ナルシスト王子が嫌だったので婚約破棄してみた

二酸化炭素を吸う人

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奮闘、王子のくせに

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「…まずは、謝罪からだろうか…?」
ルシファは悩んでいた。鏡の前ではない。
図書館の、薄暗い隅の席。ペンを握るしめ、便箋の上で三十分動けずにいた。
「謝罪、謝罪…謝るというのは…“ごめんなさい”で合っているのか…?」
書いては破り、書いては破り。
机の上は丸めた便箋の山。
彼の中で“謝る”という行為は未知の儀式だった。
なにしろ、誰も彼に「間違っている」と言わなかったから。
だが、今のルシファは違う。
全ての虚飾を捨てても彼女に届きたい。
それが「俺様王子」の初めての”努力“だった。

ーー後日
ユウキの元に、一通の封筒が届く。
王宮の文様はなく、差出人の名も記されていない。けれど、彼女は気がついた。
筆跡は…見覚えがある。
「君が好きだった葡萄の焼き菓子を作ってみた。レシピは図書館の奥にあった古書だから。君が”甘すぎるのは嫌い“と呟いていた覚えがある。味の保証はないが、心は込めた。…よければ、少しだけでも食べてくれ」
それは王子の言葉ではなかった。
気取らず、飾らず、媚びもない。
ただ彼が”自分の手で“彼女のためにやったこと。
ーー食べないわけにはいかなかった。
一口だけ。

「こ、これは…ッ!重い…!」
ルシファは今、野菜を抱えて市場を歩いていた。
側近に止められたが、彼は言った。
「自分の手で選んだものでなければ意味がないのだ!」
庶民の喧騒、泥の跳ねる道、不躾な視線。
だが、彼は耐えた。すべてはユウキに”王子“ではなく”ルシファ“をみてもらうため。
「おい、兄ちゃん!その瓜、重さで騙されるなよ!」
「おぉ!ッ感謝する!無精髭の商人よ」

「…馬鹿ね、ほんとに…」
葡萄の焼き菓子、毎日一通ずつ届く手紙、市場で買ったという少し不恰好な花束。
ユウキは冷静にそれらを片付け続けた。
(この人、本当に変わろうとしている)
変わったからと言ってすぐに許す気はない。
甘やかすつもりもない。
だけどーー
心が揺れるのを止められないほど、ルシファは必死に見えていた。

「ユウキ…これが、最後の手紙だ」
彼は直接屋敷を訪れた。守衛に止められながらも、手紙一枚を持って。
『“王子だから”じゃなく、“ルシファだから”隣にいて欲しい。それがわがままだとわかっていても、君だけには本当の俺を知っていてほしい。君が冷たくしたのも、拒んだのも、嫌がったのも…全部、理由があった。俺は、それに気づけなかった愚か者だ。それでも。君の言葉が、笑顔が、今も僕の全てを動かしている。俺の誇りも称号もいらない。ただ、君の前で笑える男になりたい。ーールシファより』
それはまるで恋文だった。
そして“王子のくせに”と笑えるほど、不器用で純粋な告白だった。

「五分だけよ」
その一言に、ルシファは全身を強張らせた。
「…いいのか?」
「変わったと噂されるあなたが、どれほどのものか、少しだけ興味が湧いただけ」
ユウキはソファに座ったまま、紅茶を口に運ぶ。
その動き一つとっても、彼にとっては神聖な儀式のように思えた。
ルシファは緊張で喉を鳴らしながら椅子に腰をかける。
「……」
「話さないの?せっかくの五分、無駄にしたいなら帰ってもいいけど」
「いやっ、話す、話すとも!」
声が裏返った。
恥ずかしい。情けない。けれど、それでも。
「…この前の焼き菓子、少し、焦がしたかもしれない。味、大丈夫だったか…?」
ユウキは軽くまばたきした。
答えがない。ただ、目をそらして紅茶を一口。
そしてーー
「…もう少しだけ、砂糖を控えた方が良かったかもね」
「っ!!」
ルシファの目が見開かれる。
“文句を言われたのに嬉しい”
そんな表情が顔に出てしまうことすら、今の彼には恥ずかしくなかった。
「…その、ありがとう」
「私、お礼を言われるようなことをしたかしら?」
「いや…でも、言いたくなった。言えるうちに、って思って」
ユウキはようやく彼を正面から見た。
以前なら王族の威圧感と自己陶酔で満ちていたその瞳は、今はただまっすぐで、拙くて、どこか哀れだった。
(本当に変わったのね)
「その服、どうしたの?」
「…え?」
「地味じゃない。“完璧な俺様”は、そんなくすんだシャル着なかったはず」
「…庶民の市場で、“目立つ服の貴族は嫌われる”と学んだんだ。実地で」
「それ、あなたに似合ってないわよ」
「そ、そうか」
「でもーー王子よりは、まだマシかもね」
ルシファは沈黙した。
ユウキもそれ以上、何も言わなかった。
ーー沈黙が少しだけ心地よかった。
「…時間、ね」
ユウキが席を立つ。
それに合わせて、ルシファも慌てて立ち上がる。
「待ってーー」
「五分は五分。私、甘やかすつもりはないの」
そう言いながら、彼女は最後にこう付け加えた。
「でも今日は一応、会ってあげたんだから。そこには感謝しておきなさい」
「…うん、もちろんだ」
ユウキは背を向け、去っていく。
ルシファはその背中を、祈るように見送る。
(あと一歩、届く気がした。ほんの少しだけ…)
そして彼はまた、次の“努力”を考え始めた。
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