8 / 20
三人の絆
しおりを挟む
千春とイチャイチャ幸せなキスをして終了、となった翌朝。
終了でもなんでもなく、私は何てことをしてしまったのか、と自責の念に駆られていた。
正直なところ、雰囲気に流された感が半端じゃない。
いくら可愛いやつだと思っていた相手とは言え、お互いに初めてであるところのキスを捧げ合うなんて……。
「でも乃愛ちゃん、前より幸せそうな顔してるよ?」
「うるさい……悪趣味だぞ、ああいうの覗き見るなんて……」
「いやぁ、つい気になって……」
「娘のプライバシーを侵害するなんて最低だな、本当……」
そう言いながらも少し鼻の下が伸びてる、と母に指摘されて、私は慌てて鏡を見に行った。
確かに幸せな気分であることは否定しない。
千春は私のもとに戻って、お、お互い両想いってことでいいのか、これ……。
ていうか私は、千春をそういう目で見てたのか?
千春はそういう目で見てたって言ってたけど……。
「乃愛さんおはよう」
後ろから不意に声をかけられて、文字通り飛び上がって驚いた。
どんな顔をして千春を見たらいいのか、わからない。
「あ、うん、おは、おはよう」
「ねね、おはようのキスは?」
「は、はぁ!?」
「ふふ、冗談だよ、お母さんいるもんね」
そう言って千春は顔を洗い出す。
さすがにそれを凝視したりするほどマニアックな趣味はないので、私は洗面所を出て自室で着替える。
昨夜は盛り上がってしまって、つい一線を……ということはなかったが、千春の一言で色々なキスを試した。
「キスにはいろんな種類があるんだって」
この一言がきっかけになって、私はスマホで『キス 種類』とか検索をしてみた。
画像つきの色々なキスをしているサイトが出てきて、これしてみたい、とか千春がわいわいと元気を取り戻していたので、ついつい私も甘やかして色々試してしまった。
結果、キスには中毒性がある、ということがわかった。
いや、これは私だけかもわからないが、どうにもこう、気分が良くなってしまったりして、下半身が疼きを覚えたというか……。
実際千春もそれは同じだった様で、もじもじとしていたので、お互いに服の上からなら、ということで……。
一線超えてないかって?
服の上からならセーフでしょ。
かなり際どいところかもしれないけど。
お互いに全裸で、とかなったらもうレズプレイ待ったなし!って感じではあるが……いや割とアウトだなこれ。
目覚めたての冷静な頭で反復してみると、割とというか完全にアウトだ。
キスしながらお互いの服の上から体をまさぐりあって、二人ともが絶頂を迎えて……うん、やっぱアウトだわ。
おかげで下着替える羽目になったし。
しかもあんな蕩けた顔、見られて……いや私も千春のそういう顔を見たわけだけど……。
何だかもう、これやっぱあれだよね、レズだよね。
千春は、女の子の私がいいんだろうか。
それともちゃんと、男になって男としてっていう方がいいんじゃないだろうか。
だが、千春は
「乃愛さんがそうしたいなら、ちょっと怖いけど男の人としても受け入れると思う」
って言ってた。
正直、誰かに取られるくらいなら私が、という気持ちはある。
というかそういう気持ちしかない。
まぁ、そんな気持ちで近づいてくる様な男がいたら、そいつには地獄見せてやるつもりだけどな。
昨日の唐沢なんか、目じゃないくらいのものを見せてやる。
「乃愛さん、怖い顔してる……」
「あ、え?いや、気のせいだって」
「大丈夫だよ、乃愛さん……私は、どこにも行かないから」
「そうかそうか、ならトイレにも行かないんだな?私は行くけど」
「そういうデリカシーないこと言うのは、どうかと思うけど……」
とにかくごはんにしよう、と言われて母の作った朝ごはんを食べることにする。
私もいずれ、千春にご飯とか作ってあげて……あれ、千春が求める立ち位置と逆っぽい気がしなくもないな。
「お母さんのごはん、美味しいよねぇ。私、今度コツとか習いにきてもいいですか?」
「あら、乃愛ちゃんのお嫁さんになってくれるの?」
「おい、気が早い……」
「私も、手作りとか乃愛さんに食べてもらいたいかなって」
「そ、そうか……なら……いいんじゃ……ないかな……」
段々と語尾に勢いがなくなっていく。
何となく千春相手だと強く出られない。
気にしすぎなんだろうか。
少しくらいなら、強く出ても大丈夫だろうなんて思うものの、やはり遠慮の様なものが生まれてしまう。
母は何がおかしいのかわからないが、ゲラゲラ笑っている。
……覚えてろよ。
「ほう、それで二人はめでたくくっついた、と……」
「あ、ああ……」
「池上さん、乃愛さんを焚きつけてくれてありがとう」
「私は……ちょっとぶん殴っただけだけどね」
何だか祝福してくれているという雰囲気ではない池上だが、千春の感謝には素直に対応している。
どっちかと言えば複雑な顔だが、何かあったのだろうか。
「でも……佐々木さん、ずるい」
「え?」
「私だって……乃愛さんと色々したいのに」
「色々って……お前とは昨日熱く殴り合ったじゃん」
「バカじゃないの!?そういう色々は別にいらないのよ!!」
三日連続で同じファミレスにきている私たちだが、池上がテーブルをばん、と叩いて立ち上がる。
一気に注目を浴びて、慌てて座りなおす。
まぁ、熱く殴り合った、とは言っても私が当てた一発は当たっちゃった、って感じのものではあるんだが。
幸い腫れたりはしていない様で安心した。
さすがに顔の形変わっちゃった、なんてことになったらこいつはうるさそうだ。
「そのことなんだけど……池上さん、本気で乃愛さんが好きなの?」
「ほっとけないのよね。乃愛さん、大人ぶってるけど案外子どもだし」
「お前がそれ言うのか?千春にそう言ってる時点でお前だって、十分子どもみたいなこと言ってると思うんだけど」
「それはそれとして……だとしたら私、乃愛さんを独占はできないかな」
「は?」
「だって、池上さんがいなかったら多分私たち、昨夜みたいなことにはなってないし。それに、乃愛さんだって池上さんのこと嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「そりゃな。大事な友達だと思ってるよ」
「と、友達止まり……?」
「だってお前性欲強そうだし」
「し、失礼ね……」
そうは言いつつも否定しないってことは、思い当たることがあるのだろう。
ああは言ったが、私は別に池上とそうなることに嫌悪感を持っていたりはしない。
正直いい女だとは思う。
思い込みの激しさを除けば普通に気が利くし、料理ができるかとかは知らないけど女子力とかいうものは高めなんじゃないかと思う。
私にはない熱いものを持っているとも思う。
「池上見てると、ヤンデレって言葉が頭をかすめるんだよなぁ」
「は!?何でよ!!」
「いや、何となく」
「乃愛さんの中で私は一体、どういう女なわけ……」
たとえば、昨日の殴り合い。
あれでもう少し池上が熱くなっていたら。
『ふふ……乃愛さん……もっと殴りなさいよ……』
あ、これヤンデレとはちょっと違う。
何だろう、マゾヒスト?
てかもう狂人に近い。
「お前やっぱ怖いわ」
「何を想像したのよ……」
「池上さんは多分だけど情に厚い人なんじゃないかと思うなぁ。だって、他人の恋愛にそこまで熱くなれるって、なかなかできないよ」
「それは私も思うけどな……でも何て言うか……」
「ん?」
何だろう、池上に千春の可愛いところを、見せたくない。
あれは私だけに見せてくれたら、それでいい。
そう思うと、池上の思いに応えるのに躊躇する部分が出てしまう。
「わかった。乃愛さん、佐々木さんを独り占めしたい、って思ってるんでしょ」
「な!?」
「え、そうなの?」
「乃愛さん、意外と独占欲強いのね……でも、安心して。私のこともたまに相手してくれたらいいから。具体的には週三くらいで」
「多くね?」
「半分だねぇ……」
「私に休みがなくなるだろ。却下だ却下」
「そんなぁ……」
池上が女の顔をして私を見る。
そんな目で見ないでほしい。
私はあんまりそういう目に耐性がない。
「週三はちょっとあれだけど……前向きには考えてやるから、その目やめてくれ」
「本当?」
「ああ……ただし、千春が基準だけどな。千春がダメって言ったら私は拒否する」
「乃愛さん優しい」
「そうでも言わなきゃ収拾つかないからな。妥協点は必要だろ」
その後私はバイトがあるので、お先にと店を出た。
二人はまだ残って何やら女子会めいたものをするらしい。
言っていなかったかもしれないが、私のバイト先は本屋だ。
駅ビルの一角にある本屋。
客はほとんどこないし、暇な時間は本読んでてもいいしで、私にはうってつけのバイト先だ。
昨今、本もデジタルものが主流になってきて紙媒体の本は衰退の一途をたどっているが、紙の本も売れないわけではない。
一定の需要がまだある以上、本屋もなくならないというわけだ。
それでも本屋そのものは大分数が減ってしまった。
嘆かわしいことだ。
「宇堂さん、今日は何だか機嫌よさそうだね」
バイト先の先輩で、大学生の遠藤良樹さんだ。
何かと私を気にかけてくれる人で、もしかしたら私を妹か何かみたいに思ってるのかもしれない。
まぁ、弟になっちゃうかもしれないけどな、このままいくと。
「ん?そう見えます?つっても特に変わったことはないんですけどね」
何もない風を装っているが、もちろん昨夜色々と、とか言っちゃうのはさすがに気が引けて、すっとぼけて見せる。
割と勘の鋭いこの人の前ではあんまり意味がないかもしれないが。
「彼氏でもできた?何かそういう感じに見える」
おおう、当たらずとも遠からずというところか。
さすがだわ。
だが私と千春の……あと池上の関係はおいそれと人に話していい様なものではない気がする。
遠藤さんもそれ以上は追及してこなかったので、話題は自然と違うものに切り替わった。
この人のことだから案外、私のことを察しているのかもしれない。
いつも通り客は二人程度きたくらいで私の就業時間が過ぎ、帰宅する時間になる。
これで時給も悪くないのだから、おいしいバイトと言えよう。
残り二週間ほどとなった夏休みだが、今日は千春がプールに行こうと言っていた日だ。
ムダ毛の処理も……とは言っても私は全体的に体毛が薄めなのであんまり必要なかったのだが、十分にしてある。
以前買った水着の出番がまた来るとは思っていなかったが、二人で出かけられるのであればそれはそれで喜ばしい。
「……って、何でお前もいるんだよ」
「私がお願いしたの」
池上もさも当然のごとく待ち合わせ場所にきていて、私はがっくりと肩を落とした。
「とは言ってもそのリアクションはちょっとひどいわ。もう少し隠す努力くらいしてくれても……」
「何だお前、私にそんな関係を求めてたのか?ならお前とは一線引いた関係でいいか?」
「そ、その質問は卑怯じゃないかしら!」
まぁ池上が来ることそのものに反対ではないし、千春と二人の時間はまたいずれ作れるだろう。
というわけで私は今日のこの日を満喫することにした。
先日海で見たときよりも、千春の幼児体系がやや改善されている様に見えるのは気のせいだろうか。
「気のせいね。きっとそれは恋人補正よ」
「こ、恋人……?」
「あら?恋人じゃないの?」
「あ、えーと……恋人、かも……」
「何よその初々しい顔……」
「うるさい!初めてづくしの私の経験なんだ、ほっといてくれ」
「まぁでも、慣れてきたらきっと乃愛さんて放置するタイプよね」
「え?放置?」
「そう。最初だけすごい輝いて見える佐々木さんだけど、慣れてくると言わなくても通じる、とか勘違いしちゃうの」
「う……それ父も言われてた」
「遺伝だとしたら悲惨よね……改善する見込みはほぼゼロじゃない」
だが、先にわかっているならそれは、どうにかできる兆しがあるということ。
千春に悲しい顔をさせないためにも、私はこの忌まわしい父の遺伝子を乗り越えなくてはならない。
しかし、プールと言うと以前母が、いたずらで視界をうんこまみれにしたという少年の話を思い出す。
その人も当時の彼女と一緒にプールにきていて、その時に自分が首謀者だと名乗り出たとか言ってたっけ。
首謀者もクソも、母一人の犯行だったはずだけど。
本当、めちゃくちゃするよなぁ、あの人。
「乃愛さん、チケット買ってきたよ」
「ああ、ありがと。んじゃお金」
そう言って二人分のお金を渡す。
「え、多いよこれ。倍もある」
「お前の分だよ。あ、池上は自分で出せよな」
「わかってるわよ……」
「私も自分で出すって……」
「こういうときくらい任せてくれよ。マジックテープの財布じゃないんだし」
「マジックテープ?」
あれ、千春はこういうの疎いのか。
盛大に滑ったなぁ、なんて思っていたら、池上が吹き出した。
こいつは掲示板とか見るのか、意外だ。
「まぁ気にするな。昨夜いい思いさせてもらったお礼ってことで」
「それじゃ売春みたいじゃん……」
「そうとも言えなくはないが、私にそのつもりがないからオッケー」
「それ、全然オッケーじゃない様な……」
更衣室で着替えをする。
私は面倒なので家で中に着てきてるが、二人はご丁寧に履き替えている。
その様子を、ついじろじろと見てしまって、池上から白い目を向けられた。
「乃愛さん、さすがにその目は……一昨日佐々木さんと乳繰り合ってきたんでしょ?」
「ま、まぁ……でも、服の上からだったから……」
「気持ちはわかるけど、それならいずれ全部見るんだから少しは我慢しなさいな……」
全部……全部か。
それならいっそ、毛穴の一つ一つまで、角質から肌のくすみまで全部見て……いや、夜が明けちゃうか、そんなことしてたら。
「私乃愛さんみたいにスタイル良くないから、あんまりじっと見られるのちょっと恥ずかしい……」
「私のなら、全部見たっていいのよ?」
「池上は確かにいいスタイルしてるけど……」
何だろう、ざわっとする。
池上は女として見るなら、本当にいいんじゃないかと思う。
胸だって結構あるし、尻もでかい。
でかいって言ったら殴られそうだけど。
ヤクルトの容器みたいだ、って言ったら誉め言葉になるのだろうか。
というか、見てもいいのよ、とか言いながら長時間全裸でいられるのもちょっと……。
「いいからさっさと水着着ろよ。公共の場だし目の毒だから」
「毒とか言わないでよ……でも、意識はしてくれてるのね」
少し池上の機嫌が良くなった様だ。
まぁ、意識はしなくもない。
というかあんまり見ていると、いけない気分になってしまいそうだ。
私の遺伝子は男寄りなのか?
ウォータースライダーとかいう滑り台を、千春は滑ってみたいと言った。
私も興味はあったのでついていくのだが、割と高い。
十メートルはあるのではないかという高さで、そこから全長六十メートルほどもある長さの滑り台を滑っていく。
絶えず水が流れているので、途中で止まってしまったりということはない様だが、逆に中途半端にスピードが出ている分ややおっかない。
三六〇度全部を囲われている部分は最初の数メートルだけで、あとは屋根がない。
遠心力ですっ飛ばされたりしないかと、少しひやっとした。
千春はこういうのが大好きな様だが、私はあまり得意でない。
だが克服しておいた方が、今後の為かもしれない。
池上も割とビビりながらだが降りてきて、思っていたよりも楽しいと感想を漏らした。
まぁ、遠心力ですっ飛んだとしても私がケガをしたりする心配は皆無なのだが。
「お腹空いてきたね。ごはんにしようか」
千春の一言で私の胃は食事モードに切り替わる。
プールで食べる食事は、昔はあまりおいしくなかったと聞くのだが別に今はそんなことはない様に思う。
普通にチェーンのファーストフード店もあるし、ラーメンなんかも割と有名な店のものがあったりする。
「乃愛さん、これにしない?私、これにするから半分こしようよ」
「お前、千春の物まねとか……殴られたいわけ?」
「ひ、ひどいわ……結構頑張ったのよ、これでも」
「全然似てない。まずその胸削り落としてこい。あと尻もそんなでかくないから」
「こ、声と喋り方真似しただけでそこまで言うことないじゃない……」
「乃愛さん……さすがにそれは可哀想だよ……」
他愛もないお喋りだが、こういうのも楽しいと思える私がいる。
数か月前の私ならあり得ない考えだ。
まぁ池上も千春みたいに構ってほしいんだろうということで、ご希望に沿ってやることにする。
「池上、ほら」
私はチキンナゲットを口に咥えて、顔を突き出した。
千春がぽかんとした顔をしている。
池上も、何を言われてるのか理解できてない様だ。
「ほふぁ、はひゃふ!(ほら、早く)」
「え、あ、は、はぁ」
要はポッキーゲームの短い版だが……あ、これ折れなくね?
なんて思ってる間に池上が顔を寄せてきて、ナゲットごと私の唇を噛んだ。
「いってぇ!!」
「あ、ご、ごめんなさい」
慌ててナゲットを飲み下した池上が、ナプキンで私の唇を拭う。
血は出ていない様だが、ダメージは結構大きい。
「の、乃愛さん……さすがに人目が……」
「あ?……あ」
周りがひそひそと私たちを見ながら何やら笑っているのが見えた。
ちょっとやりすぎたかな。
よし、なら次は千春の番だ。
「あ、えっとわ、私は普通に食べるから……」
「ええ……そりゃないだろ……」
これだけ人の目があれば、致し方ないかもしれない。
私は素直に諦めて、黙々と自分の分を消化することにした。
池上は何やらぶつぶつ言いながら顔を赤くしている。
間接……いや、ちょびっと当たったから間接じゃないのか。
でもあれくらいで騒ぐ様なものでもなさそうなんだけど。
「の、乃愛さん、次は直接……」
「ああ?飯食ってんだから後にしろ、後に」
「あ、あとでならいいってことかしら?」
「お前、がっつきすぎ……ちょっと怖いぞ」
冷たく言い放つと、目に見えてしゅんとしてるのがわかる。
何だこいつ、そんなにしたかったのか……仕方ないやつだ。
食事を終えて、人があんまり見てないことを確認して、池上に指でちょいちょい、とやる。
「何かしら?」
「ほれ、今のうち」
すっと池上の顎を掴んでそのままキスしてやると、池上はバランスを崩して倒れてしまった。
これじゃ人目を忍んだ意味ねぇ……。
「ちょ、の、乃愛さん……」
「あん?千春もやってほしいのか?」
「そ、そうじゃないけど……でも、こ、ここじゃちょっと……」
どいつもこいつも仕方ない。
近くにあった売店の陰に千春を連れ込んで同じ様にしてやると、えへへ、と照れた様に笑う。
池上はまだ少し放心している様だ。
「おら、いつまでも呆けてないで行くぞ」
「え、ええ……」
二人を伴って、またもプールで遊んでいるのだが……二人とも何やらほかのことが気になって仕方ない様だった。
ちょっと早まったか。
やってることが宴会の席とかで酔っ払ったキス魔みたいな気がするが、二人が喜んでるみたいだからよしとしよう。
夕方近くなって、そろそろ帰るかと支度を始める。
雲行きがやや怪しくなってきていて、いつ降り出してもおかしくない空模様だ。
「これは……また降るのかしらね」
「降りそうだな。台風近づいてるって話もあるしな」
「じゃあ早いうちに出た方がよさそうかな」
三人で再び更衣室へ。
今度は帰りの客でそこそこ溢れているが、構わず着替えを済ませる。
濡れた水着持って帰るのだけが面倒なんだよなぁ。
こっそり乾かしてしまおうか。
「ねぇ乃愛さん、まだ時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だけど……雨降りそうだぞ?」
「ちょっと行ってみたいところがあるんだけど……佐々木さんも一緒に」
「私も?いいの?」
「もちろんよ。ぜひ来てもらいたいわ」
プールを出てバスに乗って、すぐに池上が提案してくる。
一体どこに行こうというのか。
雨降ってきたら面倒なだけじゃないかと思うが、どうしてもと池上が譲らないので仕方なく三人で、地元より少し早いところでバスを降りる。
ここは……。
「ねぇ、ここって……もしかして」
「そうね……行きましょ」
池上が来たかったのは、ラブホテルの並ぶ所謂裏路地だった。
やや青い顔をした千春と、マジかよ、という顔の私、期待に胸を膨らませているであろう池上の三人は、裏路地を通る。
ここまで来ちゃうと、やっぱり……なのか?
終了でもなんでもなく、私は何てことをしてしまったのか、と自責の念に駆られていた。
正直なところ、雰囲気に流された感が半端じゃない。
いくら可愛いやつだと思っていた相手とは言え、お互いに初めてであるところのキスを捧げ合うなんて……。
「でも乃愛ちゃん、前より幸せそうな顔してるよ?」
「うるさい……悪趣味だぞ、ああいうの覗き見るなんて……」
「いやぁ、つい気になって……」
「娘のプライバシーを侵害するなんて最低だな、本当……」
そう言いながらも少し鼻の下が伸びてる、と母に指摘されて、私は慌てて鏡を見に行った。
確かに幸せな気分であることは否定しない。
千春は私のもとに戻って、お、お互い両想いってことでいいのか、これ……。
ていうか私は、千春をそういう目で見てたのか?
千春はそういう目で見てたって言ってたけど……。
「乃愛さんおはよう」
後ろから不意に声をかけられて、文字通り飛び上がって驚いた。
どんな顔をして千春を見たらいいのか、わからない。
「あ、うん、おは、おはよう」
「ねね、おはようのキスは?」
「は、はぁ!?」
「ふふ、冗談だよ、お母さんいるもんね」
そう言って千春は顔を洗い出す。
さすがにそれを凝視したりするほどマニアックな趣味はないので、私は洗面所を出て自室で着替える。
昨夜は盛り上がってしまって、つい一線を……ということはなかったが、千春の一言で色々なキスを試した。
「キスにはいろんな種類があるんだって」
この一言がきっかけになって、私はスマホで『キス 種類』とか検索をしてみた。
画像つきの色々なキスをしているサイトが出てきて、これしてみたい、とか千春がわいわいと元気を取り戻していたので、ついつい私も甘やかして色々試してしまった。
結果、キスには中毒性がある、ということがわかった。
いや、これは私だけかもわからないが、どうにもこう、気分が良くなってしまったりして、下半身が疼きを覚えたというか……。
実際千春もそれは同じだった様で、もじもじとしていたので、お互いに服の上からなら、ということで……。
一線超えてないかって?
服の上からならセーフでしょ。
かなり際どいところかもしれないけど。
お互いに全裸で、とかなったらもうレズプレイ待ったなし!って感じではあるが……いや割とアウトだなこれ。
目覚めたての冷静な頭で反復してみると、割とというか完全にアウトだ。
キスしながらお互いの服の上から体をまさぐりあって、二人ともが絶頂を迎えて……うん、やっぱアウトだわ。
おかげで下着替える羽目になったし。
しかもあんな蕩けた顔、見られて……いや私も千春のそういう顔を見たわけだけど……。
何だかもう、これやっぱあれだよね、レズだよね。
千春は、女の子の私がいいんだろうか。
それともちゃんと、男になって男としてっていう方がいいんじゃないだろうか。
だが、千春は
「乃愛さんがそうしたいなら、ちょっと怖いけど男の人としても受け入れると思う」
って言ってた。
正直、誰かに取られるくらいなら私が、という気持ちはある。
というかそういう気持ちしかない。
まぁ、そんな気持ちで近づいてくる様な男がいたら、そいつには地獄見せてやるつもりだけどな。
昨日の唐沢なんか、目じゃないくらいのものを見せてやる。
「乃愛さん、怖い顔してる……」
「あ、え?いや、気のせいだって」
「大丈夫だよ、乃愛さん……私は、どこにも行かないから」
「そうかそうか、ならトイレにも行かないんだな?私は行くけど」
「そういうデリカシーないこと言うのは、どうかと思うけど……」
とにかくごはんにしよう、と言われて母の作った朝ごはんを食べることにする。
私もいずれ、千春にご飯とか作ってあげて……あれ、千春が求める立ち位置と逆っぽい気がしなくもないな。
「お母さんのごはん、美味しいよねぇ。私、今度コツとか習いにきてもいいですか?」
「あら、乃愛ちゃんのお嫁さんになってくれるの?」
「おい、気が早い……」
「私も、手作りとか乃愛さんに食べてもらいたいかなって」
「そ、そうか……なら……いいんじゃ……ないかな……」
段々と語尾に勢いがなくなっていく。
何となく千春相手だと強く出られない。
気にしすぎなんだろうか。
少しくらいなら、強く出ても大丈夫だろうなんて思うものの、やはり遠慮の様なものが生まれてしまう。
母は何がおかしいのかわからないが、ゲラゲラ笑っている。
……覚えてろよ。
「ほう、それで二人はめでたくくっついた、と……」
「あ、ああ……」
「池上さん、乃愛さんを焚きつけてくれてありがとう」
「私は……ちょっとぶん殴っただけだけどね」
何だか祝福してくれているという雰囲気ではない池上だが、千春の感謝には素直に対応している。
どっちかと言えば複雑な顔だが、何かあったのだろうか。
「でも……佐々木さん、ずるい」
「え?」
「私だって……乃愛さんと色々したいのに」
「色々って……お前とは昨日熱く殴り合ったじゃん」
「バカじゃないの!?そういう色々は別にいらないのよ!!」
三日連続で同じファミレスにきている私たちだが、池上がテーブルをばん、と叩いて立ち上がる。
一気に注目を浴びて、慌てて座りなおす。
まぁ、熱く殴り合った、とは言っても私が当てた一発は当たっちゃった、って感じのものではあるんだが。
幸い腫れたりはしていない様で安心した。
さすがに顔の形変わっちゃった、なんてことになったらこいつはうるさそうだ。
「そのことなんだけど……池上さん、本気で乃愛さんが好きなの?」
「ほっとけないのよね。乃愛さん、大人ぶってるけど案外子どもだし」
「お前がそれ言うのか?千春にそう言ってる時点でお前だって、十分子どもみたいなこと言ってると思うんだけど」
「それはそれとして……だとしたら私、乃愛さんを独占はできないかな」
「は?」
「だって、池上さんがいなかったら多分私たち、昨夜みたいなことにはなってないし。それに、乃愛さんだって池上さんのこと嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「そりゃな。大事な友達だと思ってるよ」
「と、友達止まり……?」
「だってお前性欲強そうだし」
「し、失礼ね……」
そうは言いつつも否定しないってことは、思い当たることがあるのだろう。
ああは言ったが、私は別に池上とそうなることに嫌悪感を持っていたりはしない。
正直いい女だとは思う。
思い込みの激しさを除けば普通に気が利くし、料理ができるかとかは知らないけど女子力とかいうものは高めなんじゃないかと思う。
私にはない熱いものを持っているとも思う。
「池上見てると、ヤンデレって言葉が頭をかすめるんだよなぁ」
「は!?何でよ!!」
「いや、何となく」
「乃愛さんの中で私は一体、どういう女なわけ……」
たとえば、昨日の殴り合い。
あれでもう少し池上が熱くなっていたら。
『ふふ……乃愛さん……もっと殴りなさいよ……』
あ、これヤンデレとはちょっと違う。
何だろう、マゾヒスト?
てかもう狂人に近い。
「お前やっぱ怖いわ」
「何を想像したのよ……」
「池上さんは多分だけど情に厚い人なんじゃないかと思うなぁ。だって、他人の恋愛にそこまで熱くなれるって、なかなかできないよ」
「それは私も思うけどな……でも何て言うか……」
「ん?」
何だろう、池上に千春の可愛いところを、見せたくない。
あれは私だけに見せてくれたら、それでいい。
そう思うと、池上の思いに応えるのに躊躇する部分が出てしまう。
「わかった。乃愛さん、佐々木さんを独り占めしたい、って思ってるんでしょ」
「な!?」
「え、そうなの?」
「乃愛さん、意外と独占欲強いのね……でも、安心して。私のこともたまに相手してくれたらいいから。具体的には週三くらいで」
「多くね?」
「半分だねぇ……」
「私に休みがなくなるだろ。却下だ却下」
「そんなぁ……」
池上が女の顔をして私を見る。
そんな目で見ないでほしい。
私はあんまりそういう目に耐性がない。
「週三はちょっとあれだけど……前向きには考えてやるから、その目やめてくれ」
「本当?」
「ああ……ただし、千春が基準だけどな。千春がダメって言ったら私は拒否する」
「乃愛さん優しい」
「そうでも言わなきゃ収拾つかないからな。妥協点は必要だろ」
その後私はバイトがあるので、お先にと店を出た。
二人はまだ残って何やら女子会めいたものをするらしい。
言っていなかったかもしれないが、私のバイト先は本屋だ。
駅ビルの一角にある本屋。
客はほとんどこないし、暇な時間は本読んでてもいいしで、私にはうってつけのバイト先だ。
昨今、本もデジタルものが主流になってきて紙媒体の本は衰退の一途をたどっているが、紙の本も売れないわけではない。
一定の需要がまだある以上、本屋もなくならないというわけだ。
それでも本屋そのものは大分数が減ってしまった。
嘆かわしいことだ。
「宇堂さん、今日は何だか機嫌よさそうだね」
バイト先の先輩で、大学生の遠藤良樹さんだ。
何かと私を気にかけてくれる人で、もしかしたら私を妹か何かみたいに思ってるのかもしれない。
まぁ、弟になっちゃうかもしれないけどな、このままいくと。
「ん?そう見えます?つっても特に変わったことはないんですけどね」
何もない風を装っているが、もちろん昨夜色々と、とか言っちゃうのはさすがに気が引けて、すっとぼけて見せる。
割と勘の鋭いこの人の前ではあんまり意味がないかもしれないが。
「彼氏でもできた?何かそういう感じに見える」
おおう、当たらずとも遠からずというところか。
さすがだわ。
だが私と千春の……あと池上の関係はおいそれと人に話していい様なものではない気がする。
遠藤さんもそれ以上は追及してこなかったので、話題は自然と違うものに切り替わった。
この人のことだから案外、私のことを察しているのかもしれない。
いつも通り客は二人程度きたくらいで私の就業時間が過ぎ、帰宅する時間になる。
これで時給も悪くないのだから、おいしいバイトと言えよう。
残り二週間ほどとなった夏休みだが、今日は千春がプールに行こうと言っていた日だ。
ムダ毛の処理も……とは言っても私は全体的に体毛が薄めなのであんまり必要なかったのだが、十分にしてある。
以前買った水着の出番がまた来るとは思っていなかったが、二人で出かけられるのであればそれはそれで喜ばしい。
「……って、何でお前もいるんだよ」
「私がお願いしたの」
池上もさも当然のごとく待ち合わせ場所にきていて、私はがっくりと肩を落とした。
「とは言ってもそのリアクションはちょっとひどいわ。もう少し隠す努力くらいしてくれても……」
「何だお前、私にそんな関係を求めてたのか?ならお前とは一線引いた関係でいいか?」
「そ、その質問は卑怯じゃないかしら!」
まぁ池上が来ることそのものに反対ではないし、千春と二人の時間はまたいずれ作れるだろう。
というわけで私は今日のこの日を満喫することにした。
先日海で見たときよりも、千春の幼児体系がやや改善されている様に見えるのは気のせいだろうか。
「気のせいね。きっとそれは恋人補正よ」
「こ、恋人……?」
「あら?恋人じゃないの?」
「あ、えーと……恋人、かも……」
「何よその初々しい顔……」
「うるさい!初めてづくしの私の経験なんだ、ほっといてくれ」
「まぁでも、慣れてきたらきっと乃愛さんて放置するタイプよね」
「え?放置?」
「そう。最初だけすごい輝いて見える佐々木さんだけど、慣れてくると言わなくても通じる、とか勘違いしちゃうの」
「う……それ父も言われてた」
「遺伝だとしたら悲惨よね……改善する見込みはほぼゼロじゃない」
だが、先にわかっているならそれは、どうにかできる兆しがあるということ。
千春に悲しい顔をさせないためにも、私はこの忌まわしい父の遺伝子を乗り越えなくてはならない。
しかし、プールと言うと以前母が、いたずらで視界をうんこまみれにしたという少年の話を思い出す。
その人も当時の彼女と一緒にプールにきていて、その時に自分が首謀者だと名乗り出たとか言ってたっけ。
首謀者もクソも、母一人の犯行だったはずだけど。
本当、めちゃくちゃするよなぁ、あの人。
「乃愛さん、チケット買ってきたよ」
「ああ、ありがと。んじゃお金」
そう言って二人分のお金を渡す。
「え、多いよこれ。倍もある」
「お前の分だよ。あ、池上は自分で出せよな」
「わかってるわよ……」
「私も自分で出すって……」
「こういうときくらい任せてくれよ。マジックテープの財布じゃないんだし」
「マジックテープ?」
あれ、千春はこういうの疎いのか。
盛大に滑ったなぁ、なんて思っていたら、池上が吹き出した。
こいつは掲示板とか見るのか、意外だ。
「まぁ気にするな。昨夜いい思いさせてもらったお礼ってことで」
「それじゃ売春みたいじゃん……」
「そうとも言えなくはないが、私にそのつもりがないからオッケー」
「それ、全然オッケーじゃない様な……」
更衣室で着替えをする。
私は面倒なので家で中に着てきてるが、二人はご丁寧に履き替えている。
その様子を、ついじろじろと見てしまって、池上から白い目を向けられた。
「乃愛さん、さすがにその目は……一昨日佐々木さんと乳繰り合ってきたんでしょ?」
「ま、まぁ……でも、服の上からだったから……」
「気持ちはわかるけど、それならいずれ全部見るんだから少しは我慢しなさいな……」
全部……全部か。
それならいっそ、毛穴の一つ一つまで、角質から肌のくすみまで全部見て……いや、夜が明けちゃうか、そんなことしてたら。
「私乃愛さんみたいにスタイル良くないから、あんまりじっと見られるのちょっと恥ずかしい……」
「私のなら、全部見たっていいのよ?」
「池上は確かにいいスタイルしてるけど……」
何だろう、ざわっとする。
池上は女として見るなら、本当にいいんじゃないかと思う。
胸だって結構あるし、尻もでかい。
でかいって言ったら殴られそうだけど。
ヤクルトの容器みたいだ、って言ったら誉め言葉になるのだろうか。
というか、見てもいいのよ、とか言いながら長時間全裸でいられるのもちょっと……。
「いいからさっさと水着着ろよ。公共の場だし目の毒だから」
「毒とか言わないでよ……でも、意識はしてくれてるのね」
少し池上の機嫌が良くなった様だ。
まぁ、意識はしなくもない。
というかあんまり見ていると、いけない気分になってしまいそうだ。
私の遺伝子は男寄りなのか?
ウォータースライダーとかいう滑り台を、千春は滑ってみたいと言った。
私も興味はあったのでついていくのだが、割と高い。
十メートルはあるのではないかという高さで、そこから全長六十メートルほどもある長さの滑り台を滑っていく。
絶えず水が流れているので、途中で止まってしまったりということはない様だが、逆に中途半端にスピードが出ている分ややおっかない。
三六〇度全部を囲われている部分は最初の数メートルだけで、あとは屋根がない。
遠心力ですっ飛ばされたりしないかと、少しひやっとした。
千春はこういうのが大好きな様だが、私はあまり得意でない。
だが克服しておいた方が、今後の為かもしれない。
池上も割とビビりながらだが降りてきて、思っていたよりも楽しいと感想を漏らした。
まぁ、遠心力ですっ飛んだとしても私がケガをしたりする心配は皆無なのだが。
「お腹空いてきたね。ごはんにしようか」
千春の一言で私の胃は食事モードに切り替わる。
プールで食べる食事は、昔はあまりおいしくなかったと聞くのだが別に今はそんなことはない様に思う。
普通にチェーンのファーストフード店もあるし、ラーメンなんかも割と有名な店のものがあったりする。
「乃愛さん、これにしない?私、これにするから半分こしようよ」
「お前、千春の物まねとか……殴られたいわけ?」
「ひ、ひどいわ……結構頑張ったのよ、これでも」
「全然似てない。まずその胸削り落としてこい。あと尻もそんなでかくないから」
「こ、声と喋り方真似しただけでそこまで言うことないじゃない……」
「乃愛さん……さすがにそれは可哀想だよ……」
他愛もないお喋りだが、こういうのも楽しいと思える私がいる。
数か月前の私ならあり得ない考えだ。
まぁ池上も千春みたいに構ってほしいんだろうということで、ご希望に沿ってやることにする。
「池上、ほら」
私はチキンナゲットを口に咥えて、顔を突き出した。
千春がぽかんとした顔をしている。
池上も、何を言われてるのか理解できてない様だ。
「ほふぁ、はひゃふ!(ほら、早く)」
「え、あ、は、はぁ」
要はポッキーゲームの短い版だが……あ、これ折れなくね?
なんて思ってる間に池上が顔を寄せてきて、ナゲットごと私の唇を噛んだ。
「いってぇ!!」
「あ、ご、ごめんなさい」
慌ててナゲットを飲み下した池上が、ナプキンで私の唇を拭う。
血は出ていない様だが、ダメージは結構大きい。
「の、乃愛さん……さすがに人目が……」
「あ?……あ」
周りがひそひそと私たちを見ながら何やら笑っているのが見えた。
ちょっとやりすぎたかな。
よし、なら次は千春の番だ。
「あ、えっとわ、私は普通に食べるから……」
「ええ……そりゃないだろ……」
これだけ人の目があれば、致し方ないかもしれない。
私は素直に諦めて、黙々と自分の分を消化することにした。
池上は何やらぶつぶつ言いながら顔を赤くしている。
間接……いや、ちょびっと当たったから間接じゃないのか。
でもあれくらいで騒ぐ様なものでもなさそうなんだけど。
「の、乃愛さん、次は直接……」
「ああ?飯食ってんだから後にしろ、後に」
「あ、あとでならいいってことかしら?」
「お前、がっつきすぎ……ちょっと怖いぞ」
冷たく言い放つと、目に見えてしゅんとしてるのがわかる。
何だこいつ、そんなにしたかったのか……仕方ないやつだ。
食事を終えて、人があんまり見てないことを確認して、池上に指でちょいちょい、とやる。
「何かしら?」
「ほれ、今のうち」
すっと池上の顎を掴んでそのままキスしてやると、池上はバランスを崩して倒れてしまった。
これじゃ人目を忍んだ意味ねぇ……。
「ちょ、の、乃愛さん……」
「あん?千春もやってほしいのか?」
「そ、そうじゃないけど……でも、こ、ここじゃちょっと……」
どいつもこいつも仕方ない。
近くにあった売店の陰に千春を連れ込んで同じ様にしてやると、えへへ、と照れた様に笑う。
池上はまだ少し放心している様だ。
「おら、いつまでも呆けてないで行くぞ」
「え、ええ……」
二人を伴って、またもプールで遊んでいるのだが……二人とも何やらほかのことが気になって仕方ない様だった。
ちょっと早まったか。
やってることが宴会の席とかで酔っ払ったキス魔みたいな気がするが、二人が喜んでるみたいだからよしとしよう。
夕方近くなって、そろそろ帰るかと支度を始める。
雲行きがやや怪しくなってきていて、いつ降り出してもおかしくない空模様だ。
「これは……また降るのかしらね」
「降りそうだな。台風近づいてるって話もあるしな」
「じゃあ早いうちに出た方がよさそうかな」
三人で再び更衣室へ。
今度は帰りの客でそこそこ溢れているが、構わず着替えを済ませる。
濡れた水着持って帰るのだけが面倒なんだよなぁ。
こっそり乾かしてしまおうか。
「ねぇ乃愛さん、まだ時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だけど……雨降りそうだぞ?」
「ちょっと行ってみたいところがあるんだけど……佐々木さんも一緒に」
「私も?いいの?」
「もちろんよ。ぜひ来てもらいたいわ」
プールを出てバスに乗って、すぐに池上が提案してくる。
一体どこに行こうというのか。
雨降ってきたら面倒なだけじゃないかと思うが、どうしてもと池上が譲らないので仕方なく三人で、地元より少し早いところでバスを降りる。
ここは……。
「ねぇ、ここって……もしかして」
「そうね……行きましょ」
池上が来たかったのは、ラブホテルの並ぶ所謂裏路地だった。
やや青い顔をした千春と、マジかよ、という顔の私、期待に胸を膨らませているであろう池上の三人は、裏路地を通る。
ここまで来ちゃうと、やっぱり……なのか?
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
『紅茶の香りが消えた午後に』
柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。
けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。
誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる