手の届く存在~Daughters~

スカーレット

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幻想交響曲

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「痛むかい、乃愛」

痛みに呻きながら立ち上ろうとする私に、ロキおじさんが尋ねる。
痛くないわけあんのか……同じ様な痛みを、与えてやろうか……。

「けどね、立ち上がらないとこの戦いは終わらない。君はまだ本気になっていないんだろう?」

そう言いながらロキおじさんは瑠衣に槍を向ける。

「やめろ……」
「やめさせたくば、実力で何とかするしかないよね」

倒れている瑠衣の肩口の辺りに、容赦なく槍を突き立てた。
既に意識がない瑠衣は、衝撃に体を一瞬震わせるが、その後は微動だにしない。
流れ出る血の量が傷の深さを物語る。

「瑠衣も厄介だから、封印しておくか」

そう言って手をかざし、見る見るうちに瑠衣も水晶の中へ封じ込められてしまった。
まさかここまでロキおじさんが強いなんて、計算外だった。
このままじゃ、どうにもならない……。

「乃愛、君の彼女への愛情は、その程度だったのか」
「あんたに、何がわかる……」
「この程度でもう立てないなんて、がっかりだよ。スルーズと大輝の娘っていうだけで、七光りにすらなっちゃいない」

残念そうにロキおじさんが頭を振る。
ようやく立ち上がった私だが、この状況を打破できるだけの策が何も思い浮かばない。
一発殴ってやる、って息巻いていたのに、それすら叶っていない。

「その右手も、翼も、飾りみたいなものか。君には期待していたんだけどね」

私の手を、翼を、彼は一瞥して飾りと断じる。
今のこの状態では、そういわれても仕方ないかもしれない。
だけど、千春……お前だけは……。

「ほう、そんな力が残ってるなんてね」

破れかぶれではあるが、私は残る力で千春の水晶を奪い取ることを考えた。
ロキおじさんは左手に水晶を握っている。
右手で槍を操って、私たちを攻撃しているのだ。

ならば、一瞬の隙を突いて奪い取ることも可能ではないかと考えた。
突進すると見せかけて、蹴りで牽制する。
一瞬ガードの為に槍を振り上げたところで、足を引っ込めて再度回り込んだ。

「そんなことをして、何になる?」
「…………」

私もただ走っているわけではない。
気づかれるな……まだもう少しだけ……。
そう思いながら走る。

時折光弾を撃ち出しながら、注意をそちらに向けさせる。
心の何処かで、私はこの人を傷つけない様に、なんて思っていたのかもしれない。
だけどそれが甘かったということが、今の結果を生んでいる。

「ただ逃げ回るだけなら、ここいらで終わりにしたいんだけど、いいかな」

ロキおじさんが槍に闘気を込めた。
やるなら今しかない。

「いっけええええええええ!!!」

右手に込めたオーラが床を迸る。
走りながら左手で床に刻んでいた文様が、一斉に発光した。

「何だ、これは……?」

ロキおじさんの目が、一瞬文様に向いた。
その隙をついて、私は右手でロキおじさんの腹を抉る。

「ぐっ!?」
「いただき!!」

ロキおじさんの左手をそのまま右手の爪で切り落とす。
握られていた左手が開いて、水晶が床に散らばった。

「しまった!」

完全に意識が、水晶に移ったロキおじさんを、私は見逃さなかった。
とどめを刺すなら、ここしかもうない。

「くらえ!!!」

今度こそ、残る力を振り絞っての一撃。
これなら……。
左手に、力が充満していく。
感じたことのない力だ。

「乃愛さん、ダメ!!!」

何で、千春の声が……?
一瞬、そちらに意識が向いて、千春の姿を認める。
黒く濁った様に感じた心の中が、白く浄化されていく様な感覚を覚える。

悪魔の両手になりかけた私の左手は、いつの間にか元の見た目に戻る。
その代わりに、片翼だった背中の左側に、温かな翼が生えた。

「お、おお……」

その距離わずか数ミリというところで、私の拳が止まる。
ロキおじさんは私の拳の寸止めを受けて、固まっていた。


「何で封印を、解いたの?」
「いや、痛みでつい」
「嘘だね。何を企んでいた?」
「いや、企んでっていうことはないんだけど……」

ロキおじさんが指をパチンと鳴らして、水晶に封印されていた面々が元の姿に戻る。
一体何が起きているのか……それにこの私の翼は何なのか。
わからないことだらけだ。

「まず、先に色々謝っておこうか。悪かったね、乃愛。多分もう察していると思うけど、発案者は君の母親のスルーズさ」
「やっぱり……」
「待って乃愛さん……私が、わがまま言ったから……」

ぐっと拳を握りしめた私の前に、千春が両手を広げて立ちはだかる。

「どけ千春。理由はどうあれ、こんなことになった責任は取らせるべきだ」
「だったら、私もその責任を取らないとだよね。だって、私のわがままにみんな、付き合ってくれたんだから」
「…………」
「乃愛さん、私……不安だった。私、何かダメだった?」
「千春……?」
「だってずっと、乃愛さん私のことなんか忘れたみたいに連絡もくれなかったから!!」

千春が私に縋り付いて、泣き出した。
私はまた何かを、見失っていたのかもしれない。

「乃愛ちゃん。何をしていたのかは知っているんだけど……全部を話さないまでも、ある程度の連絡はしても良かったかもしれないね」

瑠衣の治療を終えて、母が私を見た。

「乃愛さん、教えて……私がダメなんだったら、私ちゃんと直すから」
「……ごめん、お前のダメなところなんて、今のところ見当たらない。むしろダメだったのは、私の方だ」

千春は依存しがちな性格なのかもしれない、と思った。
きっと、私が連絡も入れずに放置したことで、千春は相当思いつめていたのだろう。
そんな風にしてしまったのは、間違いなく私の責任だ。

「千春、ごめん。不安だったって言ってたよな。私が悪い。事情があったんだけど……ああ、あそこに置いてきちまった……池上が持っててくれたらいいんだけど」

私はオルゴールを、あの喫茶店に置いてきてしまった。
テーブルの上にあったはずだから、きっと池上が回収してくれているだろう。

「何を?」
「渡すときにちゃんと言うつもりだったんだ。お前、あの日……オルゴール見てただろ?ほしいのかな、って思って」
「え?」
「だから、あれを買うためにちょっとバイトを……」
「…………」
「お前のこと大事に思ってなかったとかじゃないってことだけは、わかってもらえると助かる。その、連絡入れなかったことは私が悪いけどな……」

ロキおじさんが、私たちを見てやれやれ、という顔をする。
いくら千春や母が頼んだからって、ここまでするとは……簡単には許さない。
私の敵意が伝わったのか、ロキおじさんが右手に何やら力を込めた。

「これのことかい?乃愛が千春ちゃんに渡そうって思ってたのは」

私にそれを手渡し、ロキおじさんは自分の左腕を拾う。
ノルンおばさんがその腕をくっつけて、傷一つなくもとに戻して見せた。

「まぁ、こんなことになった償いとしちゃチャチかもしれないけど。君からちゃんと渡してやるといい」

千春はその箱を見て、複雑な顔をしていた。

「これを、私に?」
「ああ。受け取ってくれよ。恋人へのプレゼントってやつ、憧れてたんだ」

千春のその小さな手に、オルゴールの包みが渡る。

「私、どんな顔したらいいのかわからない。こうなるって知ってたら、こんなことになる前にやめてもらってたのに……」
「千春ちゃん、実はね。乃愛はまだ完全に力に目覚めてなかったんだよ。けど、今回のことでちゃんと覚醒できたんだ。だから、全くの無駄ってことでもないんだよ」
「へぇ……私を目覚めさせて、何がしたいの?」
「いや、何ってことはないんだけど……でも、これから先千春ちゃんを守っていくのは乃愛、君だろう?なら大きな力はいくらあっても困らないさ」

神と悪魔の力。
何かこんなのを持った神がいた様な……。
いや、今はそんなことよりも千春だ。

「千春、怒りたかったら怒っていい。喜びたいならもちろんそれでも。私はちゃんと受け止めるから」
「乃愛さん……」

千春が箱を置いて、私の目の前に来る。
私の服の裾を掴んで、俯いた。

「乃愛さん、男の子になって」
「……え?」
「いいから、お願い」

どういう意図があるのかはわからないが、千春がこう言うのであれば、と私は男に変身する。

「これで、許してあげるから」

そう言って千春が、私の股間を思い切り蹴り上げた。
脳まで達する様な、鈍い痛みが全身を支配する。
立っていられなくて、私はその場に蹲った。

「お、お前な……」
「やっぱり、痛いんだね……」

ロキおじさんは私の様子を見て、思わず股間を押さえている。
こんなにも痛いものなのか……今まで何人もの男の股間を蹴り飛ばしてきた私だが、これからは少し控えようかなと思える。

「腰をたたくといいみたいだけど……」
「痛みを消してやろうとかって配慮はないのかよ……」
「それやっちゃったら、千春ちゃんのお仕置きの意味がないでしょ」

しれっと言う母をにらみつけるが、確かに言う通りかもしれない。
だけど、もう少しだけ手加減してほしかった。
男の体で生理痛にも似た、この痛みを経験することになるなんて、思ってもみなかった。

「乃愛さん、ありがとう……ずっと、大事にするから」
「あ、ああ……」

のたうち回りたいほどの痛みがまだ引かないところではあるが、ここはカッコつけておかないと……。
何とかして立ち上がって、千春の頭を撫でる。

「乃愛ちゃん、顔色悪いよ」
「当たり前だろ……。母さんも一回やられてみたらいいんだよ」
「私は……やる側だから」


とりあえずロキおじさんにお仕置きをして、私たちは人間界に戻った。
内容はまぁ……想像にお任せということで。
瑠衣は向こうの世界に戻るらしいが、痛い思いをさせてしまったことを詫びた。
気にしない、と言っていたが、今度改めてお詫びに伺おうと思う。

「乃愛さん、さっきのキック痛かったでしょ……ごめんね」
「謝るくらいならやらんでくれ……」
「でも、うれしかった。あんなにケガまでして……もう大丈夫なの?」
「大丈夫、あの後すぐ治したから」

見た目ほどのケガじゃない、と強がりたいところだったが、さすがに動けなくなるほどのダメージを受けていたのにそれは無理がある、と思い直す。
普通の人間だったら即死だったんじゃないか、あれは。

だが今回のことでわかったことがある。
千春は、一歩間違うとヤンデレの素質があるんじゃないかと言うこと。
私があのあと尚も放置していたら、包丁とか持ち出したりしないだろうかと少し怖くなった。

「私、多分世界で一番乃愛さんを大事に思ってるよ」
「そ、そう……」

ほら、こういうこと言い出すのが……ねぇ。
朋美おばさんを彷彿とさせるんだよなぁ、たまに。
あの人も愛情深い人だとは思うけど……こういうのって過ぎると恐怖しか生まないんだよな。

「だからね、乃愛さんが私のこと邪険にするなら……」
「す、するなら……?」
「乃愛さん、死なないんだっけ。だからね。ずっと、痛い思いさせちゃうかもしれない」
「お、おいおい……」
「それとも、私にもやり返してみる?乃愛さんはきっと、できないよね」
「ああ、そうだな……」

暗に大事にしてくれ、と言っているんだろうが……そう素直に言ってくれた方がいい。
正直ちょっと今は、千春に恐怖を覚え始めている。

「の、乃愛さん!大変よ!!あなたの買ったオルゴールが……ってあれ?」
「騒がしいな、静まれ……。知ってるよ、今ここにあるんだから」
「あ、え?ど、どうして……」
「知り合いの神がね、転送させたんだよ。あと、突然消えてびっくりしたろ、私もこれも」
「え、ええ」

事情を説明し、改めてオルゴールの礼を言う。

「佐々木さんの趣味がわからなかったから、見た目で選んでしまったのだけど、気に入ってもらえた?」
「うん、とっても……綺麗な曲だよね」

き、綺麗……だと?
その曲、ベルリオーズの幻想交響曲だよな……しかも第四楽章……。
やっぱりこいつ、メンヘラの素質が……。

「乃愛さん……私が死ぬまで、ずっと大切にしてくれるよね?」
「は、はひ」
「ど、どうしたの乃愛さん……顔色悪いわよ……」

池上は呑気に紅茶を飲みながら驚いていたが、私からしてみたらそれどころじゃない。
将来における恐妻家になることが、ほぼ確約されている様なもんじゃないか……。
何となく、オルゴールを胸に抱く千春の姿が、私の生首を抱いている様に見えて私は震えあがった。
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