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そう言うと立ち上がり深々と頭を下げた。
「では、失礼いたします」
「アメリ、待って!」
背後から引き止められたが、気づかぬふりをして振り返らず部屋を後にした。
そうしてアメリは真っ直ぐ自分の部屋へ向かっていると、突然背後から声をかけられる。
「ちょっとそこの! 貴女、アメリよね?」
振り返るとそこにリディが立っていた。
話したくない相手だったが、客人である。無礼があってはならないので、丁重に対応する。
「はい、アメリと申します」
そう言ってリディの方に向き直ると、深々と頭を下げる。リディは遠慮なくアメリを上から下まで見ると言った。
「貧相でみすぼらしいわね。しかもあんた『地枯れ』なんでしょう? シメオン様には相応しくないから、早く出ていきなさいよね。じゃないと領地からおい出されるわよ? そうなれば困るんじゃないの?」
アメリは衝撃を受けた。
「なぜそれを?」
すると、リディは口ごもり、少し考えた後にニヤリと笑った。
「みんなが知ってるわよ、シメオン様も使用人たちもみーんな知ってるの! だからあんたに同情してんのよみんな。気づかなかったの? そう言うことだから、早くここから出てって。いいわね?」
そう言うとリディは、エントランスを抜けて外へ出ていった。その場に残されたアメリは、これ以上ないくらいにショックを受けた。
みんなが優しかったのも、シメオンが優しかったのも、すべてアメリが『地枯れ』だと知っていたから同情してのことだったのだ。
バロー家の人々は使用人も含め、みなとても優しい人ばかりである。同情だとしても優しくされたことにはかわりない。それはとても感謝すべきことだったが、それによって知らぬまに自分が周囲に負担をかけていたという事実に打ちのめされた。
アメリは足早に部屋に戻ると、馬車の手配をしに町へ行くためコートと帽子を手に取り部屋を出た。
シメオンからは出かけるときはお供をつけるように言われていたが、お供をつけてしまえばアメリがここを出て行こうとしているのがばれてしまう。
そうすれば、みんな同情し引き止めるだろう。
なのでアメリは誰にも気づかれないように屋敷から抜けだし、こっそり外へ出た。
アメリはまず、市場の方へ向かった。市場には行商人がいる。行きたい村の近くまで行く行商人もいるかもしれない。きっとお金を出して頼めば乗せてくれるだろう。
アメリは何人かの行商人に声をかけて回った。だが、なかなかアメリの行きたい方向へ行く行商人はいなかった。
それでもアメリは諦めずに声をかけて回っていた。
そこで、旅芸人をしている人たちに出くわした。アメリが地図を見せながら話をすると、ちょうどその村の近くを通るから乗せてくれるとのことだった。
出発は明朝、少しでも遅れれば置いていくと言われそれでもいいからと乗せてもらうことになった。
アメリは胸を撫で下ろすと、抜け出していることがばれてしまう前に慌てて屋敷に戻ったが、気づかれた様子はなく、部屋へ戻るとさっそく旅の準備に取りかかった。
本当に大切なものだけ自分の鞄に詰め込むと、心配されないよう書き置きをすることにした。
どう書いても逃げる言い訳になってしまい、何度も書き直した。結局はあれこれ書かず、出ていくことや、不義理を許してほしいことだけを書いた。
明日も今日と同じように抜け出せば、誰にも見つからずに出ていくことができるだろう。
アメリは朝に備え早めにベッドへ潜ると、不意にこちらに戻ってからシメオンとゆっくり話をしていないことに気づいた。
「最後に挨拶してくればよかった……」
だが、今会ったら感情に任せて目の前で泣いてしまうかも知れなかった。そんなことになれば優しいシメオンのことだ、心配してアメリを問い詰めるだろう。
そうなれば黙っていられる自信がなかった。
「だから、会わない方が正解ね」
アメリはそう呟くと少しだけ休もうと目を閉じた。
約束の四時に間に合わせるために、二時に起きると、自分のベッドを綺麗に整えた。
そして、手紙をテーブルの上に置くと、部屋のドアを開けた。と、そこにシメオンが立っていた。
アメリは驚いて叫び声をあげそうになるのを必死でこらえると、シメオンに小声で質問する。
「驚かせないで下さい。シメオン様、一体ここでなにをされているんですか?!」
シメオンはアメリを見下ろしながら、怒ったように大きな声で答える。
「君こそこんな時間になにをするつもりだ?」
アメリは慌てる。
「シメオン様、声が大きいです! まだみんな寝てますから」
「じゃあ君はそんな時間になにをしていると言うんだ?」
アメリは思わずシメオンの口を両手で塞いだ。
「シー!! 静かに。誰かに気づかれてこんなところを見られたら、誤解されてしまいます!」
シメオンは自分の口元からアメリの手を引き離して答える。
「そんなことは構わない!」
「か、構います!! とにかく、ここで話していては誰かに気づかれてしまいます。どこか別の場所で……」
「わかった、君が気になるなら私の部屋へ行って話を聞こう」
シメオンはアメリの手から鞄を奪うと、手を引いて歩き始めた。
アメリはこの状況を何とかしなければと考えながら、シメオンの背中を見つめた。
部屋へ着くと、シメオンはそのまま自室の奥へと進んで行き、『開かずの間』の前に立った。そして、ポケットから鍵の束を取り出し鍵を開けた。
「シメオン様、この部屋に私は入ってはいけないはずです」
すると、振り返り微笑む。
「昨日まではね」
そう言うと中に入っていった。アメリはこの部屋になにがあるのか緊張しながら入ったが、部屋の中は特にこれといった特徴はなく、強いて言えばシメオンには似つかわしくない女性向けの調度品が取り揃えられていたぐらいだった。
一体なんのための部屋なのだろう?
そう思いながら、促されるままソファーに腰掛けると気を取り直してシメオンに向き直る。
「シメオン様、なにか勘違いしていらっしゃるようですが……」
すると、シメオンはその瞬間アメリの唇に指を当てて、それ以上話すのを制した。
「アメリ、言い訳はいらない。君がここを出ていこうとしていたことはわかっている」
アメリは慌てた、いつばれたのだろう。その様子を見てシメオンは付け加える。
「昨日、母と話したろう? その時の様子がおかしかったと母が言ってきてね。昨日一日君の行動を観察していた」
「では、私が市場へ行ったのも……」
「知っているさ。君と話した相手全員から君が何の話をしたのかも聞いて回った」
言い訳をしても無駄だと悟ったアメリは、黙り込んだ。しばらくの沈黙のあと、シメオンは続ける。
「だから君がここを出ていくことを諦めるまで、君をここから出さないことにした」
アメリは呆気に取られる。シメオンがなぜそこまでするのかまったく理解できなかった。
「シメオン様、本気ですか?」
「本気だ」
「なぜこんなことを? らしくありません!」
シメオンは悲しげに笑った。
「私をここまで追い詰めた君が、そんなことを言うのか?」
アメリは俯き押し黙った。
「では、失礼いたします」
「アメリ、待って!」
背後から引き止められたが、気づかぬふりをして振り返らず部屋を後にした。
そうしてアメリは真っ直ぐ自分の部屋へ向かっていると、突然背後から声をかけられる。
「ちょっとそこの! 貴女、アメリよね?」
振り返るとそこにリディが立っていた。
話したくない相手だったが、客人である。無礼があってはならないので、丁重に対応する。
「はい、アメリと申します」
そう言ってリディの方に向き直ると、深々と頭を下げる。リディは遠慮なくアメリを上から下まで見ると言った。
「貧相でみすぼらしいわね。しかもあんた『地枯れ』なんでしょう? シメオン様には相応しくないから、早く出ていきなさいよね。じゃないと領地からおい出されるわよ? そうなれば困るんじゃないの?」
アメリは衝撃を受けた。
「なぜそれを?」
すると、リディは口ごもり、少し考えた後にニヤリと笑った。
「みんなが知ってるわよ、シメオン様も使用人たちもみーんな知ってるの! だからあんたに同情してんのよみんな。気づかなかったの? そう言うことだから、早くここから出てって。いいわね?」
そう言うとリディは、エントランスを抜けて外へ出ていった。その場に残されたアメリは、これ以上ないくらいにショックを受けた。
みんなが優しかったのも、シメオンが優しかったのも、すべてアメリが『地枯れ』だと知っていたから同情してのことだったのだ。
バロー家の人々は使用人も含め、みなとても優しい人ばかりである。同情だとしても優しくされたことにはかわりない。それはとても感謝すべきことだったが、それによって知らぬまに自分が周囲に負担をかけていたという事実に打ちのめされた。
アメリは足早に部屋に戻ると、馬車の手配をしに町へ行くためコートと帽子を手に取り部屋を出た。
シメオンからは出かけるときはお供をつけるように言われていたが、お供をつけてしまえばアメリがここを出て行こうとしているのがばれてしまう。
そうすれば、みんな同情し引き止めるだろう。
なのでアメリは誰にも気づかれないように屋敷から抜けだし、こっそり外へ出た。
アメリはまず、市場の方へ向かった。市場には行商人がいる。行きたい村の近くまで行く行商人もいるかもしれない。きっとお金を出して頼めば乗せてくれるだろう。
アメリは何人かの行商人に声をかけて回った。だが、なかなかアメリの行きたい方向へ行く行商人はいなかった。
それでもアメリは諦めずに声をかけて回っていた。
そこで、旅芸人をしている人たちに出くわした。アメリが地図を見せながら話をすると、ちょうどその村の近くを通るから乗せてくれるとのことだった。
出発は明朝、少しでも遅れれば置いていくと言われそれでもいいからと乗せてもらうことになった。
アメリは胸を撫で下ろすと、抜け出していることがばれてしまう前に慌てて屋敷に戻ったが、気づかれた様子はなく、部屋へ戻るとさっそく旅の準備に取りかかった。
本当に大切なものだけ自分の鞄に詰め込むと、心配されないよう書き置きをすることにした。
どう書いても逃げる言い訳になってしまい、何度も書き直した。結局はあれこれ書かず、出ていくことや、不義理を許してほしいことだけを書いた。
明日も今日と同じように抜け出せば、誰にも見つからずに出ていくことができるだろう。
アメリは朝に備え早めにベッドへ潜ると、不意にこちらに戻ってからシメオンとゆっくり話をしていないことに気づいた。
「最後に挨拶してくればよかった……」
だが、今会ったら感情に任せて目の前で泣いてしまうかも知れなかった。そんなことになれば優しいシメオンのことだ、心配してアメリを問い詰めるだろう。
そうなれば黙っていられる自信がなかった。
「だから、会わない方が正解ね」
アメリはそう呟くと少しだけ休もうと目を閉じた。
約束の四時に間に合わせるために、二時に起きると、自分のベッドを綺麗に整えた。
そして、手紙をテーブルの上に置くと、部屋のドアを開けた。と、そこにシメオンが立っていた。
アメリは驚いて叫び声をあげそうになるのを必死でこらえると、シメオンに小声で質問する。
「驚かせないで下さい。シメオン様、一体ここでなにをされているんですか?!」
シメオンはアメリを見下ろしながら、怒ったように大きな声で答える。
「君こそこんな時間になにをするつもりだ?」
アメリは慌てる。
「シメオン様、声が大きいです! まだみんな寝てますから」
「じゃあ君はそんな時間になにをしていると言うんだ?」
アメリは思わずシメオンの口を両手で塞いだ。
「シー!! 静かに。誰かに気づかれてこんなところを見られたら、誤解されてしまいます!」
シメオンは自分の口元からアメリの手を引き離して答える。
「そんなことは構わない!」
「か、構います!! とにかく、ここで話していては誰かに気づかれてしまいます。どこか別の場所で……」
「わかった、君が気になるなら私の部屋へ行って話を聞こう」
シメオンはアメリの手から鞄を奪うと、手を引いて歩き始めた。
アメリはこの状況を何とかしなければと考えながら、シメオンの背中を見つめた。
部屋へ着くと、シメオンはそのまま自室の奥へと進んで行き、『開かずの間』の前に立った。そして、ポケットから鍵の束を取り出し鍵を開けた。
「シメオン様、この部屋に私は入ってはいけないはずです」
すると、振り返り微笑む。
「昨日まではね」
そう言うと中に入っていった。アメリはこの部屋になにがあるのか緊張しながら入ったが、部屋の中は特にこれといった特徴はなく、強いて言えばシメオンには似つかわしくない女性向けの調度品が取り揃えられていたぐらいだった。
一体なんのための部屋なのだろう?
そう思いながら、促されるままソファーに腰掛けると気を取り直してシメオンに向き直る。
「シメオン様、なにか勘違いしていらっしゃるようですが……」
すると、シメオンはその瞬間アメリの唇に指を当てて、それ以上話すのを制した。
「アメリ、言い訳はいらない。君がここを出ていこうとしていたことはわかっている」
アメリは慌てた、いつばれたのだろう。その様子を見てシメオンは付け加える。
「昨日、母と話したろう? その時の様子がおかしかったと母が言ってきてね。昨日一日君の行動を観察していた」
「では、私が市場へ行ったのも……」
「知っているさ。君と話した相手全員から君が何の話をしたのかも聞いて回った」
言い訳をしても無駄だと悟ったアメリは、黙り込んだ。しばらくの沈黙のあと、シメオンは続ける。
「だから君がここを出ていくことを諦めるまで、君をここから出さないことにした」
アメリは呆気に取られる。シメオンがなぜそこまでするのかまったく理解できなかった。
「シメオン様、本気ですか?」
「本気だ」
「なぜこんなことを? らしくありません!」
シメオンは悲しげに笑った。
「私をここまで追い詰めた君が、そんなことを言うのか?」
アメリは俯き押し黙った。
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