ナルシスト王子が嫌だったので婚約破棄してみた

冷たさの理由

ルシファはその日、ひとり書斎で日記のようなものを書いていた。
いや、これはもう祈りだ。
彼女に届くかも分からない、、たった一人への手紙。
(どうすれば、あと一歩、君に触れられる？)
だがーーその夜思いがけない人物が彼の元を訪れた
「…殿下。少しだけ、お時間をいただけませんか？」
そう言った侍女は、かつてユウキに仕えていた者だった。
控えめに差し出された手紙には、こう記されていた。
『あの方がなぜ殿下を嫌うようになったのかを、私は知っています。あの日のことを、殿下は覚えていらっしゃらないかもしれませんがーーあれは、ユウキ様にとって決定的でした』
ルシファの背筋が凍った。
(あの日…？)
思い出す。
それはちょうど一年前。
ユウキと舞踏会で正式な婚約を発表した数日後のことだった。

「あれ？ユウキ、また本？」
ルシファは無邪気に笑っていた。
「王子妃ともなれば、もっと愛想良く笑っておくべきだよ？君は”俺の隣“に立つ人間なんだから」
無意識だった。
悪意もなかった。
けれど、ユウキの目がほんの一瞬だけ、見たことないほどの絶望で濁った。
ーーそしてその翌日から、彼女は変わった。
冷たく、よそよそしく、そして遠い。
あの時の言葉を、彼は”些細な注意“くらいにしか思ってなっかった。
だが、ユウキはきっと、ーー
「私自身」ではなく「王子の隣に立つ器」としか見られてない。
そう、悟ってしまったのだ。

「…彼女は、殿下の前では涙を見せませんでした」
侍女は静かに言った。
「でも、その夜。部屋に戻ったユウキ様は…誰もいないと思ったのでしょうね。鏡の前で、崩れるように泣いていたんです。」
ーー鏡の前で、泣いていた。
それは皮肉だった。
完璧な俺を愛する鏡の前で自分が何者にもなれないと泣いていた彼女。
その時、ルシファは初めて本当に、自分がどれだけ愚かだったを知った。