その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 13

 閑話 混乱の序曲(4)

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 ドワイアル大公は、執務机の前で彼等が入室するのを見つめて居る。 様々な思いが彼の胸に去来する。 何故この、混乱の最中に此処に来たのか。 無様な状況を笑いに来たのでなければ、彼等もまた混乱の最中に有ると云う事だと、心に浮かぶ。

 何にしても、来たのだ。 話はせねばなるまいと、そう決める。 それが、たとえ、王宮の狸と狐と云われる、老獪なモノ達であったとしても。

 官僚が、椅子を用意する間もなく、彼等は渋面を作りつつ、足早に執務机の前に立つ。 ドワイアル大公は、その中の一人の男に視線が引かれた。 ―――珍しい男が一緒に居るな と。




「お揃いですな。 ……めずらしい、シーモア子爵。 久しいな。 貴殿は陛下よりその任を解かれたと聞き及ぶが? あぁ…………ノリステン公か。 それで、何の御用か、ニトルベイン卿」

「そう、怖い顔で見るな。 儂とて、驚いておるのだ。 全くと言っていい程、情報が入ってこん。 幸いシーモア子爵の手の者が、あちらこちらに居るでな。 その伝手も辿った。 ドワイアル卿、悪い話ばかりでは無いぞ。 貴殿が一番に気にかけている、マクシミリアン殿下と、公女リリアンネ第三王女の御一行。 随伴の者達を含め、本領寮境を越え、第四軍、第四師団の護衛の下、王都ファンダルに向かっておる。 『月夜の瞳』の者も、確認した。 ハト便を使って、なんとか所在を掴めた。 追々、第四軍 オフレッサー卿より、正式に連絡が入る。 確実だ」

「ニトルベイン卿…… それは、誠か」

「皆無事だそうだ。 ただな……」




 ニトルベイン大公の表情に、言外の懸念を嗅ぎ取る、ドワイアル大公。 続きを促す様に、言葉を発する。




「ただ?」

「貴殿が後見に成っておる、あの薬師が率いる、第四四〇特務隊と、その護衛部隊の所在がな……」

「ま、まさか……」

「周辺の状況を類推するとな、今、情報的空白地帯の中心に居ると…… 思われるのだ」

「………………なんと」




 驚きに目を見開くドワイアル大公。 その彼を見つつ、宰相ノリステン公爵が、ぼそりと呟く様に言葉をつなぐ。 確定した情報でない事は確か。 事実を列挙して、その先に有る物を懸命に模索するかのような言葉だった。




「貴殿が緊急報を発令された、三日前、御一行は東部商業都市へーバリオンに滞在されておられた。 緊急報を受けられ、御一行に配属されている騎士団の騎士長が、緊急事態と判断し独自の緊急事態対応を発令されたらしい。 あちらの『月夜の瞳』の手の者達が、『その事』は、掴んで負った。 御一行を二陣に分け、殿下と囮に分けたそうだ」

「殿下御一行が、本領に入られたと云う事は、囮に誘引されたのか?」

「用心深い事に、二重に罠を張っていた。 『月夜の瞳』も騙された」

「なんと! と云う事は、襲撃者は殿下御一行の方を囮と、認識していたのか?」

「あぁ、その通りだ。 『月夜の瞳』がヘーバリオンにて、収集した情報だがな、本命たる殿下御一行は、第二陣にて、元の行程にて王都に向かうとの、噂を聞いていた。 あちらの迎賓館の出立の時、確かに、マクシミリアン殿下と、公女リリアンネ第三王女は、二陣目の馬車に乗り込んだと、目撃情報もある……」

「途中で入れ替わったか……」

「時間的に少し無理がある。 詳細は、騎士長か、第四四〇特務隊の指揮官に聞かねばならんが…… どうも、最初からと…… 思われる節があるのだ。 まだ、情報が不足している。 ところでな、ドワイアル大公、マグノリアの情勢はどうだ?」

「どうだとは? あぁ…… 未だ動かずだ。 明日に成れば何か言って来ような。 我らの護衛に不備があったと、そう……な」




 当然とばかりにドワイアル大公は、そういう。 少なくと一行が襲撃されたのは事実だ。 そして、現在もまだその状況や人員の安否は不明のまま。 公女リリアンネ第三王女と随伴の者達が無事であったとしても、そのほかの侍女、侍従の者達に万が一の事が有れば、マグノリアも強硬な姿勢でモノを云ってくるはずだと、そう看破している。




「やはり、そうなるか……」




 渋面を作りつつ、ニトルベイン大公はそう呟く。 様々な思惑がかれの渋面に浮かび上がる。 一つの想いにその思惑が集約されて行く。

 
 ――― マズいな ―――



 公女リリアンネ第三王女の安全に不安を言い立て、当然の権利のように駐在武官を送りつけてくる。 さらに、公女リリアンネの行動には制限を付けないとの約束から、駐在武官や、侍女、侍従たちもまた、大手を振って、場内を歩き回る事は予想が付いた。

 非常にマズイ事だと、ニトルベイン大公は思案する。

 孫娘のロマンスティカより、王城深くに「ミルラス防壁」制御施設も有ると聞く。 それを見つけられ、さらに視察などと云いだされれば、王城コンクエストムは丸裸となりかねない。 なんとしても、それだけは阻止しなくてはならないと、考えてはいた。


 が、現状それは難しい状況となり始めている。


 この件にマグノリア王国が介入してくるのは必至。 それを回避する為の情報が不足している。 まして、本当に襲撃されたのならば、魔導院が『非常事態宣言』を発令する事態ならば……

 彼の国が関与したと証明できるような証拠が入手できる可能性は極めて低い。

 つまり、彼の国の要望を受け入れなければならぬ可能性がとても高い事となる。 さらに…… 国内には、聖堂教会を筆頭に、彼の国に傾倒している人、組織が少なからず存在する。 今回のこの混乱を契機に、そういったモノ達の発言力が増大する懸念もある。

 あの、国王陛下もまた…………

 暗澹たる未来に、視界から光が失せそうになる漢達。 このまま、手をこまねいていたならば、ファンダリア王国は内部から侵食されて行く。 そして、金環食密やかな侵攻は完成し……

 王国の未来が潰える事態に成ってしまう。


 漢達の間に、共通の認識が生まれた瞬間であった。 しかし、対抗するべき手段を見失いそうになっても居た。


 三人の男達が途方に暮れ始めた時……



 王太子府よりの使者がやって来た。





「王太子ウーノル殿下より、火急の御用との事に御座います。 ドワイアル大公閣下、至急王太子府に…… なんと、ニトルベイン大公閣下もおられたのですか、それに、ノリステン公爵閣下も! 丁度良かった! お二方も、御呼びに成っておられます。 何卒、お運びに成られるよう、お願い申し上げます。 至急にとの思召しに御座います!」



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