーナの父親なんて、この俺だって知らないし。

 つーか、俺だって父親居ないし!

 母さんの染色体と異世界の染色体とのハイブリッドなのですよ⁉ 俺って。

 俺が生まれた所は大きな木と泉なんですけどっ⁉

 そう思うと、何だか得体の知れない虚しさを感じ始めた。

「私はこの地球が母であり、父でもあると思っている」

 突然、悠菜が訳が分からない事を言い出した。

「遠い先祖は地球で生まれ、その後は異世界へいた筈が、今の私は地球でこうして育っている」
「え……?」
「これは、私にとって素晴らしい経験」
「な……何を?」

 俺達は悠菜の言葉を、暫しの沈黙の中、頭の中で何度も繰り返していた。

「そ、そうか……」

 俺には悠菜が何を言っているのかが、何と無くだが分かりそうだった。

 悠菜の先祖はアトラスであって、元は地球人だ。

 そして、その後はエランドールで生きていたんだ。

 しかし、今は俺の保護観察の為、この地球で生活している。

 その身を生まれたばかりの姿に変え、俺と共にここまで成長して来た訳だ。

 まあ、頭の中などは前のユーナそのものだろうけど、新たに地球を学んだ事もあったのかも知れない。

 悠菜にとっても、初めての地球での生活だった訳だしな。

 それなのに俺と言えば、母親の胎内に居た事が無いとか、父親が分からないとかそんな事を考えていた。

 何だか、小っちゃい奴だな、俺って。

 そして、今の悠菜は嘘はついていない。

 世間に異世界人である事を隠さなければいけない事は、この俺だって分かっている。

 だが、こんな状況であっても、悠菜の言葉は真理を語っている。

 異世界を認識している俺だからこそ、尚更それを理解出来るのだろう。

「何だか、悠菜さんて凄い……」

 ……へ?

 西園寺さんがそう呟いた。

 その目には薄っすらと涙を浮かべている。

「うん……私もそう思った……」
「ええ。悠菜さん……私、本当に感激しました!」
「わ、私も! こんな気持ちになったの初めて!」

 え?

 そ、そうなの?

「ねね、悠菜さん、連絡先交換してくれない?」
「あ、私もいいですか?」

 そう言って二人が携帯を取り出した。

「あ! それはいいですね! 俺も是非!」

 急に鈴木が身を乗り出してきた。

 お前は遠慮しておきなさい。

「悠菜さんって天然かと思ってたら、本当は凄い人なんですね! これからもよろしくね!」

 そう言う五十嵐さんは、かなり満足そうだ。

 ま、まあ、問題がなきゃ、これはこれでオッケーか?

「ねえ、霧島君も教えてね? その内、悠菜さん借りちゃうかも!」

 にやにやしながら五十嵐さんがこっちを見た。

 借りちゃうかもって言うのが引っかかるけど?

「あ、ああ。こちらこそ、俺で良ければ」

 二人とも美人だし断る理由がない!

 だが、悠菜を借りちゃうかも、って何だよ。

 別に俺の所有物では無いぞ?

 どちらかと言えば、俺が監視されてる訳だし。

 まあ、俺とは育ちの違う超セレブな二人ではあるが、こうして新しい友達が出来たたのだった。
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