その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

シャオーラン小聖堂の伏龍

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 最初の目的地に向かう道すがら、ポーチから出した一通の勅許状。 その表書きに刻み込まれている印章は、この西方辺境域に於いて、誰もが首を垂れる尊き場所の紋章だったの。 そうね…… その筈よね。


 ――― 西方辺境に鎮座する ズィシィ大聖堂 の 『 紋章 』なんだもの。


 ズィシィ大聖堂は、西部大管区の聖堂教会の拠点。 その大聖堂におわします、教区長アンソニー=ネスカ=ルボンテイゲス大司教様からの『勅許状』なんだもの。 内容は、西方辺境域、西部大管区内での教会施設の無制限利用許可なのよ。

 こと、西方辺境域に於いて、聖堂教会での滞在は、どんな権威を誇る場所であっても、無制限に受け入れられる。

 ルボンテイゲズ大司教様は危惧された様なのよね。 聖堂教会の聖職者の中にも、獣人族の方に偏見を持つ方もいらっしゃるから…… 第四〇〇特務隊は、私を除くと全て獣人族の方々で構成されているからね。

 これが有るから、私は結構呑気にしていられるの。 だってそうでしょ? シルフィーや皆が避けられ蔑まれるような場所では、精霊様の御導きが無駄に終わる可能性だってあるんだもの。

 静かな馬車の中、隣に座るシルフィーがそっと声を掛けて来るの。



「リーナ様、向かわれているのは、ク・ラーシキンの街。 聖堂教会も大きく、西方北部の中では活気のある町でしたね」

「人、モノ、お金の集積地なの。 小さい頃、おばば様の試練で西方領域に足を延ばした際、最も遠くに来たのが、ク・ラーシキンの街だったわ。 あの頃よりも更に発展している筈だから、相当にぎやかに成っていると思うの。 内陸ではあるのだけれど、豊かな水量を誇るコ・ラウ川が近くに流れていてね、そこから引き込んだ運河が網の目の様に市街地の下に敷設されているの」

「ええ、存じております。 あの町には私のかつての仲間も……」

「そうだったわッ! 忘れてた! 水の都と云う表向きとは裏腹に、かなり危ない方々の巣窟でもあったわね」

「リーナ様。 あの町での滞在場所は予定どおりに御座いましょうや?」

「ええ、シャオーラン小聖堂に滞在します。 長くは留まりませんが、あの町では医薬品が高値で売買されておりますので、小聖堂に貧しい方々用に錬成するつもりではあるのですよ」

「……奈辺にその意図が在るのでしょうか? 出来れば、早々に次の街に向かわれる事を御推奨いたします」

「……危険なんでしょうね、あの町は」

「いささか……」

「聞いて、シルフィー。 ティカ様から託された、西方禁忌の森への汚染対処。 ク・ラーシキンの街が起点に成るの。 あの町は北方西方域における一大拠点なの。あそこから北西部に向けて阻止線を敷設するつもりよ」

「そ、それは…… いささか、大きすぎるのでは?」

「そうね、私一人ならそうなるわ。 でも、私には切り札的な魔方陣があるの。 貴女も知っているでしょ? 人々の祈りを持ちて、空間魔力を集約するあの魔方陣の事」

「……ニトルベインの魔女が編み出した…… アレでしょうか?」

「そんな言い方…… しないで。 ティカ様の編み出された魔方陣は、切り札的な役割を果たすのよ。 小さな祈り…… でも真摯な祈りさえあれば、無限の魔力供給が可能なの。 私が直接魔力を注がなくても、敷設する阻止線に十分な魔力が供給されるわ」

「そのために…… ですか?」

「シルフィー 人ってね、結構、自己本位に出来ているモノなのよ。 御利益が無いと、祈りすら忘れてしまうほどにね。 よく言うじゃない、” 困った時の精霊様 ” ってね。 だから、それを逆に考えるの。 精霊様の御加護だぞぉって、目に見える形にすれば、自ずと祈りを忘れた方々にその重要性を思い出させるわ」

「……リーナ様は醒めておいでなのですね」

「辺境で揉まれた薬師ですもの。 生きて行くのでさえ精一杯な方々ですもの。 うまく誘導しないと、その辺りに持っていくのは難しいでしょう?」

「…………御意に。 ならば、わたくしは、昔の顔見知りにつなぎを付け…… でしょうね」

「お願いはしないわ。 でも、そうしてくれると、本当に助かると思うの」

「…………御意に。 ネンテンとレーベを使いますが、宜しいでしょうか?」

「ええ、許可します。 でも、約束して」

「はい、何なりと」

「命の危険を冒さない事。 ク・ラーシキンの街の街を出るとき、元気で恙なく同行している事」

「…………御意に」





 真剣なまなざしをシルフィーに向け、そう約束をしてもらった。 破落戸ごろつきや喰い詰め物なんかが、沢山いるあの街の下町。 そんな中でも最も危ない場所に潜入するんでしょ? 釘を刺しておかないと、大変な事になりそうなんだもの。

 それに…… 

 ちょっと、嫌な事も思い出していたのよ。

 ク・ラーシキンの街の御領主様って、あまり獣人族の方に好意的ではないのよ。 商人の獣人族の方々にはそうでもないんだけれど、一般の方々については…… その…… 何というか、一線を引かれているというか……

 人族が至高の存在とまでは言わないけれど、勝っているって考えの持ち主なの。 底辺の民のほとんどが獣人族なのよ。 大森林ジュノーが崩壊して、森の民ジュバリアンが大量の難民として北部辺境域に流入した時…… 大森林ジュノー西部の森の民ジュバリアンが大挙してこの西方北方領域にも流入したのが遠因に成っているのよね。


   ――― 着の身着のままで、流入してきた難民の方々。


 最初は哀れに思われても、時と共に財政も治安も悪化するわ。 先々代の御領主様が相当に苦労為された結果、獣人族にたいする蔑みの感情も生まれてくる。 獅子王陛下のご宣下で、流れてくる難民を保護せざる得なかった方々には、相当な負担になったからね。

 もともと、そんなに開けていない場所に、大量の難民。 森の民の彼らにとって、平野での生活はとても辛く……

 軋轢は、今も尚残っている。

 恨みや辛みの感情は根強くク・ラーシキンの街に蔓延っているの。 表面上は穏やかなんだけれどもね。 ちょっと、手間がかかりそうなのよ。 一朝一夕にはどうする事も出来ない事だしね。 街に着いたら、教会に寝泊まりしながら、冒険者ギルドや商工ギルドにも繋ぎを付けなきゃならないし……

 すべき事は沢山あるの。

 今は…… 十分に休養を取る必要があるわ。

 今はね……





 ^^^^^




 シャオーラン小聖堂は、その名の通り ズィシィ大聖堂の直轄の聖堂。 司教様が居られる精霊様への祈りの家。 小聖堂の名はあくまでも、聖堂教会内の呼称。 水の都ク・ラーシキンの街の中央に聳え立つ聖堂は、ズィシィ大聖堂と肩を並べる程大きなものに成っているの。

 この地を納める御領主様も、その権威には首を垂れるわ。 この聖堂があるから、ク・ラーシキンの街の治安は護られているといっても過言ではないもの。

 それだけにね、司教様は一筋縄ではいかない御方なのよ。



 一つ光明が有るとすれば……



 司教様は、アンソニー=ネスカ=ルボンテイゲス大司教様の御連枝。 ご協力していただけるかもしれないもの。

 私達一行は、街の城門を通り抜け、一路シャオーラン小聖堂向かう。 種々雑多な街の人たちの様子を眺めつつ、キャリッジを進めるの。 小聖堂の大階段下の馬車溜まりに馬車を止め、外に出たわ。  圧巻の聖堂を見上げるの。

 聖人たちの彫像が胸に手を組み、遥か天空を望んでいる。 豪華なステンドグラスが、外側からも見て取れるの。 おもわず溜息が口から零れ落ちるの。 狐人族のナジールさんでさえ、その圧倒的な神聖さを前に、手を胸に組まれているんだもの……

 幼い頃に来た時よりも、更に巨大化している……

 この地に集められる金穀がいかほどの物かを物語ッているわよね。 その威容は既に威嚇にまで感じられてしまうわ……




「ようこそ、ク・ラーシキンの街へ。 シャオーラン小聖堂へ。 殿



 柔らかで、威厳のあるお声が私を呼ぶ。 その呼称…… やめて欲しいな




「何方かは存じませんが、わたくしはその様な尊称を受ける様な者では御座いません。 辺境の薬師錬金術師リーナに御座います。 案内不如意なもので、正面に馬車を止めてしまった事お許しください。 もしよろしければ、お名前を頂戴しても宜しいでしょうか?」



 大階段を降り、わたしの傍らに立つ質素な装いを纏われている神官様。

 涼やかな目元の、どちらかと云うと…… 下位の神官様の様にも感じるわ。 目元は笑っておられるけれど、厳しいモノが含まれる視線で私を見詰められているの。 身に纏われている装束は、生成りの麻の質素なモノ。 唯一、首に掛けられている聖帯が一定の地位に居られると言う事を示していたの。

 その聖帯は、豪華でも華麗でもない、一般のモノだったしね。

 慈愛に満ちつつも、厳しさを浮かべられている視線をわたしに注がれつつ、その神官様は言葉を紡ぎ出されたの。




「これは失礼いたしました。 辺境の聖女様がこの地に参られたのは、何せ数年振り。 その節は、病に苦しむ民草に、慈愛を施してくださいました事、決して忘れはしません。 あれから、シャオーラン小聖堂も少々風通しが良くなりました。 すべては辺境の聖女様の慈しみの御心から。 遅くなりました、わたくし、この小聖堂を司る、ハリー=ウインストン=ルボンテイゲスと申します。 以前お会いしておりますが、改めてお見知りおきを」




 えッ! やだッ!  

 ハリー=ウインストン=ルボンテイゲス様って!! 

 アンソニー=ネスカ=ルボンテイゲス大司教の御連枝…… いいえ、甥御様であり……


 このシャオーラン小聖堂の司教様じゃないの!!





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