1 / 6
1
しおりを挟む
この国では王太子殿下の婚約者を選ぶために、候補を数人上げてその中から王太子殿下に選ばせるという伝統がある。
ケイト・ヨ・サンクーネ男爵令嬢は自分は絶対にその候補には選ばれないとわかっていた。なぜならケイトは誰が候補として選ばれるのかを、知っていたからだ。
ケイトは物心ついた頃に、自分にはもうひとつの人生の記憶があることに気づいた。だが、それが普通ではないということを知ったのは、母親に『他の誰にもその事を話してはだめよ』と、固く口止めされたからだった。
母親はケイトをとても心配し、折に触れその記憶がまだあるかケイトに確認してきたため、ケイトは母親を心配させまいとその話はしないことにした。
そんなある日、花を見たくて忍び込んだ宮廷の裏庭で、ある男の子と出くわした。
「君は、ここがどこか知っているのか?」
「ごめんなさい。お花がたくさん咲いていて、どうしても近くで見たかったので来てしまいました」
ケイトはそう答えながらも、この男の子、見たことがある。でもどこで? と、思い出そうとした。そうして気づく。
カリール・デ・ミソシオス王太子殿下ですわ! と。
その瞬間、自分が記憶の中でやった乙女ゲームの世界に転生してしまったようだと気づいた。
なぜ気がついたかというと、ケイトはカリールの顔をゲームで見て知っていたからだ。
そのゲームの中では、宮廷を抜け出した幼いカリールがヒロインと出会って遊ぶ。という回想シーンがあった。
ケイトはこれはきっと、そのときの出会いのシーンに違いないと思った。
そう考えたとき、自分がヒロインを妨害してはならないと思い、カリールが呼び止めるのもかまわず踵を返すと脱兎のごとくその場を逃げ去った。
ケイトは慌ててヒロインを探した。ゲーム内と同じことが起きるのなら、ヒロインもこの近くにいるはずである。すると、運良くヒロインのシャンディ・ガ・ヒロイエン公爵令嬢をみつけることができた。ケイトは近づき頭を下げる。
シャンディはケイトに目を止めると、眉を寄せる。
「貴女、走るなんてどういった教育を受けてますの?」
ケイトはシャンディが記憶の中のゲームのヒロインと大きくことなっていることに驚いた。
もっとおっとりした、優しい女性だったはずである。少なくとも、なぜ走っていたのか原因を聞く前から怒るような女性でないことは確かだった。
だが、この世界はこの世界なのだ、違っていてもおかしくはないだろう。
「も、申し訳ございませんでした。さっきあちらに男の子がいましたので、驚いて走ってしまいました」
シャンディはケイトを上から下まで見ると、見下すように笑った。
「あらそう。ところで、貴女その男の子とお話をしまして?」
「いいえ。恥ずかしくて、走ってきてしまいましたので」
すると、シャンディはそっぽを向いた。
「それはよかったですわ。これで私が選ばれるのが確実ですわね」
うっとり宮廷を見上げると、まだそこにいるケイトに気づき不機嫌そうな顔をした。
「あら、嫌だ。貴女まだそこにいましたの? モブはモブらしく退散なさいよ」
吐き捨てるようにそう言うと、手で払うような仕草をした。
シャンディのあまりにもひどい態度に、ケイトは少し心配になった。
「あの、どうかその男の子に会われるなら、優しくして差し上げてくださいませ。とても心優しい素敵な男の子なんですの」
「ふん、なによ? 貴女この私に指図するつもり? そんなの、うまくやるに決まってますわ。それより貴女はとても邪魔なんですの。不細工ですのに、でしゃばらないでちょうだい!」
ケイトは頭を下げてその場から離れた。すると、背後からシャンディの声がする。
「あら、貴方どなた? なぜここにいますの?」
シャンディが無事にカリールと出会ったようだった。先ほど自分と話したときとは声色も口調も違うシャンディの話し方に、ケイトは驚きながらも自分には関係ないと思いながらその場を後にした。
宮廷から離れながら、シャンディのあの言い方だと、もしかしたら彼女も転生者なのかもしれない。と、そのとき思った。
こうしてこの日ケイトは、自分がゲームの世界に転生したことを知った。
しかし、ゲームに自分は登場しないし、自分の人生とは全く関係のないことだと思い、特に気にせず日常を送ることにした。
そうして月日がたち、ゲームの内容のこともすっかり忘れ、今の生活に慣れ親しんでいたときのこと。
宮廷より使者がやってくると、婚約者候補に選ばれたことをケイトに伝えた。
サンクーネ男爵家にはコネも、賄賂を渡せるほどの資金もない。なぜ選ばれたのか困惑したが、考えてみれば思いあたる要因がひとつだけあった。
以前宮廷の裏庭でシャンディに出会ったとき、シャンディがケイトのことをモブと言っていたのだ。
シャンディも自分と同じく転生者なのだとして、その彼女がケイトをモブと言ったと言うことは、もしかしたら自分は忘れているだけでモブキャラとして、ゲームに登場していたのかもしれないと思ったのだ。
ケイトは前世で、そこまでゲームをやり込んだわけでもなく説明書なども適当にしか読まなかった。
しかも生まれたときからその記憶を持っていたので、どんなに頑張ってもゲームの細かい設定など忘れてしまい、モブキャラでケイトと言う令嬢がいたか思い出そうとしたが、まったく思い出すことができなかった。
選ばれたことにケイトは驚き困惑しガッカリしたが、とにかく喜んだのは両親だった。
父親のヴィッツ・ヨ・サンクーネ男爵は発表後にケイトの両肩をつかむと、言い聞かせるように言った。
「ケイト、お前はこれから宮廷に上がることになる。そこでしっかり己をアピールしてなんとしてでも王太子殿下の心を射止めるのだ」
そして、母親のパルール・ヨ・サンクーネはそんなヴィッツを嗜めるとケイトに言った。
「ケイト、気負う必要はないのよ? 自分のしたいようになさい」
そう言って送り出してくれた。
ケイト・ヨ・サンクーネ男爵令嬢は自分は絶対にその候補には選ばれないとわかっていた。なぜならケイトは誰が候補として選ばれるのかを、知っていたからだ。
ケイトは物心ついた頃に、自分にはもうひとつの人生の記憶があることに気づいた。だが、それが普通ではないということを知ったのは、母親に『他の誰にもその事を話してはだめよ』と、固く口止めされたからだった。
母親はケイトをとても心配し、折に触れその記憶がまだあるかケイトに確認してきたため、ケイトは母親を心配させまいとその話はしないことにした。
そんなある日、花を見たくて忍び込んだ宮廷の裏庭で、ある男の子と出くわした。
「君は、ここがどこか知っているのか?」
「ごめんなさい。お花がたくさん咲いていて、どうしても近くで見たかったので来てしまいました」
ケイトはそう答えながらも、この男の子、見たことがある。でもどこで? と、思い出そうとした。そうして気づく。
カリール・デ・ミソシオス王太子殿下ですわ! と。
その瞬間、自分が記憶の中でやった乙女ゲームの世界に転生してしまったようだと気づいた。
なぜ気がついたかというと、ケイトはカリールの顔をゲームで見て知っていたからだ。
そのゲームの中では、宮廷を抜け出した幼いカリールがヒロインと出会って遊ぶ。という回想シーンがあった。
ケイトはこれはきっと、そのときの出会いのシーンに違いないと思った。
そう考えたとき、自分がヒロインを妨害してはならないと思い、カリールが呼び止めるのもかまわず踵を返すと脱兎のごとくその場を逃げ去った。
ケイトは慌ててヒロインを探した。ゲーム内と同じことが起きるのなら、ヒロインもこの近くにいるはずである。すると、運良くヒロインのシャンディ・ガ・ヒロイエン公爵令嬢をみつけることができた。ケイトは近づき頭を下げる。
シャンディはケイトに目を止めると、眉を寄せる。
「貴女、走るなんてどういった教育を受けてますの?」
ケイトはシャンディが記憶の中のゲームのヒロインと大きくことなっていることに驚いた。
もっとおっとりした、優しい女性だったはずである。少なくとも、なぜ走っていたのか原因を聞く前から怒るような女性でないことは確かだった。
だが、この世界はこの世界なのだ、違っていてもおかしくはないだろう。
「も、申し訳ございませんでした。さっきあちらに男の子がいましたので、驚いて走ってしまいました」
シャンディはケイトを上から下まで見ると、見下すように笑った。
「あらそう。ところで、貴女その男の子とお話をしまして?」
「いいえ。恥ずかしくて、走ってきてしまいましたので」
すると、シャンディはそっぽを向いた。
「それはよかったですわ。これで私が選ばれるのが確実ですわね」
うっとり宮廷を見上げると、まだそこにいるケイトに気づき不機嫌そうな顔をした。
「あら、嫌だ。貴女まだそこにいましたの? モブはモブらしく退散なさいよ」
吐き捨てるようにそう言うと、手で払うような仕草をした。
シャンディのあまりにもひどい態度に、ケイトは少し心配になった。
「あの、どうかその男の子に会われるなら、優しくして差し上げてくださいませ。とても心優しい素敵な男の子なんですの」
「ふん、なによ? 貴女この私に指図するつもり? そんなの、うまくやるに決まってますわ。それより貴女はとても邪魔なんですの。不細工ですのに、でしゃばらないでちょうだい!」
ケイトは頭を下げてその場から離れた。すると、背後からシャンディの声がする。
「あら、貴方どなた? なぜここにいますの?」
シャンディが無事にカリールと出会ったようだった。先ほど自分と話したときとは声色も口調も違うシャンディの話し方に、ケイトは驚きながらも自分には関係ないと思いながらその場を後にした。
宮廷から離れながら、シャンディのあの言い方だと、もしかしたら彼女も転生者なのかもしれない。と、そのとき思った。
こうしてこの日ケイトは、自分がゲームの世界に転生したことを知った。
しかし、ゲームに自分は登場しないし、自分の人生とは全く関係のないことだと思い、特に気にせず日常を送ることにした。
そうして月日がたち、ゲームの内容のこともすっかり忘れ、今の生活に慣れ親しんでいたときのこと。
宮廷より使者がやってくると、婚約者候補に選ばれたことをケイトに伝えた。
サンクーネ男爵家にはコネも、賄賂を渡せるほどの資金もない。なぜ選ばれたのか困惑したが、考えてみれば思いあたる要因がひとつだけあった。
以前宮廷の裏庭でシャンディに出会ったとき、シャンディがケイトのことをモブと言っていたのだ。
シャンディも自分と同じく転生者なのだとして、その彼女がケイトをモブと言ったと言うことは、もしかしたら自分は忘れているだけでモブキャラとして、ゲームに登場していたのかもしれないと思ったのだ。
ケイトは前世で、そこまでゲームをやり込んだわけでもなく説明書なども適当にしか読まなかった。
しかも生まれたときからその記憶を持っていたので、どんなに頑張ってもゲームの細かい設定など忘れてしまい、モブキャラでケイトと言う令嬢がいたか思い出そうとしたが、まったく思い出すことができなかった。
選ばれたことにケイトは驚き困惑しガッカリしたが、とにかく喜んだのは両親だった。
父親のヴィッツ・ヨ・サンクーネ男爵は発表後にケイトの両肩をつかむと、言い聞かせるように言った。
「ケイト、お前はこれから宮廷に上がることになる。そこでしっかり己をアピールしてなんとしてでも王太子殿下の心を射止めるのだ」
そして、母親のパルール・ヨ・サンクーネはそんなヴィッツを嗜めるとケイトに言った。
「ケイト、気負う必要はないのよ? 自分のしたいようになさい」
そう言って送り出してくれた。
151
あなたにおすすめの小説
やさしい・悪役令嬢
きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」
と、親切に忠告してあげただけだった。
それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。
友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。
あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。
美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
役立たずのお飾り令嬢だと婚約破棄されましたが、田舎で幼馴染領主様を支えて幸せに暮らします
水都 ミナト
恋愛
伯爵令嬢であるクリスティーナは、婚約者であるフィリップに「役立たずなお飾り令嬢」と蔑まれ、婚約破棄されてしまう。
事業が波に乗り調子付いていたフィリップにうんざりしていたクリスティーヌは快く婚約解消を受け入れ、幼い頃に頻繁に遊びに行っていた田舎のリアス領を訪れることにする。
かつては緑溢れ、自然豊かなリアスの地は、土地が乾いてすっかり寂れた様子だった。
そこで再会したのは幼馴染のアルベルト。彼はリアスの領主となり、リアスのために奔走していた。
クリスティーナは、彼の力になるべくリアスの地に残ることにするのだが…
★全7話★
※なろう様、カクヨム様でも公開中です。
愛のある政略結婚のはずでしたのに
ゆきな
恋愛
伯爵令嬢のシェリナ・ブライスはモーリス・アクランド侯爵令息と婚約をしていた。
もちろん互いの意思などお構いなしの、家同士が決めた政略結婚である。
何しろ決まったのは、シェリナがやっと歩き始めたかどうかという頃だったのだから。
けれども、それは初めだけ。
2人は出会ったその時から恋に落ち、この人こそが運命の相手だと信じ合った……はずだったのに。
「私はずっと騙されていたようだ!あなたとは今日をもって婚約を破棄させてもらう!」
モーリスに言い放たれて、シェリナは頭が真っ白になってしまった。
しかし悲しみにくれる彼女の前に現れたのは、ウォーレン・トルストイ公爵令息。
彼はシェリナの前に跪くなり「この時を待っていました」と彼女の手を取ったのだった。
悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい
花見 有
恋愛
乙女ゲームの断罪エンドしかない悪役令嬢リスティアに転生してしまった。どうにか断罪イベントを回避すべく努力したが、それも無駄でどうやら断罪イベントは決行される模様。
仕方がないので最終手段として断罪イベントから逃げ出します!
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる