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4.Weapons don't know the taste of love.

第五十七話

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「頼む、理よ。俺を巻き戻せ! 俺を助けろ!」
「貴方はまだそんな事を言っているのですか」

 なぜ、そんなにとアレクセイは思う。彼は必死に透明な巨体へ手を伸ばしていた。しかし、巨体が動くことはない。
 アレクセイは舌打ちをし、彼を紐で縛ろうとポケットを探った時だ。
 ふと一つの気配にはっとする。甲板の物影。黒装束の男性がアレクセイに向け、銃を構えていた。アレクセイは舌打ちを一つし、銃弾を回避した。その隙にキースが逃げてしまう。

「俺は、俺は! あの日に戻る!」

 キースが透明の巨体に向かって駆け出し、船から海へ落ちた。

「やめなさい! それに触るな!」

 アレクセイは舌打ちをすると、黒装束の男性を切り捨て、船から海を覗き込む。キースは巨体に透明の鎖に手をかけていた。しかし、右手は透明な巨体に触れてしまったのか、干からびてしまっている。それでも、必死にしがみついているのは執念だろうか。

「やめなさい! 降参を! この巨体を消して、彼らを元に戻してください!」
「俺は、巻き戻すんだ。あの日に、あの日に! 俺にはもう何もない、だから助けてくれ。俺を助けてくれ!」

 キースは泣きじゃくりながら、左の手も透明な液体に触れ、そのまま全身が浸かってしまう。その拍子に鎖全体が透明な液体の中に溶け込んでいった。

「やめなさい! 死んでしまう! あ……」

 アレクセイは思わず目を逸らした。次に見た時、彼はミイラのように干からびて、こと切れていた。彼は海の中に落ちて、そのままアレクセイの視界から消えた。

「バカなことを」

 アレクセイは悔し気に呟き、巨体を眺めた。そして、透明な巨体の中で苦しむロンやコンスタンらを眺め、唇を噛み締める。
 一番状態が読めないのはユリウスだ。受け取っていたスコープで覗き込むが、彼はこんこんと眠り続けている。先程のように指を動かすなど、動く気配もない。
 状態を確認するために巨体を見ようと船の限界まで近づいた時だ。アレクセイが首から下げていた首飾りが小さく光り、浮力を持ったように宙へ持ちあがった。
 驚くアレクセイはもしかしてと、ロンの船に戻り、ドラゴングライダーを手に空へ再び駆けた。
 苦しむコンスタン、ロンを通過し、頭にいるユリウスの元に急ぐ。光は次第に強くなっていき、アレクセイは確信を持つ。

「ユリウスさん!」

 彼の元まで飛んでいけば、彼の神聖宝具は効力を発揮していた。首から離し、アレクセイは彼に縋るように透明な巨体の中にそっと埋め込んだ。
 同時にぽたんと水滴が弾くような音が響き――刹那、世界は色を変えていた。


 辺りは一面暗闇だ。
 アレクセイは宙ではなく、空間に立ち尽くしていた。海もなければ、星空もない。そして、先程の巨体の姿は無かった。
 手前に一部だけ明るい空間があり、真っ白な空間には一匹の透明な鹿が座っていた。アレクセイの存在に気がついたのか、牡鹿はゆっくりと立ちあがる。
 あの時のように人の身長の何倍もあるわけでもなく、森に住むような普通のサイズの雄鹿だった。
 驚くアレクセイに対し、鹿はゆっくりと近づいて、口にくわえていたユリウスの神聖宝具を渡してくる。

「貴方は……」

 アレクセイは宝具を受け取り、再び首にぶらさげた。
 ユリウスが話したという鹿だろう。ならば、この鹿が理となる。アレクセイは唇を噛み締めた。

『鎖を解いたのはお前か』
「いえ。俺は成り行きでここに来ただけです。鎖を解いたのは別の人です」

 鹿は透明な目を向けてくる。非難でも、賛同でもなく。ただ、鹿はじっと無表情だった。

「神聖兵器たちを返してください。お願いします」
『門が開きかけ、兵器の効果が発揮された。返すわけにはいかない。このまま返せば彼らが理に耐え切れず壊れる。このまま扉を開くしかない。さすれば、貴様の願いは叶うだろう』
「彼らを解放する術は?」

 返事はない。アレクセイは額を抑えた。
 こうしている間にも、神聖兵器たちの魔力は吸い上げられているだろう。アレクセイは姿勢を正し、目の前の鹿を再び見つめる。

「質問を変えます。俺の願いごとで彼らを救うことはできますか?」
『否』

 アレクセイは思わず舌打ちをしたくなった。それを我慢し、目の前の鹿に再度別の質問をぶつけた。

「では、開きかけた扉を閉じることはできますか? その場合、彼らは無事に帰ってきますか?」
『否。神聖兵器たちは門をくぐる。それは不可能に近い』

 アレクセイはぐっと唇を噛み締めた。

『現状、扉を開けることはできるが、鍵が不完全である。扉を形成する天地海は揃っているが、鍵となる抑止力は一つ足りない』
「それは……」

 アナスタシアのことだ。彼女は死んでしまったから。俯いたアレクセイに鹿は語りかける。

『神聖兵器らにより、扉は構築されたが、鍵が不完全である。よって、扉は開くことはできるだろう』
「つまり」

 アレクセイは唾を飲み込んだ。一か八かの賭けになる。

「扉を開けた場合、俺の願いを叶えることはできますか?」
『そなたが想像できる範囲でなら』
「扉を開けて、すぐに閉めれば彼らは無事ですか?」
『魔力が残っていれば可能』
「このまま、扉を開けずに待っていたら、彼らはどうなりますか?」
『魔力枯渇を起こし、全員が亡くなる。その場合、この空間も消えるだろう』

 淡々とかえってくる理からの返事。アレクセイは頷いた。

「わかりました……扉を開きます。俺の願い事を聞いてくれますか?」
『応じよう。そなたの願いをアヌに乗せて』

 アレクセイは牡鹿に近づいた。鹿は頭に触れろと言わんばかりに頭を向ける。アレクセイは彼の頭に触れ、創造する。
 創造を――。
 すると、牡鹿から立派な角が生えていく。驚くアレクセイ。数多の世界の分岐のように、角が川のように伸びては消えて、別の方向へ伸びていく。
 透明な角は辺りを照らしていき、真っ白な空間を創造していった。アレクセイは強い風によって、その空間から弾き飛ばされる。
 ふと、牡鹿の傍で透明な人影を見た気がした。アレクセイははっとする。

 ありがとう。

 聞き覚えのある声を聞いた気がし、アレクセイは「ユリウスさん!」と空間に向かって叫んだ。










 はっと気が付けば、アレクセイはロンの船の上に転がっていた。
 透明な巨体はゆっくりと体制を崩し、海の中に頭から落ちようとしていた。あのまま海の底にある扉を潜れば、神聖兵器たちすべてが壊れてしまうだろう。

「ユリウスさん!」

 思わず、アレクセイは手を伸ばす。そして、念じていた。

 ――アレクセイが創造したのはの神聖兵器としての力。

 パキンと氷が割れるような音と共に、周囲の海や透明な巨体全てが凍り付いた。急激な温度変化に周囲にうっすらと霧が広がった。
 アレクセイは息を整えながら、ゆっくりと甲板に膝をつく。
 世界が静止したように止まっており、アレクセイはドラゴングライダーへ手を伸ばした。
 空を駆ける。
 遠くの空でオレンジ色の光が透明な巨体を照らしていた。
 朝日だ。日の光が、凍り付いた世界に差す。
 氷結した巨体の中でまだロンとコンスタンが苦しんでいる姿が見え、頭部へ向かえば、そこにはユリウスが先ほどと同じように眠りについていた。
 胸の上下もよくわからず、アレクセイは持っていた魔銃を片手に透明な巨体の首に向けて発砲した。
 爆音と氷の砕ける音。ドラゴングライダ―が揺れた。
 しかし、彼を助けたり、全てを壊すまでには至らない。ユリウスを解放するにはもう一手。弾は後五発。アレクセイは次に背中に撃ちこむ。氷が弾け、そこから、ロンが同時に出て来た。彼ははっとしたように苦しそうな顔をしたまま神聖宝具を呼ぶ。

「アレクセイ、すまん! 助かった!」

 次にアレクセイは肘へ向けて弾を放った。腕からコンスタンが出て来た。彼はすぐにロンの肩を踏みつけ、大きく跳躍する。そして、下半身や心臓部にいた仲間に向けて銃弾を放ち、彼らを解放する。
 コンスタンは気絶しているケレスやもう一人の男性を抱き留め、ロンが呼んだ船に落ちていった。

「恩に着るぞ、アレクセイ!」

 アレクセイは今度こそ透明な巨体の額に狙いを定め、銃弾を放った。
 額の氷が大きな音をたて、裂けた。
 内部にいたユリウスが解放され、宙に放りだされた。アレクセイはドラゴングライダーを掴んだままキャッチしようとするが、うまくいかない。落ちていくユリウスを眺め、彼に意識がないことを再確認した。

「くっ」

 アレクセイはドラゴングライダーを投げ捨て、ユリウスの腕を掴み、抱き寄せた。

「ユリウスさん!」

 しかし、反応はない。体も冷たく、アレクセイは唇を噛み締めた。アレクセイとユリウスは落下していく。真下には氷の海が見える。

「くそっ」

 せめて、ユリウスさんだけでもとアレクセイが周囲を見回した。そこに急浮上した船が見えた。高速で空を駆けるロンの神聖宝具だ。

「アレクセイ!」

 船が真下に停泊した。アレクセイとユリウスを船の上に居たロンの海水で編み上げられた魔力が抱き留める。

「ふう、間一髪ってところだな」
「ありがとうございます」
「ユリウスは大丈夫か!?」
「それが」

 アレクセイはロンの作った海水の魔力から離れ、腕の中にいるユリウスを軽く揺すった。ロンやコンスタンも彼の顔を覗き込んでくる。ユリウスはぐったりとしており、小刻みに過呼吸を起こしていた。
 コンスタンは状態を確認しながら、悔しそうに首を振った。

「魔素が足りてないな。船に薬草は?」
「それが、さっき俺が飲んだ水で最後だ」
「そうか。助からんかもしれぬな」
「そういうことを言うな! 急いで王都に帰る。きっと間に合う」

 ロンが悔しそうに唇を噛んだ。
 アレクセイはユリウスの羽織っていた赤い布を取り、二人にしか見えないように二人だけの世界を作る。真っ白な唇からは荒い息が聞こえており、もう限界が近いのだと知らせていた。

「俺が守ると言ったのに……すみません」

 そっとキスを送った。魔力を馴染ませるように、何度も何度も。
 しかし、彼の呼吸は一向によくなる兆しはなかった。再度、治癒術を施し、魔力も送る。

「王都に急ぐからな! コンスタン、そっちの気絶してる二人はどうだ?」
「ああ。二人とも気絶こそしているが、命に別状はない。問題はユリウスだ。一番拘束時間が長かった」
「急げ急げ」

 アレクセイは傍らの二人の会話を聞きながら、何度も口づけから魔力を送る。しかし、まるで破れた風船に空気を送っているように、いつまで経っても手ごたえはなかった。
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