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笑わないで
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ルシファが、花束を手に訪れたのは偶然ではなかった。
今日は、ユウキが近くの学術院の寄付式典に顔を出すと知っていたから。たまたま通りがかった風を装って時間も姿も完璧に調整した。
けれどーー
(…誰だ、あれは)
ユウキの隣に、見知らぬ青年がいた。
少し癖のある黒髪、上背があり、見た目には粗野な印象だが、どこか柔らかい。
そして何より、ユウキがーー
笑っていた。
あの氷のような瞳が、ふっと緩んで。
口元が、形を成して。
やわらかく、軽く、自然に。
「…嘘だろ…」
ルシファの手の花束がわずかに揺れた。
今までどれだけ尽くしても、変わらなかった表情が。
自分には決して向けられなかったその笑みが。
知らない男に、あっさりと向けられていた。
ユウキの笑顔が、視界から消えてもルシファの心の奥でそれは焼きついたままだった。
(なぜ、俺には…)
あれほど努力しても、必死に変わっても、届かなかったその表情。
その理由は、頭ではわかっていた。
ユウキは、自分に傷つけられた。
簡単には戻らない。
でもーー心は、理解できなかった。
「どうして俺じゃ、ダメなんだ…」
情けなく呟いたその声は、昔の”俺様王子“には到底許されないほど、ひどく弱々しかった。
翌日。再びユウキに花を贈ったが、返事はなかった。手紙を書いたが、届いたという報せすらなかった。
ーーそして夜。
彼は使用人から聞いてしまった。
「ユウキ様は、本日もあの黒髪の青年と、学術院の談話室でとても楽しそうに会話をされておりました」
その瞬間、ルシファの胸の奥にあった何かが、グシャ、と潰れる音を立てた。
(….俺以外の誰かと、そんな顔を)
初めて知った。
嫉妬とは、怒りでも悲しみでもなく、”無力感“なのだと。
完璧だったはずの自分が、たった一つの笑みにさえ届かない現実。その残酷さが、肌を裂くほどに痛かった。
数日後。ようやく、ユウキと再会する機会が訪れた。花を持たず、手紙も持たず、言葉だけを武器に。
「ユウキ…少しだけ話を、いいか」
ユウキは皮肉っぽく笑う。
けれど、先日の青年といた時の笑顔とは違う。
そこに愛想はなく、張りつめた空気が残る。
(…違う。この笑顔じゃない)
「俺は、嫉妬した。君が、他の男に笑っていたから」
「…ふぅん」
「それが、こんなに苦しいものだと知らなかった。
なあユウキ…君が俺に笑ってくれるのは、いつなんだ?」
ユウキはその問いに、すぐには答えなかった。
ただ、まっすぐに彼を見つめる。
そして、ぽつりとひとこと。
「私が笑ってほしかった時、あなたは”王子としての俺“しか見てなかった」
「…..」
その言葉に、ルシファは黙り込む。
笑顔を向けられる資格は、まだ得ていない。
今日は、ユウキが近くの学術院の寄付式典に顔を出すと知っていたから。たまたま通りがかった風を装って時間も姿も完璧に調整した。
けれどーー
(…誰だ、あれは)
ユウキの隣に、見知らぬ青年がいた。
少し癖のある黒髪、上背があり、見た目には粗野な印象だが、どこか柔らかい。
そして何より、ユウキがーー
笑っていた。
あの氷のような瞳が、ふっと緩んで。
口元が、形を成して。
やわらかく、軽く、自然に。
「…嘘だろ…」
ルシファの手の花束がわずかに揺れた。
今までどれだけ尽くしても、変わらなかった表情が。
自分には決して向けられなかったその笑みが。
知らない男に、あっさりと向けられていた。
ユウキの笑顔が、視界から消えてもルシファの心の奥でそれは焼きついたままだった。
(なぜ、俺には…)
あれほど努力しても、必死に変わっても、届かなかったその表情。
その理由は、頭ではわかっていた。
ユウキは、自分に傷つけられた。
簡単には戻らない。
でもーー心は、理解できなかった。
「どうして俺じゃ、ダメなんだ…」
情けなく呟いたその声は、昔の”俺様王子“には到底許されないほど、ひどく弱々しかった。
翌日。再びユウキに花を贈ったが、返事はなかった。手紙を書いたが、届いたという報せすらなかった。
ーーそして夜。
彼は使用人から聞いてしまった。
「ユウキ様は、本日もあの黒髪の青年と、学術院の談話室でとても楽しそうに会話をされておりました」
その瞬間、ルシファの胸の奥にあった何かが、グシャ、と潰れる音を立てた。
(….俺以外の誰かと、そんな顔を)
初めて知った。
嫉妬とは、怒りでも悲しみでもなく、”無力感“なのだと。
完璧だったはずの自分が、たった一つの笑みにさえ届かない現実。その残酷さが、肌を裂くほどに痛かった。
数日後。ようやく、ユウキと再会する機会が訪れた。花を持たず、手紙も持たず、言葉だけを武器に。
「ユウキ…少しだけ話を、いいか」
ユウキは皮肉っぽく笑う。
けれど、先日の青年といた時の笑顔とは違う。
そこに愛想はなく、張りつめた空気が残る。
(…違う。この笑顔じゃない)
「俺は、嫉妬した。君が、他の男に笑っていたから」
「…ふぅん」
「それが、こんなに苦しいものだと知らなかった。
なあユウキ…君が俺に笑ってくれるのは、いつなんだ?」
ユウキはその問いに、すぐには答えなかった。
ただ、まっすぐに彼を見つめる。
そして、ぽつりとひとこと。
「私が笑ってほしかった時、あなたは”王子としての俺“しか見てなかった」
「…..」
その言葉に、ルシファは黙り込む。
笑顔を向けられる資格は、まだ得ていない。
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