手の届く存在~Daughters~

スカーレット

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大人の企み

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<Side C>

私は、乃愛さんにとって何なのか。
乃愛さんに抱かれて早三日。
夏休みはもうあと十日余り。

にも拘わらず、乃愛さんは連絡一つよこさない。
よく、ヤったらあとはもう適当、みたいな話を聞くが……乃愛さんに限ってそんなことはないと思いながらも、不安な気持ちになってくる。
私はもう、乃愛さんにとって大事な存在ではなくなってしまったのだろうか。

処女であることが、乃愛さんにとっては重要だったのか、なんてありえもしないことまで考えてしまう。
これが恋をするという感覚なのか、と考えてみるも、答えは出ない。
ただ、私は乃愛さんに必要とされたい。

肉……肉便器?っていうんだっけ。
そういう扱いでもいいから、愛してほしい。
それだけが私の願いだった。

乃愛さんにとっての私がどんなものであろうと、傍にいて満足感を得たい。
池上さんの方が良かったって言うのであれば、それでもかまわない。
タイプの違う二人だから、きっと乃愛さんを楽しませられる。

半ば自暴自棄になって、私は部屋を出た。
乃愛さんが必要としてくれない私になんて、価値はない。
暗い考えばかりが頭の中をぐるぐるとして、私はもう、どうにかなりそうだった。

「あれ?千春ちゃん?」

公園で一人ベンチに腰かけて脳内で先日の行為を反芻していたら、乃愛さんのお母さんが笑いながら話しかけてきた。
綺麗な人だなぁ、と思う。
大恋愛の末に結婚はしてないけど、乃愛さんを生んで今でも幸せそうだと乃愛さんは言っていた。
多分この人は今でも乃愛さんのお父さんに、恋をしているんだろう。

「ふむ、乃愛ちゃんがねぇ……」

私は洗いざらい、乃愛さんとのことを語った。
その上で今尚、乃愛さんと連絡が取れないということを赤裸々に愚痴ってしまった。

「乃愛ちゃんなら、今日も出かけてるみたいだけど……千春ちゃん、大事にされてるって自信がなくなっちゃった?」
「そう……かもしれません。私、処女でなくなったから価値がなくなっちゃったんですか!?」

昼間の、まだ明るい時間帯で親子連れの目立つ時間帯にそんなことを叫んだものだから、私は一気に注目の的になってしまった。

「うーん……ちょっと場所変えようか」

さすがのお母さんもちょっと困った顔になって、お母さんは私を連れて駅前まで歩いた。

「暑いねぇ、今日も」
「ですね……私、汗臭いのかなぁ」
「千春ちゃん……そんなことないからね?考えすぎだから」

お母さんに連れられて、私は喫茶店に入る。
何でも好きなもの頼んでいいからね、なんて言ってくれたが、お腹も空いてないので、紅茶だけ頼むことにした。
お母さんはアイスカフェオレを頼んでいる様だった。

「乃愛ちゃんが何で連絡取れないのかは……まぁ多分忙しいからなんだと思うけど」

お母さんは何か知っている様だが、核心には触れない。
何だかもどかしい気持ちになってくる。

「でも、乃愛ちゃんは物凄く千春ちゃんのこと大事にしてると思うよ」
「そうなんですか?私、思いつめすぎなんですかね……」
「そうじゃない、とは言わないけど……でも連絡くらいはしてもいいかなぁ、って私も思う。だからね」
「え?」
「ちょっと、乃愛ちゃんの愛情を試してみようか」

こうしてお母さんの悪だくみが始まる。
高校の頃とかはこんなの日常茶飯事だった、と胸を張るお母さん。
おっぱい大きい……羨ましいなぁ。

とても子供一人生んでるとは思えないプロポーションだ。
年齢だって、そこそこ行ってておかしくないはずなんだけどなぁ。
まぁそれはともかく、お母さんがお会計をしてくれて、二人で店を出た。

「ちょっと遠出しよっか」

お母さんはにこっと笑って私に手を差し伸べた。
何だか逆らえる気がしなくて、私は知らず知らずその手を掴む。
すると、目の前の景色が一瞬で変わった。

見たこともない景色。
私の知っている世界と違って、機械的なものが一切ない世界。
少しだけ、空気が薄い気がする。

でも、自然に溢れている感じがする。
建物がとても、古いものに見える。

「ようこそ、神界へ」
「しん、かい……?」
「うん、神様の世界。私、ここの出身なんだ」

あまりの事態に、頭がついていかない。
神の世界の出身?
この人は何を言っているんだろう。

「まぁ、そうなるよね。疲れるから、元の姿に戻るね」

そう言ってお母さんの姿がみるみる変わっていく。

「え……?」
「これが、本来の姿なの。乃愛ちゃんから、聞いてない?」
「えっと……ちょっと訳ありの家族だ、みたいなことは言ってた……かも?」
「まぁ、出自が出自だし、そう言うしかないか。あ、ちなみに乃愛ちゃんも女神だから」

神……。
だからあんな不思議なことが次々できる、ということ。
何となく、納得した気がする。

「でね、これからちょっと面白いことしようと思うんだけど……乗ってみる?」
「面白いこと?」

お母さんの顔が、ちょっと言い方は悪いけどゲスいものになる。
ああ、これは悪だくみしてる顔だ……。

私はヴァルハラという建物に連れてこられた。

「ロキいる?」
「あ、スルーズ。久しぶりだね」

見た目は幼女っぽい感じの、元気印ってイメージの女の子。
きっとこの人も神様なんだろうなぁ。
スルーズって、コードネームか何かかな。

「久しぶり、ノルン。ロキに用事なんだけど、ここにはいない感じ?」
「ロキなら今……あ、こっち向かってるね。待ってたら会えるんじゃない?」

ノルンと呼ばれた女性は、水晶玉の様なものを見ている。
ロキって誰だろう。

十分くらい待ったところで、ひょろっとした感じのイケメン風な男の人がやってきた。
この人がロキ?

「久しぶり、ロキ。ちょっと頼みごと」
「久しぶりに会ったらいきなり頼み事って……まぁいいや、どうしたんだい?」

やや高めの声のその青年が、ロキらしい。
何かちょっと、おっかない感じがしなくもない。

「ちょっと力を貸してほしい。私の娘と、その恋人の為に」
「へぇ、その子が乃愛の?って、女の子じゃないか。乃愛はそっちの趣味に走ったのかい?」
「あの子は能力で性別変えて、この子と交わったんだよ。あんまり褒められたことじゃないかもしれないけど、それでも二人で決めたことだからね」
「なるほどなるほど。ちょっと面白そうだし、僕も喜んで協力させてもらおうか。お嬢さん、名前は?」
「あ……佐々木千春です。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「そんなにかしこまらないでよ。あとで乃愛にぶっ飛ばされちゃうから」

一体どういう関係なんだ?
まさか乃愛さんの、女性の時の恋人とか……。
そう思うと、敵意が少しだけ牙を剥いてしまう。

「おっと、そういうんじゃないよ。どっちかっていうと、父親みたいな……スルーズ、そんな顔しないでくれ。例えばの話さ」

お母さんが、殺気を迸らせてロキと呼ばれた人を見ている。

「まぁ、こんなやつだけどロキも神だ。悪神って呼ばれてたけどな」
「そんな昔の話を……で、僕は何をしたらいいんだい?」

おどけた様子で、ロキさんはお母さんの殺気を受け流している。
もしかして、この人すごい人?

「ロキ、あんたには今回悪役をやってもらう。本望だろう?多少痛い目にも遭うかもしれないけど」
「それって、乃愛に僕がボコられるってことなんじゃ……」
「場合によっては、だけどね」

お母さんの説明した計画は、まず人間界の位相をずらして乃愛さんと人間界を切り離す。
そうすると、人間はおろか生物と呼べるものが何一つ存在しない世界に乃愛さんは引き込まれる。
そこで乃愛さんなら異変に気付くはずだと、お母さんは言った。

冥界から魔物なんかをちょいちょい召喚しつつ、ロキさんの分身体を使って乃愛さんに少しずつ身の危険を迫る。
……そんなの、やだなぁ、とちょっと思ったが、心配いらないよ、とお母さんになだめられた。
真相に気づいた乃愛さんはきっと、神界を訪れる。

そこで私やお母さん、お父さんと言った乃愛さんにゆかりのある面々が魂を封印されているのを発見する。
怒った乃愛さんはおそらく、ロキさんの仕業であることに気づくだろう、というのがお母さんの考えだった。
ロキさんに行きついた乃愛さんは、ロキさんをぶん殴りに来るだろうが、そこで全ての種明かしをしよう、とお母さんは言う。

ロキさんも顔を引きつらせながらその案に賛成していた。
本当に大丈夫なのかな……。
というか冥界とか魔獣って何?

「まぁいいか……可愛い乃愛の為だ、一発や二発、殴られてあげようじゃないか……どうせ死ぬことはないんだし。ところで千春ちゃん、君の方は覚悟いいかい?」
「覚悟って……何のですか?」
「乃愛が近くまできたら、一時的にだけど魂を封印するからさ。痛みはないけど、身動きは一切とれないし、不安とかない?」
「ああ、そういう……乃愛さんが私をどう思ってるのかがわかるなら、それでもかまいません」
「どうやら本物だねぇ、君は。気に入ったよ。じゃあ、さっさと作業にとりかかろうか」

ロキさんは何やらぶつぶつ言いながら、目を閉じている。
これでもう、引き返せない。
乃愛さんは、今何をしてるんだろうか……。


<Side N>

今日でやっと、終わる。
臨時で入れた日払いのバイトの日々。
千春には悪いが、私はこの日の為に千春との時間も連絡も、すべてを犠牲にしてきた。
だけど、千春にこれが渡せれば、それも笑って過去のことになる。

「ねぇ乃愛さん……わざわざ佐々木さんに内緒にしてまでって意味あったの?」
「多分今千春は、私から連絡がなくて不安になってるだろうと思う。だからこそ、意味があるんだよ」
「そうかしら……あの子、変な方向にこじらせたりしそうじゃない?」
「何言ってんだよ、大丈夫に決まってるだろ?それより、選んでもらって感謝するよ。お礼にキスでもしてやろうか?」
「佐々木さんに抜け駆けしてるみたいで悪いから、今日は遠慮しとくわ……」

池上には、千春に渡すためのこれを、選んでもらった。
私のセンスよりも池上の方がこういう部分に関して、正直信用できる。
私が千春の為に用意したのは、オルゴールだ。

先日のホテルの帰りに、街角のアンティークショップのウィンドウに飾られているオルゴールを見て、千春は足を止めた。
ほしいのか、と聞くと千春は少しためらって、首を横に振った。
しかし、これじゃなくても気になるものがあるのかもしれない、と翌日私はこの店を訪れた。

その時、千春にぴったりそうな、可愛らしいものとちょっとイメージとはかけ離れているが、曲が千春に合っていそうなものとを見つけた。
というか、この二つしか私の手が届きそうにない値段設定だったというだけの話なんだけど。
ただ、手持ちの金だけではちょっと足りない。

貯金を崩して、というのも考えたがそれは千春が喜ぶとは思えなかったので、私はすぐにスマホで日払いのバイトを検索する。
いくつか候補があったが、即日現金手渡しでもらえるものが一つだけあって、私はそれに飛びついた。
ズルしたり貯金を崩したりで買い与えても千春はいい顔をしないだろう、と考えた結果のことだった。

拘束時間が長い代わりに、高校生がもらえる収入としてはかなり高額だったため、私は千春との時間を我慢して額に汗して働いたというわけだ。
結果として、候補の二つともに手が届くほど手持ちが増えた。
そこで池上の出番というわけだ。

「ねぇ、早く佐々木さんに連絡しなくていいの?」
「んー、今夜あたりにでもしようかなって」
「大丈夫なのかしら……」

池上がため息をついて、私に選んでくれたオルゴールの包みを見る。
と、その時だった。
視界がやけにぐにゃぐにゃして見えた。

連日の疲れが出ているのか、と思って池上と一緒に飲んでいたコーヒーでも、と思ったら池上がいない。
いつの間に……?
トイレにでも行ったか?

そう楽観して、私はカップを手に取る。
中身はなくなっている。
というか、元から入っていなかったかの様にカップが綺麗だ。
何だこれ……。

そもそも、物音がほとんど聞こえない。
時計の時を刻む音も、外の喧騒も、何もかも。
どういうことだ?

私はすぐにおかしいということに気づいたが、身動きが取れないでいた。
これは明らかに異常だ。
脳が警鐘を鳴らしている。

何かとんでもない事態が、私の身に迫ろうとしている。
池上も、トイレに行ったのではないということだけはわかった。
何しろ、人が、動物が……おそらくは生物にカテゴライズされるものは私以外すべて、消えてしまっているからだ。

私だけが何処かに移動したのか、もしくは私以外が何処かに移動させられているのか。
どちらにしても、このままではどうにもならない。
携帯を取り出してみるも、当然圏外。

通信手段はない。
真っ先に思い浮かんだのは、千春の身の安全だった。
少し迷って、私は千春の家へとワープした。


<Side C>

「予想以上にテンパってない?」
「そうだね。乃愛らしくないというか……」
「…………」

神界でモニタリングを続ける私たち。
だけどこれだけじゃまだ何もわからない。
異常な状態であることは理解してる様に見える。

私の家に向かったのはおそらく、私の安全を確認しに行ったのだろうと推測される。
ていうか、あの包みは何だろう……。
池上さんから渡されている様に見えたけど……。

乃愛さん、やっぱり池上さんの方が良くなっちゃったのかな……。
そう思うと、何だか涙が零れそうになる。

「ちょ、ちょっと千春ちゃん?」

お母さんが心配して駆け寄ってくる。
泣くつもりはなかったけど、自分の意志で涙が止められない。
見なきゃ良かった……。

「多分だけど、千春ちゃんは物凄い誤解をしてると思うよ」
「誤解?」
「あれは……あ、動いた」

私の家を一通り見て私がいないことを確認した乃愛さんは、今度は自宅のマンションへ行ったみたいだった。
そこでもやはりお母さんがいないことに気づいて、更に顔を青くしている。

「大輝は確か今日、朋美のとこだっけ」
「ふむ……呼んでおく?」
「まぁ、演出を大きくって意味なら効果的ではあるかもだけど……」

お母さんとロキさんはこの計画について話し合っている。
それにしてもこんな行き当たりばったりの計画なのに、こんなにもスムーズに進んでいることが驚きだ。

「あ、やばいな。こっち来そう……ロキ、冥界に移動するよ」
「了解。千春ちゃんはさすがにそのままだときついだろうから……よっと」

何やら私の体に膜の様なものが張られる。
生ぬるいお湯の中に入っている様な感覚に包まれる。

「その膜が冥界の瘴気から保護してくれるよ。あと、魔獣とかいるけど、襲ってはこないから安心してくれ」

ロキさんはそう言って、私たちをその冥界という場所に転送させた。
ノルンさんも一緒に来ている様だ。

薄暗い、夕方と夜の間くらい?の空の色な感じの世界。
それが冥界だった。

「ここは二十四時間ずっとこんな感じの空なんだよ。魔獣の住処でもあるんだけど……乃愛を待つのはあそこがいいかな」

冥界の上空に、ロキさんの別荘という城がある。
別荘へ行く前に、何やら念を飛ばして魔獣への避難を指示している様だ。

「乃愛と戦うことになったら、魔獣は間違いなく殺されるからね。今回は彼らの出番はない。代わりに……」

またもロキさんが力を行使して、目の前に無数の魔獣もどきが生成された。

「これなら僕の分身体だし、魔獣にダメージもない。まぁ僕はちょっと痛いんだけどね」

何だか本格的だ。
一瞬でその城に移動して、玉座の間でノルンさんが再び水晶を取り出す。

「ああ、案の定神界に行ったね。危ないところだった。大輝を連れてこられなかったのは残念だけど、計画は概ね成功の様だ」

ロキさんが玉座に腰かけて、一息つく。
でも、何か小さい男の子を締め上げてる様に見えるんだけど……大丈夫なのかな、これ。

「ああ、オーディン様が……尊い犠牲に敬礼」

ノルンさんがわざとらしく敬礼のポーズをとる。
オーディンって、何かのゲームとかで聞いた名前の様な……。
あの小さい子が、オーディン?
この世界って、どうなってるんだろう……。

「あれ?何かこっちくる様子ないよ?」
「あれ、本当だ……また人間界に戻ってるね」

一体どうしたというんだろう。
確かに乃愛さんが行ったのは、人間界の様だ。
何があるというのか。


<Side N>

人間が残らず消えた事象について、オーディン様なら何か知っているかも、と思って神界へ行ってみたが無駄足に終わった。
オーディン様は何も知らない様だった。
もちろん、疑いに疑ってやや強引な真似までしたが、知らないの一点張りで要領を得なかったので、仕方なく私は人間界に舞い戻った。
一体みんな、何処へ行ったんだろう。

まさかとは思うが、ロキおじさん辺りがいたずらしてドラゴンとかがいる世界に転送したんじゃ……そう思って私はドラゴンのいるコピーの地球へワープした。
ひとまず私は、そのコピーされた星を飛び回った。
時にはドラゴンを倒し、魔物と戦いながら千春の行方を捜す。

しかし千春はおろかロキおじさんでさえも見当たらない。
見当はずれだったのか、と思っていたところに、和歌おばさんの娘の瑠衣るいが飛んできた。

「どうしたの?物凄く荒れてるみたいだけど」

私は手短に事情を説明する。
だが、こっちにはきていないと言っていて、用事もないはずだと瑠衣は言う。
それから、私のクラス地球で起きてることがまず信じられないと言っていたので、私は瑠衣を伴って地球へワープした。

「……これさ、位相ずらされてない?」
「え……?」
「乃愛らしくないなぁ……多分だけど、乃愛だけが空間を切り離された状態になってるんだよ、これ。まぁ、今は私もだけど」

ということは、何だ?
この状態を何とかできれば、みんな元通りってことか?
一体誰が、何のために……?

「こんなことできるのは……多分一人なんじゃないかな。オーディン様を除けば、だけどね」
「だとすると……やっぱりロキおじさん……?」
「じゃないかな。目的まではわからないけどね。けど、あの人が何の考えもなしにこんなことするなんて、ちょっと考えにくいんだよねぇ……」
「って言うと?」
「少しは自分で考えようって思わないの?……まぁいいや、非常事態だしね。多分だけど、手引きした人物がいるはずだよ。もしくは依頼をした人物……この場合だと後者の可能性が高いかな」
「手引き……依頼……まさか」
「そう、ロキおじさんをよく知っている人物、つまりは乃愛のお母さんってことになる」


<Side C>

「あー……瑠衣と接触しちゃったか。あの子、勘が鋭いんだよなぁ……。バレるのは時間の問題かもしれない」
「るい?っていうのは?」
「乃愛ちゃんの父親の女のうちの一人の娘だね。母親もなかなかのキレ物なんだけど……」
「ってことは、ここが割り出されるかもしれない、ってことですか?」
「おそらくは、って話ではあるけど、そうなるだろうね」

ということは、もうすぐここに乃愛さんが……。

「じゃあ、その魂の何とかっていうの、やった方がいいんじゃ……」
「封印ね。そうだな、やっておくか。おそらく瑠衣が、位相のずれについてはもう突き止めているだろうし」

ロキさんは私たちに何やら呪文の様なものをかける。
先ほどまで張られていた膜が消えて、一気に呼吸が苦しくなってきた。

「その苦しいのも、最初だけだから。次に目覚めるのは多分神界かな」

私はロキさんの言葉を聞き届けて、意識を手放した。


<Side N>

瑠衣によれば、おそらくロキおじさんは冥界にいるだろう、とのことだった。
対象が人であれ神であれ、隠すならうってつけの場所だと言っていた。
あそこには確か、ロキおじさんの隠れ家……?あれ、別荘だっけ。

っていうのがあったって聞いている。
実際に行ったことはないけど、母がそう言っていたのを思い出す。
千春も、そこにいるのだろうか。

それとも、ずれた位相の中で普通に生活を?
後者であれば良い、と思う。
千春には随分と寂しい思いをさせてしまったし、せめてこんな時くらいは平穏であってほしい。

池上はおそらくずれた位相で私を探しているんだろう。
二人ともに、何となく申し訳ない気持ちになってくる。

「行くなら、行こうよ。戦うことになるにせよ、和解をするにせよ、一回会う必要はあるんでしょ?」

瑠衣は久しぶりに神界に行ってみたい、という気持ちがあったらしく、一緒に来ることを選んだ。
もっともこの件が片付いたら、またすぐ向こうに戻るとも言っていたけど。

私は再び神界に飛んだ。


「の、乃愛か……機嫌は直ったかの?」

オーディン様がやや怯えていた。
さっき締めあげてしまったのが少し尾を引いている。

「さっきはすみませんでした。一つだけお願いがあるんですが」
「冥界に行きたいのかの?ならゲートを開くが……」
「話が早くて助かります」

私はオーディン様に謝罪して、ゲートを開いてもらう。
瑠衣は不思議そうな顔をしていたが、事情を説明すると何とも言えない顔をした。

「まぁ、乃愛らしいというか……けど相手は選んだ方がいいと思うよ」


冥界に着くと、私が想像していたよりも世界が暗い。
ここが、冥界……。

「何か来るね」

瑠衣が身構える。
魔獣と呼ばれるものだと、瑠衣が説明して戦闘態勢を取った。

「この気配、何処かで……」
「ロキおじさんの分身体じゃない?」
「ってことは私たちを迎え撃つ気まんまんってことか。目的はわからないけど、そっちがそういうつもりなら……こっちだって」

私は封印を解いて全てを解き放つ。
目の前の魔獣……分身体?を引き裂いて、瑠衣に続いた。
瑠衣は住む世界が違うこともあって、戦い慣れている様だ。


「あれかな、別荘。乃愛、飛べる?」
「もちろん。時間がない……んだと思うんだけど、何かイマイチ緊張感に欠けるんだよねぇ……」

何体となく分身体を倒してきたが、どうも殺気を感じない。
足止めにしても実力不足というか……。

「早く来い、ってことかな」
「そうじゃない気がするけど……どうも複雑な事情がありそうな気がしなくもないね」
「どういうこと?」
「いや、考えてたんだけど……依頼されたんだったら、結局それをするだけの事情って、存在しないとおかしいでしょ?」
「まぁ、確かに……事情……」

一つだけ、思い当たった。
千春か……?

「乃愛、最近恋人できたんだっけ、そういえば。おめでとう。でも、ちゃんと大事にしてる?」
「大事には、してるよ……」
「その顔……何か引っかかってるんでしょ」
「ちょっとな……やっぱ私のせいだよなぁ……」
「深く追求はしないけど……落とし前はつけないといけないね」
「だなぁ……」

怒ってるだろうな、千春……。
私は覚悟を決めて城に飛ぶ。

中は薄暗いが、邪悪な気配がしない。
だとすると、やっぱり……。

「やっと来たか、待ちわびたよ」

ロキおじさんの声がした。
玉座の置いてある部屋でロキおじさんがその玉座に腰かけている。

「ロキおじさん、これは一体どういうこと?」
「御覧の通りさ。乃愛、君は僕と戦って、これを取り戻さないといけないんだよ」

ロキおじさんが掌に何やら複数の水晶の様なものを取り出す。
あれは……?

「ここに、君の大事にしている人たちの魂が封印されている。体は、あそこにあるよ」

顎で位置を示した先に、台座の様なものがあった。
そこに横たわっているのは……

「千春!?母さん!?」
「ノルンおばさんもいるね……」
「あんまり派手にやると、あの子たちの体は吹き飛んでしまうかもしれないね。もっともスルーズやノルンはすぐに復活できるかもしれないが……千春ちゃんはどうなるかな」
「どうして、こんなことを……」
「さてね。知りたくば僕を倒すことさ。でも、先ほどまでの分身体の様に簡単に行くなんて思わない方がいい」

そう言ってロキおじさんは立ち上がる。
話が違わないか?と思って瑠衣を見ると、瑠衣も既に臨戦態勢だ。

「二人いっぺんでも構わないよ。ぐずぐずしていると、お友達は間に合わなくなってしまうかもしれないからね」

私はまだ迷っていたが、瑠衣が先制攻撃を仕掛けて、慌てて私も続いた。
ロキおじさんも本気の様で、どす黒いオーラを出して私たちを迎え撃った。

おじさんは槍を取り出して、私たちの攻撃を軽くいなす。
さすがに母が認めるだけのことはある。

「さすがの戦闘センスだ。だけど、まだまだ粗削りだな」

横なぎの槍の一撃をすれすれでかわし、距離を取る。
かわしたはずだが腹の皮が多少切り裂かれた様だった。

「乃愛、君は心の何処かでこう思ってないか?おじさんが本気で私を滅ぼしにかかるわけがない、って。そんな考えは今すぐ捨てないと……本当に滅ぶことになる」

目の前にいたはずのロキおじさんの姿が一瞬で消えた。

「乃愛!!」
「なっ……!?」

背中から腹部に通り過ぎる様な、鋭い痛みを受けて私は昏倒する。
これが、おじさんの本気……。
瑠衣が咆哮してロキおじさんに挑みかかる。

何か毒の様なものでも塗られているのか、私の体はなかなか動こうとしない。
腹部の出血が、割と冗談で済まないレベルにやばい気がする。
動かないなりに私は止血を施して、残る力を振り絞る。

瑠衣の大振りの一撃をかわしたおじさんが、カウンター気味に瑠衣の腹へその槍を突き刺す。

「ぐ……瑠衣……!」
「さぁ、乃愛。君はまだまだこんなものじゃないだろう?早く立ちたまえよ」

倒れた瑠衣は動かない。
対するロキおじさんが、更にそのオーラを大きくするのが見えた。


次回に続きます。
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