その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

危機への対応

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 制御術式を改変する事は、とても微細な作業の連続。


 ティカ様と打ち合わせをしつつ、手元の術式を切り、新たな術式を編み、繋げる。


 汚染されている魔力経路の【浄化】と【解呪】も、平行して行うの。 使うのは、異界の魔力。 


 そうね、この改変の肝となるのは、”【魔力変換術式】” それが『 絶対に必要 』な、術式だったの。 本来なら、こんな使い方をするのは、とても想定できるものじゃないわ。 【浄化】と【解呪】の起動魔方陣に魔力変換術式を組み込んで、制御魔方陣の汚染された部分に流し込んむつもりだったのよ。

 汚染を払うには、その方法しか無いって結論だったから。 微細な魔力経路に入り込んだ、異界の魔力なんか、確認するだけで一苦労なのよ。 だったら、汚染されている部分に対し、チマチマと【浄化】と【解呪】を掛けるよりも、ある程度の範囲に対して、包括的に掛けた方が、有効的 且つ 効果的だってね。



 ―――【浄化】と【解呪】の術式を編むのは私。 その方がいいかもって、ご提案したの。



 一度、「穢れし森」でやっているから、その時の応用だもの。 ただちょっと、不安もあってね。 だって、わたしの記憶って、ティカ様の ”絶対記憶”と違って、結構あやふやだもの。 

 だから、【魔力変換術式】を、ティカ様に見てもらったの。 大筋では間違いは無いんだけれど、細かい部分に色々と違いがあったわ。 お母さまが ” 編んだ術式 ” を、ティカ様はこの大きな制御術式からしっかりと読み取っておられたもの……

 微調整をして、” 美しい ” 術式が編めるようになったのよ。 変換効率も相当に上がるわよね、これで。 でね、そのまま流しても、本体側の術式が再度変換しちゃうから、変換した魔力が元に戻らないように、本体側の変換術式を切り直結するの。



 これが、トンデモ無く微細な作業だったわ。



 ほんとにエリザベート御母さまの ” 能力 ” には呆れ果てるほどにね。 ティカ様も仰っていた。 そこにあるのは、ファンダリア王国を護るっていう、” 執念 ”。 王妃様としての矜持と誇りを持った、そんな ” 御手 ” の産物……

 苦笑いを浮かべつつも、必死な表情のティカ様。 私だって同じよ。 気を抜くと、取っ散らかって、重要な術式を壊してしまうもの。

 ティカ様も珠の汗を額に浮かべながら、その作業書き換えに没頭されていたの。 ティカ様の術式改変は、かなり古いやり方なんだって…… ずっと以前に、シュトカーナがそう言っていたのを思い出したの。


 手順を追って、絶対に間違いのない方法なんだって。


 私? わたしは…… まぁ、独学というか、おばば様のやり方とも違う、独特の方法だって…… そう言われているのよ。 見る人が見れば、大胆にして無茶。 でも、確実性はかなりの物なの。 ……ほら、人体の魔力経絡を切ったり貼ったりする事も在るのよ、薬師、治癒師としてね。

 時間はかけられないわ。 だから、私の場合はレディッシュに手伝いをお願いしているの。

 今回も、やたらと微細な組み換えが必要だったら、そっと左手に語り掛けたのよ。




 〈 レディッシュ、起きてる? 〉

 〈 起きてるよ? 何時呼んでくれるんかと思っとった。 ブラウニーとホワテルは、シュトカーナ様の守護に入ってるから、今、リーナのお手伝いが出来るんは、うちだけなんよ。 それでも、ええのん?〉

 〈 勿論よ。 シュトカーナの眠りを妨げる様な事、出来ないもの。 私の力不足で、眠りに付いちゃったんだものね 〉

 〈 まぁ、あの方も納得しておられたんやし、それは、ええんよ。 リーナの力になりたいって、そうおっしゃっておいでだったんだし。 でも、無茶はあかんよ? みんな、リーナの事とっても心配しとったんやしね。 ええか、リーナ。 リーナはうちらの希望そのものなんや。 そのリーナが無茶して、自身を失うような事があったら、うちら…… どないせいって云うんや。 お願いやから…… 無茶だけはせんでね?〉

 〈 ……う、うん…… 出来るだけ、安全な方法でね…… うん、出来るだけ……〉

 〈 ほんまに、ほんまよ。 じゃぁ、何すればええのん? リーナの手伝い?〉

 〈 そう! 術式の書き換えなんだけど、とっても細かいの。 手伝ってもらえる?〉

 〈 ……うわぁぁぁ。 これまた、トンデモ無い代物やよねぇ…… ええよ、いっちょ頑張るわ 〉



 心強い味方。 微細な手の持ち主。 精霊女王のレディッシュの手。 わたしは、勇気を貰ったの。 そう云えば、辺境の地でも、良くレディッシュには手伝ってもらったっけ…… 荒野の中の一軒家…… 周辺の貧農の方々が、唯一頼みにする、治癒処。 

 でも、薬師さんも治癒師さんもそんな場所には居ないわ。 それっぽいことが出来る方が、低品質の薬品類を後生大事に抱え込んでいた事もあったっけ。 そんな所じゃ、まともな治癒なんか期待できないもの。 

 そんな、何にもない、荒野の治癒処…… 運び込まれる重症の人……

 魔力の経絡障害で、今にも死にそうになっている人の、体内魔力回路を修復するのに、延々と手順なんて追ってられないんだもの。 辺境の地に於いて、薬師錬金術師の私が出来る事は、そんな彼らの命を繋ぐための ” 救急治療 ”だったよ。

 おばば様に言われたのよ……


 ” お前さんの遣り方は、現物合わせみたいなもんさ。 懐かしいね、戦場で従軍薬師がよくそうやっていたよ…… ”


 ってね。



 うん、いいよね。 だって、私…… 今は、第四軍の従軍薬師なんだもの。



 時間をかけて、制御術式本体の魔力変換術式をすべて取り除いたんだよね。 とても、とても大変だった。 ティカ様と、直結した場所に間違いがないか、確認しつつ魔方陣の上を行ったり来たり。 真剣な面持ちの私たちに、シルフィーも、ラムソンさんも何も言えなかったみたい。

 ティカ様は、途中から私がレディッシュにお手伝いをお願いしていた事を見ておられたわ。 なんだか、とても羨まし気にだけど……




「リーナ、そちらは…… どなた?」

レプラコーン妖精族の妖精女王にございますわ。 御名を ”レディッシュ” と申されます。 わたくしと、” 血の契約 ”を、結びし御方に御座います」

「……やはり、リーナは規格外ね。 妖精族のそれも、妖精女王との ” 血の契約 ” ですって? わたくしには…… 無理ね。 リーナの書き換えが早い理由が判ったわ。 それに、綺麗に書き換えられている。 お見事って、そう思うしかないわね。  ……さて、準備は整いました。 当初の予定通り?」

「はい…… そうですね。 一度…… 休憩を挟みませんか?」

「ええ…… かなりの集中力を必要としたから、とても疲れたわ。 ……お茶を、淹れて・・・くださる?」




 えっ? ティカ様? 私がお茶を? いいの? にっこりと微笑まれるティカ様。 御口に入る物には特段の注意を払われているティカ様が、私に ” お茶 ” をって? と、云う事はつまり…… 




「お約束でしょ? 今度、お茶をご馳走になりますって」

「はい!」




 そっか…… そうだったね。 うん判った!! 精一杯、美味しいお茶を淹れますね! ティカ様!!

 気が付けば、とても良い笑顔をされているティカ様。

 シルフィーたちがいる、お部屋の片隅にある、テーブルにご一緒に。


 晩御飯もその時に。

 ティカ様もね。




 私が淹れたお茶を美味しそうに口にされ……

 私が持ってきた、軽食のサンドイッチを手にされる。





 心許した者にしか見せられない そんな笑顔を私に向けられ……




 私は安堵すると同時に……





 心の中に、暖かな物を感じていたの。





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