エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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22 父再び

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 ……エルサードか。

「まあな、子供の頃からの付き合いだ。あいつとは学園も同じだったし、同じ時期に騎士団に入った」
「へぇ、幼馴染なんだ」

 シュリに言われて、俺は違和感を覚える。

「幼馴染、というよりは戦友……いや、あいつとの関係は言葉にしにくいな」

 俺は言いながらどの言葉もしっくりし来なかった。
 幼馴染、親友、戦友。思いつく限り、頭に浮かべるが、違うと心は囁いた。エルサードとは何でも話し合える仲だ。それにこれまで一緒に過ごした時間は家族よりも長いかもしれない。そう、家族よりも関係は密なのだ。

「唯一無二の存在ってところかな」

 俺は言葉を見つけ切らずに、一番近い言葉を口にした。するとシュリは何かを察した顔をして、こそっと俺に尋ねてきた。

「もしかして、エルサードってアレクシスの恋人なのか?」

 シュリに言われて俺は思わず、ぱくっと食べたパンを「うぐっ!」と喉に詰まらせた。このリヴァンテ王国では同性でも結婚できるが、エルサードを恋人になんて考えたこともない。そういう対象で見たこともないし、そもそも俺は女性の方が好きだ。
 俺は慌てて水を飲み、詰まったパンを押し流した。

「ば、バカ! そんなわけあるか!」
「えー? だって唯一無二なんだろう? それって恋人ってことじゃないのか?」
「違う! あいつはそういうんじゃない!」

 ……エルサードが恋人。それはなんだか変な感じだ。

 俺が一人身震いしていると、シュリは不思議そうにした。

「そうなのかぁ。いやぁ、恋人だったら、アレクシスにすごく悪いことしたなーっと思って。恋人と離れ離れなんて嫌だもんな。……あ、でも、エルサードが違ったとしても、アレクシスに恋人っているのか? もしいたら俺、一緒に暮らしてたら駄目だよな?」

 シュリは心配そうに俺に尋ね、食事を終えた俺は大きく息を吐いた。

「はぁーっ、いないから安心しろ」

 全く次から次へと、よく質問がでるな。と思っていると、シュリは驚いた顔をした。

「いないのか?」
「いない。何度も言わせるな」

 こっちは年齢=彼女いない歴なんだからな! と心の中で不貞腐れると、シュリは小さく「そうなのかぁ」と不思議そうに呟いた。そして何か言いたげな顔をしている。
 あまり聞きたくもなかったが、シュリの目がちらちらとこちらを見るものだから、俺は耐えきれなくなって「なんだ?」と尋ねた。

「あ、いや、アレクシスに恋人がいなくてよかったなって。だって、まだ一緒に暮らせるってことだろ? 恋人がいたら、やっぱ悪いもん。……でもアレクシス、かっこいいのに恋人はいないのかぁ」

 シュリは最後は呟くように言い、俺は耳を疑った。

「俺がかっこいい?」

 怖い、毛深い、近寄らないで、と今までさんざん言われてきた俺だ。かっこいいなんて言葉を言われたのは、初めてだった。だから思わず聞き返したのだが、シュリは首を傾げた。
 それも何かおかしいことでも言ったか? とでも言いたげな顔で。

「なんだ? アレクシスはかっこいいって言ったけど?」
「俺が……か?」

 もう一度尋ねると、シュリは「うん」と頷いた。
 一体、俺のどこが。と不思議に思うとシュリは俺が尋ねる前に答えてくれた。

「だってアレクシス、体格はいいし、優しいし、強そうだし……顔、かっこいいじゃん」

 思わぬ言葉に俺は「……は?」と間抜けな声を出してしまった。

「だーかーら、顔、かっこいいって」

 シュリは俺が聞こえていないと思ったのか、大きな声で俺に聞こえるように言ってくれた。でもはっきり聞こえたのに、俺の脳みそはシュリの言葉を受け付けられなかった。

「俺の顔が?」

 ……こんな牙の鋭い、毛深い、狼の顔をした俺を?

「うん。鼻筋しゅっとしてるし、耳はぴんっと立ってるし、目も綺麗だし、かっこいいよ。アレクシスは」

 シュリはくしゃっと笑って言った。その笑顔を見て、シュリの言葉にお世辞も媚びもないことに気が付いてしまい、俺は余計恥ずかしくなった。
 まだお世辞や媚があったのなら、笑って「ありがとう」とでも言える。でも本気で言われると、なんだか照れくさい。俺は思いっきり目を彷徨わせて小さく「あ、ありがと」とシュリに言うしかなかった。
 でも浮足立った俺の気持ちは次の瞬間、すぐに落とされることになった。

「あれ? アレクシスとシュリ君じゃないか。こんな時間に昼食か?」

 そう気軽に声をかけてきたのは父のネイズだった。でも仕事中なので父さんとは呼ばない。

「総長こそ、こんな時間に食堂にくるなんて珍しいですね」

 俺が尋ねると、父さんは「仕事の合間の休憩だ。甘いものを買いにな」と食堂に売られている袋に入った焼き菓子を何個か手にしていた。父さんは見かけによらず甘党だ。そしてその遺伝子は弟のネイレンにしっかり受け継がれている。

「相変わらず、甘そうなものが好きですね」

 俺は父さんが持っていた焼き菓子を見ているだけで、胸やけしそうだった。父さんが持っている焼き菓子の表面にはチョコレートとホイップクリームがたっぷりと塗られていたからだ。見ているだけで口の中が甘く感じる。

「甘いものは脳にいいんだぞ、アレクシス。な、シュリ君もそう思わないか?」

 父さんは同意を求めるようにシュリに尋ねた。
 だが、シュリを見るとシュリはなんだか顔を赤くしている。どうしてだ?

「え、あ、はぃ」

 シュリは小さく照れたように答えた。さっきまでの元気なシュリがどこかに行ってしまっていた。

「シュリ?」

 俺は怪訝に思って名前を呼んだが、シュリは恥ずかしそうに顔を伏せたままこちらをみない。父さんの方もだ。一体どうしたんだ? という表情をしている。
 でも、シュリの様子が違うことに父さんも気が付きながらも、そのまま話しかけた。

「シュリ君もそう思ってくれるか。なら、これを一つあげよう。さっき多めに買ったんでね」

 父さんは持っていた焼き菓子を一つ、テーブルの上に置いた。

「あ、ありがと」

 シュリは小さい声でお礼を言い、父さんも不思議そうな顔をしたが仕事が待っているのだろう「じゃあ、また今度ね」と言って、戻って行った。
 けれど、父さんが食堂を出ていくまでシュリは顔をうつ向かせたままで、父さんの姿が見えなくなるとシュリは胸を押さえて「はぁーっ」と息を大きく吐いた。

 顔を上げたシュリを見ると、頬がなぜか赤らんでいた。

 ……なんでだ??
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